第27話 悩める月夜
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吹き荒れる春の風。今宵は月明かりだけで明かりは十分で、ローソクの一本すら灯さない。出来れば月すらも要らなかった。ただ闇夜に一人溶け込んでいたかった。
そこにフードを目深に被った男が二人現れる。ディオンは男達の雰囲気から、何を言うかは大体想像がついた。
「お前が爵位を手に入れるまで『上』は動かないと言っている」
ディオンは眉根を寄せた。やはり奴らも簡単には腰を上げないか。
「だったらお前らが手を貸せ」
「無理だ。そもそもなんの権力も無いお前に何が出来る」
「力は無くても知恵はある。俺は、王族のみ知る城の抜け道を知っている」
「何!?」
驚いた男達にディオンは交換条件を突きつけた。
「今すぐ俺に力を貸すならそれを教えよう。しかし爵位を手に入れるまで待つというなら、俺は口を閉ざす。国王とジョエルを殺すには、どうすることが一番近道かよく考えるんだな」
この男達は反ジョエル派の人間だった。正体を隠しているつもりだが、ディオンはあらかた素性を特定していた。所詮は隣国で密かに謀反を企てる貴族の集まりだ。
「・・・・・・どうして王族のみが知る抜け道を知っている。お前は市井で育ったはずだ」
「一度運び込まれたことがあるんだ。ずっと『あの時』の前後で記憶が混乱していたが、今ハッキリと思い出した」
母を殺してしまった時、何故か真っ先に駆けつけてきたのはこの国の人間ではなく、隣国国王である父の部下だった。そして出来事のショックで我を失ったディオンは城に運ばれた。誰にも見つからない極秘ルートで。
あの時母の死んだ顔が忘れられなかった。血反吐を吐いて、苦しんでいた。その犯人はその報いを受けなければならない。何故母は死んだ。死んだのは誰のせいだ───。
そう考えていたのは夢の中で、目が覚めた時目に入ったジョエルと国王に憎悪が湧いた。本当に殺したのは自分なのに、罪に耐えきれず目に入った二人に責任を擦り付けた。
ディオンは苦しみで胸を潰されそうになって、思わず自分の胸元を掴む。
(まるで刃物で刺されたように痛い・・・・・・)
「おい大丈夫か」
フードの男の一人が怪訝そうにディオンを見やる。
「俺のことはほっとけ。どうするか決めたか」
「まず『上』に自分で掛け合ってくれ。流石に独断では決められない」
「・・・・・・いいだろう。お前達の主とやらの元へ案内しろ」
ディオンは腰を上げるのが心底辛かった。本当は心の中では気付いている、知っている。こんなことになんの意味も無いと。
母親を殺したのは自分。その原因が別の誰かであっても、自分の罪からは逃げられない。手が気持ち悪くて、頭が痛い。胸が痛い。誰か。
(───誰か救って欲しい)
「こんな夜更けに出かけるの?それも隣国までなんて、暇人ですこと!」
木の陰から現れた人影にディオンは目を見開いた。
「・・・・・・クロエ?」
何故この場所を特定出来た。誰も知っているはずがない。後ろ二人の男達はプロで、付けられたという可能性も低い。
唖然とするディオンに、クロエは不敵に笑った。
「決闘諦めて猪突猛進に真っ向勝負だなんて、本当にあなたらしくないわね!」
「俺を止めに来たのか」
「そうよ」
「お前一人で何が出来る」
不意に背後から違う『男』の声が聞こえた。
「一人で来たと思ったのか?」
二人の男が反射的に剣を抜いた。
「まさかロジェ?」
「お久しぶりです、ディオン先生」
「どうしてリリアーナ付きの騎士がここに居る」
特にロジェはクロエと不仲だったはずだ。
「リリアーナ様は明日から王子妃で、ひいては未来の王妃です。この国の行く末はあの方の行く末と言っても過言ではない。ならば今のうちに不穏分子は取り除いておくべきだ」
「俺はこの国で犯罪を犯すつもりは無いのにか?」
「しかしあなたはこの国の国民で、友好国である隣国の落とし子だ。そんな建前が通用する訳がない」
そして気付いた。囲まれてる。きっと囲んでいる人間は手練だ。
ロジェはゆっくりと剣を抜いた。その剣身は月光に輝き、切っ先が向けられる。
「これよりリリアーナ様の名の元に、貴公を拘束させて貰う」
二人の男達は戦って抗うつもりらしいが、ディオンはとうに諦めていた。自分に騎士を相手にするほどの実力は無い。
「こんな所に来て詰むなんて、な・・・・・・」
クロエを見やると、夜風がアネモネの花びらを舞い上げて、彼女の勝利を祝福しているようだった。
「私にはあなたは救えない。でも、あなたを止めることだけ出来るわ・・・・・・」
「・・・・・・全くその通りだな」
ディオンは夜空を見上げた。何故か小さな星の光が目に染みて、視界がぼやけた。
***
ロジェはディオン含む三人を拘束し、部下に引渡してリリアーナとユーグ王子の元に報告に訪れた。
「ロジェ、大丈夫ですか!?」
心配して駆けて来た主にロジェは微笑した。
「はい、リリアーナ様のご心配には及びません」
「よかった!」
そしてホッとしたのは隣に居たユーグ王子も同じだった。
「無事で何よりだ。式の前に花嫁の騎士が傷だらけになるのは忍びない」
「王子にもご迷惑をおかけしました」
実は何人かを動かすのに王子の力を借りた。ロジェはあくまでリリアーナ付きの騎士であり、捜査指揮権は持っていなかった。
「いいや。お前は騎士として自分の仕事を全うしただけだ。よくやった」
「もったいないお言葉です。私はお二方の穏やかな未来の為に働いたまでです」
ユーグ王子はその言葉で納得したようだったが、リリアーナは軽く驚き、次いで優しい笑みを浮かべた。
「あなたも、変わりましたね」
彼女の言わんとしてることに、ロジェは瞠目してかぶりを振った。
「リリアーナ様、私は決して、あなたへ誓った忠誠は揺らぎません。それはこの先ずっとです」
「ええ、ちゃんと信じています。今夜は疲れたでしょう、明日に備えてゆっくり休んで下さいね」
「はい。・・・・・・あの、リリアーナ様」
「なんでしょう?」
「日付が変わりました。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
リリアーナは本当に嬉しそうに破顔した。彼女はとうとう幸せを手に入れた。




