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第25話 解放される過去

 それから一週間、地獄の稽古が続いた。女であるという容赦は全く無し。筋肉痛でもお構い無し。打たれるし転がされる。もしかしてクロエのことが憎いのかとすら思うくらいの勢いで。


 流石にゲルトが割って入ったが、ロジェいわく、


「決闘を挑むなら痛みも知っておいた方がいい」


 と言う。それにはクロエも賛成だった。ロジェだからと甘やかしてもらうつもりは毛頭なく、一日中鍛錬を欠かさず、打ち身もアザも勲章だと思って耐え忍んだ。


 ロジェもスケジュールによっては時々、夜も稽古を付けてくれた。


「大丈夫ですか?クロエ様」


 地面にへばりついて息をするクロエに、ゲルトはタオルを差し出した。クロエは受け取って仰向けになった。決闘は明日に迫っている。


「大丈夫よ。私負けたくないもの」


「俺も精一杯サポートします」


「ありがとう。あの勘違い系男にギャフンと言わせるわよ!」


「勘違い系を勘違いしてますけど、まあいいか」


 クロエは星空を眺めた。多様多種の星がキラキラ光っている。明日はきっと晴れるだろう。


「にしても、正攻法じゃ勝てないわよね。何か必殺技考えておかないと」



 ***



 待ち合わせは学園長の邸宅の庭だった。この日学園長は不在で、使用人すらも誰も居なかった。どうしてここまで学園長がディオンに協力的なのかは分からないが、都合が良いに越したことはない。


 クロエは新品のウェアとブーツに、髪をしっかりまとめて化粧は薄目にした。気合いの入った姿にディオンは見下すように見つめた。


「やる気満々じゃないか」


「ええ、ぶちのめして差し上げるわ」


 お互い満面の笑みだったが、優しさなど欠けらも無い。お互いに自信と、負けん気に溢れている。


 審判はゲルトだった。公平性に欠けるとクロエは言ったが、他に関係者を作るよりも良いとディオンが決定した。


「おい審判、絶対に手を出すな。それだけだ」


 ゲルトはディオンを睨み付け、目蓋を閉じ、右手を上げた。その手が振りかざされた時が開始の合図だ。二人は構えた。


「───始め!」


 いきなり切り込んできたのはディオンの方だった。


(っ、強い!)


 ロジェとは比べ物にならない力の強さと勢いで、思わず気圧されそうになる。剣戟が何度か続くが、圧倒的にクロエが圧されていた。


「付け焼き刃だな」


 ディオンが笑っていたのがムカついて、クロエはウェアの下に隠していた『秘密兵器』を取り出した。


「ならこうするしかないわね!」




 突然何か爽やかな匂いの液体が顔にぶちまけられた。ディオンは目に染みて思わず顔を手で覆った。


「っ!ってぇ!!!」


 視界を潰され、ディオンはクロエから距離を取った。耳につんざくような高笑いが聞こえてくる。


「おーほほほ!ごめんあそばせ!手が滑っておやつのレッドオレンジが!」


「はぁ!?レッドオレンジ!?」


 目に酸をかけられたも同然だ。そしておぼつかない足取りに、すかさずクロエは切り込んで来る気配がする。無理矢理目をこじ開け応戦する。


「卑怯だぞ!」


 卒業して温厚になったかと思ったら、中身は全然変わっていない。


(忘れていた、コイツはこんな女だ!)


 子爵の娘リリアーナをいびり倒して、王子の心を逃した悪女。やっぱり人間はそうそう変わらないのだ。


「これで終わりよ!」


「っ!」


 握っていた剣を弾き飛ばされる。切っ先を喉元に突きつけられれば負けだ。なら、()()()()()()()()()()


 ディオンは腰に隠していたナイフを取り出した。


「!」


 突然の反撃にクロエが怯んだ。


「ナイフを用意するなんて卑怯よ!」


「どの口が言うか!」


レッドオレンジなんて持ってくるんじゃねぇ!そうキレそうになった時、視界が通常通りじゃなかったせいで足が滑ってクロエを押し倒す形になった。


 ナイフが地面に、彼女の頭の横に刺さる。


「クロエ様!」


 慌てた執事が駆けつけてきた。手を出すなと言っていたのに。けれどディオンは今、それどころではなかった。


(・・・・・・なんだ?)


 こんな瞬間が()()()()()()


 ディオンはナイフを離して、クロエの横に倒れた。


『あなたがっ、あなたが居るせいで!!!』


(・・・・・・これは、なんだ?なんなんだ?)


 どうしてあの女がわめいている。いや、それはよくあった。それでも、何故母は()()()()()()()()()()()()


(これは()()の記憶なんだ?)


 ゲルトはクロエを起こした。


「クロエ様怪我は!?」


「無い、大丈夫。それより、ディオン先生?」


 ディオンは文字通り頭を抱えていた。横たわって、苦しげに呻く。


「う、ぅ・・・・・・」


「先生?先生どうしたの?」


 クロエの声が頭に余計に響いた。でも今はそれどころじゃない。


『ディ・・・・・・オン・・・・・・』


 母が最期に呟いた自分の名前。胸に刺さったナイフと床板に広がる血溜まり。そして自分の手にはその手には母の血が───。


 ディオンは手が震えた。何も無いはずなのに、いやな感触が消えてくれない。怪我していないはずなのに鉄の匂いがする。


「───あの時俺は、お母さんを・・・・・・!?」


 突如ディオンは立ち上がった。


「先生!?先生!!!」


 思わず走ってその場を離れると、後ろから自分を呼ぶ声がする。けれどそんなこと、今はどうでもよかった。とにかくこの感情を抑え込む方法が分からなくて、現実から逃げるようにディオンはとにかく走り続けた。


 本当に逃げられる場所などありはしないというのに。


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