第24話 結婚をかけた決闘
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「ジョエル王子の話、どう思う?」
部屋に戻ってクロエはゲルトに髪を梳かして貰っていた。
「真相は謎ですが、お嬢様の中では辻褄が合うのではありませんか?」
クロエは頷いた。顎に手を当てる。
「そうなのよ。多分ディオンは覚えていなくとも、自分の中では罪の意識が渦巻いているんじゃないのかしら。
でも記憶が混濁していて、その感情が何か分からない。だからそれを払拭する為に、国王とジョエル王子に敵意を向け、自分を取り戻そうとしている」
それなら母親への執着心が無くても納得がいく。彼はただ、自分自身を救いたいのだ。きっと無意識に自分が自分でなくなった理由を探している。
母親を殺してしまった記憶が無いが、国王とジョエルを憎んでいるあたり、誰かに責任を押し付けたら救われようとしている。それは悪いことではない。仕方がないことだ。彼にはそうするしか自分のバランスを保つ方法は無かった。
(でも・・・・・・)
だからといって、ディオンの手をこれ以上罪で染める訳にはいかない。
「どうするんですか、クロエ様」
「少なくとも、この話をディオンに伝えることはない」
「じゃあどうしますか?このままディオンと結婚するんですか?」
「そうカンタンにこの私がやられる訳ないでしょ」
クロエはイチかバチかの勝負に出ることにした。
***
クロエは朝の内に城から暇を乞うて、夕方にクロエの方からディオンの住む家に足を向けた。ディオンは学園長の屋敷の離れに住んでいた。小さな家だが、一人暮らしには十分で、ディオンは面白がるようにクロエを眺めていた。
「一週間は帰って来ないと思ってたぞ」
「あら〜早く決着をつけたい割に余裕じゃない」
「で、帰ってきたということは、結婚する決意を固めたのか?」
首を軽く傾けたディオンに、クロエはニッと笑った。
「いいえ」
クロエは持っていたレイピアを抜いて、切っ先をディオンに向けた。眉根を寄せて、しかし微動だにせずクロエを見下ろした。
「なんの真似だ」
「私と決闘なさい」
「決闘?」
「私が負けたらあなたと結婚してあげるわ。でも私が勝ったら結婚しない」
「そんなこと、お前の親父が認めると思うか?」
「認めたわ」
「!」
ディオンは目を見開いた。そう、クロエはすでに父から許可を取ってあった。この提案はすんなりと受け入れられた。理由は簡単だ。
(───お父様は私が負けると思っているのね。でも考えてみれば妥当よね、私が剣を握ったのはたった数日、それすらもお父様は知らない)
しかしこんな簡単なことでも、弱みになるなら多少の脚色は厭わない。
クロエは堂々と笑ってやった。
「私に負けるくらいの男に、娘を任せる理由が無いもの」
ディオンは訝しげにクロエを見詰めた。
「明らかにお前に分が無いと分かっていて言っているのか?男と女の戦いなんて目に見えているぞ」
「あら、やってみないと分からないわよ?だって私、隣国では勇者の剣すら抜いたスゴい人なんだから」
しばらく沈黙が落ちた。彼が何を考えていたのかは分からなかったが、返事はクロエの望んだものだった。
「・・・・・・いいだろう、その話乗ってやる。でも約束を違えるようなことがあれば、その時は覚悟しておくんだな」
「それはこっちのセリフよ。これに負けたらあなたは永遠に爵位を手に入れられない。分かってるんでしょうね?」
「そんなことで俺を謀反から遠ざけられると思うのか?」
「じゃあ爵位無しで頑張るのね、ぷぷっ」
挑発するクロエの笑いに、ディオンは青筋を浮かべた。
「くそ、何があったのか知らないが完全に開き直り過ぎて腹立つ」
***
ディオンの家からの帰り、城に急いだ。この時間ならまだ居るはず。
(居た!)
目的の人物を見つけるなり、クロエはプライドをかなぐり捨てて彼に頭を下げた。
「ロジェ!私に剣の稽古を付けて下さい!!!」
「・・・・・・最近来ないと思ってたら、突然どういうことですか」
呆れ返ったロジェの言葉に、ふと後ろで控えていたゲルトがニヤニヤ笑った。
「おや、ちょっとはクロエ様を恋しくなりましたか」
「全然」
即答しなくても!とクロエは思ったが。
「いやいや、今はそれどころじゃないの!この決闘で負けたら私結婚しなくちゃならなくて、さらにヤバくてもうヤバいことにしかならないの!」
「伯爵令嬢とは思えない語彙力の無さですね」
慌てるクロエに代わってゲルトが縁談を阻止する為に決闘を申し込んだと端的に事情を説明した。
「事情は分かりましたが、大体どうして決闘にしたんですか」
「このくらい踏み込まないとお父様も承諾しないから」
父を頷かせるのに何がいいか考えた末の結果が決闘だった。
稽古はゲルトでも構わないが、彼は護身術程度しかかじっておらず、そもそも本職ではない。だからロジェの方が適任だと思って飛んできたのだ。
「で、その決闘はいつなんですか」
「一週間後よ」
サラッと告げたクロエに、ロジェは目をぱちくりさせ、次いで眉をひそめた。
「その次の日、何があるか知ってますか?」
「・・・・・・何があるの?」
「リリアーナ様とユーグ王子の結婚式です」
クロエは両頬を押さえた。
「忘れてた!!!!!」
すっかり忘れていた。というか頭の中にそんなスケジュールは存在していなかった。
「クロエ様も招待されてますよね?」
いや、存在はしていたが、興味が無さ過ぎたのと、ディオンのしつこさにうんざりしていたので気が散っていた。
彼の中で優先順位はリリアーナがダントツ一位だ。彼女の結婚式となれば、万全に万全を期すために騎士であるロジェはクロエに構っている暇も無いだろう。
(つまりロジェの協力は皆無!!!)
クロエは頭を抱えた。
「くぅぅぁあう・・・・・・でも、これだけは諦めきれない・・・・・・から、自分で努力するわ」
「自分で?」
クロエは下を向いていて、一瞬ロジェの目が興味で光ったのに気付かなかった。
「色々忙しいでしょう。あなた本職はリリアーナ付きの騎士なんだから」
緻密なスケジュールや、警備の配置を全て頭に入れるに違いない。何もかも点検して、リリアーナの為に全力を尽くす。それを邪魔する権利は一切無い。
(元々人に頼ろうとした私が悪いのよ)
仕方ない、と踵を返そうとした時だった。
「朝なら稽古出来ますよ」
「え・・・・・・?」
クロエは目を丸くして、ロジェを仰いだ。
「仕事が始まる前なら、剣の稽古に付き合います。でも、一時間が限度かと」
「でも、あなた忙しいじゃない。時間取るのは悪いわ」
「だから朝なんです。いいですよ、丁度気を紛らわすものを探していたので」
はたと気づいた。
(ロジェが私にそんなナイーブなこと言うと思わなかった)
ロジェは親切でクロエに付き合ってくれる訳じゃない。愛するリリアーナの結婚式が堪えているのだ。だから自分の気を紛らわせる何かを探していた。それがクロエの剣の稽古だった。
でもそれは全然嬉しくないことだ。けれど、ここでむざむざと協力を手放すクロエでもなかった。口を引きむすんで、覚悟を決める。




