第21話 結婚待ったナシ
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「また来たの?しつこいわね」
「わざわざ来てやってるんだ、もっと労え」
クロエは舌打ちした。こういうしつこい所は、ジョエルと同じ血を引いていると思う。思えばこの男が嘘臭い笑みを浮かべた時も、少しジョエルの面影と重なった。実はあのジョエルもこんな裏面を持っているのだろうか。
構わずロジェに会いに行こうと部屋のドアノブを握った時だった、後ろでディオンが付いて来る気配がした。
「なんで付いてくるの!」
「フィアンセのお供だ」
「はぁ!?誰が婚約者よ!大体仕事はどうしたのよ!」
「非常勤だからな」
「あなたのせいで非常勤のイメージ最悪だわ。世の中の非常勤の人全員に謝りなさい」
ちなみに、ゲルトは空気になることに徹している。
(ゲルトに関してはこのまま空気で構わないわ。ディオンは気に入らない人間には手段を選ばない)
ディオンに関しては絶対に油断をしてはならない。
「そんなに爵位が欲しいの?」
「調べたか。ああそうさ、俺は爵位が欲しい」
「爵位ごときであのロジェがどうにか出来ると思ってるの?」
ロジェの家は特殊だ。それはロジェが学園でリリアーナに仕えることが出来た所以でもある。
「お前の親父は俺に伯爵位を与えると言った。もしも俺が伯爵になったらまず───ジョエルを殺す」
「!」
クロエは耳を疑った。この男、白昼堂々と何を言い出したのだ。まだ屋敷を出ていないとはいえ、部屋の外で他の使用人が聞いているかもしれないというのに。
「伯爵になれば俺に協力すると言っている人間は大勢居る。今まで俺を日陰者にして放っておいた隣国の国王も、ジョエルも、全員後悔させてやる」
「まさか、それで時期王位継承権をもぎ取るつもり?」
「そうさ」
クロエはディオンを鼻で笑った。
「一国の王をそんな簡単に殺せる訳ないじゃない」
「その時はお前にも手伝って貰うさ」
「ちょっと!?私を犯罪に巻き込まないでよ!?」
父上はこんな男に嫁げというのか。いくら焦ったにしても、隣国の落とし子など『不安要素』の塊だ。何故それを『王族』として捉えてしまったのだ。
(お父様の見込み違いも甚だしいわ!さてはジョエル王子の妃枠を逃したのがよっぽど惜しかったのね)
それにしても酷すぎる。目が曇ってるとかのレベルではない。
「逆に聞くが、お前はロジェを振り向かせる手立てはあるのか?」
「うぐ・・・・・・」
言葉に詰まるクロエに、ディオンは意地悪気な笑みを浮かべた。
「まさか振り向いて貰えないならそれでいいなんてヤワなこと考えていないよな?」
「わ、私だってそんな簡単に諦めないわ。地道にコツコツと」
「地道にやってる間に老衰するぞ」
「うぐぐ・・・・・・」
「そもそもロジェの何がいいんだ」
「顔」
クロエの即答にディオンは呆れた。
「もっとマシな答えは無いのか」
馬鹿にされてムッとした。
「あのね、顔が好みって凄いのよ?何されても最後は『でも顔がいいから仕方ないな・・・・・・』って許せるの。だって顔がいいから」
「・・・・・・女って怖いな」
「男だってそうでしょ。例えるなら猫よ。猫好きは高級な家具を引っかかれても『でもネコちゃんだからな・・・・・・』って許すでしょ?あれと一緒よ!」
「そうか?」
ディオンは、分かるような分からない、という顔をした。
「でも顔が良いのは自分もだろ?」
「顔の善し悪しじゃなくて、自分の好みかどうかの。そりゃあロジェは一般的に見ても完璧な容姿だけど。というか、自分の顔なんて微塵も興味無いわよ」
「女に嫌われそうな顔してるもんな」
「!」
「同性の友達居ないだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
思わず凍りついたクロエに、ディオンは「まさか・・・・・・」と呟いた。
「本当に一人も居ないのか?」
「今すぐ黙らないと許さないから」
「ゴメン」
まさかディオンから哀れみと謝罪される日が来るなんて。そもそもリリアーナいわく『悪役』として設定されていた自分に、取り巻きならまだしも、友人など出来るはずがない。顔とか言うより性格の問題なのだ。
「でもいいのよ、私には良き相談相手のゲルトが居るから!」
「はい」
「ちょっと、ここでは何か言いなさいよ!本当よ?私本当に家族みたいに相談出来るから!」
「分かったから、もう何も言うな。な?」
クロエはワナワナ震えたが、これ以上この話をすることが余計に見苦しく感じたので本題に戻した。冷静になれ自分。
「で、話が逸れたけど、あなた国王になってどうするの」
「自分の国を創る」
「ムリムリ!あなたただの歴史の非常勤教師じゃないの!」
「ウソだよ」
「何この茶番」
クロエはディオンを殴りたくなった。一応真剣な話をしているはずなのに、なんでこんな面白くない冗談を交えてくるのか。
「本当は国なんてどうだって構わない。ただ俺は、俺に正当な権利を与えず、危険に晒した王族全員が、血反吐を吐いてのたうち回っている姿が見たいだけだ」
「・・・・・・そんなに母親が殺されたのが憎い?」
ディオンは軽く目を見開いて、ニヤリと笑う。
「いいや、ただの趣味さ」
「は・・・・・・?」
心の底から哀れんだ顔をして、ディオンは呆れ返った。
「俺が母親の仇討ち?そんな善人に見えたのか?俺の母親は俺を大して愛してはいなかった。ただ国王の子供ということで、いつか金持ちに取り入る手札として残していただけだ」
ディオンの目には何の感情も無かった。
「殺されて当然だ、あんな女。・・・・・・俺にはお前の思うような普通の感情はありはしない。ただ国王を殺したいだけ、分かったか?」
クロエは奥歯を噛んだ。
「クズね」
吐き捨てるように言った。分かっていた、この男にそんな感情は無いと。でも少しは人間らしいのでは、と考えなかったと言えば嘘になる。そんな甘い考えを抱いた自分がバカバカしかった。
「なんとでも言えばいい。それより、そろそろ結婚してくれないと俺も困るんだ。明日までに決意しないなら、既成事実を作るからな」
「・・・・・・は、はぁー!?」
クロエの悲痛な叫びは屋敷中に響きわたった。




