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第19話 ディオンの正体

 ディオンの背中が見えなくなった後、クロエはチラリとゲルトを見やった。


「よく出てこなかったわね。偉いわ」


 ゲルトは苦笑して肩をすくめた。


「あの方には目を付けられたくないので」


「あなた何気に危機管理能力高いのよね」


「でもちゃんと危なくなったら出て来ようと思ってました」


「本当かしら〜?」


 冷やかすクロエにゲルトは「本当ですよ!」と慌てる。勿論彼が保身とクロエ、どちらを優先するかは言うまでもなく分かっている。


「にしても、笑っちゃうわよね。あれがジョエル王子の腹違いの兄君だなんて。全然違うじゃない」


 それは知る人ぞ知るディオンの正体だった。


「隣国からの落とし子ですか」


「公式には認められていないけどね」


「でもどうしてこの国に居るのでしょうか」


 確かに、普通なら本国に引き取られて然るべき対処をされるべきだ。けれども隣国ではジョエル王子以外の後継者は()()()()()()()()


「認知はしないけど、唯一の後継者であるジョエル王子の『もしも』の時の保険、なのかもね」


 嘘か本当かは知らないが、隣国の国王がお忍びでこちらの国に来た時にできた子供だという。認知されていないとはいえ、こちらも他国の王族を放置する訳にもいかず、隣国の国王と強い繋がりのある学園の理事長が引き取り、教師として雇っている。


 そんなワケありの人間を、父がわざわざクロエの『結婚相手候補』として呼び寄せるなんて。


(お父様、何か企んでるわね)


 父がディオンの事情を知らないはずがないし、ディオン自身も簡単に引き寄せられたとは思えない。ディオンにも何か相応のメリットがあるはずだ。


 そうこう考えていると、イレールがひょっこり顔を出した。


「こんな所に居た、探したよ姉上。主賓が何油売ってるんだよ」


 クロエはニッコリ笑って、


「イ、レ、ー、ル、く〜ん」


 返事をする時間も与えず、クロエは背後に回ってイレールの首を腕で絞めた。


「姉上、く、くるし・・・・・・」


「あなた何か知ってるんじゃないの?なんでディオン先生がここに来たのよ!?」


「い、言うから離して・・・・・・!」


「クロエ様、イレール様が死にかけてます」


 ゲルトに言われてクロエはパッと腕を解いた。イレールはため息をついてテラスに胡座をかいて座り込む。


「はぁ・・・・・・。父上は、姉上の好きにしろとは言ってたものの、いざ現実にジョエル王子の結婚を断ったこと本気で焦り始めたんだ。このままじゃ永遠に片想いのまま、ロジェには先立たれ、孤独死するんじゃないかって」


「結婚だけが幸せじゃないのよ!?」


「でも目指す所は結婚って矛盾してない?」


 その言葉にゲルトが目を見開いたが、クロエは間髪入れずに否定した。


「してない!結婚は結婚でも、相手がロジェか否かで全然違うのよ!私の未来番付で言えば、一番がロジェと結婚、二番は一人で生きる。以上」


「姉上の気持ちも分かるけど、老いた父上の身にもなってみろよ」


「私は男に守ってもらうつもりなんてサラサラ無いのよ。例えロジェと結婚しても、私が幸せにする所存です」


「まあ俺はなんでもいいけど、少なくとも父上にはなんらかの思惑があるんだろうよ」


「なんらかって何よ」


「それは俺も知らない。ほら、早くパーティーに戻って」


 モヤモヤとした何かを打ち払えないまま、クロエはパーティーに戻った。勝手に姿を消したことを父に咎められたが、素直に謝る気持ちにはなれなかった。



 ***



 それからパーティーの後、ディオンは丁寧にも毎日クロエに会いに来た。


「やぁ」


 優しげな笑みは使用人の居る前だけ。


「なーにが『やぁ』よ。あなた暇なの?」


 彼らが消えるとディオンは途端に本性を表す。


「わざわざ時間作ってお前に取り入ろうとしてるんだろ。てかお前もロジェに似たようなことしてただろ」


「あーあー聞こえなーい!」


 クロエは耳を塞いだ。


(コイツ、私のこと色々調べたわね!)


 どうして会いに来る時間が必ずクロエが家に居る時間なのだろうと思っていたが、そういうことか。この男のせいで最近ロジェの鍛錬の覗き見が全く出来てなかった。勿論これも見越してのことだろう。


「あなた、私と結婚してどうするの。何が目的?」


「そりゃお前のことが気に入ってるからだよ」


「そういうの本当にいいから。あなたがそんな()()の考え抱く訳がないわ。本当に結婚したいなら頭を使って話して頂戴」


 するとディオンは憎たらしい笑みを浮かべた。


「じゃあ取引だ。結婚してくれたら、お前の望むものをなんでも与える」


 その言葉に瞠目した。


「なんでも?あなた私がロジェを好きと知ってて言っているのよね?」


「ああ」


 頭に血が上るのを感じる。今目の前に居る男の全てが許せない、怒りが湧いて止まらない。


「馬鹿にしないで。ロジェを引き合いに出せば私が素直に応じるとでも思ったの?それにロジェはモノじゃないのよ!」


 いとも簡単にロジェを与えると言ったこの男には本当にムカついた。まるで自分の今までの努力が全て無駄だったように感じた。


「嘘じゃない。俺にはロジェすらも言うことを聞かせる算段がある」


「あなた、私に結婚を申し込んでおいて、妻になる女に他の男を用意すると言ってるのよ?」


「俺は結婚さえしてくれたらいいんだ」


 最初から気付いていたが、よほどディオンはクロエに興味が無く、そしてその目的は結婚に付随する『何か』なのだ。


(コイツは自分の欲しいものを手に入れ、私にはロジェを与える。つまり契約結婚ってことね)


「じゃあ、あなたは他の女を作るのね」


 ディオンはニヤリと笑って、クロエの顎に触れる。


「俺を望むっていうならその望み叶えてやるよ」


 クロエは眉をひそめて、ディオンの手を払った。


「・・・・・・あなた、自分のことすら二の次なのね」


 その何かを手に入れる為なら自分すらも犠牲にしてもいいと考えている。


「本当に何がしたいの?」


「さてね。そのくらい自分で調べたらどうだ」


 ディオンはそう言ってはぐらかし続けた。こうなったらクロエは別の手段を取ることにした。

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