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第16話 人生相談

 ***



 ようやくありついたライトベリーのパウンドケーキ。口に入れると柔らかいライトベリーの香りと、バターの奥深い味。隣に添えられた生クリームを一緒に付けて食べると、より美味しさが増していった。


「とっても美味しい!」


「よかったです。ここまで長かったですから」


「本当ねぇ」


 無駄に苦労した気がする。いや、した。クロエは笑ってまたケーキを口に運んだ。


 味は全く違ったが、どこかベルタのケーキを彷彿させた。


(この前からずっとベルタとゲルトのことが頭の中を回っているわ)


 そういえばライトベリーを口にしたのもいつぶりか分からない。王都ではあまり出回らないから目にもしない。


 考え事をしていたことが気になったのか、ロジェが気を使って声をかけた。


「ここの店主、北方の出身で、騎士団団長と知り合いらしいんですよ」


「団長と?」


「ええ。だから団長に連れてきて貰って、この店を知ったんです」


「あのイカつい顔で甘党だなんて意外ね」


 クロエは団長の顔を思い浮かべて声をあげて笑った。普段は女子供を寄せ付けない威厳を持つ彼は、齢六十五だ。健康の秘訣はこの店のライトベリーかもしれない。


「何かライトベリーに深い思い入れでも?」


 言われてクロエは目を瞬かせた。


「分かるの?」


「勘です」


 クロエはため息混じりに息を吐いた。


「ごめんなさい、本当はケーキじゃなくて、あなたの匂いと顔を楽しむはずだったのに」


「セクハラと捉えてよろしいですか」


「やだ〜冗談よ冗談」


 嘘である。


 ふとクロエはポツリと呟いた。


「昔働いてたメイドが時々ライトベリーのケーキを焼いてくれたの。亡くなったんだけどね」


「・・・・・・そうですか」


 雰囲気を暗くしてしまったのは申し訳ないと思ったが、この際だ。少しロジェに悩み相談をしてみようと思った。事情を知らないので適材だった。


「ちょっとした相談なんだけど、ロジェは誰かに同情や哀れみを持っていることってある?」


「同情?」


「そう。ある人にね、とてもよくして貰ってるの。でも私は最初、その人に対して可哀想だなって思っていたの。でも段々、私はなんて失礼なことをしてるのかしらって思って。それなのに今でも少しだけ、その感情が拭いきれていないの」


「クロエ様はその人物にどうしたいんですか?」


「嫌われたくない。それだけよ」


 クロエの言葉にロジェは軽く目を見張った。


「その人が寄せてくれている信頼に対して、私は不誠実だと思うの。信頼と好意の対価が同情だなんて、不義理だわ・・・・・・」


 クロエは紅茶のカップを持った。漂う湯気から蒸らされた茶葉の香りが立ち上ってくる。ケーキを食べた後の口の中に含むと、残っていた甘みと相まってちょうど良い加減になった。


「でも、クロエ様はその人物を信頼しているのでしょう?」


「ええ、勿論」


「ならそれで良いではないですか」


 ロジェはクロエを真っ直ぐ見据えた。


「人というのは、一度に様々な感情を抱くものです。その関係に整合性を見出す必要はありません」


「整合性?」


「例えばこのパウンドケーキ、俺達はなんの気なしにライトベリーだと思って食べていますが、ここに少し隠し味として塩が少し入っていたらどう思いますか?」


「・・・・・・どうも思わないわ。だってライトベリーのパウンドケーキに変わりはないでしょう?」


「そうです。店はこれに塩が入っていることを知っていて、客は知らない。必ずしも持ってる情報が同じではないんです。でも店と客の取り引きは成り立っていますよね?」


「ええ」


「ならそれで良いんです。店は喜んで貰いたいが、企業秘密を抱える。そして客は喜んでいる。これでいいんです」


 しかしクロエは納得がいかなかった。


「でもそれは喜ばせる為だからだわ。私のはケーキにコショウを入れているようなものよ」


「じゃあその人物は、あなたを嫌っていますか?」


「・・・・・・いいえ、多分」


「色んな感情が入り交じった態度の末に、あなたに対して『信頼』という感情を向けている。人は馬鹿ではありません、感情というのは案外目に見えるものです。

 それでもあなたを慕うなら、それがその人の導き出した結果。あなたをどう思うかはその人次第なんですから、その人が良いと言えば良いんです。

 現にそうやって、この世の中は成り立っているんですから」


 それは極めて客観的で、まるで感情を数式で表したような言葉だった。目の前にある事象が現実なのだとロジェは言った。確かにその通り。そしてそれを見ても中々受け入れられない、それが人間なのだ。


「あなたって冷静ね。でもきっとそれはあなたの才能よね」


「才能?」


「私にはその冷静さが足りない気がするから。分かっていても、なかなか変われない・・・・・・なんだか難しいわね、人って」


 いつの間にか紅茶は空になっていた。ロジェは首肯した。


「そうですね。そもそもあなたがそんな人間らしい悩みを持っていることに驚きました」


「あなた私をなんだと思ってたの!?」


「冷酷無慈悲なワガママな方かと」


 クロエはフラっと目眩がした。


「今倒れそうなくらいショックだわ・・・・・・」


(でも確かに、学園時代の自分はそんな感じだったと思う。何もかもに必死だったな)


 たとえこの世界が誰かに創られたものだったとしても、それは誰のせいでもなくクロエ自身の責任だと思っている。今まで生きてきたのは確かに『クロエ』だったのだから。


 遠い目をしたクロエに、ロジェは珍しく慰めの言葉をくれた。


「でも、クロエ様はここ数年で着実に変わられたと思います。特にリリアーナ様がユーグ王子の冤罪を晴らそうとしていた時、正直あなたが手伝うとは思っていませんでした」


「・・・・・・まあ、私も無慈悲ではなかったということよ」


「そうですか?」


「そこは肯定して欲しいわ?」


「すみません。・・・・・・紅茶のおかわりを貰いましょうか?」


「ええ、お願い」


 そうして店員を呼ぶロジェの横顔を、クロエはとっくり眺めた。ようやく頭の中の霧を払って、目の前の超歴史的美男を眺めて、クロエは心を潤していた。


(やっぱりロジェって美しい顔立ちだわ・・・・・・)

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