第11話 ユーグ王子の覚悟
「で、なんのご用です王子」
クロエは面倒くさそうに尋ねたが、ユーグ王子はロジェに視線を逸らした。
「いや、用はクロエではなくロジェにあるんだ」
呼ばれたロジェは背筋を伸ばす。
「なんでしょう、殿下」
「もうすぐリリアーナとの結婚式だから、今夜にでも警備の確認をしようかと思ってな。予定の確認に来た」
ロジェの顔が微かに曇る。クロエは目を細めた。
(あらあら、ユーグ王子は本当に感情の機微に疎いですわね)
ユーグ王子は優秀であるのに何故か心情を察することに弱い。ロジェとリリアーナの出会いこそ知っているものの、彼がリリアーナに対してどのような感情を抱いているのかは今も知らないのだ。
元々ロジェとユーグ王子の繋がりが薄かったというのもある。なにせロジェ自身がリリアーナ以外に対して興味を抱いておらず、そして彼女が王子と接触する時は極力距離を置いていた。それが気遣いだったのか、はたまた想い人が取られる場面を見たくなかったのかはクロエには分からない。
そしてリリアーナとユーグ王子が婚約して、ロジェが騎士団に籍を入れてようやく王子とロジェに深い繋がりが出来たのだ。
(結婚式の警備の確認だなんて、嫌味でしかないわね)
王子なら今日が会議だと命令すればいい。それはリリアーナが信頼するロジェだからこその優しさなのだろうが、時に優しさというものは人によって毒になる時もある。今この状況がまさにそうだ。
クロエは内心ため息をついた。
(こんなことやりたくないんだけど───)
「まさか、ユーグ王子がリリアーナと結婚するだなんて夢にも思いませんでした」
そうか?とユーグ王子は苦笑した。
「クロエはリリアーナと仲が悪かったからそう思っていたんだろう。私はリリアーナと出会った時から運命を感じていた」
ピキッとこめかみに青筋が浮いた。コンニャロ。
「そういうノロケは他所でやってくれます?聞いてるだけで吐き気がします」
「そこまで言うか!?」
「言いますとも」
「相変わらず厳しいな」
「厳しいついでに言わせて貰いますけどね、王子は本当にリリアーナを王妃にして、この国を背負う覚悟はおありですか?」
ピクリと反応し、ユーグ王子はクロエを訝った。
「なんだと?」
「他意はありません。ただ私は、王子がその運命とやらの直感と、若さ故の勢いと、その場限りの熱愛だけでリリアーナを選んだのかどうか聞いているんです。
仮にもあなたは次期国王であり、いずれ数多の騎士と国民を統べることになる。その時にリリアーナが隣に居ると断言出来ますか?」
「私は見かけや一時の感情だけで妃を選んだりしない。リリアーナを選んだのは、彼女はどんな人間も見捨てず救おうとする清い心を持つ人だからだ。
そして前に進めない人間に対しては、一緒に立ち止まって心を勇気づける優しさを持つ。それは私だけでなく、この国民全てに必要だと考えた。
だからリリアーナを選んだ。彼女はいかなる時も私の隣に居るだろう。見くびるなよ、クロエ」
ユーグ王子に睨め付けられたが、クロエはウフッと白々しく笑った。両手を合わせて頬の横に添える。
「それを聞いて安心しました。やはりユーグ王子は立派な志をお持ちのようですね」
これは嘘ではなかった。
(昔からそう、王子は人を見抜く力だけは天下一品なのよね)
そして常に確固たる意思を持っている。堂々とした態度には昔から憧憬の念を抱いていた。
「でもそれなら、一介の騎士ごときに気遣いなどなされませんように。ロジェはリリアーナの騎士、つまりはあなたの騎士でもあります。遠慮などしていてはロジェもやりづらいでしょう」
ロジェは軽く目を見張って、ユーグ王子もその言葉には少し考え直したようだった。
「・・・・・・そうだな。では、今夜会議を開く。いいな?ロジェ」
「御意」
クロエは息を吐いた。
(まあこれで、少しはマシになるかしら)
また余計なことをしてしまった。クロエは必死にこの場を茶化すのに専念した。
「王子〜!王位に着いた暁には是非とも、私の弟を宰相にお願いしますわね〜!」
「クロエ、君はどうしてそんなに図々しいんだ」
「あら、会ったことも無いのに酷いんですね」
「弟君が学園を卒業してから謁見を認める」
「流石は王子、器が違いますね」
「そんなこと言っても何も出ないぞ」
「あら残念」
ホホホと笑っていると、何か言いたげにロジェがこちらを見ていた。
***
「さっきのこと、俺の為に王子に質問されたんですか」
「なんのことかしら。私はリリアーナが王妃に見合うか尋ねただけよ」
ユーグ王子が去ってから、ロジェがそう尋ねてきた。クロエは彼から少し目を逸らした。クロエはリリアーナが嫌いだ。だから少しユーグ王子を試しただけ。それだけだ。彼が言うような恩着せがましいことはしていない。
「・・・・・・今回は救われました。ありがとうございました」
クロエが目を見開いている間に、ロジェは一礼して去ってしまった。
(ロジェが・・・・・・お礼?)
幻覚?いや幻聴・・・・・・?
ロジェが去ってゲルトが慌てて飛んで来た。
「クロエ様!大進歩です!!!」
「そ、そう!?」
「ロジェがクロエ様に礼を言うなんて、この世に天変地異が起こった並ですよ!」
若干失礼な気もしたが、今は置いておく。
「確かに、だってあのロジェが私にお礼を言ったのよ?今までなら考えられなかったことよね?すごいわ、月に手が届いたくらいすごいわ!」
「ええ、想像したらそれちょっと怖いですけど」
「あなた本当に物の例えってものが分からないのかしら?」
「というか、そんな場合じゃないですよ!このまま押せばロジェ、なんとかなるかもしれません!」
ゲルトの言葉にクロエの目がキラキラ輝いた。
「ほ、本当に!?」
「屋敷に帰って次なる作戦をたてましょう!」
「うん!」
クロエはルンルンとゲルトを引っ張って帰った。こんなに楽しい帰路が今まであっただろうか。




