第10話 忘れていた本題
クロエは指先でちょこんとマカロンをつまんだ。マカロンの表面のツヤを楽しみ、口の中に放り込んだ。クシャッと潰れて舌の上でとろけていく。
ゲルトに差し入れられたおやつを楽しみながら、ふとあることを思った。
「色々あって本筋が逸れたけど、元々私はロジェと仲良くなる為に共通の趣味を探してたのよね?」
「久しぶりに本題に戻りましたね」
「いや本当に久しぶりね」
舞踏会の後も何度か城でロジェをストー・・・・・・眺めていたが、ついぞこの前まで剣の練習をしていたことなどすっかり忘れていた。
「でもロジェには他に趣味はなさそうですし、次の作戦を練られた方がよろしいのでな?」
「そうね。で、どうする?」
「そこはやっぱり俺なんですか」
「いーから考えなさい!」
やれやれ、とゲルトは自分の顎に手を当て、ふむと考え込んだ。
「そうですね、クロエ様はロジェに悪いとこばかりを見られていますから、イダっ!つねらないで下さいよ!」
余計なことは言わなくていいのだ。クロエはゲルトの頬を放した。
「で、どうすればいいのよ」
「つまり良い印象で今までの印象を払拭するんですよ。クロエ様の良いところを知って貰えば、あれ?いつもはなんだか憎たらしかったのに意外と可愛い・・・・・・みたいな、イダダっ!」
「いちいち一言多いのよ!というか、それ本当に効果あるの?」
「いわゆるギャップ萌えを狙うんです」
「ふーん。で、私の良いところって?」
ゲルトは両頬に人差し指を当ててニコッと笑った。
「笑顔が可愛い」
───後日。
「失敗したじゃないの!!!」
クロエはげしげしとゲルトを踏みつけた。
「誰も微笑んだままつっ立ってて下さいなんて言ってませんよ!ふとした瞬間に柔らかく微笑んだら良い感じってことです!」
「そんなこと言ってなかったじゃない!あなた説明が足りないのよ!」
とりあえずゲルトの言った通りにロジェにニコニコと微笑みかけてみたが、首を傾げて素通りされた。足すら止めてくれなかった。
(よく考えたら私ロジェにはいつも笑顔じゃないの!)
残念ながらそこら辺のギャップには効果は無さそうだった。ギャップ萌え作戦は呆気なく終了した。
「もー、次よ次!」
「はいはい。じゃあ次は・・・・・・好き嫌いとか聞いたらどうですか?お互いの趣向が分かって取っかかりが出来れば、そこから会話が広がるかも」
確かにそれは一理あった。思えば今までロジェとそんなまともな会話をした覚えがない。というか逆にプロポーズばっかりして玉砕していたのか私は。
「なるほどね、それはやってみる価値がありそうね」
「ちなみに、俺は晴れ渡った青空とライトベリーが好きです」
「あなたには聞いてないわよ」
「ひどい!」
***
今日はオペラグラス越しではなく、面と向かってロジェに会いに行った。
「ごきげんよう、ロジェ」
「今日はなんですかクロエ様」
「えっと」
ふとこうしてロジェと話すのはなかなか無い機会なので少し緊張する。
(緊張?私が?いやいや、今はとにかく作戦が優先。・・・・・・好き嫌いを言えばいいのよね?)
クロエはスっと息を吸って言葉を吐き出した。
「私、トカゲが苦手です」
「・・・・・・・・・・・・」
シーン、と空気が凍った。ロジェは眉をひそめ、明らかに状況を読み込めていなかった。そしてこの会話をロジェの後ろ辺りで隠れて聞いていたゲルトは、視線でクロエにメッセージを送った。
(クロエ様どうして苦手なものから言ったんですか!)
(緊張して間違えたのよ!)
普通好きなものから言うものだ。というか会話が唐突過ぎたかもしれない。
(ええい、こうなったら無理やり会話を続行するしかないわね!)
「ええっと!ロジェは何が苦手?」
答えてくれるかな、と若干不安になった。だってそうだろう、何故突然自分の弱点を言うのか。
しかし意外にも、ロジェはサラリと教えてくれた。
「ナマコです」
クロエは目を点にする。
「ナマコ・・・・・・って何?」
「知りませんか?黒くてヌメっとしてます」
「それ、生き物なの?もしかして虫?」
「一応生き物ですよ。虫ではないです」
「どこに居るの?」
「海ですね。潮が引いた岩場とかにゴロゴロ転がってます」
「転がってるの!?」
黒くてヌメっとしたしたものが海に転がってるだと。そんなもの見たことがない。というか今の話を聞いているだけで見たくない。
(・・・・・・あれ?会話が続いてる)
相変わらず無表情ではあるが、ロジェは至極真面目に答えてくれていた。ここまで会話が弾んだ(?)のは初めてかもしれない。ロジェの後ろに居たゲルトも予想外の展開に驚いているようだった。
(よし、このまま良い感じに仲良くなって───)
と、意気込んだ時だった。こういう時に限って予測不能の事態が起こるのだ。
「誰かと思ったらクロエじゃないか!」
「チッ」
割り込んで来た声に思わず舌打ちしてしまった。城に居て、こういう空気が読めない人間には心当たりがある。
振り返るとそこにはユーグ王子がショックそうな顔でクロエを見つめていた。
「今なんで舌打ちした!?」
「いえ、なんでもありません王子」
ついこの前までこの男の妻の座を狙っていたはずなのに、今この状況では邪魔でしかない。というか全く未練が無いことに自分で驚いた。やはりあの頃の自分は少しおかしかったのだ。




