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希少美少年三人寄れば狂信者は呪詛を吐き踊り出す~見てよ! 伝説の無観客ライブ~

作者: 焼魚あまね

 あるところに、美少年というものがありけり。


 神が創りし造形美を保有し、人々を引きつけて止まぬものなり。


 魅了し、癒やし、羨望の眼差しを受ける特別な存在であるそれは、もはや人間にあらず。


 混沌とした世界の中で、希少性を増したそれは。


 いつしか信仰の対象へと昇華したのである。





 ――――ベルラガッツォ(美少年)教団、教会。


「神が創りし美の結晶は、この地に小麦を与え、タコヤキーの製法を我らに伝えました。こうして我々は、パスタ以外の食事法を習得したのです。そのことに感謝し、僅かなる糧をいただきましょう。――――shonennショーネン

「shonenn!」


 祈りを捧げ、シスター達は食事に勤しんでいた。

 並べられた皿には、こんがりと焼き目のついた球状の食べ物がちょこんと一つ。

 そしてそれをナイフとフォークを使ってちまちまと食べるのである。


 ここはイタリア某所にある小さな教会。

 美少年を信仰する教団、ベルラガッツォ教団の本部である。


「ああ……今日もお美しい……」

「そこのシスター、食事中に『美少年様』を眺めるのは不敬ですわよ!」

「はぁっ、失礼いたしました」


 教会の最奥には大きな氷の塊が鎮座しており、その中で美しい少年が眠りについていた。

 黒い法被に黒いタイトなズボンを身に着け、頭には捻りハチマキという格好である。

 艶やかな黒髪が美しい。


 伝承によれば、数百年前。

 東の地にある『カンサイ』という聖地に出現した美少年らしい。


 彼は何の因果かイタリアに流れ着き、イタリアにタコヤキーをもたらした。

 その後、何の因果か氷漬けになり、永遠にその美しさが保たれている。


 という何か大層ないわれがあるが、彼らは単なる美少年愛好家に過ぎなかったりする。





 一方その頃。

 イタリアにタコヤキーをもたらしたとされる東の地、関西では。


 ――――関西美少年連合、事務所。


「やっぱ『金髪様』には半ズボンやな」

「当たり前やろ。いうて半ズボンってどないな長さやねん?」


「膝丈?」

「あんた面白いこと言うやないか」


「なんや!?」

「太もも拝めんやろが! もうちょい短うせな」


「何か言うてるわ~。短ければええってもんでもないやろ~?」

「はぁ! やんのか~?」


 とある事務所の一室で、二人の輩が言い争っていた。


「やめろ言うたやろが~!」


 しかし、部屋に飛び込んできた男の一声で、場は静まる。


「金髪様の前やぞ? 喧嘩はやめや! その話は何身に着けても似合ういう話で手打ちになったやろ?」

「す、すまねぇ総長」

「つい熱が入ってもうて……」


 ここは関西美少年連合の事務所。


 一見ヤバそうな事務所で、活動している人員も強面黒スーツな人達ばかりだが、これまた美少年を信仰する団体に他ならない。


 事務所の一角には巨大な神棚があり、そこに氷漬けの美少年が眠っている。

 ウェーブがかった金髪に青い瞳。

 高級そうなワインレッドのスーツを身に纏っていた。


 彼は数百年前、何の因果か関西にたどり着いたイタリアの美少年である。

 噂によれば、マフィアとの抗争の最中、連合の先代が持ち出したブツだとか。

 


 かつては多少ハードボイルドな団体であった関西美少年連合(旧関西連合)も、今となってはこの金髪様のファンクラブと化している。


「まあ落ち着いて、パスタでも食いに行こうやないか」


 そして、関西美少年連合では、金髪様生誕の地に感謝を込めて、主食をパスタに限定している。



 ――――美少年。


 その定義については議論が尽きない。

 ただし、それは美少年がありふれていた時代の話である。


 世の乱れと共に美少年は減少し、生存している美少年はゼロとなった。


 今現存する美少年は全て氷漬けにされた数体のみであり、希少な遺産扱いとなっている。

 更にその存在を知っているのは、美少年を保有する団体くらいのものである。


 美少年の存在が公になろうものなら、たちどころに世界は戦争を始めることだろう。


 美少年を奪い合う、第一次美少年戦争を。


 それを知ってか知らでか、各団体が厳重に美少年を守り続けることで、世界の平穏は保たれているのである。



 しかし!


 美少年愛好家の間で密かに有名な予言者、ミエル・ゾ・ノートルダムは言った。


『2222年2の月。美しき少年達は封印を解かれ、世界に波乱を巻き起こすだろう』と。


 そして現在、2222年の1月31日。

 運命の時はすぐそこまで迫っていたのだ。





 ――――美少年マフィア、アル・ビショネのアジト。


「ミエル・ゾ・ノートルダムの予言まであと僅かか。この氷漬けの封印が本当に解けるのか?」

「どうでしょうね、ボス」

「どうあれ、過去のように美少年を奪われる失態は避けなくてはな」


 そう、関西美少年連合が持ち出した『金髪様』こそ、元はこの美少年マフィアの所有するものだったのだ。


「新たにロシアで手に入れた、この『パーカー様』だけは死守せねば」


 彼らは、そのパーカー様を手に入れるためロシアに移住していた。

 凍える寒さを緩和する暖炉の横で、白いパーカーを着た美少年が氷漬けのまま安置されている。


 反射すれば白く輝くプラチナブロンドの髪。

 色白でぷにぷにの肌。

 深く被ったパーカーのフード、その下からのぞく閉じた瞳は、ミステリアスだ。


「それにしても、本当に予言は当たるんでしょうか? だってほら。暖炉の近くに置いていても溶けないし、叩いてみたって……」


 部下の一人がパーカー様をコンコンとノックした。


「おいお前、なんてことをするんだ!?」


 ボスは激高するも部下は平然としていた。


「大丈夫ですって。ほら……え?」


 何も起きないはずだった。

 事実、氷漬けの美少年は丈夫で、弾丸を浴びせても破壊できない強度を持っていた。


 しかし、この時だけは違ったのである。


 

 そう、2222年2月を迎えたこの瞬間だけは。


 パリパリと響き渡る音とともに、美少年を包む氷は割れていき――――。


 ついに、その身を空気にさらした。


「ん~っ!!」


 一度伸びをして、それからパーカー様は閉じていた目を開ける。

 灰色の真っ直ぐな瞳は、周囲の状況を冷静に確認しているようだった。


「う~ん? ……人さらい? じゃあ、お仕置きしなきゃ……」


 自身を取り囲む大男達を敵と断定したパーカー様は、流れるように行動を起こす。


「ぐはぁ!」

「なんとっ!」


 予想だにしない光景だった。

 しかし、美しくもあった。


 パーカー様は可愛らしい口元から息を吐き、凜とした姿勢で美少年マフィアの部下達を突き飛ばしていく。


 彼は……ロシア武術・システマの達人だったのだ。

 次々と打ちのめされる部下達。


 その惨状を憂いたボスは一喝する。


「やめなさい!!」


 響き渡った声に一同は動きを止める。

 パーカー様もその声の主に視線を向け、ちょっと目を見開いた後、戦闘を放棄した。


「……このくらいにしておいてやる」


 パーカー様はこの組織のトップが誰なのかを理解し、ボスのもとまで歩き、向き合った。


「お目覚めかな、パーカー様。その体型に不釣り合いなパーカーを着ることで、下に履いている短パンが大部分裾に隠れてしまい、まるで履いてないみたいに見えるのすごく良いな」

「え、うん……。それよりパーカー様って僕のこと? 安直な呼び名だ……良いけど。で、どうなってるの?」


 ボスは端的に説明した。


「君は特別な存在なんだ。氷漬けにされ、そして今、その封印が解けた」

「あなたが僕を氷漬けにしたの?」

「違うよ。それは……ああ! しまった! 忘れていた!!」


 急に取り乱すボス。


「どうかしたの?」

「君を氷漬けにした奴だ! 美少年管理局の奴らが動き出すぞ! 奴らは世界中の美少年にかけられた封印状況を全て把握している」


「僕を捕まえに来るの?」

「場合によっては。我々の出方次第だが……そうはさせない!」


 美少年管理局は恐れていた。

 希少性を増した美少年が世に放たれ、世界を混乱に陥れることを。

 だからこそ、特殊な技法で氷漬けにしたとされているが。


 予言が的中した今、彼らは事態の収拾に動くだろう。


「ねぇ、どうしてこうなるまで管理局は黙認していたの?」

「奴らの目的はあくまで美少年を世に出さないようにすること。我々の方針と同じだから」


「でも封印が解かれたから、再び封印するまでは安心できない……?」

「そういうことだ。危惧すべきは他の美少年を保護する団体の動きだ」


 時は動き出した。

 果たして、第一次美少年戦争は回避できるのか。


「ま、僕は外に出る気がないから安心して。……それより部下にシステマ教えて良い? 弱くてつまらないから」

「ああ、そうしてくれ」


 パーカー様が意外と物わかりが良い美少年であることに安堵するボス。

 しかし、それもほんのひととき。


「他の美少年保護団体は狂信者の集まりと聞く。大事にならなければ良いが……」





 ――――案の定。美少年を信仰するベルラガッツォ教団では、騒動が巻き起こっていた。


「なんや知らんけど、気づいたらべっぴんなシスター様に囲まれてしもうたわ」


「きゃー! 生の美少年様よ!」

「シスター様だなんて! お姉ちゃんって呼んでください!」

「ああ、神よ……。なにゆえこのような美少年を創りたもうた……」

「短パンを履かせるのよ! 短パン……」


 突如として氷漬けから解放された美少年様に狂喜乱舞するシスター達。

 また美少年様のほうも、ノリの良さでまんざらでもないように振る舞う。

 

 騒ぎはピークに達し、今にも神輿のごとく担ぎ上げられそうになっていた美少年様を前に、シスター長の声が響く。


「何と言うことですか! 恥を知りなさい! 神聖なる美少年様を前に、はしたないではありませんか!?」


「はい……シスター長」

「……シスター長。ですが美少年様もお喜びに……」


「お黙りなさい!! それ以上口を開くのであれば……な、シスターミーハー! 何をしているのですか?」


 シスター長の説教など気にも留めず、最近入団したての新人シスター、ミーハーは美少年様に短パンを履かせようとしていた。


「美少年様には短パン! 美少年様には短パン! お祖母様もそうおっしゃっていたわ!」

「およしなさい! そんな事をすれば美少年様の魅力が……ああ、神よ……」


 こうして、美少年様は魅力を最大限に引き上げられたのである。


「なんやおもろい集まりやなぁ。祭りか? 知らんけど」


 その後、しばらく美少年様はシスター達にもみくちゃにされ、『あわよくば美少年様の太ももと短パンの隙間に我が手を』と群がるシスター達の魔の手と戯れていた。



「ふぅ……太ももは敏感やから堪忍な? んで……もぐもぐ…………何がどうなってんねん!?」


 シスター達から供えられたタコヤキーを頬張りつつ、美少年様は問うた。


「かくかくしかじか、ろりろりしょたしょたで……」

「なるほどな~、俺は希少な美少年で、よう分からんけど封印されとったんやな。それが解けてシスターのみんなは大喜びってわけかいな。……って何で分かるねん! かくかくしかじかはともかく、ろりろりしょたしょたって何やねん! 聞いたことないわ!」


「さすが美少年様!」

「何か分かってしもうたわ! で、どうしよ。実家に帰るにも数百年も経ってるし」


 今更帰ろうにも、実家の場所を特定するのは難しいだろう。

 そもそも、ノリでなんとかしてはいるものの、美少年様は今の状況に戸惑いを隠せないでいる。


「実家というのは「カンサイ」のことですね。やはりそこでもタコヤキーを食しているのですか?」

「タコヤキーやなくてたこ焼きな? 数百年経っているとは言え、さすがにたこ焼きはまだあるやろ~? こんなパチモンやのうて……」


「パチモン……」

「待ってや! 別に悪気はないんや! ただもっとこう熱々でとろっとしてて、美味いソースとマヨネーズをやな……」


『「ゴクリ……」』

「――――で鰹節と紅ショウガを載せたら完成や」


 話は脱線し、シスター達は「タコヤキー」ではなくその元祖、「たこ焼き」の魅力に取り憑かれた。


「ああ、何と言うことでしょう! 美少年様の上品なお口からこぼれ落ちる濃密な知識たるや、我々の心だけでなく胃袋までも支配するというのでしょうか」

「シスター長! これはもう、カンサイに乗り込むしかありません!」


「シスターミーハー。それは軽率な発言と言えるでしょう。……しかし、私もその提案に賛成です! 行きましょう、カンサイへ!」


 こうして、シスター達の関西行きが軽快に決まった。


「シスター長! 噂によればカンサイにも別の美少年様が存在するとの情報が」

「僥倖! その美少年様も我が教団に引き入れるのです!」


「俺はいつ教団に入ったんや?」


 美少年を引き入れる、などと言えば多少聞こえは良いが、言ってしまえば強奪作戦である。


 もちろん、目的地に居を構える関西美少年連合も黙ってはいない。





「お前の作ったパスタ、ママの味がする……」

「おおきに、金髪様」


 他の組織同様、関西美少年連合でも美少年の封印が解かれていた。

 そして、連合総長自らが料理したパスタを振る舞い、状況説明をしている最中だ。


「そうか、お前の遠い先祖が美少年で、同じく美少年である僕を大切に守り続けてきたと」

「そういうことや。そしてそれは今後も変わらねぇ! ともに同じパスタを交わした者同士、協力して……」


 総長は金髪様の好物であろうパスタを振る舞うことで、親睦を深めようとした。

 しかし、金髪様は長いまつげを伏せて嘆息した。


「お前、立場ってものを分かっていないな?」

「立場……やと?」


「こんなパスタ程度で僕をどうにかできるとでも? 美少年を賛美する集団なのだろう? この僕と! 同じ空間で同じ空気を吸えることに感謝すべきなのはどこの誰かな~? お金で買えない価値ある美! そう、それが僕だぁ~!」


 金髪様は明らかに総長、もとい関西美少年連合を見下していた。

 そして総長は困惑する。


「さいでっか(そうなのか……?)」


 金髪様は高貴でおしゃれで清らかな存在。

 誰もがそう信じていた。


 しかし、封印が解けて出てきたのがこれである。


 ああ、この美少年は、下手したてに出るとつけあがるタイプなのだと理解したときにはもう遅かった。


「というわけで僕は外に出る。長らく封印されていたんだからな。観光くらいさせろ。パスタ以外も食べてみたい!」


 美少年の希少性や危険性について一通り説明したはずなのだが、金髪様は外に出たがった。

 もしこのまま、高級スーツに身を包んだ金髪美少年が街に繰り出せばどうなるだろう?


 たちまち狂乱の嵐が巻き起こるに違いない。

 関西美少年連合の連中も、正直踊り狂いたいほど心の中では歓喜しているのである。


 素人が見て良いものではない。


 そう考えた総長は、金髪様を引き留めるための理由をひねり出した。


「今はあかん! 外には武装したシスターがいて、金髪様を狙ってるで!」

「ちょっと総長、そんなでたらめ……(小声)」

「黙ってろ!(小声)」


 総長はそのでたらめな情報で押し切ろうとしたが、当然のごとく通用しなかった。


「そんなハッタリが通用するとでも思ったのかい?」


 そう言って金髪様は革靴をカツカツ鳴らしながら事務所の出口へと向かう。

 その時、団員の一人がブラインド越しに外を見つめてこう叫んだ。


「総長! 大変や! 武装したシスターの集団がこちらに向かいよる! なんやあれ! ミイラみたいなんもおるで!」

「何言うてんねん! もうそんなでたらめは通用せんのや! なんやミイラとかわけわからん!」


 これには総長も呆れていたのだが……。


「ちゃうねん! 総長、これはほんまに……」


 遅かった。


 総長が部下の言葉に耳を傾けるよりも早く、扉は開かれてしまったのである。


「美少年様を秘匿していらっしゃいますわね! 覚悟してくださいまし!」

「なんや! 武装したシスターが押し寄せてきたやないか!」

「だからそう言ったじゃないですか総長~!」


 もうそこに神に仕える者の面影はない。

 そもそもシスターと呼んで良いのか疑問の残る美少年愛好家の集団は、過激派となって現れた。


「シスター長」


 そう呼ばれたシスターの横では、包帯でぐるぐる巻きにされた何かがモゴモゴ言っている。

 総長は思った。

 生まれてこの方、こんなに恐ろしい集団は見たことがないと。


「誰やあんたら?」


 総長の問いかけに、シスター長は応じる。


「私達はベルラガッツォ(美少年)教団。美少年を尊び、守る者。あなた達こそ……」

「俺らは関西美少年連合、美少年様を愛し、守る者や」


 語り合ってみなければ分からない事もある。

 一見乱暴な者同士に思えても。


「ああ、同志よ!」

「なんや、仲間やないかい!」


 一瞬にして意気投合する二つの組織。


 これはある意味感動の瞬間であり、世界終焉の始まりである。



 当然のごとくシスター達はまだ見ぬ美少年に対してアンテナを張っているわけで、逃げも隠れもしない金髪様が見つかるのはあっという間。


「まあ、そちらが新しい美少年様ですね」


「お前……ママに似ている」

「ママ……。素敵な響き……」


「まあ、気にせんでええで。ちょっと記憶が混濁してるんや。何でもママって言うからな」

「そうなんですの?」

「それより、そっちの美少年はどこや?」


 連合側もまだ見ぬ美少年に心躍らせていた。

 もちろん、さっきからモゴモゴ言っているミイラが怪しいと睨んではいるわけだが……。


「ここですわ!」


 期待を裏切ることなく、黒髪の美少年様は巻かれた包帯の中から姿を現す。


「そんな扱いは……」

「守るため……ですわ!」

「…………」


 言いたいことは山ほどある総長だったが、シスター長に威圧され、口をつぐんだ。


 ともあれ、互いに自国出身の美少年と対面したわけである。

 こいつらが正気を保っていられるはずもない。


「はぁぁ、そのお姿はまさしく、我が国の……」

「そのスーツは我が国の古から伝わる有名メーカーのスーツですわね」

「こちらの美少年様も素敵だわ」

「すみません~! そのスーツに短パンはありますか~!?」


 と金髪様に群がるシスター達。


「おい、坊主。可愛いやないか……」

「その黒髪……日本の宝……」

「祭りや! 祭りやで!」


 同じく連合の連中もよく分からないことを口にして、美少年様を取り囲んだ。


 一方、時を同じくして、美少年マフィア、アル・ビショネのボスとパーカー様は関西に上陸していた。

 方々からかき集めた情報を元に、美少年の狂信者達が合流する地点を予測したからである。


 できれば事態を悪化させたくはないと、危険を顧みず起こした行動である。


 しかし、それは間に合わなかったどころか、火に油を注ぐこととなる。



「本当にここで合ってる……?」

「そのはずだ」


 ボスとパーカーは関西美少年連合の事務所に乗り込んだ。


「お邪魔するよ……」


 すると狂喜乱舞していた一同が一瞬静まりかえった。

 そしてその場にいる全ての者の視線が来客に向けられたのである。


 なんとも気味の悪い無音が場を支配し、音を取り戻したときには何もかもが手遅れだった。


『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~!!』


 サプライズ。


 意図せぬ来客が、新たなる美少年と来れば、美少年中毒者にとって恰好の餌食である。


 美少年様、金髪様、パーカー様。

 美少年トライアングルの完成は、人類に崩壊をもたらすだろう。


 美少年耐性の強い、シスター長、連合総長、ボスだけは何とか正気を保とうとしている。


「あばばばばばばぁ…………」


 妙な呪詛を吐きながらよだれを垂らしてはいるが、美少年に群がることを抑えられない者どもとは格が違う。

 偉いぞ。


 この騒ぎは当然一般人の知るところとなり、近づく一般人はたちどころに美少年達の虜と成り果てた。

 そう、美少年中毒は感染し始めたのだ。


 そんな中、人混みをかき分けてガスマスクをした不審人物が事務所に駆け寄ってきた。

 まあ、彼よりも明らかにその他大勢のほうが不審人物らしいのであるが、それはひとまず置いておこう。


「しまった、遅かったか。美少年パンデミックが始まってしまった」


 彼こそ、美少年管理局局長である。


「あばばぁ……どうなっているのです?」

「まずはこのガスマスクをするんだ」


 シスター達は局長からガスマスクを受け取ると、正常な呼吸を取り戻した。


「どうして管理局の奴が助けに来るんや? 美少年業界を牛耳る黒幕やろ?」

「黒幕? 何か勘違いしている。目的は君達と同じはずだ。美少年を守る、違うか?」


「そうやが、ならどうするんや。美少年に耐性のない奴らが暴徒と化すぞ? 第一次美少年戦争どころの騒ぎやないで!」

「ああ、こうなったら全世界が美少年に毒されるのに時間はかからない」


 そうなれば、人類は美少年を永遠に求め続けさまようのだという。

 そんな事になれば、美少年を落ち着いて愛することなど二度とできなくなってしまう。


「何か解決策はないのか?」


 ボスが局長に尋ねる。

 局長は苦悶しながらもこう言った。


「ない事も……ない。だけど実行は難しい」

「どういうことだ?」


「美少年に対する中毒性は、『美少女』で中和できると、かの予言者ミエル・ゾ・ノートルダムは言った」

「聞いたことがない話だ」

「これは管理局が秘匿している重要機密だからね。つまり、『美少女』によってこのパンデミックを収束させることができるはずなんだ」


 ただ問題はある。


「美少女っていうのはあれね。美少年の女性版ってことですわ」

「そんな事分かっとるわ! せやけどその美少女が存在してたんは……」

「遙か昔のことです。ゆえに我々は美少女が何なのか正確には理解できていない。探しようがないのです」


 もう絶望的だった。

 分からない存在を見つけようがないのだから。


「ねぇ……」


 ただ、ある存在を除いては。


「どうした?」


 急に袖を引っ張ってくるパーカー様に、ボスは声をかけた。


「僕なら……僕達なら分かるよ」

「そうか! 君達美少年が生きていた時代なら、美少女も存在していた。だから君達美少年なら美少女を見つけられるんだね」


 こくんとパーカー様は頷いた。


「じゃあ早速探してくれ! どこに美少女はいるんだい?」


 局長は興奮気味に尋ねる。


 するとパーカー様はおずおずと手を伸ばし、パーカーの袖からにゅっと出した可愛らしい手で隣にいる人物を指差した。


「えっ!」


 指差された本人は驚きを隠せなかった。

 表情自体はガスマスクで隠されていたけれど。


「まさか……ボス?」

「私?」

「うん、ボスは可愛い……美少女だ」


 美少年マフィアの連中も、今の今までこの事実を知らないでいた。

 確かに癒やされる声だなとか、フリフリのドレスが似合いそうだななどと思う瞬間があったが、それはボスという存在が特別だからだろうと思い込んでいたのである。

 まさか特別は特別でも、伝説の存在たる美少女であるとは。


「私……可愛い?」


 まあ、ガスマスクをつけた美少女に問われても、返答に困るわけだが、その辺はさすが美少年。

 ちゃんと空気を読んで答えた。


「うん、可愛い。……間違いなく美少女だ。君が可愛いから、僕は今まで君の言うことを聞いていたんだ」

「そうだったの?」

「うん。……でも僕の判断だけじゃ心許ない。……ねえ、他の少年達。うちのボス、美少女だよね……」


 パーカー様の問いかけに、美少年中毒者をかき分けつつ二人が答える。


「そうだろうね、ママには似てないけど」

「ちょ~美少女やん?」


 美少女であると確定されたボスは、初めて女の子らしく恥じらうのであった。


 ただ問題はどうやってこの美少女という存在を世に認知してもらうかだ。

 美少年にお熱な人類達は、もはや美少年以外に興味を示せないでいる。


 美少年が存在し、接触可能な範囲にいる今、この流れは変えられない。


「だったら、距離をとるしかない……」


 そう聞こえた直後、美少年達に群がっていた人々は一時的に吹き飛ばされていった。


「パーカー様!」


「僕のシステマで退路を作る……。待避する場所の確保を」

「分かった! みんな、美少年管理局の車に乗り込むんだ!」


 局長の先導により、一同はワゴン車へと乗り込んだ。


「行き先はどうしますの?」

「ちょっとした思いつきだけど、考えがあるんだ」


 局長はそう言うと、安全運転を心がけつつある場所へと向かった。


 そこは――――。


日本にっぽん美道館びどうかん!」


 数々の美にまつわる催しが開催された、国内で最も有名な会場である。

 

「まだあったんだ、日本美道館!」


 美少年様は歓喜した。


「でもここでどうするつもりだ局長?」

「決まっているだろう? 美道館ライブだ!」


『「美道館……ライブ!?」』

「美少年中毒者から距離をとり、なおかつ美少女を全世界に認識させる唯一の方法だ」


 全世界のあらゆる放送をジャックし、美少年達のライブを敢行。

 更にそこへ美少女を紛れ込ませることで、美少女成分を視覚と聴覚に送り込む。

 それが局長の見識に基づく作戦だ。


「私、歌って踊るの? 不安だ……」


「歌ならイタリア仕込みのオペラを教えてあげよう」

「踊りならシステマで鍛えた僕が教える……」

「何か知らんけど、ようは祭りやろ? 楽しいノリなら俺が何とかしたる! 知らんけど」


「みんな……」


 設営はあっという間に完成し、ライブは開催。


 無観客による美少年ライブは、全世界同時中継で無事世界中の人々に届けられたのである。


「これが、美少年ライブ(feat.美少女)。なんて素晴らしいんだ!」


 見るものを魅了し、癒やし、羨望の眼差しを向けるそれは、狂信とはかけ離れた清らかで愛くるしい、新たな次元の美であった。

 世界は美少年と美少女に対する耐性を獲得し、狂信者達は認識を改めることとなる。


「我々は間違っていたのかもしれない。美少年を守ると言いつつ独占し、私欲にまみれていた」


 局長の言葉に皆が賛同する。

 そして、各々誓いを立てた。


「シスターの清らかさでもってこの世界を浄化しましょう」

「関西のノリでもって、エンタメに新たな風を吹き込むんや!」

「マフィアの力でその手のコネクションを構築しよう」


 美少年の存在が明るみに出た今、独占するのではなく、広めることに尽力する。

 希少性だけが美少年や美少女の価値ではない。


 絶滅に瀕していた彼らが、生まれやすい生きやすい世の中を作ることこそ、美少年愛好家達の使命なのである。



 と決意を新たにすることで、美少年達に対する世界の認識は、少しずつ変わり始めるのであった。


 それでも、変わらないものはある。





 ――――彼らは未来永劫、短パンの隙間に夢を見るであろう。


                  予言者、ミエル・ゾ・ノートルダム

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― 新着の感想 ―
[一言]  狂気を感じました。面白かったです。  ボスが美少女なのは笑えました。ガスマスク付けてるけど。  そもそも美少年が崇められているけど、美少女はどういう扱いだったのか謎でした。伏線を回収されて…
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