94.武術大会① 開幕
『初めまして! 本大会の司会兼実況を務めさせていただきます、ネル・プラントと言います。さぁ! 皆様が待ちに待った武術大会[上級探索者の部]がついに始まるぞー!!』
拡声魔導具によって闘技場全体に響き渡った女性の声を聞いた観客たちが、大興奮で思い思いの声を上げている。
めっちゃうるさい……。
「盛り上がってるなぁ」
「そうですね。この大会は毎年大人気の魔術発表会よりも、注目を集めているみたいですよ」
俺が思ったことを呟くと、ソフィーが補足してくれた。
俺は現在、《夜天の銀兎》のために用意されている闘技場の観客席に座っていた。
ウィルやオリヴァーがいる山のトーナメントから試合がスタートし、俺の試合は最後となるため、最初はここでみんなと一緒に観戦しようと思っている。
「民衆が期待するような激闘が繰り広げられるとは限らないのにな。むしろ、前半にあった方の武術大会の方が盛り上がる可能性まである」
「んー? なんで? だってトップクラスの探索者同士の戦いだよ? すごいものになるんじゃないの?」
俺の発言に疑問を持ったキャロルが質問をしてくる。
「自分に置き換えて考えてみれば、わかると思うぞ。第一に今回は魔術が禁止だからバフも無い。そうすると普段迷宮探索で戦っているときよりも断然弱くなるだろ?」
「た、確かに」
「第二に探索者が相手にしているのは魔獣だ。人型の魔獣も居ないことはないが、人と戦う機会なんてほとんど無いも同然だ。武術大会のレギュレーションに則った場合、普段魔獣戦を想定している探索者と、普段対人戦を想定している軍人、どっちが有利だと思う?」
「それは、軍人ですね」
「つまりそういうこと。実際前半の武術大会の優勝者は軍人だったわけだしな」
「でもこの大会の参加者は全員上級探索者。であれば、師匠のいうところの対人戦を想定している人がいないのですから、有利不利はないんじゃないですか?」
「そうだけど、それなら前半の武術大会よりも盛り上がるという要因が無いんだ。せめて同パーティの付与術士によるバフだけは有りにしていれば、民衆が期待しているような戦いも見られたかもしれないのに」
まぁ、俺的には相手が実質弱体化してくれているわけだからありがたいんだけどさ。
「オルン君、分析もいいけど、これはお祭りだから、純粋に楽しめばいいと思うよ?」
俺の前に座っていたレインさんが注意してくる。
「……そうだな。レインさんの言う通りだと思う。どうも、自分が見世物にされると思うと変に思考を巡らせちゃって。盛り上がっているところに水を差しちゃってごめん」
「ううん。そんなつもりで言ったんじゃないよ。でも、オルン君とウィルはクランの看板も背負っているわけだし、純粋に楽しむのも難しかったね。私の方こそごめんね」
『さて、まずは本大会を企画いただいた、ツトライルの領主であらせられるフォーガス侯爵よりご挨拶を頂戴したいと思います! フォーガス侯爵お願いします』
司会者の発言を聞き、先ほどまで騒がしかった観客席に居る人たちが静かになる。
「毎年盛り上がりを見せている武術大会だが、皆思っていたことだろう。今やこの国の経済を支えていると言っても過言ではない上級探索者達は、どのくらい強いのか、と。私もそう思っている一人だ。いつも新聞で彼らの活躍を見るたびに、彼らはどのような戦い方をするのだろうかと、夢想にふけることもあった。そしてついに今日、私たちは上級探索者たちの戦いを目にすることができる! 参加を表明してくれた十六人の探索者には感謝を。優勝者には褒美も用意している。是非とも優勝を目指して全力で戦ってほしい。以上だ」
フォーガス侯爵の言葉を聞いた観客が更に盛り上がる。
『フォーガス侯爵、ありがとうございます。では、早速参りましょう! 一回戦第一試合は勇者パーティのリーダーにしてエース、《勇者》オリヴァー・カーディフ選手! 対する相手は、Aランクパーティ《真紅の烈火》所属のバートラム・サウス選手です!』
司会者に名前を呼ばれた二人が、闘技場に姿を表す。
二人の登場にますます盛り上がる観客たち。
初っ端からこんなにテンション上げてたら、俺の試合が始まる頃にはみんな疲れ果ててるんじゃなかろうか。
まぁ、俺はそれでも一向に構わないけど。むしろ静かな方が集中できるし。
「Aランクの方の武器は槍なんですね! 良い動きがあったら盗まないと!」
バートラムは南の大迷宮で活動している探索者の中では、トップクラスの槍の使い手だろう。
新聞にも何度も載っている探索者で、確かパーティは八十三層まで到達していたはず。
本来ならログの言う通り彼の動きを見て学べと言っていたはずだ。
でも、この試合で学べるものは無いと思う。
『両者準備ができたようです。それでは、一回戦第一試合、勝負開始です!』
司会者の言葉に続いて、ドラの音が鳴り響き戦いが始まった。
開始早々にオリヴァーが真正面から突っ込む。
当然バートラムはオリヴァーの間合いの外から攻撃を繰り出すが、攻撃が当たる直前にオリヴァーの動きがもう一段階早くなる。
俺たちは観客席にいるから俯瞰して見れているが、対峙しているバートラムには、急にオリヴァーが消えたと感じていることだろう。
バートラムの側面に回ったオリヴァーが、そのまま右手に握っている長剣を横に薙ぐ。
バートラムもギリギリで反応し、槍の柄で斬撃を防ぐが、オリヴァーの重い斬撃をそんな不安定な体勢で受けきれるはずも無く、更に体勢を崩すことになる。
『オリヴァー選手の一閃! バートラム選手は堪らず距離を取ろうとする。――が、間合いから抜けることができない! オリヴァー選手の攻撃に対して防戦一方だ! このままだと厳しいぞ、どうするバートラム選手』
バートラムが必死に距離を取ろうとしているが、敵の動きを予測して動いているオリヴァーが相手では、意味を成していない。
オリヴァーの重い斬撃を受け続け、ついにバートラムが槍を吹っ飛ばされ、次の瞬間にはバートラムの目の前にオリヴァーの剣の切っ先があった。
『ここで、バートラムが降参し決着! 《勇者》はやはり強い! 相手に何もやらせずに勝利をつかみ取りました!!』
――滅茶苦茶強いじゃないか!
――おい! 誰だよ、オリヴァーは弱いって言ってたやつ!
――これ、昨日優勝していたあの人より強いんじゃない……?
――うわぁぁ、これならオリヴァーに賭けておくべきだった……!
オリヴァーの戦いを見ていた観客たちからの感想が聞こえてくる。
最近は、《夜天の銀兎》のスポンサーを含めた貴族たちによって、勇者パーティの名声を落としにかかっていた。主に新聞を利用して。
それを鵜呑みにしていた民衆からしたら、今の戦いは衝撃を受けるものだっただろう。
「さっきの槍の人、師匠と戦っているときの僕よりも……」
ログが今の戦いで感じたことを口にしていたが、流石にまずいと思ったのか、最後は濁した。
「そうだな。オリヴァーと戦うならバートラムよりもログの方が善戦できたと思うぞ」
「本当ですか?」
俺の発言を聞いたログが嬉しそうに目を輝かせている。
「あぁ、ログは俺との模擬戦で接近されることに慣れているからな。だけど、勘違いするなよ? あくまで接近されたときの対処がログの方が上というだけで、槍術全体の技術はまだまだバートラムの方が上だ。今回の戦いでログが参考にできるものは無かったけどな」
「わかってます。僕よりも強い人がたくさんいることは、身をもって知っています」
それからも試合は続き、結果は俺の予想通りのものだった。
ウィルも難なく一回戦を突破した。
◇
「それじゃあ、俺はそろそろ控室に行ってくるよ」
別の山の試合が全部終わったため、俺は席を立ってから周りの人にそう伝える。
「オルンさん、頑張ってください!」
「ししょー絶対勝ってね!」
「師匠が一番であると、ここにいる全員に知らしめてやってください!」
皆からのエールを受けながら、観客席を後にする。
係の人に案内された控室に入ると、当然だけど他の参加者たちもいた。
控室は二つしかないからな。
この部屋の奥が試合会場と繋がっている。
「ん? よぉ、雑魚探索者じゃねぇか。わざわざ無様を晒すために出場するなんて、俺じゃあ恥ずかしくて出来ねぇよ! よく参加する気になったな」
(めんどいやつと同じ控室かよ。テンション下がるな)
「久しぶりだな、デリック。会って早々その発言は流石にひどくないか?」
「はぁ? 本当のことを言ってるだけだろうが」
周りの迷惑も考えろよ。
……というかコイツ、ここまでひどかった?
元々感情で動くやつではあったが、こういう場所でむやみやたらに騒ぐようなやつでは無かった。
最近似たような違和感を――あ、そうだ、パスカルさんだ。
パスカルさんとデリックに共通しているのは、俺が記憶している印象と実際に見た時の印象に齟齬がありすぎるという点。
そして、どっちも勇者パーティの関係者、か。
フォーガス侯爵がいきなりフロックハート商会を切り捨てた件といい、勇者パーティで何が起こっているんだ?
「おい! 無視してんじゃねぇよ! 失礼な奴だな!」
俺が考え事をしていると、なおもデリックが突っかかってくる。
「あぁ、悪い。それで、なんで武術大会に出場するか、だっけ? それはフォーガス侯爵に出るよう言われたからだよ」
「あのおっさんに? 数合わせの雑魚ってことか」
「そうなんじゃないの? 知らんけど」
流石にコイツの相手をするのがめんどくさくなってきたので、話を切り上げてデリックから離れたところに座る。
椅子に座ってから時間が来るまで、気分転換もかねて昨日プレゼントしてもらった本を収納魔導具から取り出して、読書に耽ることにした。
この本は魔術大国であるヒティア公国から出版されていて、魔術理論についての内容が書かれている。
大半が知っている内容だったが、初めて知るものもあった。
やはり新しい知識に触れているときが、一番わくわくする。
(なるほど。だったら、この理論を応用すれば……)
「おい! 何読んでんだよ! テメェに読書なんか似合わねぇんだよ!」
俺が読書に耽ていると、またうるさいのが絡んできた。
そして、俺の視界の端でデリックが本に無造作に触れようとしていたため、本とデリックの手の間に【反射障壁】を発動する。
その壁に触れたデリックの手が弾かれた。
「なっ!? 何しやがる!」
「それはこっちのセリフだ。この本は俺の弟子たちから貰った大切な物だ。安易に触れようとするな」
こいつは静かに待っていることもできないのかよ……。
「弟子だぁ? テメェ、弟子なんて持ったのかよ。ハハハ! テメェごときの雑魚に師事するなんざ、そいつの人格を疑うね! 見る目もねぇし、碌な奴じゃねぇのは確実だな!」
……なんであいつらがここまで言われなきゃいけないんだ?
「――――もう黙れよ」
「あ? なんか言ったかよ、雑魚探索者」
「その騒がしい口を閉じろと言ったんだ。次あいつらを侮辱してみろ、二度と軽口を叩けなくさせてやるぞ」
殺気を込めてそう告げる。
前回はこれで静かになったから今回も黙るだろう。
――と思ったが、
「っ! 何度だって言ってやるよ! テメェの弟子は、選択を間違えたゴミどもだってな!」
話すことに夢中になって油断しきっているデリックの顔面に、拳を叩きこむ。
接触する瞬間に低倍率の【瞬間的能力超上昇】も発動した。
そのまま拳を振り抜くと、デリックは地面に横たわっていた。
倒れこんだデリックは、何があったのか理解できていないような、間抜けな表情をしている。
俺は横たわるデリックに近づき、容態を確認する。
ひとまず意識もあるし、大丈夫だろ。鼻血が出ているが、骨折なんかはしていなさそうだ。
【治癒】を発動しながら、デリックに告げる。
「俺をバカにすることは構わない。あいつらの実力不足を笑うのも、まぁ百歩譲って見逃してやる。今はお前の方が強いからな。だけど、――あいつらを否定することは許さない。わかったら、もう俺に関わるな。不愉快だ」
うん、スッキリした。
騒ぎになっても知らん。
周りの参加者もよくやったと言わんばかりの顔をしているので、デリックが騒ぐだけで終わるだろう。
デリックの治療を終えてから控室を出る。
このままあそこにいても周りの人に迷惑を掛けることになるから。……もう既に掛けてる気がするけど……。
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