49.86層探索③ 羊毛刈り
それから何度も戦闘があったが、相手が遠距離主体の魔獣であったため、レインさんとルクレが大活躍していた。
やはり、この階層は後衛アタッカーの独壇場だな。
八十七層に行けば集団でまとまっている魔獣が多くいるから、前衛にも活躍の場があるけど、八十六層は単独の魔獣がほとんどだもんなぁ……。
「どうだ? 私たちもなかなかやるだろう?」
戦闘が終わってから、セルマさんに声を掛けられる。
「なかなかって……。そんなレベルじゃないでしょ。流石は《夜天の銀兎》の第一部隊だと本気で思ってるよ」
正直な感想を口にする。
このパーティは勇者パーティにも見劣りしていない。
セルマさんとウィル、レインさんは既に、勇者パーティの同ポジションの人より上だと思う。
俺とルクレについては相手が悪い。
俺の場合はオリヴァーと比較することになるが、アイツは天才だ。
新規加入したフィリーって奴がどれほどの実力者かはわからないけど、支援魔術の上昇値は間違いなく俺より上だろう。
であれば、【瞬間的能力超上昇】による爆発力は無くなったものの、総合的な能力は上がっていると見るべきだ。
お互いが全力でぶつかれば、間違いなく俺が勝つけど、俺のバフは制限時間付きとなる。
探索者として相対的に見た時、優劣を付けるのは難しいと思う。
そして、ルクレの比較対象はルーナだ。
俺が知る限り、ルーナは後衛職の探索者の中で一番の実力者だ。
支援魔術は苦手だが、攻撃魔術や回復魔術はかなりの高水準でできていて魔術士、回復術士は、間違いなくトップクラスに位置する。
更に、彼女には異能がある。
彼女の異能は魔術とのシナジーがすごい。
まだ振り回されているけど、完全に自分の物にできたら、セルマさんを超える付与術士になれる可能性も秘めている。
パーティにいると非常に心強い存在だ。
「そうか。……オルンから見て、私たちは九十二層を攻略できると思うか?」
セルマさんの質問に、他のメンバーも耳を傾けていることが分かる。
「できると思うよ」
「……それは、オルンが居るからか?」
「違う。俺の有無に関わらず、黒竜を倒せると思ってる」
これは嘘じゃない。
そう思わせるほどにメンバー全員の練度が高い。
むしろこのメンバーで何で負けたのか、と逆に疑問に思うほどだ。
アルバートさんが亡くなってから、全員が必死に鍛錬したんだろうな。
「オルン君、ありがとう。私たちはこの一年間必死に努力をしてきたつもりだけど、それが実を結んでいるのかわからなかったの。トップに登り詰めた君にそう言われると、自信が付くよ」
レインさんが瞳に涙を溜めながらも、笑顔でお礼を言ってくる。
この人たちにとって、この一年がとても辛いものであったことは、想像に難くない。
《夜天の銀兎》は大迷宮の攻略を目標の一つに掲げているクランだ。
だけど後任のメンバーが見つからず、ここ1年は深層にまともに潜れていない。
その上、クラン内でトップの探索者ということで、他の探索者の模範となることを求められていた。
努力を続けていても、それが結果に繋がるか分からない日々。
スポンサーたちからのプレッシャー。
相当なストレスになっていたはずだ。
それでも俺の目には、勇者パーティの面々と遜色のない実力者として映っている。
この人たちの力になりたい、努力が報われてほしいと本気で思う。
そんな俺にできることは、大迷宮の攻略に全力を尽くすことだ。
改めてそのことを認識した。
◇
八十六層に潜り始めてから約2時間が経過した。
ようやくノクシャスシープを見つける。
この個体は、平均より若干小さいかな。
今回の目的はノクシャスシープの羊毛だ。
そのためには、討伐の前に羊毛を確保しないといけない。
魔獣は倒すと魔石を残して消滅する。
魔獣の部位が低確率で残ることもあるが、目的の魔獣素材がある場合は、そんな運任せのようなことはしない。
確実に魔獣の部位を入手する方法があるから。
それは魔獣が生きているうちにその部位を魔獣から分離させること。
そうすることで、その部位は魔獣が消滅した後もその場に残り続けることになる
「オルン、あいつからどのくらい入手できそうだ?」
セルマさんに羊毛をどれだけ刈れるか問われる。
「邪魔が入らなければ、最低でも三分の二は取れると思う」
「充分だ。では後衛組は足止めをしつつ、周辺の警戒だ。ウィルはオルンが動きやすいようにフォロー頼む。刈り終わったら、オルンの【瞬間的能力超上昇】を試してみたい。レインの魔術に合わせられるか?」
「種類と発動場所、それとタイミングが分かれば」
「わかった。それは私から念話で伝える。よし行くぞ!」
セルマさんの掛け声と同時に、ウィルがノクシャスシープに向かって駆け出す。
それに対してセルマさんがバフを掛ける。
俺は先ほどまで使っていた長剣ではなく、その半分ほどの長さの短剣を2本出現させて、両手でそれぞれ握る。
【技術力上昇】、【敏捷力上昇】【二重掛け】を自身に、両手の短剣に【切れ味上昇】のバフを掛けてから、ノクシャスシープに肉薄する。
レインさんが、足元を【岩拘束】で拘束し、ルクレが【雷撃】で動きを鈍らせる。
ノクシャスシープは正面に着いたウィルに対して、赤黒い吐息を吐くが、セルマさんがウィルの周囲に風を発生させることで無効化する。
「らぁぁああ!」
ウィルが双刃刀を巧みに操って、ノクシャスシープの顔面を滅多打ちにする。
側面へと回った俺は、なるべく深く斬りつけないように注意しながら、羊毛を刈り取っていく。
刈り取った羊毛は瞬時に収納する。
ちなみに収納している魔導具は、個人で所有しているブレスレットではなく、支給された指輪型の収納魔導具だ。
《夜天の銀兎》では迷宮探索で手に入れた魔石や素材は、支給されている魔導具に収納する決まりになっている。
迷宮探索に行く前に渡されて、終わったら探索支援部に渡す。
そうすることで、探索で入手した物の代金が、後日パーティ資金に加算される。
やろうと思えば、探索時にねこばばすることもできるけど、バレたときのペナルティが相当に厳しいため、やる人はまずいない。
勇者パーティ時代の癖で、個人の収納魔導具に入れないように注意しないと。
5分ほどで腹部を除いてだいぶ刈ることができた。
セルマさんも充分と判断したのだろう。
脳内で、レインさんが発動する魔術を説明された後、カウントダウンが始まる。
俺はノクシャスシープと距離を取って、術式構築を始める。
ゼロと同時に、ノクシャスシープの真下の地面が隆起して串刺しにする。
――が、羊毛に防がれてあまり刺さっていない。
こっちはルクレの魔術だ。これは攻撃じゃなくて位置の固定が目的。
上空から雷の槍が降り注ぐ。
「【瞬間的能力超上昇】!」
ノクシャスシープに雷の槍が到達する直前に【瞬間的能力超上昇】を発動する。
雷が周囲に迸り、ノクシャスシープは黒い霧に変わる。
そして、運よく魔石と、刈り残っていた羊毛の一部が残った。
「オルン君! その魔術やっぱりすごいね! 羊毛が無くなっていたとは言っても、上級魔術1回で倒せるなんて!」
レインさんがハイテンションで駆け寄って来た。
今にもぴょんぴょんと跳ねそうなほど上機嫌だ。
ホントにギャップのある人だなぁ……。
◇
その後も戦闘を繰り返して、ある程度魔石も集まったため、地上へと帰還した。
ノクシャスシープは合計で4体ほど討伐した。
羊毛もかなり集まっている。
「ふぃ~ やっぱり地上は落ち着くね~」
ルクレが間の抜けた声を出す。
やっぱり大迷宮の下層や深層に長時間居ると、気力が結構削れる。
帰ってきたら間の抜けた声を出したくなる気持ちもよくわかる。
「確か、隔日で大迷宮に潜っているんだっけ? ということは明日はフリー?」
セルマさんに明日の予定を確認する。
「あぁ、そうだ。私は明日の午前中は探索管理部にいることになるから、一緒に行くか? 例の件についても、エステラから早めに聞いていた方がいいだろう」
例の件とは教導のことだろう。
十中八九あいつらの教導をすることになると思うが、詳細について早めに知っておきたい。
それにしても、やっぱりクランの幹部ともなると忙しそうだ。
俺も幹部になったんだし、セルマさんの負担が減るように協力していきたい。
まぁ、勇者パーティ時代の探索後の疲労した体にムチ打って、諸々の事務作業をしていた頃に比べればだいぶ楽だ。
あの時は、大変だったなぁ……。
デリックやアネリは全く手伝ってくれなかったし……。
「そういうことなら同行させてもらおうかな。三人は明日の予定はあるの?」
「あるわよ。私とルクレは魔術開発室で魔術や魔導具の開発や実験の手伝い、ウィルは装備開発室で同じような手伝いをしているよ」
なるほど。
それぞれの分野のトップ探索者からの意見を、リアルタイムで反映できるなら、開発スピードは早くなりそうだな。
クランの中である程度の立場にいる者は、自分のためだけに行動することはできない、か。
勇者パーティにいた頃は、パーティの事務的なこともやっていたけど、その全てが自分たちのためだった。
でも、セルマさんのやっていることは当然だけど、他の三人も、自分のためだけではない。万人に取り扱える汎用性の高いものの開発に注力しているはずだ。
これがパーティとクランの大きな違いだな。
「あ! ねぇねぇ! これから昨日できなかったオルンくんの歓迎会やろうよ!」
「お! いいね! やろうぜ、歓迎会! いいだろ、姉御?」
「あぁ、問題ないぞ。レインとオルンもいいだろうか?」
「えぇ、勿論賛成よ」
「俺も大丈夫。みんな、ありがとう」
◇
みんなが俺の歓迎会をしてくれるということで、《夜天の銀兎》が経営している料理店の個室へと移動した。
五人でわいわい騒ぎながら、食事と酒を楽しんだ。
終始笑いが絶えることなく歓迎会は終了した。
――当然だ。レインさんが笑い上戸だったため、常に笑っていたんだから。
そして、口調や仕草なんかも見た目相応になっていた。
朝、ウィルが冗談交じりで言ったことが理解できた気がする。
それにしても、メンバーはみんな良い人だ。
これからもこの人たちと一緒に迷宮探索ができることが、素直に嬉しい。
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