330.白亜の聖女
不死鳥の社の中でオリヴァーと二人、ルーナの帰りを待っていた。
「……オルン」
会話もまばらに、二人で静かに待っていると、目の前の空間が歪み始めた。
陽炎のような光の歪みの中から、ゆっくりとルーナが歩み出てくる。
その瞳には、涙ではなく確かな光が宿っていた。
「……オルンさん、オリヴァーさん、ただいま戻りました」
その声を聞いた瞬間、張りつめていた空気が一気に解けた。
オリヴァーが「無事でよかった」と呟き、肩をすくめる。
ルーナの身に纏っている雰囲気が一気に大人びて見えた。
彼女の身体に大きな変化は見られないが、先ほどまでと違う髪飾りを付けていた。
「おかえり、ルーナ。ティターニアとは話が出来たか?」
「……はい。きちんとお別れが出来ました。私が今日こうしてここに居られたのは、お二人のおかげです。ありがとうございました」
「ルーナのその顔が見られただけで、俺たちは十分だ。すごく良い瞳をしてる」
オリヴァーが嬉しそうに笑う。
「ふふっ、そう見えますか?」
彼女は小さく笑って、胸に手を当てた。
「ティターニアから、大切なものを受け取りましたから。悲しみでも、後悔でもなく――未来へ繋ぐための力を」
言葉の一つひとつが、まるで月の光のように柔らかく胸の奥に染みていく。
長い夜を越えて、ようやく彼女は前へ進む準備ができたのだと分かった。
「それじゃあ、戻ろうか」
そう告げると、ルーナとオリヴァーが頷く。
「はい」「ああ」
◇
俺たちは不死鳥の社を後にした。
鳥居をくぐり天霊神社へと戻ると、境内の方から慌ただしい足音が響いた。
「オルンさんっ!」
駆け寄ってきたのはナギサだった。
肩で息をしながらも、ただならぬ緊張を宿した表情をしている。
その背後には、険しい顔つきのキリュウさんの姿も見えた。
嫌な予感が、胸の奥で鈍く鳴る。
「どうした?」
「じ、実はっ! 先ほど、連邦の艦隊が……、キョクトウの海域に侵入してきました!」
「――なっ」
オリヴァーが驚愕の声を上げる。
だが、ナギサの報告はそれで終わりではなかった。
「しかも、その艦隊と一緒に、……悪魔の一体、《焚灼》がやってきています!」
空気が一瞬で張りつめる。
悪魔――それは、邪神の直下に位置する存在だ。
教団の最高戦力と言って差し支えない。
「現在はシオンさんが《焚灼》を抑えています! 他の連邦兵は、フウカ姉さまやキョクトウの兵が迎撃中ですが……敵は西方だけでなく、南北からも攻めてきていて、状況が混乱しています!」
「くそっ……!」
すぐにでもシオンのもとへ駆けつけたい――だが頭では分かっている。
戦域が広がっているなら、俺がやるべきは【精神感応】で全体の情報網を構築し、味方の動きを統率することだ。
それが、最も多くの命を救う。
理屈では理解しているのに、心が追いつかない。
その時――隣でルーナが一歩前に出た。
「オルンさん。シオンさんの援護には、私が行きます」
「ルーナ……?」
彼女の瞳は揺れていなかった。
まるで光そのものを宿したように澄み切っている。
「私は、妖精たちと繋がる力を授かりました。悪魔の相手は私が得意とするところです」
そう言って、彼女は空に向かって呼びかけた。
「――ピクシー、力を貸してください!」
その声に応じるように、無数の光の粒が風に乗って舞い上がる。
『……もちろん!』
「ぶっつけ本番となりますが、いけますか?」
『……愚問だね。……わたしは妖精の女王の娘だよ?』
「ふふふっ、そうでしたね」
澄んだ鈴の音のような声が響き、彼女の周囲を柔らかな光が包み込んだ。
続いて、ルーナは髪飾りにそっと触れる。
白い髪飾りが、淡く輝きを放った。
「ティターニア……貴女の力も借りますね」
囁くと同時に、眩い光が弾ける。
彼女の身体を覆う輪郭が白に染まり、髪、衣、瞳までもが光を纏う。
「――【月精調和】」
その瞬間、空気が震えた。
白い光が境内を満たし、鳥居の上に止まっていた小鳥が羽ばたく。
やがて光が収まると、そこに立っていたのは――まるで神話から抜け出たような姿。
全身を白亜に染め、聖気を纏うその在り様はまさに《白亜の聖女》だろう。
ルーナは静かに息を吐き、振り返って俺に微笑んだ。
「それでは、行ってきます」
「――ああ。頼んだ、ルーナ」
白の光が舞い上がる。
彼女の身体が風と一体となり、天へと飛翔していた。
残された風が、頬を撫でていった。
俺は拳を握り直し、意識を集中させる。
戦況の全容を把握するために――今、俺もまた、己の役割を果たす時だ。
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