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勇者パーティを追い出された器用貧乏~パーティ事情で付与術士をやっていた剣士、万能へと至る~【Web版】  作者: 都神 樹
第十章

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324/325

322.月見

 それから数日が経ち、九月二十五日を迎えた。


 今日は旧暦で言えば八月十五日。

 いわゆる十五夜だ。


 旧時代、キョクトウの前身に当たる国では、昔から『中秋の名月』として月を眺める習わしがあったという。


 その風習は今も生きていて、街のあちこちで月見の宴が開かれているらしい。

 俺たちも東雲家の屋敷の大きな庭に席を設け、ルーナやナギサたちが賑やかに準備を進めていた。


 焚き火の赤い光と笑い声が入り混じり、そこかしこに湯気の立つ料理や団子が並んでいる。

 香ばしい匂いが風に乗り、耳に届く笑い声には温かさを伴っていた。

 賑やかで、楽しげな空気だ。


 ――だが、俺とシオンはそこから少し離れた場所へと足を運んでいた。


 自然と繋がれた手は、ほどよい温もりを伝えてくる。

 互いに言葉は少なかったが、沈黙が気まずいわけではない。

 むしろ、その静けさ自体が特別な時間を彩っているように思えた。


 夜空には雲一つなく、澄んだ満月が煌々と暗闇を照らしていた。

 見上げれば、白銀の光が世界をやわらかく包み込んでいる。

 街の灯よりも遥かに強く放たれている光が、心の奥を静かに鎮めていくような気がした。


「……綺麗だね」


 シオンが、月を仰いだままぽつりと漏らす。


「そうだな」


 短く返すと、彼女はふふっと笑って俺の手を握り直した。

 そのまま俺たちは草地に腰を下ろした。


 夜風が頬を撫で、火照った体温を静かに奪っていく。

 虫の音が一斉に鳴き始めた。


 けれどここは、不思議なくらいに静かだった。

 まるで二人きりの世界に取り残されたみたいに。


「こうしてのんびりと空を見上げるの、久しぶりかも」


「俺もだ。忙しさにかまけて、景色を楽しむことなんてなかったからな。……だけど」


「……?」


「シオンが隣に居てくれるだけで……、この景色も特別以上のものになってる」


 自分でも気恥ずかしくなるような言葉だった。

 けれど嘘じゃない。


 シオンは少し驚いたように目を瞬かせ、それから照れ隠しのように顔を伏せた。


「そういうこと言うの、ずるい」


「……悪い。つい本音が」


「もぅ……。でも、すごく嬉しい!」


 彼女はそう言って、俺の肩に頭を預けてきた。


 さらりとした銀髪が頬をかすめ、月光を反射して淡く輝く。

 胸の奥がじんわり熱を帯びていく。

 拒む理由なんてあるはずがなかった。

 むしろ、この瞬間を永遠に留めておきたいとすら思った。


「……たまには、こうして独り占めしてもいいでしょ?」


 小さく囁くシオンの声は、夜風よりも温かかった。


 


 しばらくのあいだ、虫の声と夜風の音だけが耳に届いていた。


 その沈黙を破るように、シオンが再び声を落とす。


「……少しは近づけてる、かな」


「近づく?」


 思わず問い返すと、シオンは月を見上げたまま、言葉を続けた。


「小さいころに約束したでしょ? 『オルンを一人にしない』って。『オルンの隣に立てるくらい強くなる』って。……あの頃に比べたら、今の私は、物理的な距離も……心の距離も、近づけてると思う」


 俺は黙って耳を傾ける。


 彼女は少し間を置いてから、表情を曇らせた。


「でもね……本当の意味では、まだ肩を並べられてない気がするんだ。オルンは私たち以上に、たくさんのものを視て、識って……もっと先の未来を鮮明に見据えてる。私は、オルンに言われずとも、それを共有できるようにならなきゃって思ってる」


 そこまで言ったシオンは一度口を閉ざし、視線を落とした。

 月明かりに照らされた横顔には迷いと、それを押しのけようとする決意の色が混じっている。


 やがて彼女は俺の肩に預けていた頭をゆっくりと上げ、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。


「――貴方の背中をただ追いかけるんじゃなくて……隣で同じ景色を見たいから」


「シオン……」


「オルンって、気づくと一人でどんどん先に行っちゃうでしょ? だから私は、これからも必死に追いかけて、隣を歩き続けたいの」


 そこまで言ったシオンは、握っていた俺の手にさらに力を込める。

 真剣な眼差しが夜の静けさを突き抜けるように俺を射抜き、その想いの強さを雄弁に物語っていた。


「――もう絶対に、この手は離さない」


 その声音は、月明かりの下でも真剣さが伝わってくるほどに揺るぎなかった。


「……俺に、置いていかれないために?」


「ううん。違うよ」


 彼女はかぶりを振り、真っ直ぐに俺を見た。


「オルンを独りにさせないように、ずっと隣で歩いていたいの」


 胸の奥が熱くなる。

 そんなふうに言ってもらえることが、ただ嬉しかった。


「……ありがとう、シオン」


「え?」


「俺は前に進まなきゃって思うあまり、一人で突っ走っている自覚はある。でも……決して独りじゃないんだって、改めて分かったよ」


 ゆっくりと言葉を紡ぎながら、俺は彼女を見つめる。


「もし俺が間違った道に進もうとしても、シオンが手を引っ張って、連れ戻してくれるんだろ? 幽世の時みたいに、俺が足を止めようとしたら……立ち上がらせてくれるんだろ?」


 そう言うと、彼女は目を丸くしたあと、頬をほんのり赤く染めて、けれど真っ直ぐに頷いた。


「うん。絶対に。……何度でも、ね」


 その瞬間、言葉はいらなかった。


 月光に照らされる横顔があまりにも愛おしくて、気づけば顔を近づけていた。


 シオンもそっと目を閉じる。


 ――唇が触れ合う。


 ひんやりとした夜風の中で、彼女の温もりだけが鮮烈に伝わってくる。


 短い、けれど確かな口づけ。


「……俺が間違えそうになったら、ちゃんと引っ張ってくれよ」


「うん。私の力を全部使ってでも」


 そんな冗談めいたやり取りさえ、今はかけがえのない約束のように思えた。


 そして俺は、その温もりを胸に刻み込み、これからも隣を歩き続けたいと強く願った。


最後までお読みいただきありがとうございます。

次話もお読みいただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
シオンにはしっかりオルンの手綱握っていただき、失恋する女性が増えないようにして欲しく。無自覚たらしはフラグ立てまくりなので(泣)
更新ありがとうございます。ルーナがオルンのことを異性としてどう思っているのか気になっています。オルンのことを想っているような描写はいくつかありましたが最近はオリヴァーとの絡みもあり疑問に思っています。…
シオルンの供給助かります(^^) 剣やら盾やらが揃ってきて、パートナーもできて、オルンは独りじゃないことが重要になってきてそうですね
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