320.二種類の魔力
翌日、俺はルーナと一緒に人気の少ない神社の跡地へとやってきた。
「オルンさん、今日もよろしくお願いいたします!」
そう言うルーナは気合いのこもった声と真剣な表情をしていた。
その姿は立派だが、どこか肩に余計な力が入っているのがわかる。
――やっぱり、少し気負いすぎてるな。
超越者に成るべく修行を始めて一か月。
最初は目に見えて成長していたが、最近は壁にぶつかっている。
それを彼女も自覚しているのだろう。
だからこそ、余計に空回りしているのが伝わってくる。
「ルーナ、そんなに気張らなくても大丈夫だ。着実に魔力の扱いは上手くなっているから」
「し、しかし……最近は、あまり進展していない気がして……」
唇をかむルーナに、俺は柔らかく笑ってみせた。
「壁にぶつかるのは悪いことじゃない。むしろ、ここまで来たからこそ見えてきた景色だ。……俺の所感だけど、ルーナには既に超越者に成るだけの下地はできている。あとはきっかけ――コツを掴むだけだ」
そう言ってから、俺は空を仰ぐ。
「……少し、基礎を振り返ろうか。復習も兼ねて、魔力についてもう一度整理しよう。もしかしたら新しい発見があるかもしれない」
「……わかりました」
ルーナが応じてくれたことを確認してから、俺は魔力についての話を始める。
「まず、魔力は二種類に大別される。覚えているか?」
「はい。それは、修行を始めるときに教えてもらいました。〝術理の世界の魔力〟と〝外の世界の魔力〟の二種類ですよね?」
「そうだ」
ルーナは小さく微笑んでから、真剣な眼差しを俺に向けた。
「そして、外の世界の魔力こそが、本物の魔力であると教わりました」
俺はルーナの言葉に頷き、少しだけ言葉を足した。
――おとぎ話の時代。
魔力は人々の暮らしを豊かにする恩恵そのものだった。
だが、それがもたらしたのは良い側面だけではなかった。
魔力は便利さの裏で、人間の身体に少しずつ悪影響を与えていったためだ。
「そして、人間に敵対する存在が現れた」
「それが、邪神や悪魔ですね」
当時の人類は、魔力によって更に繁栄していくと思われたが、同時にその魔力から生まれた存在――邪神や悪魔の脅威に晒されることになった。
やがて人と邪神の戦いは避けられなくなり、抗争へと発展した。
「戦いの果てに……邪神は封印された。でも、その代償は大きすぎた。世界に満ちる魔力が濃くなりすぎて、人間が暮らしていける環境ではなくなってしまった」
「その解決策が、この世界に移住することだったのですね」
頷きながら、俺は補足する。
「術理の壁で隔てて、外の世界と隔絶した新しい環境――それがこの世界だ。……ただ、『遮断した』というのは正確じゃない。実際には、今この瞬間も、外から魔力は流れ込んできている」
「術理の壁がフィルターのような役割を担っていて、この世界に入ってくる際に魔力から人間にとって毒素となる部分を取り除いているのですよね?」
「あぁ。魔力の中に含まれる毒素を取り除いた状態で流れ込んできている。だから、人間は術理の世界で生きていける」
けれど――と俺は続ける。
「その魔力は、もはや〝本物の魔力〟じゃない。毒素を取り除いた代わりに、魔法を行使できない魔力になってしまった」
「だから、昔の人々は魔法の代わりとなる魔術を生み出したんですね」
「その通りだ。魔法の代用として術理の上に成り立たせた術――それが魔術だ。魔法に似せた現象を、理屈を積み重ねて再現した技術体系だな」
ルーナは一度考え込み、それから慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「……ですが、オルンさんやシオンさんは、この世界でも魔法を使えていますよね。それは……お二人が〝超越者〟だから、なのでしょうか」
「そうだ」
俺は頷き、彼女の疑問を肯定する。
「超越者は、この世界にある魔力を操り、術理の壁に概念的な穴を開けることができる。その穴を通じて外の世界の魔力を直接引き込み、魔法を行使しているんだ」
「……ということは、術理の壁を突破できるほどの魔力操作技術があれば、外の魔力も扱える。つまり、それこそが〝外の世界の魔力に対する耐性〟がある、ということなのでしょうか?」
ルーナの瞳には、ほんのわずかに期待がにじんでいた。
だが俺は、ゆっくりと首を横に振る。
「それは違う。外の世界の魔力に対する耐性があるかどうかは、魔力操作技術の問題じゃない。それは――異能を持っているか、あるいは氣の極致点である〔破魔〕を扱えるかの、どちらかで決まる」
「……つまり、技術だけではどうにもならない、と」
「そういうことだ。異能者であるルーナは元から外の世界への耐性を持っている」
「…………」
ルーナが深く息を吐いてから、苦笑するように微笑んだ。
「……超高度な魔力操作技術と、外の魔力に対する耐性。その両方を備えて、ようやく〝超越者〟に成れる、というわけですか……。やはり、狭き門なのですね」
「そうだな。でも、ルーナはその門の目の前まで来られている。あとはその門をこじ開けて、その先に進むだけだ」
「……門の前、まで」
「あぁ。さっきも言ったが、ルーナには既に超越者に成るだけの下地はできている。あともう一歩だ」
ルーナは小さく呟き、視線を落とした。
やがて顔を上げると、その瞳には迷いと共に、はっきりとした光が宿っていた。
「ありがとうございます、オルンさん。私は諦めません。ティターニアに会うためにも、絶対に超越者に成ってみせます!」
「よし。じゃあ今日も、基礎から積み上げていこう」
「はい!」
気合のこもった返事が、静かな神社跡地に響いた。
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