319.【sideシオン】露天温泉② 女湯
オルンたちのバカ騒ぎは、女湯の方にまで届いていた。
「……なんだか、あっち騒がしいね」
シオンが口元に小さな笑みを浮かべる。
湯気に包まれた白い肌はほんのりと紅潮し、短くまとめられている銀色の髪が月の光を受けて淡く輝いていた。
湯に身を沈め、ふっと息を吐く。
その姿は、普段の涼やかな印象を火照りによって和らげているように見えた。
「どうせハルトが騒いでるだけ」
フウカが普段は見せないような、とろけるような表情で呟く。
湯の温かさに身を委ねて、刀を握っているときの鋭さはすっかり影を潜めていた。
「ふふふ。楽しそうで良いじゃないですか」
ルーナも湯に浸かりながら、頬を緩める。
どこか羨ましそうに、けれど同時に優しげに微笑んでいた。
男湯とは違って、まったりとした雰囲気の中で三人が湯船に浸かっていると、フウカの頭に巻かれていたタオルが、ふいにずるりと緩んだ。
するりと滑り落ちかけた布を、ルーナが素早く手に取る。
そのままフウカの頭に巻き直した。
「もう、せっかくきれいな髪なのですから、きちんとまとめておかないとダメですよ」
湯気に濡れた長い濡羽色の髪を器用に纏め直しながら、ルーナが微笑む。
「ありがと」
フウカも素直に礼を返した。
湯に浸かりながらこうして髪を任せる姿は、どこか幼さを感じさせる。
その様子を眺めていたシオンが、ふと呟いた。
「二人とも、髪長いよね」
ルーナが自身の藍色の髪を指先でつまみながら微笑む。
「ええ、そうですね」
穏やかな声で肯定する。
「ルーナは、ずっと長いの?」
シオンが小首をかしげる。
「はい。小さいころから、だいたいこれくらいの長さでしたね」
ルーナは湯面に揺れる自分の髪を見やり、懐かしそうに目を細めた。
「そうなんだ。そういえば、フウカは昔短くしてたよね」
シオンが、出会ったばかりの数年前のフウカの姿を思い出しながら口にした。
「うん。刀を振るのに邪魔だったから」
フウカはあっけらかんと答える。
「でも、シオンと出会ったときは、願掛けも兼ねて伸ばし始めてた。キョクトウを取り戻すまでは切らないって、自分で決めてたから」
「そう、だったんですね」
ルーナがフウカの濡羽色の髪を見やりながら、静かに相槌を打つ。
フウカの髪に込められた思いを知り、ほんの少しだけその姿が違って見えた。
「では、もう切ってしまうのですか?」
湯面に映る月を見つめながら、ルーナが問いかける。
「……そのつもりはないけど、気が向いたら切るかも。湯浴みのとき、こうやって纏めるの面倒だし」
フウカは肩まで湯に浸かり直し、長い髪を湯気に漂わせながら答えた。
そして今度は、シオンへと視線を向ける。
「もしかしてシオン、髪伸ばすつもりなの?」
「んー……どうしようか迷ってる」
シオンは短い銀髪の毛先を指先で弄びながら、曖昧に答える。
「長い髪も似合うと思いますよ。シオンさんの髪、すごくきれいですから」
ルーナが真っ直ぐな声で言うと、シオンの白い頬が湯の熱と相まって赤みを増した。
「そ、そうかな……」
視線を逸らし、照れ隠しのように小さな声で返す。
「私もシオンの長い髪、見てみたいかも。オルンも喜ぶんじゃない?」
フウカがさらりと名前を出す。
「えっ……!」
シオンはさらに赤くなり、湯気に紛れるほど慌てて顔を背けた。
彼女が髪を伸ばそうか悩んでいる理由に気づいたルーナが納得したように口を開く。
「なるほど、そういうことですか。ですが、オルンさんなら、どちらでも気にしないと思いますよ?」
ルーナが柔らかな声で言葉を添える。
「髪の長さなんて関係なく、オルンさんがシオンさんのことを本当に大切にしていることが、こちらまで伝わってきますから」
「……っ」
シオンは耳まで赤くし、けれどその表情には確かな嬉しさがにじんでいた。
「明らかにシオンさんに向ける視線と、他のみんなに向ける視線は違いますからね」
ルーナが穏やかに補足すると、シオンは湯の中で身じろぎしながら、ますます俯いてしまう。
「……あんまり、からかわないでよ」
それでも口元に浮かぶ笑みは隠せなかった。
自然と話題はシオンとオルンの関係に移っていく。
「そういえば」
不意にフウカが口を開いた。
「オルンとデートとかしてるの?」
普段のフウカらしからぬ問いに、シオンは目を瞬かせて驚く。
小さく息を吐いてから、頬を緩める。
「二人の時間は作ってるよ。そんなに多くはないけどね。でも珍しいね、フウカがこんなこと聞いてくるなんて……」
「そろそろ月見の時期だから。オルンを誘ってみれば? 月見デートするなら手伝ってあげる」
「……本当にどうしたの? 変なもの食べた?」
「そんなわけない。失礼なこと言わないで」
フウカはむっとした顔を見せたが、すぐに口元を緩めた。
「……月見といえば月見団子でしょ? 食べられる機会なんてそうそうないし、逃したらもったいない」
「ああ、そういうこと」
シオンが呆れ半分に笑う。
「ふふふっ。フウカさんは花より団子ですね」
ルーナも一緒に笑う。
「……? バカにされてる?」
フウカがコテンと首をかしげる。
「ううん。フウカらしいなって思っただけ」
シオンは楽しげに笑った。
湯気の中で、どこか和やかな雰囲気のまま会話を続ける。
「そう言えば、ルーナはどうなの? 意中の相手とかいたりするの?」
「えっ、わたしですか?」
問いかけにルーナは小さく瞬きをした。
すぐに答えられず、湯面に視線を落としてしばらく考える。
けれど、やがて静かに首を振った。
「残念ながら、いませんね」
ルーナは素直に答えた。
「そっか。……まぁ、無理に探すものでもないと思うし、良い人と巡り合えるといいね」
「そうですね」
「そんなことより、どうするの? オルンをデートに誘うの?」
再びフウカが問いかけてくる。
「えっ、う、うん……。じゃあ、誘って、みようかな」
シオンが赤くなった頬を隠すように視線を逸らす。
「ふふふっ。フウカさんは月見団子が食べたくて仕方ないみたいですね。それではフウカさん、私たちは私たちで、お月見をしましょうか」
「うん。楽しみ」
ルーナの声に、三人の笑みが重なる。
湯けむりに包まれた女湯には、夜の月明かりと笑い声がやわらかく溶けていった。
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