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勇者パーティを追い出された器用貧乏~パーティ事情で付与術士をやっていた剣士、万能へと至る~【Web版】  作者: 都神 樹
第十章

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316.【sideセルマ】レイド構想

 ノヒタント王国第二の都市――ツトライル。

 かつては交易と探索者たちによって賑わう穏やかな街だったが、今やその空気は変わりつつあった。


 地上に現れた魔獣による被害が各地で報告され、街路には不安が漂っている。

 人々は日常の中で牙を剥く魔獣の脅威に怯え、商人たちは物流の停滞に頭を抱え、政務に携わる者は都市防衛や財政の負担に追われる。


 大迷宮の攻略はもはや探索者の夢や名誉の象徴ではない。

 世界全体が願い、求めざるを得ない切実な至上命題へと変わっていた。


 その気配は探索者たちにも伝わり、彼らはこれまで以上に大迷宮と真剣に向き合うようになっている。

 期待と焦燥がないまぜになったツトライルの空気は、どこかピリついた緊張感に包まれていた。


 様々な探索者パーティやクランが大迷宮攻略に名乗りを上げているが、その中でも、やはり中心にいるのは《夜天の銀兎》だった。

 国内最大規模の組織力と、数々の功績に、民衆の信頼が寄せられている。


 今や彼らの動向こそが、ツトライルの人々の期待と不安を左右していた。

 ――だからこそ、彼らに立ち止まることは許されなかった。


 


《夜天の銀兎》本部にて、幹部や有力なスポンサーが集まり、大迷宮攻略のための会議が開かれる。


 分厚い扉が閉ざされ、外界のざわめきが遮断された室内には、張り詰めた沈黙が広がった。


 円卓を囲む面々の視線が一斉に注がれる中、口を開いたのはクランの探索者たちを率いているセルマだった。


 幹部としての責務を背に、彼女は静かに息を吸い込む。

 いつもよりも緊張感を滲ませながら、しかし一点の迷いもなく、彼女は声を放った。


「――単刀直入に言います。現状では、当クランの最強パーティである第一部隊を以てしても大迷宮の攻略は困難を極めるでしょう」


 明瞭な響きが会議室を満たし、わずかなざわめきが広がる。


 セルマはその空気を正面から受け止め、さらに続けた。


「迷宮探索には、四人から六人を一纏めとした〝パーティ〟で行うのがセオリーです」


 セルマは淡々とした声音で言葉を継ぐ。


「人数が多くなるほど連携の難易度は跳ね上がり、加えて魔獣には『人の集まる場所に引き寄せられる』習性があります。だからこそ、少数精鋭――個人能力の高い者を揃えて挑むことが最適解とされてきました」


 そこまでは誰もが理解していた常識だった。


 だが、セルマはさらに一歩踏み込む。


「しかし、今のこのクランには……絶対的なエースと呼べる探索者は存在しません」


 会議室に重い沈黙が落ちた。


 その空白を破ったのは、苛立ちを隠さないスポンサーの一人だった。


「……ですが、現実として時間はありません。絶対的なエースが育つのを待つ――という余裕は無いのでは?」


 切迫した響きに、会議室の空気がわずかに揺らぐ。


 だがセルマは顔色一つ変えず、静かに首を横に振った。


「……確かに、私たちに歩みを止めている時間はありません。だから、考え方を変えるのです」


 そう言って、彼女は視線を円卓の上座へと移した。


 そこに座すのは、この国――ノヒタント王国の第一王女であるルシラ・N・エーデルワイスだった。


「ルシラ殿下」


 名を呼ばれ、ルシラは微笑みながら応じる。


「なんでしょうか?」


 ルシラはこの場に王室代行官として出席していた。


 王室は南の大迷宮攻略に挑む全ての探索者たちに期待を寄せてはいるが、その中でも《夜天の銀兎》には一目を置いている。

 ゆえに、正式な支援を決定し、その窓口役として派遣されたのが彼女だった。


 セルマはまっすぐにその瞳を見据える。


「一つお聞かせください。国防を担う軍隊は、個人能力を重視しているのでしょうか?」


 唐突な問いかけに、場の視線が一斉にルシラへと集まる。


 彼女は落ち着いた声で答えた。


「個人能力の高い者を適性のある場所に配置することはあります。ですが、原則として軍は〝個〟ではなく、〝数〟の力を重視しています」


 その答えを聞いた瞬間、会議の方向性を悟った者がいた。

 総長のヴィンスだ。

 彼は顎を撫でながら、低く口を開く。


「……なるほど。その軍隊の考えを、迷宮攻略に取り込むというわけか」


 セルマは力強くうなずいた。


「はい。複数のパーティを束ね、ひとつの軍勢として迷宮に挑む。それが、私の提案する大迷宮の攻略方法――『レイド構想』です」


 その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が大きく揺れた。

 幹部たちは互いに顔を見合わせ、スポンサーたちからも驚きと戸惑いが漏れた。


「そ、それは……あまりに大胆では?」


「先ほど貴女自身が仰っていたでしょう。人数が増えれば連携は難しくなり、魔獣の誘導も複雑になると……」


「大規模で挑むとなると、失敗した際の負担も相応に……」


 懸念の声がいくつも上がっていく。


 セルマは向けられる視線を正面から受け止め、微動だにしなかった。


 対照的に、円卓最上座のルシラは微笑を保ったまま静観している。

 まるで、セルマの本気を試すように。


 セルマはひとつ息を整えると、迷いのない声で言葉を紡いだ。


「……確かに、無謀に映るでしょう。――並の指揮官が率いているのなら」


 静かな声音に、会議室の空気がわずかに収縮する。


 その中心で、セルマは一歩も引かず続けた。

 

「――ですが、そのレイドを指揮するのは、《大陸最高の付与術士》であるこの私です」

 

 ざわめきが走る。

 幾人かのスポンサーが息を呑み、思わず身体を乗り出した。


「それに……」


 セルマは、あえて言葉を切り、円卓をゆっくりと見渡す。


 その一瞬の〝間〟が、会議室全体の注意をひとつにまとめていく。


 そして――静かに【精神感応】を行使する。


『私の声は、――どれほど混沌とした場でも、必ず届く』


 澄み切った念話が、脳裏に直接響く。


 耳ではなく、意識そのものを震わせる感覚に、誰もが息を呑んだ。

 会議室が、音を失ったように静まり返る。


 セルマは念話を解き、今度は通常の声で静かに、しかし確かな力を込めて続けた。


「難しさは理解しています。ですが、複数のパーティが正しく噛み合えば、その総合力は――もはや一つのパーティでは到達し得ない領域に至る」


 自信に満ちた声音が、澄んだ空気を切り裂くように響いた。


「そして、その無数の力をひとつの方向へ束ねられるのは、私をおいて他にいません。――セルマ・クローデルの名に懸けて、必ず成し遂げてみせます」


 幹部たちが互いに視線を交わす。

 先ほどまでの迷いや懸念が、徐々に塗り替えられていくのがわかる。


「個々の判断が乱れるのなら、私が〝道〟を示せばいい。誰もが迷わず、同じ目的地を見続けられるなら――」


 セルマは胸の前で拳を握り、断言した。


「――レイドは必ず、一つの巨大な刃となる。そして私たちは大迷宮を攻略できる。私は――その未来を疑いません」


 その言葉は、もはや説得ではなく宣言だった。


 会議室のどこかで、誰かが小さく息をのむ。


 不安が塗りつぶし続けていた空気に、確かな光が差し込んだ瞬間だった。


 そんな彼女の覚悟を受け止めるようにルシラが、口を開いた。


「……賭けるだけの価値はありそうですね。次なる《勇者》を待っている時間もないことですし」


 ルシラの声音は柔らかく、それでいて揺るぎない。


「――良いでしょう。私はセルマの掲げるレイド構想を支持します」


 その一言が、会議の流れを決定付けた。

 王女の支持は、いかなる議論よりも重い決定打となる。


 続けて、ルシラはわずかに振り返った。


「ローレッタ」


「はっ!」


 護衛としてルシラの背後に控えていたローレッタが即座に応答する。


「貴女たち《翡翠の疾風》も、このレイドに参加してください」


 唐突な命令に、ローレッタの眉がわずかに動いた。

 自分たちが離れれば、その分だけルシラの警護が手薄になる。

 近衛として当然の危惧が、瞬時に胸をよぎった。


「しかし……」


 思わず漏れた声には、職務ゆえの迷いが滲んでいた。

 だが、それを見越したように、ルシラは微笑を崩さない。


「深層に到達した実績のある貴女たちを、私の護衛として遊ばせておくわけにはいきません。貴女たちが大迷宮に潜っている間は、私も《夜天の銀兎》の敷地から出ないと約束します。だから――参加してください」


 柔らかな口調でありながら、それは有無を言わさぬ王女の命令だった。

 王室代行官として、現在はツトライルを活動拠点としているルシラにとって、《夜天の銀兎》の敷地は、事実上の執務と滞在の場だった。


 しばしの沈黙の後、ローレッタは膝をつき、深々と頭を垂れる


「……承知いたしました」


 その言葉を聞き、ルシラは満足げに頷いた。


 そして視線をセルマに戻し、口元に小さな笑みを浮かべる。


「セルマ。《翡翠の疾風》を貴女に預けます。上手く使ってくださいね」


 親友同士だからこそ交わされる信頼と挑発の混じった言葉に、セルマも静かに頷いた。


「ルシラ殿下、ありがとう存じます」


 ――かくして、前例のない『レイド構想』は、確かな一歩を踏み出したのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

次話もお読みいただけると嬉しいです。

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