315.【sideソフィア】氣の収斂
魔獣なら、迷わず攻撃できる!
「【火矢】!」
放った火の矢が魔獣の脚を射貫く 。
動きが止まった瞬間、魔獣の急所に翠色の軌跡が走る。
イヤリングの魔導具を起動したキャロルは、炎のように揺らめく翠色のオーラを身に纏い、その瞳に魔法陣を浮かべていた。
「この子に手を出す魔獣は――全員殺す」
キャロルの声は低く、怒りに震えていた。
その足元から、翠色の火花がぱちぱちと散る。
魔力が膨れ上がり、空気が震えた。
「キャロル、来るよ!」
「わかってる!」
迫りくる亜人型の魔獣へ、キャロルが双剣を構えた。
キャロルが翠色の軌跡だけを残して、目にも止まらぬ速さで魔獣たちの間を縫っていく。
その軌道上に居た魔獣は黒い霧へと戻って霧散していった。
私はキャロルが残した魔獣を攻撃魔術で斃していく。
ログやルエラさんたちも各々戦っていて、魔獣の数は徐々に減っていった。
「よしっ、あと――」
終わりが見えた瞬間、背後から鈍い音が響いた。
「――っ! ソフィーッ!!」
キャロルの叫びで振り向くと、視界の端に小さな影が映る。
それは、眠っているはずの少女だった。
黒い霧を吸い込みながら、苦しげに身体を震わせ、その瞳は完全に闇へと染まっていた。
「……っ!」
その小さな身体が、獣のような速度で跳びかかってくる。
一瞬、躊躇してしまった。
その刹那、死を纏った鋭い爪が私の胸元へ迫る。
(これは、避けられない……!)
「させねぇっ!!」
その声と同時に、私と爪の間に巨大な盾が割り込んできた。
金属が悲鳴を上げるような音が施設内に反響した。
「ソフィア! 下がれ!」
デリックさんの怒声に押され、私は反射的に一歩退く。
視界の向こうで、少女はまだ苦しげに喉を鳴らし、獣のように爪を振り下ろし続けていた。
「……なんで、こんな……!」
思わず漏れた声は震えていた。
本当なら――眠らされていたはずの子。
傷つけたいなんて思わない。
助けるために来たはずなのに。
その迷いを見透かすように、デリックさんが振り返りざま怒鳴る。
「ソフィア、ここは『助けたい気持ち』を見せる場面じゃねぇ」
「……っ」
「生きるか死ぬかだ」
盾を構えたまま、低く言い切る。
「立ってる奴にしか、助ける順番は回ってこねぇ。だから――倒れんな。お前は助ける側になりたいんだろ」
デリックさんの言葉が、胸に鋭く突き刺さった。
「デリック、動きを止めて!」
アネリさんの声が飛んだ。
「おうよ!」
デリックさんが盾で少女の動きを完全に押し止める。
アネリさんはすでに術式構築を終えていた。
「――【岩拘束】!」
アネリさんが魔術を発動すると、床の岩盤が隆起して少女の身体を包み込むように拘束した。
「よし――って、わらわらと面倒ね!」
アネリさんが睨みつける先で、魔獣たちが少女へ向かって突進してくる。
「――【火槍+多焦点】!」
アネリさんが杖を振るうと、少女を覆うように大量の魔法陣が描かれた。
(離れてる場所に、あんな数の魔法陣を……!?)
本来、魔法陣は術者の近くに展開するのが基本となる。
距離が離れれば術式は乱れるし、魔力流入も難しくなって不発する危険があるから。
オルンさんから教わった【増幅連鎖】も自分から離れた場所に展開するけど、それは魔力流入が自動的に行われるからこそ可能な芸当だ。
オルンさん自身、一年前私たちを護るために黒竜と戦った時も、移動しながら術式をその場に設置していた。
けれど今、アネリさんは――自分から離れた位置に、しかも複数同時に魔法陣を描いている。
――あり得ない精度で、あり得ない数を。
これが、勇者パーティで後衛アタッカーを務めていた探索者の実力なんだ……。
しかも、この全てにオルンさんの【瞬間的能力超上昇】が乗ってたと考えると、その殲滅力は、私なんかとは比較にならない。
「全員、消し炭よ!」
アネリさんがパチッと指を鳴らすと同時に、各魔法陣に宿る魔力が一気に燃え盛る。
そこから 十数本の火の槍が姿を現す。
槍は一点に集束するのではなく、それぞれが別方向から少女を襲う魔獣へ向けて軌道を描いていた。
(……全部、別のターゲットを狙ってる……!)
炎槍が一斉に射出され、魔獣へ向けて多角的に突き刺さる。
逃げ道など一つも無い。
爆ぜる炎の向こうで、アネリさんは涼しい声で告げた。
「取り逃がすつもりなんてないわよ。空間全部、私の攻撃範囲なんだから」
(空間全部が、攻撃範囲……)
その言葉と光景が、胸の奥に焼きつく。
(私も、あんなふうに……!)
自分が目指すべき魔術士としての形が、これまで以上にはっきりと見えた気がした。
◇
しばらくして、魔獣は全て討伐された。
残ったのは、岩に拘束された、ただ一人の少女。
その身体の周囲だけ、黒い霧が濃く渦を巻いていた。
「さて、と。もう一回――【睡眠導入】」
フレッドさんが少女を眠らせようと魔術を発動する。
でも――少女の周囲の黒霧が、まるで防壁のように魔力を弾いた。
「……やっぱり通らない、か~」
フレッドさんが肩を落とす。
「どういうことだ?」
ログが険しい表情で問う。
「身に纏ってる黒い霧が、魔力干渉を起こしてるんだ~。これだけ濃いと、僕の魔術は通らないね~」
フレッドさんの魔術が効かないということは、誰も少女を傷つけないで止めることはできないことになる。
その瞬間、少女に纏っている岩がきしりと音を立てた。
「――っ!? まだ動くの……!」
アネリさんの目が見開かれる。
小さな身体が震え、腕が、足が、無理やり拘束を押し破ろうとしている。
胸がぎゅっと痛む。
すると、フレッドさんが、私へと振り返る。
その表情は真剣なものだった。
「ねぇ、ソフィー」
「な、なに?」
「この黒い霧、消せない?」
「え、私が……?」
驚いて一瞬言葉を失う。
そんな私を、フレッドさんは真っすぐに見つめていた。
「現状、この黒い霧をどうにかできる可能性があるとしたら、ソフィーだけだから。君が無理なら心苦しいけど、手荒な手段を講じるしかなくなる」
「可能性……?」
「この黒い靄は魔力だからね。それを手っ取り早く、この子を傷つけずに取り除く方法、それは――〔破魔〕をぶつけること」
「…………」
聞き慣れた単語のはずなのに、胸の奥がざわりと揺れた。
私は〔破魔〕を扱えるわけじゃない。
私が持っているのは――〔念動力〕。
だけど、フレッドさんは静かに続けた。
「〔念動力〕は、氣の極致にある力。その方向は違うけど、〔破魔〕も同じはずだ」
「氣の極致……」
私は息を呑んで、再び少女を見る。
苦しそうに震えているように見えた。
痛い、助けて、怖い――そんな声が聞こえてきそうで、胸が締め付けられる。
だけど――違う。
少女の筋肉は動こうとしていない。
表情筋すら、苦悶を示すように歪むのではなく、無理やり動かされているだけ。
まるで糸人形のように、黒い魔力が、少女の手足を掴んでいる。
少女自身は抵抗する力さえ奪われている。
(この子の意志はどこにもない……。……こんなの、絶対に許せない!)
誰にも触れられず、誰にも助けを求められず、ただ操られているだけの状態。
私は、自分よりも幼い子がそんな目に遭っているのを、ただ見ていることなんて――できなかった。
「……放っておけないよ」
口から静かにこぼれた言葉は、自分でも驚くほど揺れていなかった。
迷いも、恐怖もあった。
でもそれ以上に、胸の奥でひとつの想いが燃え上がっていた。
(救えるのが私だけなら――やるしかない!)
私は杖を両手で握り直す。
その瞬間――胸の奥で、氣が静かに熱を帯びた。
フレッドさんは言った。
〔破魔〕と〔念動力〕は別方向だけど、同じ氣の極致だと。
オルンさんから〔念動力〕が氣由来の力であると教えてもらったあの日から、私はずっと――自分の氣を知ろうとしてきた。
見えない力だからこそ、どう流れているのか、毎日、魔術訓練の合間に目を閉じて、静かに観測し続けてきた。
〔念動力〕を使う時、私はいつも氣を外に発散させている。
(もしも、〔破魔〕がその反対なら)
私は自分の中を巡る氣を――収斂させる。
いつものように外に向けて広げるのではなく、自分の中心へ、中心へと集めていく。
(……イメージは【増幅連鎖】の時の魔力の流れ。周囲に散らばる氣を一か所に纏めて、方向を示す。――『魔を打ち破る』、と)
胸が灼けるように熱くなった。
その熱を、肩へ、腕へ、手へと動かしていく。
その瞬間、更に少女の動きが激しくなった。
まるで私から逃れるように。
「それ以上、その子を傷つけないで!」
私は迷いなく杖を構えた。
集めた氣が杖先で緋色に瞬き、空気が震える。
「――届いて!」
放たれた光は細い矢となり、少女を覆う黒霧だけを正確に撃ち抜いた。
霧が裂け、弾け、力を失う。
ぐったりと少女の身体が岩の中で静まる。
「はぁ……はぁ……。できた……!」
大量の氣を一気に放出したことで、どっと身体が重くなったけど、心は達成感で震えていた。
「ソフィーっ!」
駆け寄ってきたキャロルが、安堵と驚きが混ざった目で私を見つめる。
「すごい! 本当に、霧だけを消すなんて!」
横でログも目を丸くしていた。
「これが、〔破魔〕……」
そんな二人の声を聞くだけで胸が熱くなる。
でもその中で、最も意外だったのは――。
「……やるじゃん、ソフィー」
フレッドさんが、いつもの軽い声で、でも確かに嬉しそうに言った。
「氣の扱いは完璧だね~。これなら、もっと強くなれるよ」
褒められた瞬間、こみ上げるものを堪えるので必死だった。
――厳しい現実を目の当たりにした。
迷いもあったし、情けないところもたくさん見せた。
(でも、もうこんな無様な姿は見せない)
ダルアーネでオルンさんに宣言した〝理想の私〟になるために、これからも何度だって立ち向かう。
そして――今、はっきり分かった。
(大迷宮を攻略するため の、私だけにしかできない〝唯一無二の戦い方〟が見つかった)
空間すべてを制圧する戦法。
そして、魔を断つ氣の力。
胸の奥で、静かに熱が灯る。
学園に帰ったら、私専用の魔導具の着手に取り掛からなきゃ!
最後までお読みいただきありがとうございます。
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