308.和食
ティターニアと約束を交わした俺は、不死鳥の社を後にした。
鳥居をくぐって再び天霊神社に帰ってくる。
そこではフウカとナギサが櫓の解体を進めていた。
ナギサが両手を掲げると、魔法陣が浮かび上がり、組まれていた柱や梁が音もなく外れていく。
それは、組子細工を逆再生するような光景だった。
木材が宙に浮かび上がる。
それをフウカが身軽な動きで木材の近くまで跳び上がって収納魔導具で吸い込んでいく。
「きれいな魔術だな」
ナギサが発動している魔術を視て、俺は思わず呟いた。
これだけの作業を魔術で行おうとすれば、一般的には複数の魔術を同時に行使することになるはずだ。
それを単体の魔術で完結させている。
「オルンさん、お帰りなさい。早かったですね」
俺に気づいたナギサが、術式の制御を保ちながらも微笑んだ。
「あぁ。術理の調査よりも先にやるべきことが出来たから」
「やるべきこと?」
「それはまた後で話すよ」
軽く返すと、ナギサは一瞬だけ首を傾げたが、深く追及はせずに、再び魔術の行使に集中した。
しばらくして最後の梁が宙を滑り、フウカが軽快な動きで収納魔導具に収めた。
「……終わり」
フウカが軽く息をつくと、ナギサがぱっと笑顔を見せた。
「フウカ姉さま、手伝ってくれてありがとう! おかげですぐに終わったよ」
俺は二人のやりとりを見守りながら、境内に漂う空気の変化を感じ取る。
櫓が無くなったことで、祭りの余韻もようやく締めくくられたようだった。
「どういたしまして。身体動かしたから、お腹空いた」
「あはは! やっぱり姉さま、食いしん坊になったよね」
「……そんなことない」
「え~、絶対そうだよ~」
ナギサの言葉にフウカが少しだけ視線を逸らす。
そんな二人のやり取りを微笑ましく思っていると、俺の視線に気づいたフウカがムッとした表情をこちらに向けてきた。
「オルン、なんか失礼なこと考えてない?」
「いや? 別に」
「その顔は絶対失礼なこと考えてる」
ジトっと睨まれ、俺は苦笑を浮かべる。
「そんなことないって。いつも通りのフウカを見て、少し肩の力が抜けただけだ」
「…………」
いつもはすぐに引き下がるフウカだが、今日はやけに気にしているように思える。
妹分の前だから変なところは見せられないって思ってるのか?
……ナギサの反応的にすでに食関連については手遅れな気がするけど。
◇
天霊神社を後にした俺たちは、寝泊まりをしている旅館へと帰ってきた。
「あ、オルン、フウカ、ナギサちゃん、お帰り」
縁側で花や鳥を愛でていたシオンが、俺たちに気づくと声をかけてきた。
朝の光を浴びて、縁側に腰をかける彼女の姿はどこか穏やかで、いつまでも見ていられそうなほど画になっていた。
手には湯呑があり、白い湯気がふわりと立ち上っていた。
「シオン、ただいま。何してるんだ?」
「何もしてないよ。旅館の人が、お庭を眺めながらどうぞって淹れてくれたの。……すごく落ち着くね、こういうの」
柔らかい声音に、フウカが「わかる」と呟き、隣に座りたそうに縁側を見やる。
それを見て、ナギサが笑みを浮かべた。
「朝食の準備も整っているはずですし……皆さん、そろそろ中に入りましょう」
シオンとフウカと一緒にナギサが入っていった部屋に向かうと、ふわりと鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきた。
「……いい匂いだ」
思わず口にした俺の言葉に、フウカが「でしょ?」と自慢げに頷いた。
障子を開けて中に入ると、低い卓がいくつも並べられ、既に料理がきれいに並べられていた。
白米の盛られた茶碗、湯気を立てる味噌汁、漬物に卵焼き、焼き魚。
丁寧に整えられた朝食を目にすると、自然と食欲をそそられる。
ちょうどそのとき、ルーナやオリヴァー、ハルトさんたちも部屋に入ってきた。
「今日も美味しそうですね!」
ルーナが目を輝かせて駆け寄り、オリヴァーは珍しそうに卓を見回す。
「何度見ても、見事なものだな」
「腹が減った! 早く食べようぜ!」
ハルトさんはいつもの調子で声を弾ませ、場の空気を一気に和やかにする。
俺たちはそれぞれ席に着き、手を合わせた。
「「いただきます」」
声が重なり、朝食のひとときが始まった。
箸を手にしたフウカとハルトさんの顔が、ふっと和らぐ。
「……やっぱり落ち着くな。この味は」
ハルトさんの言葉にフウカが頷く。
「うん。数年食べてなかったけど、やっぱり美味しい」
二人にとっては懐かしい故郷の味。噛みしめるごとに、どこか安堵の色が滲んでいた。
一方で、キョクトウへ初めてやってきた俺たちも、この三日間で和食の食べ方に慣れ始めていた。
「このお米、最初は味が無いように思っていましたが、噛んでいくと甘く感じて不思議ですね」
ルーナが感心したように呟き、シオンは焼き魚を箸でほぐして「うん。昨日よりうまく取れた」と満足げに笑っていた。
オリヴァーは味噌汁を口に含み、真剣な顔で頷く。
「まだ慣れきれてないが……身体に染み渡る味だな」
俺もまた、三日目にしてようやく白米の甘みや味噌汁の温かさを落ち着いて味わえるようになっていた。
戦い続きの日々のなかで、こうして仲間と囲む食事がどれほど贅沢か――あらためて胸に刻むのだった。
そんな幸せな時間を享受していると、
「……くっ」
隣から、低く唸る声が聞こえた。
視線を向けると、オリヴァーが箸を上手く扱えず、焼き魚と格闘している。
「どうした、オリヴァー?」
「いや……これ、難しくないか? 摘んだと思ったらすぐに落ちる」
真剣な顔で箸を握り直し、何度も挑戦するが、魚の身はするりと逃げてしまう。
「ふふっ……」
ルーナが微笑ましそうにオリヴァーを眺め、シオンも「オリヴァー、不器用だね~」と肩を揺らす。
「いや、むしろお前らの上達が早すぎるんだろ。なんでもうそんなに箸を上手く扱えるようになってるんだよ」
オリヴァーは眉をひそめたまま、箸を握る手にぐっと力を込めた。
「……あの、スプーンとフォーク用意しましょうか?」
ナギサの提案に、オリヴァーは一瞬真顔になり、そして深いため息を吐いた。
「……ありがとう。でも、大丈夫だ。俺もすぐ箸の使い方をマスターしてみせるから」
そう言いながら再挑戦する姿に、自然と笑いがこぼれる。
和やかな空気が広がり、食卓はますます温かなものになっていった。
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