285.制服姿
◇ ◇ ◇
キョクトウへと向かう日の朝、目を覚ました俺は顔を出し始めた朝日を窓越しに浴びながら伸びをした。
すると、ドタドタドタとこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
「ししょー! 見て見て~!」
そして、扉が勢いよく開かれ、キャロルが飛び込んできた。
「おはよう、キャロル。朝から元気だな」
「元気があたしの取り柄だからねっ!」
キャロルは自慢げに胸を張りながら応答すると、一歩下がって両手を広げた。
「そんなことより! ほら! どうどう? 似合う~?」
視線を彼女の身体に向けると、そこには学園の制服に身を包んだキャロルの姿があった。
《夜天の銀兎》の黒と青を基調とした団服とは違い、制服は明るい青色を基調としたものとなっている。
確か制服には白いジャケットもあったはずだが、彼女はジャケットを身に着けずベストのみとなっていた。更に腰にはセーターを巻いていて、活発なキャロルに良く似合っている装いとなっていた。
「学園の制服か。似合ってるじゃないか」
素直に感想を述べると、キャロルは満面の笑みを浮かべて、くるりと回ってみせた。
「でしょでしょ! えへへ~。ありがとっ」
今日は俺がフウカやシオンたちとキョクトウへ向かう日だが、弟子たちにとっては学園に入学する日となっている。
これから学園に向かって入学に際して行われる実力テストを受ける予定だと聞いている。
「もうキャロル、速いよ……」
そんな彼女の後ろから、控えめに扉の影から覗く影があった。
静かな声とともに、ソフィーがゆっくりと部屋に入ってくる。
その姿もまた、キャロルと同じ学園の制服だった。
ソフィーは学園の制服を着崩すことなくキッチリを身に着けていた。真面目な彼女らしい。
「ソフィーもおはよう。制服似合ってるな」
「あ、ありがとうございます……」
ソフィーの制服にも言及すると、彼女は恥ずかしそうに制服の裾をそっと整えていた。
「師匠、朝から押しかけてしまってすいません」
最後に謝罪をしながらログが入ってくる。
彼もまた学園の制服を身に着けているが、キャロルのように着崩すこともなく、かといってソフィーのようにキッチリしすぎるわけでもない。
ジャケットの襟元を整えたその姿は、どこか大人びた雰囲気を漂わせていた。
「別に気にしてないよ。ログもカッコいいじゃないか」
「本当ですかっ!? やった!」
「ソフィーの制服姿は一緒に測定したときに見たからカワイイの知ってたけど。んー……、確かにログもカッコよく見えるかも?」
「うん。いつもより大人びて見える」
俺の感想には喜んでいたログだったが、キャロルとソフィーの感想には視線を逸らしながら居心地悪そうにしていた。
「お、おう……。二人も、まぁ……、可愛いんじゃないか?」
「え~、何その感想。褒めるなら、もっと素直に褒めてよ! ……あ! もしかして照れてるの~?」
「う、うるさい!」
もう何度も見てきた三人のじゃれあいを端目に、ふと窓の外を見れば、朝日が昇り切り、街が徐々に活気づき始めているのが見えた。
「三人は今日から学園生活が始まるな。お前たちの人生はお前たちの物だ。だから、俺からとやかく言うつもりはない。でも、お前たちが今も南の大迷宮の攻略を目指しているのであれば、――半年、遅くとも一年後にはツトライルに戻って攻略を再開した方が良いだろうな。のんびりしていたら、第一部隊が先に攻略してしまうだろうから」
「一年……」
「無問題だよ! あたしたちは一年でここまで強くなったんだもん! なら来年にはもっともっと強くなってるはずだから!」
「そうだな。絶対に第一部隊の先輩たちを追い越して見せます!」
いい感じにやる気になっているな。
ログとキャロルについては心配しなくても大丈夫だろう。
問題は、やはりソフィーか。
「それじゃあそろそろ出ていこうか。師匠もこれからキョクトウに向かう準備があるだろうし」
「そだね。制服も見せられたし、行こっか!」
「それじゃあオルンさん、朝早くから失礼しました。私たちももっと強くなるように頑張ります。なので、オルンさんも頑張ってください!」
三人はそう言うと、部屋から出ていこうとする。
『迷ってから決断したことは、必ず後悔する。だから、――後悔する未来の自分が少しでも納得できる選択をするべきだ』だよな、じいちゃん。
「――待ってくれ」
ログが扉に手を伸ばしていたところで三人を呼び止めた。
「……? 師匠、どうしましたか?」
「お前たちを見送る前に、ソフィーに話しておきたいことがある。――できれば二人っきりで」
「ふ、二人っきりっ!?」
「おぉ~。これは邪魔できないやつだ。ログ、あたしたちは先に出てよ。ソフィーあたしたち玄関口で待ってるね!」
「あ、あぁ。わかった」
キャロルがにやにやと意味ありげな表情を浮かべながらログと一緒に部屋を出て行った。
◇
「そ、それで、私に話って……?」
キャロルとログが居なくなり、ソフィーと二人っきりになったところで、彼女が緊張した様子で口を開いた。
「端的に言うと、ソフィーの未来についてだ」
「私の未来っ!? そ、それって……」
「ギリギリまで言うかどうか迷っていたんだ。これを言うと、ソフィーの未来を狭めてしまうと思ったから。でも、ソフィーなら遅かれ早かれ気づくと思うから、なら俺の口から言った方が良いと判断した」
「――ちょ、ちょっと待ってください! 心を落ち着かせるのでっ!」
「あ、あぁ。わかった」
俺の言葉を止めたソフィーは何度か大きく深呼吸をしていた。
「ど、どうぞ!」
ソフィーは緊張しているのか、表情がとても硬い。
「このことを話す前に、ソフィーに聞きたいことがある」
「な、なんでしょうか……?」
「ソフィーは学園で何を学ぶつもりなんだ?」
「え――。学園で、ですか?」
俺の質問が予想外だったのか、ソフィーが呆気にとられたような表情をしている。
しかし、すぐに真面目な表情に変わって口を開いた。
「魔導具についてです。魔術についても知識を深めたいとは思っていますが、私の異能を最大限に発揮できるような、そんな魔導具を作りたいと思っています」
「……ソフィーの異能というのは、〔念動力〕のことか?」
「そうです。今の私の戦い方は、魔術と【念動力】をそれぞれが独立しているので、この二つを上手く一つにできるような、私だけの戦い方を確立させたくて」
「……それがソフィーの目指す戦闘スタイルなんだな」
「はい」
俺の問いかけに、ソフィーは真っすぐな瞳をこちらに向けながら答える。
そんな彼女を見ると、罪悪感が募ってくる。
俺が彼女の〔念動力〕を異能だと断言してしまったから、彼女はそれを異能だと思い込んでしまった。
俺が異能だと言わなければ、彼女はもっと早く自分の力の正体に気づいていたかもしれない。
加えていえば、今年初めのソフィーの婚約騒動に関しても、俺の無責任な発言が発端かもしれない。
あの一件は異能の研究に熱心だった《博士》オズウェル・マクラウドが裏で糸を引いていた。
あいつがソフィーに目を付けたのは、『異能者の二親等以内には別の異能者が現れることは無い』という異能の原則から外れたソフィーを研究対象にしたいと考えたからだと今なら分かる。
「俺はソフィーに謝らないといけないことがある」
「謝ること、ですか?」
「あぁ。ソフィーが自分の異能だと思っている〔念動力〕だが、それは異能ではない」
「…………え?」
「俺は異能でないものを異能だと断定して、ソフィーの可能性を潰していた。本当にすまない」
そう言いながらゆっくりと頭を下げる。
「えっと……、ごめんなさい。まだ混乱しているみたいで……。【念動力】が異能じゃない? じゃあ、この力は何なんですか……?」
「〔念動力〕は、氣の操作の応用だ」
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