279.新たな旅路
◇
地上に魔獣が蔓延るような世界になってから三か月以上が経過した。
この三か月間、《アムンツァース》は秘密裏に各国で魔獣を狩り続けてきた。
魔獣が地上に出てきた当時はひどい情勢だったが、それも次第に落ち着き始めている。
それは先月に各国の代表を一堂に会した首脳会議が行われ、各国が手を取り合って魔獣に対処し始めたためだ。
そのおかげで、これまでは魔獣の対処に手一杯だった探索者たちにも余裕が生まれ始めて、大迷宮攻略の準備に取り掛かっているクランや探索者パーティも徐々に出始めているらしい。
俺はというと、今日も相変わらず教団がヒティア公国内に放った巨大な改造魔獣――巨獣種を駆逐して回っている。
だけど、その日々もそろそろ終わりだろう。
(ヒティア公国に放たれていた巨獣種の魔獣もあらかた駆逐できた。各国の情勢もかなり落ち着いたようだし、そろそろ国を離れても大丈夫そうだな)
俺たちのためにクリスが用意してくれた屋敷の門を開けながら、新聞や仲間たちが集めてくれた各国の情報を確認しながら心の中で呟く。
その時、視界の端で何かが動いた。
「……フウカ?」
そちらへと視線を向けると、庭で何かをしているフウカの姿が見えた。
その手には魔力が籠っている一対の扇が握られている。
フウカはゆっくりとした動きで腕を上げ、扇を広げた。
そして、軽やかに足を踏み出しながら、彼女の身体は円を描くように回る。
扇から漏れ出る薄桜色の魔力の軌跡がフウカの動きに追従する。
それからもフウカは、リズムよく身体を滑らかに回旋させたり両腕を大きく広げたり、その動きは力強さと優雅さを持ち併せていた。
「よっ! 魔王様、久しぶりだな! って、何してんだ?」
フウカに見入っていると、扉を開く音と共に男の声が聞こえてきた。
「ハルトさん、帰ってきてたんだ。あれを見てたんだよ」
屋敷から出てきた彼にも外で流麗な動きをしているフウカを見せる。
「あー、舞か」
「あの踊りみたいなやつ、舞っていうのか?」
「そうだ。あれは霊舞祭でやるもんなんだ。本来は別の者がやるもので、フウカの役目じゃないんだが、毎年この時期になると、練習って言ってやってるんだよ」
そう言うハルトさんはすごく優しい目をしていた。
霊舞祭は確か八月に行われるキョクトウの祭りだったはず。
「そっか。……それにしてもずいぶん早い戻りだな。帰りにはもっと掛かると思っていたんだが」
ハルトさんは先日まで不測の事態に備えてツトライルで過ごしてもらっていた。
そろそろキョクトウへ乗り込むということでヒティア公国に帰ってくるように連絡はしていたけど、思っていたよりも戻ってくるのが早くて驚いている。
「実は帰還命令が来るよりも早くツトライルを発ってたんだ」
「……何かトラブルでもあったのか?」
「想定外の出来事って意味ではトラブルかもしれないな」
ハルトさんはそう言いながらも、焦った様子もないことから急を要する内容ではないことないのだろう。
「それで? その想定外の出来事っていうのは?」
「口で言うより見せた方が早いからこっち来てくれ」
ハルトさんが明確な回答を避けて屋敷の中へ入っていく。
その表情は、まるでいたずらをしようとしている子どものようだ。
「あ、【鳥瞰視覚】は使うなよ。そんなの使われたら台無しになるからな」
「わかったよ」
彼はどうやら俺の反応を楽しみたいようだ。
色々と言いたいことはあるけど、ここ最近はハルトさんに負担を掛けることが多かったから、ここは甘んじて受けよう。
◇
「シオン? 何してるんだ?」
ハルトさんに連れられて歓談室の前までやってくると、部屋の外でシオンが複雑な表情をしていた。
「あ、オルン。ううん、何でもないよ。部屋の中に入るなら、どうぞ」
自分は入る気が無いようで、俺に道を譲った。
そんな彼女を変に思いながらも、ドアノブを握ろうとしたところで、
「はーい! ルゥ姉はここに正座!」
部屋の中からキャロルの声が聞こえてきた。
(って、なんでキャロルの声が!?)
彼女はツトライルにいるはずだ。こんなところで彼女の声が聞こえるわけないはずなんだが……。
「あ、あの、キャロル? どうして貴女たちがここに……?」
続いてルーナの戸惑っている声が聞こえてきた。
どうやら彼女も俺と同じく状況が飲み込めていないようだった。
(というか、今、『貴女たち』って言ったか? ということはもしかして……)
「僕たちはルゥ姉に文句があるんだ!」
「そうだよ! あんな手紙一つでお別れなんて、悲しすぎるもん!」
予想通りログとソフィーの声まで聞こえてきた。部屋の中にはよく知る三人の気配を感じるし、弟子たちがこの部屋の中にいることは間違いない。
だが、『どうして?』という疑問が解消されない。
ドアノブから手を放して、俺の後ろで『驚いただろ?』と言わんばかりのしたり顔をしているハルトさんを見る。
「……なんで弟子たちがここにいるんだ?」
「実はツトライルにいるときに、お前の弟子たちがヒティア公国に向かおうとしているって情報が耳に入ってな」
「あの子たちが自発的にここに来ようと?」
「そうだ。そんな話聞いちまったら同行せざるを得ないだろ? 今の情勢下であの子たちだけツトライルを発たせるわけにはいかないんだから」
ハルトさんの言うことには一理ある。
今の俺は《魔王》と呼ばれて国際指名手配を受けている。
そして何よりも《シクラメン教団》に俺と弟子たちの繋がりを匂わせるようなことをしてしまえば、俺が悪役を買ってまで《夜天の銀兎》と袂を分かった意味がなくなってしまう。
「……そうだったのか。でも、どうしてヒティア公国に?」
「それは本人たちから直接聞いてやれ」
ハルトさんはその理由を知っているっぽいが、教えてはくれなさそうだ。
だが、これでシオンがどうして複雑な表情をしていたかが分かった。
「シオン、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
シオンは俺に心配かけまいと気丈に笑っていることがわかる。
弟子たちは、去年シオンが率いていた《アムンツァース》のメンバーに殺されかけた。
俺があの場に間に合わなかったら間違いなく弟子たちは死んでいただろう。
シオンは弟子たちに謝りたいと思っているけど、どんな顔して弟子たちの前に出ればいいのかわからないといったところか。
「ほら! オルンは私のことなんて気にせず、弟子たちに会ってきなよ!」
シオンが顔を伏せながら俺の背中を押してくる。
「…………わかった。行ってくるよ」
後ろ髪を引かれる思いだが、今俺がシオンの傍に居ても余計に彼女の罪悪感を大きくさせてしまうだけだ。
後でシオンと二人の時間を絶対に作ろうと決めて、俺はドアノブを引いて部屋の中へと入っていく。
部屋に入ると、正座させられているルーナが、しょぼんとした様子で座っていた。
その彼女をむくれた表情で見下ろす弟子たち。
そして、少し離れた場所で何とも言えない表情をしているオリヴァーと、声を押し殺しながらも肩を震わせているアネリの姿もあった。
こんな光景、普段なら絶対に見られないな……。
「あ、ししょーだ~!」
俺の入室に気づいたキャロルが、いつも通りの人懐っこい笑みを浮かべながらこちらを向く。
「三人とも、久しぶりだな。えっと、色々と言いたいことはあるんだが、この状況は……?」
「何も言わずにクランを抜けたルゥ姉に文句を言ってるところ!」
俺の質問にキャロルは屈託のない笑顔で答える。
正座までさせるなんて、容赦ないな……。
しっかり者のルーナは勇者パーティ時代からどちらかというと説教する側の立場だから、こうやって責められている姿はほとんど見たことがない。
「あのルーナを有無も言わさず正座させるなんて、あの子たちやるわね」
「ルーナにも引け目があったからだろうが、まぁ確かにな……」
俺の考えと似たり寄ったりな会話をしているアネリとオリヴァーの会話を聞きながら、この状況をどう収集つけようかと考えていると、
「あの、三人とも、手紙でも謝りましたが、改めて謝らせてください。せっかくパーティに迎え入れてくれたのに、あのような形で抜けることになってしまい、本当にごめんなさい」
ルーナが見上げながら弟子たちをまっすぐ見つめながら謝罪をした。
その言葉には多くの感情が乗っていて、彼女の心の底からの言葉であることが十分に伝わってくるものだった。
彼女に責めるような視線を向けていた弟子たちにも、それは伝わったようで厳しい表情からいつもルーナに向けていた笑顔に変わった。
「もういいよ。元々ルゥ姉の気持ちは手紙を読んで分かってたから」
「そうだね。一言文句を言いたかったのは本当だけど、根に持ってるわけでもないから。というかキャロルがいきなりルゥ姉を正座させちゃってごめんね」
「い、いえ、それは構いませんけど……」
「え~! それだと、あたしが悪者みたいなってない!? こーゆーのは形から入らないとじゃん!」
「キャロルってたまに容赦ないときあるよね……」
「んー、そんなことないと思うけど。とりあえず! ルゥ姉も謝ってくれたし、この話はこれでおしまい!」
それからも弟子たちは二言三言じゃれあうような会話を続けていた。
そんな光景を見て不意に感傷に浸ってしまった。
前回の世界で俺は弟子たちの最期の姿を目にしている。
そんな結末を避けるために、弟子たちと二度と関わることができないとしても、弟子たちが笑って過ごせるならと思って、この子たちから離れる決意をした。
二度と姿を見ることも声を聴くこともできないと思っていた弟子たちが目の前にいる。
それが嬉しくないわけがない。
だが、それとこれとは話が別だ。
「――そちらの話が落ち着いたなら、俺の質問に答えてほしい。お前たちはどうしてここに来たんだ? お前たちには話したはずだよな。俺がクランを抜けた理由を」
俺の問いを受けた弟子たちが真剣な表情になる。
「はい。わかっています。僕たちも中途半端な気持ちでここに来たわけではありません。ここに来たのは、師匠から受け継いだ『南の大迷宮を攻略する』という目的を達成させるためです!」
「今の私たちじゃあ、大迷宮を攻略するための実力が足りません。だから、更なる力を身に付けるために私たちは学園に入ろうと思っています!」
「学園に?」
学園とは、ストロメリア魔術学園のことだろう。
世界における魔術研究の最先端であり、魔術や魔導具について学ぶことが出来る場所だ。
「そう! あたしたち魔術についてまだ知識が浅いと思うんだ。だから魔術が盛んな場所で学ぶことでレベルアップができると思って!」
学園で学ぶというのは、俺が一度も示したことのない道だ。
それはつまり、弟子たちが自ら考えて決めた道だということ。
俺は弟子たちの意思を最大限尊重したいと思っている。
しかし――。
「学園、か……」
「オルンさんは、私たちが学園に入ることに反対なんですか……?」
ソフィーが不安そうな表情で問いかけてくる。
「いや、そんなことは無い。お前たちが決めたことだ。俺はそれを尊重したい。だけど、懸念点が一つあってな」
「懸念点、ですか?」
「あぁ。それは、お前たちの名前が売れすぎているということだ。学園は他国の人間でも受け入れている場所だが、当然多少は身辺調査が行われる。その段階で間違いなくお前たちが《夜天の銀兎》の探索者であることは判明するはずだ。そうなると俺の繋がりが疑われることになる」
「そっか。ししょーがクランを抜けた意味がなくなっちゃうんだ」
俺が懸念していることを知った弟子たちが暗い表情に変わる。
(この子たちにこんな表情をさせるなんて、師匠失格だな。どうにか、弟子たちの望む道を進ませたいが……。さて、どうしたものか)
何とか懸念点が解消できる方法を考えていると、突然部屋の扉が開かれた。
「――だったら私が何とかするよ」
部屋に入ってきたシオンが緊張した面持ちで声を発した。
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