264.襲来と介入①
◇ ◇ ◇
ノヒタント王国の王女であるルシラを乗せた馬車が王都の門を潜る。
突如各地の迷宮で氾濫が起こったという情報は、瞬く間に国中に広まった。
他国の状況まで知る由の無い民衆はまだ知らないことだが、ノヒタント王国は他国に比べれば被害を抑えられている。
それは、国中が混乱になっている中、王都やツトライルなどの外壁に守られている大都市の領主たちが即座に周辺の町や村に暮らす人々を受け入れ、防衛機能を大都市に集中させるべく手を打っているためだ。
この迅速な対応には、元々戦争相手である帝国が迷宮の氾濫をする術を持っていると思われていたため、近くの迷宮が氾濫した際の対処法を各地で事前に考えていたことが大きい。
それに加えて、正体不明の集団がいち早く各地に現れた魔獣を討伐していることも大きい。
騒然とする王都の民衆の声がルシラの耳にも届く。
「ローレ、私を信じて付いてきてくれますか?」
どこまでも真剣な表情をしたルシラが、同乗していた護衛のローレッタに問いかける。
それを聞いたローレッタは顔を綻ばせながら口を開いた。
「勿論だよ。私は君の盾であり剣なのだから」
返答を受けたルシラも安堵したかのような表情を浮かべた。
「ありがとうございます。――では、ローレッタ・ウェイバー、今から貴女に命令を下します。何が起ころうとも私の命令を実行してください」
「――畏まりました、ルシラ様」
胸に手を当てたローレッタが、ルシラに深々と頭を下げた。
◇
ルシラたちを乗せた馬車が王城へと辿り着く。
ローレッタが馬車から降りると、そこにはルシラの出迎えに来ていた数人の人間が集まっていた。彼女はこの場にいる者が全員ルシラの側近や従者であることを確認したところで、馬車の中にいるルシラに手を伸ばす。
その手に引かれながらルシラが馬車から降りる。
「お帰りなさいませ、ルシラ殿下。お変わりないようで安心いたしました」
五十代後半の老人――アザール公爵が、彼らを代表してルシラに声を掛ける。
「アザール公爵、ただいま戻りました。他の皆さんも、出迎えに来てくださりありがとうございます」
ルシラが彼らに労いの言葉を口にしながら笑いかけた直後、――ルシラから無理やり引き離れるかのように彼女を除くその場に居た全員が吹き飛ばされた。
「――全員、動くな。口も開くな。無視すれば、容赦なく彼女の首を刎ねる」
ルシラの傍に降り立った帝国の皇太子――《英雄》フェリクス・ルーツ・クロイツァーが刀身をルシラの首元に沿えながら全員に忠告する。
「随分なご挨拶ですね、フェリクス殿下」
ルシラは刃を向けられているとは思えない堂々とした態度でフェリクスを睨みつける。
「無礼であったことは詫びよう。だが、これは手っ取り早く戦争を終わらせるためだ」
「戦争、ですか。今、世界がどうなっているのか知っていますか?」
「迷宮の氾濫のことか? 生憎だが、帝国にはあまり関係の無いことだな」
「それは、帝国と教団が繋がっているからでしょうか?」
「いや、それはあまり関係ない。ウチの迷宮は昨年の内にほとんど攻略されていてあまり残っていないからな」
サウベル帝国がノヒタント王国に手を出したそもそもの発端は、昨年より帝国内の迷宮が何者らかによって攻略され続けていたためだ。
それにより魔石の入手量が減り、魔石不足に陥る前に大迷宮やその他の迷宮が多く存在する王国に目を付けた背景がある。
「降伏しろ、ルシラ王女。王国が帝国に降るというなら、氾濫の騒動を鎮圧させるために我が国の兵をすぐに派兵してやる。そして、俺自身も魔獣と戦おう」
「……それは、非常に魅力的なご提案ですね」
フェリクスは人類で唯一大迷宮を攻略したパーティのリーダーだ。
未曽有の規模の氾濫から帝都を一人で守り抜いたという武勇伝と合わせて、それらのことは世界中に知られ渡っている。
世界最強と称される彼の存在は、例えノヒタント王国の王を殺した国の皇太子であろうとも、魔獣に怯える民衆の心を救う存在になり得る可能性があった。
「迷うまでも無いだろう。国民の命と王家の存続、どちらが大切なんだ?」
「そうですね。迷うまでもありません。――お断りします」
ルシラが最優先しているのは、ノヒタント王国に住まう民の安寧。
そのために彼女は既に決断していた。
オルンに――《アムンツァース》に付くと。
彼はルシラの要請を受けて、とっくに正体不明の集団を王国に派遣している。
彼らが居なければ、この時も今以上に傷つく民がいたはずだ。
《英雄》の存在は民に勇気を与えるかもしれない。
しかし、この状況が収束したあとに帝国が王国をどう扱うのか、それは誰にもわからない。
だからこそ、彼女はその先の未来のことまで見越してオルンに付いた。
「そうか、だったら仕方ない。予定通り王国は滅ぼす他無くなった――」
ルシラに拒絶されたフェリクスが容赦なく刃を彼女の首元に振るう。
しかしルシラの目には、死が目の前まで迫っているはずなのに怯えは一切なかった。
――まるで、自分がここで死ぬ運命にないことが分かっているかのように。
「――っ!?」
フェリクスが突然現れた魔力の結界に刃を阻まれて息を飲む。
「――フラれたからって、暴力に訴えるのは良くないことだと思うなー」
「誰だ!?」
フェリクスが目を向ける。
そこに居たのは、透き通るような銀髪に琥珀色の瞳をした女性――シオン・ナスタチウムだった。
「久しぶりだねー《英雄》。一年くらい前にレグリフ領で会って以来だけど、すっかり見違えたね」
「《白魔》……? お前が、どうしてここに……?」
「さぁ、どうしてだろう、ね」
シオンが適当に返答しながら連続で転移を行う。
一度目の転移でルシラの隣に、二度目の転移でルシラとともにフェリクスから離れた場所に移動した。
「…………貴女が、オルンの言っていた《英雄》の相手をする助っ人ですか?」
安全圏まで逃れることができたルシラが、安堵しながらシオンに問いかける。
「ん、そう。それで確認だけど、本当にいいんだね?」
シオンがルシラに確認を取る。
ルシラはダルアーネに居たころにオルンと協力関係を結んでいる。
そして、彼からこれから起こること、彼が行うことについて聞かされている。
その一つが王都を戦場にするということ。
当然、オルンは一般市民を戦闘に巻き込まないように全力を尽くすと約束をしているが、ツトライルの時と同様に、物的被害についてまでは保証していない。
「……はい。全ての責任は私が取ります。ですので、どうかお願いいたします。国民を護ってください」
シオンの問いかけに、ルシラは周りに聞こえないよう小さな声で、しかし覚悟を乗せた声で返答した。
「……なるほど、オルンが気に入るわけだね。その依頼、確かに承ったよ」
シオンが納得したように頷いた。
それから小さく息を吐き、
「……それじゃあこれから暴れさせてもらうから、少し離れてて」
雰囲気を戦闘用のものに切り替える。
「ご助力、感謝します。よろしくお願いいたします!」
ルシラはシオンに感謝の言葉を向けると、護衛の兵士や側近たちとこの場を離れる。
それを確認したシオンが、フェリクスの方へと向き直った。
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