261.【sideフィリー】面従腹背
◆ ◆ ◆
『人間は生きる価値の無い生き物だ。そんな害獣をこの世から排除するために、我に力を貸せ、フィリー』
――あぁ。また、この過去か……。
幼少期のわたくしは、町から少し外れた人が寄り付かない森の中で母と二人で静かに暮らしていた。
誰もがわたくしたちに畏怖の念を向けていた。
母からは町には近づくなと口酸っぱく言われていた。
だけれど、そんな母を幼くに亡くしたわたくしはその悲しみを埋めたくて、母の言いつけを破って町へといってしまった。
そんなわたくしに待ち受けていたのは、町民たちによる罵詈雑言の嵐。
「こっちに来るな、悪魔がっ! 俺たちを自分の言いなりにさせるつもりか!?」
「ち、違う……! 私は、悪魔じゃない。 ただ、みんなと仲良くしたいだけ……!」
「信じられるか! お前の祖母も母親もそうだったんだろ!? お前だってそうに決まってる!」
「そんなことない! もし、おばあちゃんやお母さんが町の人たちを操っていたって言うなら、何でみんなは私たちに敵意を向けてるの? それは、操られてないからじゃないの!?」
「ぐっ……! う、うるさい、うるさい!」
「おい、それ以上、言葉を交わすな! 操られるぞ!」
わたくしは自分が無害であることを必死に伝えようとするも、町民は聞く耳を持ってくれなかった。
「……なんでよ……。私は人間だもん……。悪魔なんかじゃ、ない、のに……」
わたくしの嘆きを聞く人も、悲しみに寄り添ってくれる人も、誰一人としていなかった。
◆
そんなことがあってからしばらく経った頃――。
町民が武器を手にわたくしの家へとやってきた。
「この悪魔が! よくも……、よくも町長を!」
わたくしの家に入ってくるなり、一人の男が叫びながらわたくしを殴りつける。
後に聞いた話では、彼らが乗り込んでくる前日に町長が何者かによって殺されたらしい。
彼らは殺した犯人がわたくしだと思い込んで乗り込んできたとのこと。
本当に理不尽この上ない理由だ。
当時のわたくしはわけもわからないまま、彼らから一方的に殴る蹴るの暴行を受けた。
あの時は本当に死ぬかと思ったわね。
それと同時にこうも思った。
――お前たちの方がよほど悪魔じゃないか、と。
自分たちの思い込みで一方的に暴力を振るい、それが正しいことだと疑わない。
そして、その集団の大多数が中心人物に追従しているだけの、希薄した意思しか持たない人間と呼ぶのもおこがましいただの獣。
獣を自分の都合のいいように扇動する人間も、意志の無い獣も、定期的にわたくしに語り掛けてくる声の言う通り、等しく害獣だ。
その場を乗り切ったわたくしは、それから色々な場所を巡った。
様々な出来事を見聞きした。
そして導き出した結論は、人間は救いようがない生き物だということ。――自分自身を含めて。
だからわたくしは呼びかけに応えた。
人間を死滅させるために――。
◇
わたくしはアサギリ家の一室からキョクトウの街並みを眺めながら、部屋に入ってくる暖かい風に当てられて、うたた寝していたらしい。
近づいてくる足音に、意識が覚醒する。
「フィ、フィリー様! 大変です!」
声の聞こえた方へと視線を向けると、巫女服を着用している少女が濡羽色の髪を揺らしながら切羽詰まったような表情をしていた。
彼女の名前はナギサ・アサギリ。
十五歳と弱冠ながらに現在のキョクトウを統治している家の当主になっている。
それに加えて、【シクラメン教団:第五席】に座り、ベリアより《死霊》の異名を与えられている。
「何を慌てているの? 《羅刹》から連絡が来たのでしょう?」
わたくしたちはスティーグたちがツトライルに転移するタイミングに合わせて、ツトライルの別の場所に転移する手筈になっている。
ナギサはスティーグとわたくしたちの連絡を中継する役割を担っていた。
そろそろ彼からナギサに連絡が入るタイミングだから、わたくしの元にやってきたと思ったけど、それにしては彼女の態度が変ね。
「その、ツトライルへの攻撃は、待った方が、いいかもです!」
「……またその話? これは決定事項よ。貴女の感情で覆ることでは無いわ」
「今回は私の気持ちとは無関係です! 確かに、私はツトライルへの攻撃には反対ですが……。そ、そうじゃなくてですね……」
「くどいわね。早く用件を言ってくれるかしら?」
「《羅刹》様の反応が途絶えました!」
ナギサの言葉に、わたくしは耳を疑った。
「…………何ですって?」
「う、嘘じゃありませんよっ。今も《焚灼》様と《雷帝》様の存在は感じ取れます。ですが、《羅刹》様の存在だけが、どこにもありません!」
「わたくしを騙そうとしているわけではないのね?」
異能である【認識改変】を行使しながらナギサに問いかけた。
この状態で発した言葉は嘘偽りの無いものとなる。
「だ、騙していません! もしバレたら、姉さまから預かっている民が殺されてしまいます! そんな怖いことできませんよ!」
「『預かった』ではなく、『奪い取った』でしょう?」
「う、うぅ……。私は、そんなつもりは……」
わたくしの言葉にナギサはしょんぼりと頭をうなだれていた。
……少しいじめ過ぎたかもしれないわね。
にしても、この子は相変わらず【認識改変】が効きづらいわね。
異能によるものか、血統によるものか。
どちらにしても、嘘を吐かせないことはできても、意志を完全に殺すことが難しいことは念頭に入れておかないと。
「まぁいいわ。ちなみに、《羅刹》の存在が確認できなくなってからどれくらい経ったのかしら?」
「えと……、一時間ほどです」
「わかったわ。きちんと報告してくれて感謝するわ」
「あのあのっ。ちゃんとすぐに報告しました! だから、民には手を出さないでください! お願いします!」
ナギサが勢い良く頭を下げながら懇願してくる。
いずれ全て滅ぶというのに、何故この子はここまで必死になっているのかしら。
それがわたくしには解らない。
そんなことをしてまで護ったところで、護られた者はそれを当然のものとして享受するだけで、感謝することもない。
そんな救いようのないモノのために、どうして……。
「……えぇ。わかったわ」
キョクトウの民には手を出さないことを明言すると、ナギサは安堵した表情で胸をなでおろしていた。
わたくしは今得た情報をベリアに伝えるべく、彼の元へと足を進めた。
◇
「ベリア様、いいかしら?」
満開に咲き乱れている桜を眺めていたベリアに声を掛ける。
「フィリーか。ようやく《羅刹》から連絡が入ったか?」
「緊急事態よ。《死霊》から《羅刹》の存在が途絶えたと報告があったわ」
ベリアが大きく目を見開く。
「あいつは魔力生命体だぞ? 存在を消すことができる者なんて……。まさか……」
「えぇ。オルン・ドゥーラが力を取り戻したと考えるのが自然でしょう。フウカ・シノノメがやった可能性も否定できないけど、《羅刹》の最後の報告からして、二人は今一緒に行動しているようだし、いずれにしてもオルンが関わっている可能性が高いと思うわ」
ベリアはわたくしの意見を否定することも無く、忌々し気に舌打ちをした。
「ツトライルを襲撃する前に力を取り戻すとは、タイミングが悪すぎるな。もうすぐアイツの心を壊せたというのに。そもそもアイツはどうやって力を取り戻したんだ?」
「そこまでは分からないわ。でも、済んでしまったことをアレコレ考えても時間の無駄よ。オルンが力を取り戻したと仮定して次の手を打つ必要があると進言するわ」
「……そうだな」
長年掛けて少しずつ【認識改変】でベリアの認識を浸食してきたお陰か、彼はわたくしの言葉を何の疑いもなく飲んだ。
コレは既にわたくしの手駒。
後はこの世界の根幹部ともいえる〝不死鳥の社〟と呼ばれる場所がどこにあるのかを吐かせるだけなのだけど、それだけは頑として開示しなかった。
しかしこの状況なら、もしかするかもしれない。
「時は一刻を争うわ。すぐにでも実行しないと」
「わかってる!」
【認識改変】も行使して、今が切迫した状況であると強く意識付けるが、未だ躊躇いの色が見える。
それは恐らくわたくしがこの場に居るから。
だけど、わたくしは不死鳥の社がどこにあるのかを知る必要がある。
ここは退けない。
「……わたくしは貴方の忠実な僕よ。そんなわたくしにすら最大限の警戒を払うベリア様の性格は美徳だと思うわ。でも、わたくしのことは信じてくれないかしら? わたくしは貴方のためにオルンの記憶を封印したし、キョクトウの内戦を引き起こして貴方に献上したわ。それ以外にも貴方の手足となって世界を動かしてきた。これだけの働きでもまだ足りないの?」
(……あぁ、こんな情けない男に媚びなくてはいけないなんて反吐が出そう。でも、これが必要なことだということは分かっている。わたくしは貴方の忠実な僕なのだから。貴方のためなら、わたくしは泥水でも啜るわ。それが人間の死滅に繋がるのなら)
わたくしの心の底を見せないよう注意しながら、ベリアを真っ直ぐ見つめて感情に訴える。
「…………そう、だな。わかった。お前を信じよう。このことは他言無用で頼むぞ」
長い沈黙を経て、ようやくベリアが折れた。
「えぇ、勿論よ。わたくしを信じてくれてありがとう」
内から湧き上がってくる感情が声に乗らないよう理性で抑えつけながら言葉を紡ぐ。
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