258.捲土重来
◇
俺の頬を生ぬるい風が撫でた。
目の前の景色が、街並みから草木が生い茂った迷宮の入り口へと変わっていた。
「オルン、ここ?」
目の前に見える迷宮の入り口を確認したフウカが問いかけてくる。
「あぁ。連中はここに居る魔獣を引き連れて、ツトライルの探索者ギルドに転移するつもりだ」
《アムンツァース》がダウニング商会の各支店にある転移陣を使って各地に転移できるように、《シクラメン教団》は各探索者ギルドの他にも転移できる先がある。
それを担っているのが迷宮の最奥にある迷宮核だ。
全部の迷宮がそういうわけでは無いらしいが、教団は迷宮から別の迷宮へ転移することが可能だ。
転移先であるツトライルへの転移陣は既に改竄しているから、連中がここからツトライルに転移することはできない。
だが、そんなことを知らない奴らは前回と同様にここから転移しようとする。
前回はツトライルから少し離れた場所にある、ゲイリーが氾濫を起こしたことのある迷宮に転移してから徒歩で街に侵入していた。
だが、今回はどこにも転移させるつもりはない。
ここで奴ら――《羅刹》と《戦鬼》を叩く。
島全体を覆うように、転移を阻害する結界を張る。
「……アイツらにツトライルを蹂躙させるわけにはいかない。――始めるぞ、フウカ」
「うん。いつでも大丈夫」
心の奥底に封じ込めていた怒りを解放しながら、上空に魔法陣を描く。
ツトライルの拘留所を破壊したときの、見掛け倒しの魔法陣ではない。
正真正銘の魔法陣。
この世界の崩壊すら招きかねないとして、術理によって制限されている規模の魔法。
それを、魔法陣を介して強制的にこの世界で行使する。
まぁ、前回はティターニアが使っていたし、一度の行使は問題ないだろ。
漆黒の魔力が一点に収束される。
周囲の空間が歪み始めた。
「――【冥府之黒夜】!」
魔法を発動すると、上空から漆黒の魔力が地表を貫く。
本来、迷宮は別の空間となっている。
そのため地面をいくら掘り進めようとも、迷宮に到達することは無い。
だがこの魔法は、異なる空間同士を繋いで、強制的にこの世界に同期させる。
闇が迷宮の最下層に居る赤衣の集団に襲い掛かった。
◇ ◇ ◇
「……変ですね」
迷宮核に手をかざしていた《羅刹》スティーグ・ストレムが呟く。
「おい、何やってんだァ? さっさと跳ばせ!」
そんなスティーグに《戦鬼》ディモン・オーグルが怒号を飛ばす。
「私もそうしたいことは山々なのですが。……ツトライルを転移先に指定できないのですよ」
「あ? 何言ってんだ? んなワケねェだろ!」
ディモンが不機嫌そうに迷宮核に手をかざす。
それからしばらくしても、何も起こらなかった。
「……チッ! 何だよ、コレ!」
「……この迷宮核に不備が無い以上、転移先の魔法陣に細工をされたと考えるのが妥当ですね」
「回りくどいなァ。つまりどういう意味だ?」
「南のギルド長であるリーオン・コンティが裏切ったということでしょう」
「裏切っただと!? ふざけやがって!」
「まぁ、元から我々の理念に否定的な人物でしたからね。その方がオルン・ドゥーラやオリヴァー・カーディフを刺激しないだろうということで彼を南のギルド長にさせていましたが、それが裏目に出たということでしょう」
「んなこたァ、 どうでも良いんだよ! つまりは、そのギルド長含めて全員殺せばいいんだろ?」
「貴方は単純で良いですね。……仕方ありません。ひとまずツトライルに近い迷宮に転移して、そこからは徒歩で――っ!?」
今後の方針を立てていたスティーグが、突然見上げる。
いつも余裕綽々な彼であるが、今は表情からその余裕が消えていた。
闇が最下層の天井を食い破り、スティーグたちに迫る。
それは最下層全てを覆うほどに巨大なものだった。
「はァ!?」
ディモンも闇に気付き驚きの声を上げる。
だが既に時遅く、その場に居た全員が容赦なく闇に呑み込まれた。
「……っ!?」
スティーグが自身の周りに魔力の結界を展開する。
彼の展開した魔力の結界は理論上最硬度のモノで、魔術は当然、魔法であろうと破ることは難しい。
しかしオルンが放った極大の闇は、そんな魔力の結界を徐々に侵食していき、スティーグへと届いた。
魔力の結界でダメージを軽減させることができたスティーグだが、それでもその場に立つことが出来ずに地面に膝をついていた。
「これ、は……」
スティーグが魔法で身体を修復させながらも驚愕を隠せないでいた。
「おい、《羅刹》! 何だ、これは……!?」
ディモンはボロボロになりながらも、意識を手放していなかった。
徐々に彼の身体が自己治癒を始める。
「結界無しで今のを耐えるとは、相変わらずのタフさですね――っ!? 《戦鬼》殿! 上です!」
スティーグの焦りを孕んだ声を聞いてディモンが見上げると、そこには迷宮の最深部から見ることができないはずの地上の青空と照りつく太陽が見えた。
その太陽の光に紛れるようにして、フウカがディモンへと迫る。
「――先制攻撃、その二」
フウカが無感情な声で呟きながら刀を振り下ろす。
落下の勢いを乗せたフウカの斬撃はとてつもない威力となっていた。
「ぐッ!?」
ディモンは周囲の地面が陥没するほどの衝撃を受けながらも、なんとかフウカの剣を自身の大剣で受け止める。
「濡羽色の長い髪に東雲を模した和服。まさか――」
ディモンを襲撃したフウカの姿を見て、彼女の正体に気付いたスティーグが驚きの声を漏らしていると、
「――注意力が散漫すぎないか?」
スティーグの背後からオルンの声がした。
同時に、スティーグは自身の胸元に違和感を覚えた。
視線を落とすと、胸元には、背後から自身を貫いている漆黒の刃があった。
「懐かしいな。お前と初対面したとき、お前は仲間であるはずのゲイリーを背後から剣で刺していたよな。どうだ? 自分がその立場になって、感想は何かあるか?」
スティーグが首だけで振り返ると、冷酷な瞳を向けているオルンと目が合う。
「オルン・ドゥーラ……! ……くっ!」
スティーグが力んだような表情をすると、突然彼の足元から水が噴き出した。
そのままスティーグを包み込むように、螺旋状に巻き上がり始める。
オルンは驚いた様子もなく、シュヴァルツハーゼを引き抜きながら後ろに跳んで距離を取る。
それを見て、刀でディモンを上から抑えつけていたフウカも、彼から離れてオルンの隣に移動した。
『オルン、オーダー通りだった?』
フウカが念話でオルンに声を飛ばす。
『あぁ、ばっちりだ。お陰でやりやすかったよ』
本来のフウカであれば、【未来視】を使ってディモンに受け止められない斬撃を放つこともできた。
だが、オルンの指示は、ディモンを抑えつけることと、二人の意識をフウカに集めることだった。
そこで彼女は自身の戦闘スタイルにそぐわない派手な登場を行った。
『これで俺たちの勝利は決まったようなものだ』
二人で念話をしている内に、スティーグの周りに巻き起こっていた水の竜巻の威力が徐々に弱まり始める。
そのまま水の竜巻が消え去ると、そこに居たはずのスティーグの姿はどこにも見当たらなかった。
「相変わらず、すぐに俺の前から姿を消すな。フウカ、俺はスティーグを追う。フウカには予定通りこのまま《戦鬼》の相手を任せる」
「わかった。任せて」
オルンの言葉にフウカはコクリと頷いた。
フウカの応答を聞いたオルンはそのまま【転移】を発動して、スティーグを追いかけた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
リベンジ戦開始です!
まずはフウカvs.ディモンからとなります。
次話もお読みいただけると嬉しいです。
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先日本作のコミカライズ版第12巻が発売されました!
内容としましては、第二章の最終盤(オルンvs.シオン)がメインとなっています。
迫力のある作画でとても読みごたえのある1冊になっていますので、よろしくお願いいたします!







