257.合流
◇ ◇ ◇
ツトライルでオリヴァーたちを解放した俺は、そのままノヒタント王国の王都へと移動した。
それから王都にあるダウニング商会から長距離転移を使ってヒティア公国へ帰ってきた。
「マジでもうヒティア公国なのか?」
呟いたデリックだけでなく、ルーナとアネリも信じられないと言わんばかりの表情をしていた。
オリヴァーは既に長距離転移の存在を知っていたのか、驚いてはいない。
数時間前までツトライルに居たのに、今は馬車でも一カ月近く掛かる場所まで移動しているのだからデリックたちの反応が普通だろう。
「これは、流通に革命が起こりますね……」
「今は惜しみなく使っているけど、コスト面を考えると、そう気軽に使えるものではないよ。長距離転移を流通に活用出来るようになるにはまだ研究が必要だろうな。……ひとまずみんなお疲れ様。強行軍を強いてしまって済まなかった。クリス――商会長に話を通してみんなの客室を用意してもらうから、今日のところはゆっくり休んで」
「フォーガス侯爵がオルンを指名手配犯にする手筈なんでしょ? 私たちも脱走犯なわけで、ノヒタント王国に長居できないことは承知しているから問題ないわ」
「だな。そこまで疲れてもねぇし。んで、俺たちはこれから何をすればいいんだ?」
そう言う二人は、強がりではなく本当に疲れていないようだ。
この一年、ずっと拘留されていたから体力が落ちているかと心配もしていたが、それは無用だったかもな。
「今すぐにやってもらうことは無い。でも、近日中に世界各地の迷宮が氾濫すると俺は睨んでいる。その時が来たら、《アムンツァース》の実働部隊と一緒に各地の魔獣討伐に向かってほしい」
「《アムンツァース》と協力、ですか。少々複雑ですね」
ルーナが苦笑しながら呟く。
彼女にとって《アムンツァース》は、つい数時間前までは敵だと思っていた組織だ。
すぐに気持ちを切り替えろというのも酷だろう。
「確かに《アムンツァース》はこれまで探索者を殺し続けてきた。その過去は無くならない。だけど、今のこの組織は、人殺しを良しとせず、一人でも多くの人を救うために動こうとしている。……とはいえ、ルーナ、気持ちもわかるつもりだ。ルーナの気持ちの整理が付くまでは、無理をする必要は――」
「――いえ、大丈夫です。弱音を吐いてごめんなさい。ここに来るまでに覚悟は決めていますから」
無理をしなくて良いと言おうとしたが、ルーナが俺の言葉を遮った。
そんな彼女の瞳には強い意志が宿っていて、彼女の言葉が強がりではないと伝わってきた。
「……わかった。アネリとデリックも問題無いか?」
「えぇ。私たちは前もってオリヴァーから、今後、《アムンツァース》に協力する可能性が高いことを聞かされてたから、とっくに気持ちの整理はついているわ」
「俺も同じくだ」
「そっか。三人とも、ありがとう――」
「――オルン、おかえり!」
転移陣の刻まれた部屋で話を続けていたところで、勢いよくドアが開いてシオンが入ってきた。
そのまま俺の隣へと視線を動かして、オリヴァーを視界に捉えると、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「オリヴァー、久しぶりだねー。去年の感謝祭で、オルンを殺しかけたんだって?」
「久しぶりだな、シオン。そう言うお前も、感謝祭前にオルンを殺そうとしていたみたいじゃないか」
オリヴァーも負けじとシオンに言い返す。
二人の関係値を知っている俺からすれば、じゃれ合ってるだけだってわかるけど、内容が物騒過ぎる。
いや、どっちも間違ったことは言ってないけどさ……。
「お前ら、十年ぶりに再会した友人に掛ける第一声がそれで本当に良かったのか……?」
「過去にやらかしたことは、ちゃんと刻まないといけないからね」
「……だな。もうあんな愚行には走らないと戒めるためにも」
シオンとオリヴァーで何やら分かり合っていると、ルーナが驚いたように目を丸くした。
「初めて見ました……。氷の精霊がこんなに集まってるところ」
ルーナの呟きを聞いたシオンが、彼女の方へと向く。
シオンはそのままジッとルーナを見つめてから口を開いた。
「…………もしかして貴女、【精霊支配】の異能者?」
「え、はい。私の異能は【精霊支配】です」
「ふーん、貴女が」
シオンがしばらくルーナへ意味深げな視線を向けていたが、一転してニコッと笑うとルーナに手を差し出した。
「私はシオン・ナスタチウム。よろしくね」
ルーナは戸惑いながらもシオンの手を握る。
「えっと、私はルーナ・フロックハートです。よろしくお願いいたします」
ルーナは《黄金の曙光》を結成したときに加入した俺とオリヴァーの最初の仲間だ。
この結果に、誰かしらの意志が介入していたのか、完全なる偶然なのか、はたまた運命なのか、それは俺にもわからない。
だけど、これだけは言える。
俺がルーナと行動を共にしていたこと、これはすごく大きなアドバンテージだった。
ルーナの異能である【精霊支配】は精霊と妖精が知覚できるようになるというもの。
【森羅万象】の異能者である俺も知らず知らずのうちに【精霊支配】を取得していた。
ティターニアの存在を知覚できていたのも、言葉を交わせていたのも俺の中に【精霊支配】があったからだ。
レグリフ領でティターニアと交わした言葉の何が彼女の琴線に触れたのかは解らないが、あそこで面識があったから世界の時間の巻き戻りに手を貸してくれた。
自分を構成する魔力の大半を代価に差し出してまで。
じいちゃんの存在は俺にとっては何とも代えがたいものだが、それだけでは世界の時間を巻き戻すための代価には足りなかった。
ティターニアが協力してくれたからこそ、今がある。
そして、魔力生命体と呼ばれることもある妖精――意志を持った魔力の存在は、今後の俺たちと教団との戦いにおいて非常に重要な存在となる。
既に【精霊支配】を行使できるようになっていることは、非常に有難いことだ。
「それで? ルーナと他の二人はオルンとどういう関係なの? 連れてくるのはオリヴァーだけって話だったと思うけど」
ルーナと握手したシオンがアネリたちについて質問してくる。
「ここに居るのは《黄金の曙光》のメンバーだ。全員俺たちに協力してくれる」
「《黄金の曙光》……。勇者パーティか。へぇ、この人たちが……」
シオンが意外そうな表情で俺たちを見やる。
「あ、二人にはまだ挨拶してなかったね。私はシオン・ナスタチウム。協力してくれるっていうことなら、これからは私の仲間ってことだよね。よろしくっ。二人とも!」
シオンは、ルーナの時と同様にアネリとデリックにも自己紹介をした。
アネリたちもそれに応じるように自己紹介をする。
唐突に始まったシオンとルーナたち初顔合わせが終わったところで、本日は解散となった。
◇
オリヴァーたちとともにヒティア公国に帰ってきてから数日が経過した。
本日は四聖暦六三〇年四月二十一日。
前回の世界で、教団によってツトライルが蹂躙された日だ。
俺とフウカはダウニング商会の屋上からセレストの街並みを見下ろしながら、心を落ち着かせてその刻を待っていた。
この数日間のうちに、迷宮の氾濫に備えて《アムンツァース》の実働部隊を大陸各地に配置している。
俺たちが 予想している今後の展開は、 世界各地の迷宮が一斉に氾濫するというもの。
探索者が多く滞在している街であれば、魔獣が襲ってきてもある程度すぐに反撃ができる。
だけど逆に探索者が少ない地域は、魔獣に為す術なく蹂躙される可能性が高い。
俺たちはそんな場所であっても、可能な限り犠牲者を出さないように《アムンツァース》の持てる全ての力を使ってこの脅威に対抗するつもりでいる。
今日までにできる準備は全部やってきた。
後は為すべきことを為すだけだ。
しばらく時間が経って、テルシェさんとクリスが屋上へとやってきた。
「――オルン様、先ほど、斥候として出ていたハルトとルーナより、例の無人島に《羅刹》と《戦鬼》がやってきたと連絡が入りました」
ルーナとハルトさんに斥候として監視させていた無人島には、 今年の初めにシオンが襲撃した、教団が農場と呼んでいたところに似た迷宮が存在する。
前回の世界で教団がツトライルを襲撃した際に現れた巨大なサイクロプスは、通常とは違う機構を備えた魔獣だった。
アレらはここで改造を施されていた魔獣たちだと俺は考えている。
「ルーナとハルトさんはもう島を出ていますか?」
「はい。既に二人ともその場を離れ、今はそれぞれの持ち場へと向かっております」
「わかりました。報告ありがとうございます。テルシェさんは、通達屋を介して、各部隊長へ情報共有を」
「畏まりました」
俺の指示を受けたテルシェさんがすぐに、この場を後にした。
「――フウカ、準備はいいか?」
テルシェさんを見送ってから、その隣に居るフウカに問いかける。
フウカはコクリと頷くと、
「いつでも大丈夫」
気負った様子もなく淡々と答えた。
「遂に来たんだな、この日が」
クリスが感慨深く呟く。
「あぁ。ここから一気に世界は動き始める。もしかしたら半日と経たずに氾濫が起こる可能性もあるから、クリスも公国との連携をよろしく」
「あぁ、わかってる。これまで奪ってきた数以上の命を救えるよう全力を尽くすさ。こんなものが贖罪になるとは思わないが、それでも、やらない理由は無いからな。――死ぬなよ、オルン」
本当は俺を止めたいであろうクリスが、そのようなことは一切言わず、俺の背中を押してくれた。
「当然! 俺が目指しているのは、『俺が笑って過ごせる未来』だからな!」
俺が宣言している内に、即席の転移陣が完成した。
それを起動すると、視界が歪み始める。
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