256.指名手配
◇ ◇ ◇
「始まったか……」
執務室の窓から見えた夜空に描かれた魔法陣を眺めながら、私――《夜天の銀兎》の総長ヴィンス・ブライアース――は何気なく呟いた。
視線を手元に落とすと、二通の脱退届が視界に映る。
オルンがこれから何をしようとしているのか、それを聞かされている。
遠くで大きな爆発音が聞こえても大した動揺はない。
彼と接していたのは一年程度だが、それでも彼が心優しい人物であることを知るには充分すぎる期間だ。
オルンは《夜天の銀兎》を、そして何よりそこに所属している団員を護るためにこの騒動を起こすといっても過言ではない。
私はオルンが加入時に他の幹部たちの前で宣言した言葉を思い出していた。
――『俺はクランに身を捧げるつもりはありません。ですが、――《夜天の銀兎》の一員として、どんな状況であろうと仲間を護るために全力を尽くします』
我々が力及ばないから、オルンはこのような手段に出た。
もっと力があれば、また違った道もあったのかもしれない。
「……今さら弱音を吐いても仕方ないな。力が無いなら無いなりに、自分たちにできることを全力でやるしかない」
彼が我々に求めたのは、南の大迷宮の攻略だ。
何が何でも成し遂げる。
それが我々を護ろうとしてくれている彼への恩返しになるのだから。
賽は投げられた。
私も私の仕事をやるとしよう。
すぐにフォーガス侯爵から今回の件の犯人がオルンであることが公表されるはずだ。
それと同時にオルンは指名手配を受けることになる。
そうしたら私の出番だ。
私はその後すぐに、オルンとルーナの二人を除名処分すると宣言する。
オルンと《夜天の銀兎》が袂を分かったと大きく喧伝するために。
自分のやるべきことを再確認した私は、誰の目にも触れないように、手元にある二通の脱退届を焼却した。
◇ ◇ ◇
「領主様、先ほどの爆発について報告が届きました。爆発によって拘留所は半壊。近隣の建物の一部も倒壊している模様です」
私の執務室にやってきた兵士が報告を始めた。
事前にオルンから聞かされていたため大きな驚きはない。
前もって拘留所周辺の巡回を強化していたことが幸いして、脱走を図ろうとした犯罪者はオリヴァーたちを除いて全員捕まえることができたとのことだ。
爆発直後に起こった火災も既に鎮火されている。
「住民の被害は?」
「今判明している時点では、負傷者は確認されておりません。あの爆発の規模から考えれば奇跡的です 」
オルンは約束を守ってくれたようだ。
そんな芸当が他の人にできるとは思えない。
流石という他ないな。
「わかった。それで今回の事件は帝国絡みか?」
事件の真相を知っているが、あくまで表向きは何も知らないふりを装う必要がある。
私がとぼけて問いかけると、兵士は首を横に振った。
「いえ、帝国とは無関係ではないかと思われます」
「そう考える根拠は?」
「それは……その……」
「何を隠す必要がある? 早く言いなさい」
「は、はい! 現場では、オルン・ドゥーラが犯人だと主張する兵士が多く居まして……」
「オルンが犯人だと?」
「爆発が起こる前に、彼は拘留所に常駐していた兵士に、オリヴァー・カーディフの解放が目的だと言っていたそうです。 我々が抵抗し、多くの兵に囲まれた彼がやぶれかぶれにあの爆発を起こしたようです」
話を聞くに、彼はだいぶ派手に立ち回っていたようだ。言い逃れできないほど目撃者が多い。
『犯罪者に仕立て上げてください』か。
こんなことを頼まれるのは、後にも先にも無いだろうな。
「……わかった。オルンを指名手配犯とする。すぐに領内に喧伝しなさい。王室への報告は私の方でしておく」
「畏まりました! すぐに手配します!」
私の指示を受けた兵士が退室する。
部屋の中に誰も居なくなったところで、背もたれに寄りかかって天井を見つめる。
私は、この一年でツトライルに様々な恩恵をもたらしてくれた青年を犠牲にして、その他の住民の安全を手に入れた。
世の中が綺麗事だけで回るものでないことは重々承知している。
それでも、申し訳なさが募る。
「オルン君、すまない。私にこんなことを言う資格なんて無いが、どうか君の望む未来を、君が笑って過ごせる未来を勝ち取ってくれ」
私の呟きは、夜の闇に溶け込んでしまい、誰の耳にも届かなかった――。
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