252.【sideソフィア】オルンの変化
◇ ◇ ◇
先日ダルアーネを発った私たちは、一泊するためにリンテスという街にやってきた。
今日泊まる宿に併設されている酒場で夕飯を食べていると、
「あ、これ美味しい~」
お姉ちゃんがおすすめしていた果実酒を飲んだキャロルの顔が嬉しそうに綻んだ。
「そうだろ、そうだろ。ここの亭主は大の酒好きでな。彼の選ぶ酒はどれも美味いんだ」
キャロルの喜んでいる姿を見て、お姉ちゃんが自慢げに頷いていた。
お姉ちゃんがツトライルから離れたこの街のことに詳しいのは、ここの領主様が《夜天の銀兎》のスポンサーのためクランの仕事で何度か訪れたことがあるかららしい。
(あ、ほんとだ。この果実酒、美味しい)
甘味のあるお酒ですごく飲みやすい。
私たちは、美味しい料理とお酒に舌鼓を打ちながら会話に花を咲かせていった。
「え、そうなんですか? 探索者として上に行くと、ツトライル以外で活動することも増えるんですか?」
お姉ちゃんの話を聞いていたログが驚いたような声を出す。
「まぁ、そうだな。探索者として有名になれば、色んな人に名前を知られることになるからな。ルーナも、勇者パーティに居たころはかなり忙しかったんじゃないか?」
お姉ちゃんがルゥ姉に声を向ける。
「そうですね。何せ〝勇者パーティ〟でしたから。貴族間の勢力争いやら何やらで、色んなところに呼ばれては問題に巻き込まれそうになってましたね」
ルゥ姉が苦笑しながら肯定していた。
今は戦争中でみんなが一丸になってるからそういった問題に私たちが巻き込まれることは無いけど、戦争が終わったころには大迷宮の到達階層をもっと進めているだろうし、私たちもそういうのに巻き込まれることがあるのかな?
それは嫌だなぁ……。
「うげぇ、貴族の勢力争いとか、聞いてるだけで嫌になってくるよぉ……」
キャロルも私と似たような考えなのか、辟易としていた。
「でも、嫌なことばかりではありませんよ?」
「んー? 例えばどんなことがあるの?」
「一番嬉しいのは、みんなから応援してもらえることですね。見ず知らずの人にも『攻略を頑張って』と声を掛けられるんです。意外と元気をもらえるんで、モチベーションも上がりますね」
「あぁ、それはあるな。応援はバカにならないものだと、何度思ったことか」
ルゥ姉の意見にお姉ちゃんが『うんうん』と何度も頷いていた。
私たちも下層に到達して上級探索者の仲間入りをしたけど、まだまだなんだなと思った。
いつかはこんな話でお姉ちゃんと盛り上がりたいな。
◇
その日の深夜、ふと目が覚めた。
「……ルゥ姉?」
寝返りを打つと、ルゥ姉が眠っているはずのベッドに誰も居ないことに気付いた。
窓から外を見ると、外にルゥ姉の姿が見えた。
みんなを起こさないように静かに外へと出る。
「ソフィー? こんな遅い時間にどうしたんですか?」
ルゥ姉に近づくと、私に気付いた彼女が驚いたような表情をしていた。
「さっき目が覚めちゃって。そしたらルゥ姉が居なかったから」
「そうでしたか。心配かけちゃいましたね。ごめんなさい」
「ううん。……月を見てたの?」
ルゥ姉の隣に腰かけて質問する。
「……そうですね。少し考え事を」
「考え事?」
「はい。……変なことを聞きますが、ソフィーは何か大切な物を忘れているような感覚ありますか?」
「え? 大切な物を……?」
ルゥ姉の予想外の質問に目を白黒させてしまった。
「はい。私は何かを忘れているような気がするんです。それが何か分からないのに、そう思うと心が締め付けられるんです」
「うーん、ごめん。私にはそういう感覚は無いかも」
「……そうですか。私が少しセンチメンタルになっているだけかもしれませんね。気にしないでください」
ルゥ姉は私に気遣って優しく微笑んだ。
「何か、悩みがあるの?」
「いえ、悩みというほど大袈裟なものではありませんよ」
「なにかあるなら話してよ。私、ルゥ姉に助けられてばっかりだもん。私じゃ力不足かも知れないけど、少しでも力になりたい!」
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて少し話させてもらいますね。だけど、本当に悩みとか、そう言うのではないんです。ただ、そろそろ感謝祭の時期だな、と」
「感謝祭……? ……あっ……」
ルゥ姉の発した単語を聞いて、彼女が去年の今頃のことを思い出していたんだと気づいた。
感謝祭は五月下旬から六月初旬にツトライルで催されるお祭りのことだ。
去年の感謝祭での一件によって勇者パーティだった《黄金の曙光》は事実上の解散となって、ルゥ姉は《夜天の銀兎》に籍を移した。
「去年の今ごろは《黄金の曙光》の雰囲気が最悪だったんです。それをどうにかしようと私なりに頑張ってたんですが、それも上手くいかず、感謝祭の初日には私の義両親が児童誘拐の罪で捕まってしまい、あの人たちが経営していたフロックハート商会も存続が不可能となりました。その後はご存じの通り、オリヴァーさんたちが突然暴れ始めて、《黄金の曙光》も解散しました」
私もルゥ姉がどのような経緯で《夜天の銀兎》に入り、そして私たちのパーティに加入してくれたのかを聞いている。
ルゥ姉は当時の話をするときも普通に話していたから、とっくに消化済みだと思ってた。
だけど、よくよく考えたら、そんな簡単に割り切れるようなことでもないよね。
少し前まで私は実家と距離を置いてたけど、お兄ちゃんと和解して、今はクローデル家にも少しずつ愛着が湧いてきてる。
ルゥ姉の遭遇したことを私に置き換えたら、自分の知らないところでクローデル家が犯罪に手を染めていてその結果家取り潰し、更にログやキャロルが自分勝手に暴走した後に捕まってしまって、いきなり自分の居場所を理不尽に全部奪われたようなものだ。
「私は感謝祭の期間中に居場所を全部取り上げられました。そんなときに私に手を差し伸べてくれたのがオルンさんです。私に《夜天の銀兎》という新しい場所を与えてくれて、ソフィーたちという素敵な仲間にも巡り合えました」
「ルゥ姉……」
「その時私は決めたんです。オルンさんに付いて行こうと。……ソフィーは気が付いてましたか? ダルアーネを発つ日のオルンさんの変化に」
「え、変化……?」
いきなりのルゥ姉の問いかけに、私は頭にはてなマークを浮かべた。
オルンさんは、あの日も特にいつもと変わらなかったような気がするけど……。
「はい。あの時のオルンさんは、何か大きな決断をしたときの表情をしていました。それが何かまでは分かりません。ですが、オルンさんが何か大きなことをしようと思っているなら、私は全力でそれに協力するつもりです」
全然気が付かなかった。
ルゥ姉に気付けたのに、私が気づけなかったのは、なんか悔しい。
私はオルンさんをよく見ているつもりだったのに。
やっぱり、ルゥ姉もオルンさんのことを……。
「……取り留めのない話をしてしまってごめんなさい。でも、お陰で少し自分の中で整理が付きました。お話を聞いてくれてありがとうございます」
「私は本当に話を聞いてただけで、気の利いたことを言えなかったけど、ルゥ姉のモヤモヤが晴れたなら良かったよ!」
オルンさんの変化、か。
私も次にオルンさんと会ったとき、気を付けてみてみよう。
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