20.【side勇者パーティ:オリヴァー】支援魔術
「助かったの……?」
アネリが呟く。
「この状況でよくそんなことが言えますね!? 最悪の状況ですよ! 黒竜は『気まぐれの扉』でどこかのボスエリアに移動したんです。仮にそこが十層だったらどうするんですか!?」
ルーナがアネリの呟きを一蹴する。
十層のフロアボスに挑む探索者はほとんどが新人だ。早ければ探索者になって数日という者もいるかもしれない。
そんな探索者がいきなり深層のフロアボスと戦うことになる。
もしそうなったら、何も知らない新人が、黒竜に恐怖しながら蹂躙される姿しか想像できない。
俺たちの間に漂う雰囲気が更に重いものになる。
「まさか、フロアボスにも『気まぐれの扉』が適用されるなんて……。本来居ないはずの場所に居た時点でその可能性を考慮するべきでした……。ひとまず、今すぐに地上に戻って、ギルドに強制送還をしてもらうように依頼しましょう」
ルーナが自分の提案に後悔をしていたが、すぐに気持ちを切り替えて新たな提案をしてくる。
ギルドカードには、各階層ごとに設置されている水晶の登録以外にも役割がある。
それが強制送還。
強制送還とはギルドの意向で迷宮内にいる人を強制的に迷宮の外へ移動させることを言う。
ただしそれは、犯罪者が迷宮内に逃げ込んだ時や緊急事態の時のみに使用するもので、ギルドもむやみやたらに行使することはできない。
今は間違いなく緊急事態だ。
どこのボスエリアに移動したかは不明だが、黒竜を倒せる探索者がいるとは思えない。
「そうだな。何らかのペナルティを課せられるだろうが、そんなことを言っていられる状況じゃないな」
デリックとアネリは不満そうな表情をしているが、拒否はしていない。
「その後はフィリーさんとオルンさんを入れ替えて各フロアボスを回ります。今日も《夜天の銀兎》の新人たちと一緒に迷宮に潜っているはずです。強制送還で外に出てきたところをどうにか捕まえて――」
「ちょっ、ちょっと待て!」
ルーナが提案しているところにデリックが口を挟む。
確かに口を挟みたくなる提案だったが、人の話を最後まで聞かないのはこいつの悪癖だな。
「……ケガ人は黙って治療を受けていてください。これから走ることになるんですから」
「なんでオルンを入れるんだ!? いらないだろ! ただでさえ俺たちはスランプ中なんだ。そこに能力不足の――」
「治療が終わりました。時間が惜しいので、続きは移動しながらにしましょう」
「人の話を遮るなよ!!」
……デリック、お前が言っても同意してくれる人は一人もいないぞ。
「フィリーさん、【敏捷力上昇】を全員に掛けてもらっていいですか?」
「わかりました……」
ルーナがデリックの言葉を無視してフィリーに支援魔術の発動をお願いする。
移動速度が上がった俺たちは、九十二層の入り口に向かって駆け出す。
◇
「……先ほど言いそびれた、貴方たちがスランプと言っていた件ですが、貴方たちは何も変わっていませんよ」
ルーナが走りながら、黒竜が現れて途切れていた先ほどの内容を話し始めた。
「だが、実際に俺たちの能力は下がっている。俺の天閃すら……、あいつにダメージを負わせられないほどに」
言っていて悔しさがこみあげてくる。
なぜ、俺の最強の技が通じなかったんだ!?
「答えは簡単です。オルンさんが居ないからです。大して魔力を収束していなかった、先ほどの天閃では元からあの程度の威力でしたよ」
大して魔力を収束していないだと?
確かに収束に割く時間は、昔に比べれば短くなっている。
でも、それは俺の【魔力収束】の練度が上がって、短い時間でも昔と同程度かそれ以上の威力が出せるようになっていたからだ。
「オルンさんは、オリヴァーさんの攻撃やデリックさんの防御、アネリさんの魔術に対して、オリジナルの魔術を使っていました。その話をする前に、前提としての確認をしたいのですが、支援魔術の共通の効果はご存じですよね?」
ルーナの質問にデリックとアネリは苦い表情をしている。どうやら答えられないようだ。
「上昇値は術者によって決まっていて、効果時間はバフを受けた者によって変わる、だろ? 確かその平均時間が三分。だから付与術士は三分ごとに掛け直す、そうだよな?」
俺の回答が合っているかどうか、本職のフィリーに確認する。
「はい、大体合っています。しかしこのパーティ、特にオリヴァーさんは魔力対抗力がかなり高いので、一分ごとに支援魔術を更新しないといけないくらいで、オリヴァーさんは付与術士泣かせの体なんです……!」
「変な言い方すんな! であれば、だ。オルンよりもフィリーの方が能力の上昇値が高いんだし、優秀ってことだろ。変える必要はないじゃないか」
「確かにオリヴァーさんの言い分は正しいです。ただし、オルンさんが普通の付与術士なら、ですが。誤解の無いように言っておきますが、フィリーさんは優秀な付与術士だと、私も思っています。それこそ支援魔術の効果だけを見れば《夜天の銀兎》のセルマさんとも良い勝負をするほどの」
「だったら、やっぱりあの器用貧乏はいら――」
「言ったはずです。オルンさんが普通の付与術士なら、と。デリックさんは黙っていてください。話が前に進まないので」
「な!? ――! ――!!」
ルーナが何か魔術を使ったのか、デリックが大声を出しているように見えるのに、声は発せられていなかった。
このパーティの中では、俺とルーナだけが異能を持っている。
彼女の異能も相まって、彼女の扱う魔術には謎が多い。昔に異能について聞いたこともあるが、半分も理解できなかった。
「オルンさんは、自身の能力では普通にやっていても、他の付与術士に劣ることを理解していました。だからこそ、他の付与術士に追いつくために、そして差別化を図るために、オリジナルの魔術をいくつも開発して、その欠点を補っていたのです。その中にあるんですよ。効果を約50倍上昇させることができる魔術が」
「ありえません!! そんなの……そんなのが……仮に使えるなら……」
フィリーが必死に否定している。
何がフィリーをそこまで驚かせたんだ?
「『大陸最高の付与術士』と呼ばれているセルマさんですら、支援魔術の上昇値は十倍と言われています。その中で効果時間が一秒未満という一瞬の時間ではありますが、五十倍も能力が上昇できる魔術をオルンさんは行使していました」
――な!?
あいつは支援魔術の上昇値が低いんじゃないのか!?
「理解できたようですね。オリヴァーさんの天閃やここぞといった時の攻撃、アネリさんの魔術は、この五十倍上昇の恩恵を受けていました。オリヴァーさんはオルンさんの支援魔術に胡坐をかいて、収束時間を短くしていましたね。きちんと収束していれば、あの翼にダメージを与えることは十分できたと思いますよ」
俺の天閃はオルンの支援魔術ありきの攻撃だったというのか……?
嘘だ、そんなの。
「アネリさんも、オルンさんの例の魔術込みの攻撃を自分の力と勘違いしていましたよね? オルンさんや私が注意しても聞く耳を持ちませんでした。その結果、弱くても早く魔術を発動させるという癖がついてしまっているのです。オルンさんの支援があれば、中級程度の攻撃魔術でも通用していたので、特級魔術なんてもう発動できないのではないですか?」
「だったら、言葉だけじゃなくて、例えばその上昇する魔術を使わないで、感覚的に教えてくれればよかったのよ! なんでそれをしてくれなかったの!?」
「アネリさんがパーティに加入した時は、私たちは既に八十六層まで到達していました。手を抜ける場所じゃなかったのですよ。オルンさんも苦渋の決断だったと思います。それでもオルンさんが居れば貴女の発動速度は魅力的でしたから。それにオルンさんがあなたを中層に連れていこうとしていましたが、面倒だからと、断っていたのは貴女じゃないですか」
「……俺の守りもあいつに支えられていたというのか……?」
「はい。効果時間は一瞬ですが、その瞬間は絶大な能力を得ます。更に言うと、あの魔術は、装備や魔術に対して発動するものなので、バフが切れた時の体が急に重く感じる、あの感覚がありません。――これが、私がオルンさんの脱退に反対していた理由です。まぁ、これまでも言っていましたが……。ご理解いただけましたか?」
否が応でも理解させられた。
事実、俺たちは以前倒したことのある黒竜に手も足も出なかったのだから。
俺たちは、オルンありきのパーティだったのか……?
それ以上は誰も話すことができず、足音だけが続いた。
黒竜が別階層に行ってから約二十分後、ようやく大迷宮の入り口まで戻って来られた。
フィリーは走りながらも全員に一分ごとに【敏捷力上昇】を掛けていたためか、息を切らせながら、尋常ではない量の汗をかいている。
俺たちの帰還を待っていたのか、俺たちを見かけた人たちが歓声を上げていた。
歓声を上げている人たちを尻目に探索者ギルドへと向かう。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次話より主人公の話に戻ります。
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