175.王都にて
じいちゃんからお遣いの依頼を受けた俺は、早速準備を整え王都へとやって来た。
到着した俺は早々にクランから引き受けた仕事に取り掛かるべく、商談相手であるスポンサーのアポイントを取るために動く。
今回の商談相手は貴族だ。
簡単に会える相手ではない。
元々近日中に訪問することはクランから伝えてあるが、面会できるのは明後日、早くとも明日だろう。――と思ったが、早速会いたいとのことで、とんとん拍子でスポンサーとの会談が始まった。
「いやぁ、まさかオルン君が来てくれるとは」
王城内のとある一室に案内された俺と机を挟んで対面している壮年の男性が、笑みを浮かべながら友好的な口調で声を発する。
彼はボーウェル伯爵。
先月のスポンサー訪問時に俺が訪問したスポンサーの一人であり、彼の実弟が中央軍第二師団の師団長であることもあって、中央軍に強い影響力を持っている人物だ。
俺がここに来たのは偶然の要素が強いけど、勘違いしてくれているようだし、わざわざ訂正する必要も無いか。
「……当クランとしても今回の一件を重く捉えておりますので、戦場には出ませんが協力は惜しまないつもりです」
「やはり戦場には出てくれないか。帝国の《英雄》を撃退してくれた君の助力があれば心強かったが」
「はい。申し訳ありません。以前のレグリフ領でのことは様々な要因が重なって参戦しましたが、元々戦争に直接関わるつもりはありませんので」
「いや、仕方ないさ。それに、こんな時まで全面的に探索者に頼っていては、貴族の存在意義が問われかねないからね。やはりここは私たちが先頭に立つべきなんだ」
そう言うボーウェル伯爵の目は鋭く相応の覚悟が感じ取れた。
これから起こるだろう戦争は、この国にとっては国王の弔い合戦だ。
敵である帝国は、国土も国力も王国よりも断然上。
その上で《英雄》が戦場に出てくる可能性も高いとなると、王国の勝率は甘く見積もってもそこまで高くない。
それでも王国は戦うのだろう。
それは蛮勇とも受け取れるが、俺はそれを否定する気持ちにはなれない。
考えたくないが、仮に仲間が理不尽に殺されれば、俺も似たような行動をとるだろうから。
とはいえ、事実として王国の勝率が低い以上、王国が敗戦した場合の身の振り方は今のうちに考えておくべきだろうな。
「――それでは、これからの話といこうか。我々第二師団の要望は書面で伝えた通りだ。君たちが入手した魔石や迷宮素材を優先的にこちらに回してほしい」
ボーウェル伯爵が要望を口にする。
彼が言った通り既に書面にて事前に申し出のあった内容だ。
ちなみに王家が保有する兵力である中央軍は四つの師団と王族を護衛する近衛部隊で構成されている。
それぞれの師団には役割が決まっていて、第二師団は外敵の排除が大きな役割であり、『王家の矛』とも呼ばれている。
といってもここ数十年は第二師団が大々的に動くような出来事は起こっていないことから、その矛は錆びついているなんて声も少なくないらしいが。
……話が逸れたな。
「はい。優先的にそちらに卸すことは問題ありません。ただ、取引の代金についてはレート通りの金額とさせていただきたいと考えております」
ボーウェル伯爵の要望に対して、こちらも事前にクラン内で決めていた内容で返答する。
魔石や迷宮素材の価値はその時々で変動する。
魔石についてはそこまで大きな変化はないが、迷宮素材に関しては今まで価値が無いと判断されていたものでも、新たに開発された有用な魔導具に使用されていれば一気に価値が上がる、ということも少なくない。
それに伴う経済の混乱を防ぐために魔石や迷宮素材には〝価格レート〟というものが設定されている。
基本的に大きな変動があるものではないが、価格レートの選定は探索者ギルドの仕事の一つであり、定期的に更新される。
これ以上詳しい話は複雑になって来るから割愛するが、まぁ端的に言えば、迷宮素材の価格は常に一定ではないということだ。
「うん、異存はないよ」
「ありがとうございます。それでは次に――」
それからも運搬ルートや卸す頻度など、これからの取引に於ける基本的なことを詰めていく。
一通りこれからの取引についての話し合いが終わったところで、ボーウェル伯爵の傍に控えていた文官から今取り決めた内容を書き起こした契約書が手渡される。
その条文全てに目を通して、こちらに不利となる内容が書かれていないことを確認した。
前もってクランで定めていた希望の取引条件よりも僅かに良い条件で話を付けることが出来たので、探索管理部や資材調達部もこれなら文句を言ってこないだろう。
「この内容で問題ありません」
「うん、こちらも問題無しだ。それじゃあ、契約といこうか」
「畏まりました」
お互い内容に問題無いことを確認してから、それぞれ契約書に署名と捺印を行う。
「これで契約成立だね。それにしてもオルン君がここまで商談上手とは思わなかったよ。探索者だからもっとこちらに有利な条件を引き出せると思っていたんだけどね。《黄金の曙光》がパーティでありながら上手く立ち回れていた理由を垣間見た気がするよ」
「お戯れを。ボーウェル様が本気で来られていれば、私は降参するしかありませんでしたよ」
元々今回の話はある程度ゴールが決まっていた話だ。
だからこそ俺がこの件を引き受けることが出来た。
もしもこれがもっとクランの行く先を左右するような商談であったなら、俺が何と言おうともこちらに回してくれることは無かっただろうから。
「ははは! そんなことはないさ。話も上手く纏まったから本来なら夕食に誘いたいところなんだが。申し訳ない、しばらく予定が詰まっていてね」
「滅相もありません。こちらこそ突然押しかけてきてしまい申し訳ありませんでした。今後とも変わらぬお引き立てをよろしくお願い申し上げます」
「うん。こちらこそよろしく頼むよ」
◇
ボーウェル伯爵との商談を終えた俺は、入場許可を得て王立図書館で適当な本を読み漁りながら人を待っていた。
俺に近づいてくる足音が聞こえてきたため、本を閉じてその足音の聞こえる方へ振り返る。
「オルン君、久しぶりだね」
そこには俺がここで待っていた人物であるアベル・エディントンが居た。
彼は《夜天の銀兎》の大口スポンサーであるエディントン伯爵家の長男で、先日の迷宮調査でレグリフ領に赴いた際に読書好き同士ということもあって色々な話をした人物だ。
「お久しぶりです、アベル様」
「……来てくれてありがとう。早速だけど場所を移動したいんだ。良いかな?」
俺が王都に来たかった理由はアベルさんと会うためだ。
レグリフ領で帝国の侵攻を退けてから少し経ったタイミングで、彼は王都へとやって来たらしい。
そのことは彼本人からの手紙で知り、その手紙はあの一件に対する謝辞に加えて、あれから新たに知り得た迷宮や大迷宮に関する話をしたいため時間があるときに王都に来て欲しいという内容だった。
「はい。問題ありません」
アベルさんに連れられて、王都にあるエディントン伯爵家の邸宅へとやってくると、そのままアベルさんの自室に案内される。
レグリフ領にある彼の部屋ほどではないが、この部屋にも結構な数の本が並んでいた。
「改めてになるけど、オルン君、帝国の侵攻からレグリフ領を護ってくれてありがとう。君のおかげで領内の被害を最低限に留めることが出来た。そして、無理やり戦場に立たせるように仕向けてしまって申し訳なかった」
アベルさんが深々と頭を下げながら謝辞を口にする。
確かにアベルさんの言う通り、迷宮調査を名目に俺をレグリフ領に呼んだ本当の理由は帝国の侵攻を見越してのことだった。
更には俺だけでなく仲間まで危険にさらした。
彼らのやったことは俺個人としては容認できない所業だ。
だが、それは俺視点の話であり、結局のところ俺の感情の問題でしかない。
俺にとっては理不尽この上ない出来事だったが、彼らの行動にも理解はできる。
それだけ彼らも自領を護るために必死だったということだろう。
「もう済んだことです。結果的にこちらに損害は出ませんでしたので、もういいですよ」
「…………ありがとう」
「それで、本日はどのようなお話をお聞かせいただけるのでしょうか?」
これ以上暗い空気というのも嫌なので、俺は努めて明るい声でアベルさんに質問を投げかける。
俺の問いを受けたアベルさんは困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。
「うん、本当は聖域――大迷宮について話しがしたかったんだけど、先日の一件で状況が変わってしまってね。僕はすぐにでもレグリフ領に戻らないといけないんだ。せっかく来てくれたのにごめんね」
アベルさんから手紙を受け取ったのは先月のことだ。
あの時点でこのような状況になることなんて予想できないだろう。
「……そうだったんですね。それは、お忙しいところ押しかけてしまい申し訳ありませんでした」
「いやいや! 元々僕が呼び出したようなものだから、そこは気にしなくて良い。むしろこちらこそ悪かった。《夜天の銀兎》もこれから忙しくなるだろうに。あはは……。僕は君に迷惑を掛けてばかりだね……」
「私のことはお気になさらず。ちょうど別件も重なって王都にやってきたので。アベル様の手紙を受け取らなくても王都に来ることになっていました」
「そっか。それならよかった。でも、このまま何もしないで帰すのは心が咎めるから、一つ、まだ世間には公開されていない情報を提供するよ。といっても、隠しきれるものではないからすぐに一般にも知れ渡ることになるだろうけど」
国王の訃報だけでも大事なのに、更に何かあるのか?
俺はアベルさんに視線で続きを話してもらうよう促す。
俺の視線を受けたアベルさんは一つ頷く。
「その内容というのが、王国内にある複数の迷宮で魔獣の氾濫の報告が上がっているというものだ」
「王国内の迷宮から……!?」
「……うん、まるで国王陛下殺害と連動して、王国の国力を削ぐために誰かしらの意図が働いているとしか思えないよね」
魔獣の氾濫は滅多に起こるものではない。
王国内には数十という数の迷宮が確認されているが、それでも氾濫は国内で数年に一度程度の頻度だ。
アベルさんの見解では迷宮は人為的に作られたものだということ。
昨年の感謝祭の際にツトライル周辺の迷宮で同時に氾濫が起こり、その一件の首謀者がフィリー・カーペンターである可能性が高いこと。
帝国の凶行に連動するかのように国内複数の迷宮で氾濫が起こっていること。
これらを加味すると嫌でも見えてくるな。――《シクラメン教団》の影が。
「……貴重な情報をお教えいただきありがとうございます」
「どういたしまして。レグリフ領に戻る前にオルン君と話すことができてよかったよ。これが君と話せる最後の機会かもしれないからね」
それ以外にも俺たちでは掴み切れていなかったそれぞれの有力な貴族派閥の大まかな動きなんかも教えてもらい、アベルさんはレグリフ領に戻るために王都を発った。
見送りに混ざった俺に対して、「さようなら、オルン君」と眉を下げながら笑みを浮かべているアベルさんの顔が妙に印象的だった。
◇
日が完全に落ちてしばらく経った頃、俺はじいちゃんから貰ったメモを頼りに目的の薬師が構えている店へと向かっていた。
大通りは光を発する魔導具が等間隔に設置されているため明るいものの、城下町は俺の記憶よりも活気が無いように見える。
状況が状況だから仕方ないのかもしれないが、国一番の街に活気が無いというのは寂しいものだなと詮無き事を考えていると、背後から視線を感じた。
(妖精、ではないな。そもそも今は氣の操作をしていないし)
その視線には特段敵意や悪意といった悪感情のようなものは乗っていないように感じるが、視線を隠す気も無いようで、常に視線にさらされているような気持ち悪い感覚がある。
路地へと曲がって人通りの少ない場所に移動しても相変わらずであったため、更に暗い路地へと曲がった瞬間に、異能で自分に掛かっている重力を打ち消してから氣を操作して即座に建物の屋上まで跳ぶ。
屋上から僅かに顔を出すと、俺が直前まで居た場所に向かって小さい影が駆け寄ってきた。
俺を探しているのだろうか、辺りをきょろきょろと見まわしている。
その人物は黒いフード付き外套を頭から被っているため顔を見ることはできなかったが、身長的に女性か子どもだろうと思われる。
それから少しして、その人物は傍から見てもわかるくらい残念そうに肩を落とすと、とぼとぼと大通りの方へと戻っていった。
……一体なんだったんだ?
疑問を覚えつつも、そのまま目立たないように建物から降りて、再び薬師の店の方へと歩を進める。
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