172.【Sideシオン】隣を歩くために
◇ ◇ ◇
私の祖先は、おとぎ話の勇者――《異能者の王》と共に邪神と戦った《魔女》と呼ばれる人物だった。
しかし、歴史を捻じ曲げられ、偽りの歴史によって葬られた今となっては、それを知る者は皆無だ。
私は《魔女》の所以たる魔力に対する親和性と【時間遡行】という異能を持って生まれた、《魔女》の先祖返りだった。
あの敗北を知ってからというもの、苦汁をなめていた《アムンツァース》にとって、私と、疑似的な《勇者》の先祖返りとして生まれたオリヴァーは希望そのものだったらしい。
幼少期の私とオリヴァーはその希望を一身に受けていた。
そして、それに潰れそうになっていた。
私は何者なのか、自分の存在意義は《魔女》であること以外には無いのか、と。
それはオリヴァーも同じだったと思う。
そんな時にオルンが真っ直ぐな瞳で私たちに言った。
――『俺は何度でも『違う』って大声で否定する! シオンはシオンだし、オリヴァーはオリヴァーだ。大人たちの言いなりになる筋合いなんてどこにもない!』
――『過激派の連中が二人にふざけたことを言うのを止めないなら、俺が二人の王様になる!』
――『王は家臣や民を守る義務があるって聞いたから。だから俺が二人の王様になって二人を守る! だから二人は自分で決めた道を真っ直ぐ歩んでよ。二人がどんな選択をしようと、俺はそれを尊重するから!』
多分、あの時点でオルンは自分が《異能者の王》の先祖返りであることを知っていたんだと思う。
だから子どもながらに『王様になる』なんて言葉が出てきたんだろう。
今思い返すと、当時のオルンの言葉は子どもの絵空事だ。
ある意味では無責任な言葉ともいえる。
それでもその言葉は、私とオリヴァーにとって、とても大きなものだった。
オルンの言葉があったからこそ、私は、シオンになれたのだから。
そして、それと同時にわかったこともある。
私が《魔女》に縛られていたように、オルンも同じく《異能者の王》に縛られているんだと。
だから次は私の番だ。
オルンに追いついて、オルンの立っている場所まで行って、オルンの視ている世界に足を踏み入れて、『オルンはオルンだ。そんなものに縛られる必要はない』と伝えたい。
そのためにも私は強くなる必要があった。
そうじゃないと、私の言葉はオルンには届かないだろうから。
オルンを絶対に一人にしない。
オルンと肩を並べてその場所を歩く。
例えその結果として世界を敵に回すことになったとしても。
それが、私が戦うと決意した原点だ。
◇ ◇ ◇
「もしもこの場に私たちの王が居たら絶対に逃げない。そして【魔力喰い】が相手でも乗り越えるはず。だから私は逃げない。ここで逃げてしまったら、自分にその資格は無いと認めているようなものだから」
『……資格?』
「そう。オルンの隣を歩く資格。――私はオルンに付いて行きたいわけじゃない。その隣を一緒に歩きたいんだ! だからこの程度の状況は乗り越えないとダメなんだ!」
『……ふっ、お前はやっぱりアイツの子孫だよ』
自分に喝を入れるために放った言葉を聞いたティターニアは、『やれやれ』というふうに力なく笑った。
「ギンパツ、さっきから何を言ってるの? 死ぬのが怖くておかしくなった?」
「いいや、自分の原点を思い出していただけだよ。待たせたね。私を殺せるものなら殺してみな」
「上等だ! 今すぐ殺してやる!」
私が挑発するようにドゥエに言い放つと、彼女は狂気に歪んだ表情を浮かべながら即座に距離を詰めてくる。
そのドゥエの肘から指先にかけて液体のような流動的なもの――面倒だからこれからは『魔水』呼ぶ――に変化すると、それが徐々に鋭利な刃のように形が変わった。
安直に直進してきたため、その進行を阻むべく進路上に魔術で氷の壁を作り出す。
しかし、予想の通り氷の壁は防壁の意味を成さずに、ドゥエが触れるよりも早く、まるで高熱に触れた蝋のように大きな穴が空いた。
ドゥエは悠々とその穴をくぐってなおも距離を詰めてくる。
私は接近戦に関してもある程度の心得があるけど、フウカのような武術の達人には遠く及ばない。
あくまで私の戦い方は魔術をベースに組み立てるものになる。
そのため私はドゥエから一定以上距離を詰められないよう、氣を身体に巡らせて距離を取る。
彼女の【魔力喰い】や身体能力には目を見張るものがあるけど、戦闘の経験は全くないんだろうね。
その動きに戦術の影は全く見えない。
本能のままに動いていると表現するのが最適だ。
ドゥエが「逃げるな、ギンパツ!」と叫んでいるが、それを無視しながら中距離から複数の攻撃魔術を撃ちこみながら、今は情報収集に徹する。
その一環として念話でティターニアに質問を投げかける。
『ティターニア。確認だけど【魔力喰い】は邪神に与した妖精を阻む防壁であると同時に、聖域内の魔力を循環させるもので間違いない?』
『あぁ、間違いない。と言っても、こちらの次元に現存している妖精は全てウチの管理下にあるから、防壁としての機能はあって無いようなものだけどね』
『それじゃあ、ここで消えた魔力はここを循環していると思う?』
『ウチにもここの魔力の流れが見え無いから、それはわからない。だが、シオンの言わんとすることはわかった。それは試す価値有りだろうね。第一階層で行われていることに対する妨害にもなる。いずれにしても無駄にはならないはずだ』
『ん、それじゃあ、大きな隙が見えたら仕掛ける。転移の準備をお願い』
『わかった』
念話をしながら攻撃魔術を続けるも、相変わらずドゥエに届く前に魔力ごと虚空へと消えるため膠着状態が続く。
「もぉ! ちょこまか動いてムカつく!」
全く距離が縮まらない状況に、ドゥエが悔しさを表現するように地団太を踏む。
それから「パパにお願いされたからギンパツは殺さないと……!」と物騒なことを口にしながら、腕から伸びている刃が形を崩すと元の腕に戻った。
「今のままだと捕まる気はしないねぇ」
警戒を解くことなく挑発するように軽口を叩く。
「余裕ぶっているのも今だけだ!」
私の挑発にドゥエが声を荒げながら、こちらに右腕を伸ばして手の平を見せてくる。
(何か仕掛けてくる?)
直情的で駆け引きをしてこないこの子は動きがわかりやすい。
重心が高いということは、距離を詰めることを諦めて私と同じ中距離からの攻撃に切り替えたと考えるべきだろう。
何を仕掛けてくるかまではわからないけど、タイミングはここかな。
周囲への警戒を怠らずにドゥエの一挙手一投足に注意を向けていると、右手の五本の指が魔水に変化する。
その一本一本が伸びると、ムチのように変化した。
鋭く尖った指先が私を囲うように動き、それらが私を貫くべく襲い掛かってくる。
これも魔力をかき消す魔水であるため、近づきすぎると魔術が使えない。
ただ私を囲うようにして前後左右から襲い掛かって来ているため、避けるためにはどうしても【魔力喰い】の影響下に踏み込まないといけなくなる。
なるほど、全くの考え無しというわけではなさそうだ。
本能的なのか、理性に基づいた行動なのかまではわからないけど。
だけど、私たちには無意味だ。
「ティターニア!」
私の居る場所が【魔力喰い】の影響下に入るよりも早くティターニアに合図を出す。
『【転移】!』
私の声を聞いたティターニアが魔法を発動すると、目に映る景色が切り替わる。
ドーム状である第三階層の入口付近に居た私は一瞬のうちに、同階層の対角線に当たる位置に転移していた。
そしてそこには壁に埋め込まれるようなかたちでダンジョンコアが在る。
「【超爆発】!」
転移した私は即座に魔術を発動し、ダンジョンコアを破壊する。
「いつの間に……!?」
【超爆発】の爆発音に釣られるようにしてこちらに振り返ったドゥエが驚きの声を零している。
迷宮を迷宮足らしめているのはダンジョンコアが存在しているからだ。
それが無くなれば、当然迷宮としての機能を失う。
これでここはただの地下空間となった。
特にあらゆる空間が同時に存在していた第一階層は既に成立できなくなっているだろう。
今の第一階層が地獄絵図に変化していることは想像に難くない。
だけど、これは副次結果に過ぎない。
本命はドゥエの【魔力喰い】が無力化できているかどうか。
連中が【魔力喰い】を忠実に再現していれば無力化されただろうけど、先ほど男はドゥエに公国の蹂躙も指示していた。
それはここ以外でも問題無く戦えることの証明とも言える。
ダンジョンコアを破壊したことによって、そこに内包されていた膨大な魔力がドーム内に広がり始めた。
魔力は高密度になればなるほど可視化される。
今この空間には薄い煙のように可視化できるほど高密度な魔力が漂っていた。
しかし、その煙もドゥエに近づくと虚空へと消え去っていく。
『ダメ元だったけど、やっぱりこの迷宮とあの子の【魔力喰い】はリンクしていないようだね』
『それがわかっただけでも収穫だろう。あとは、その魔力がどこに消えたか、だな』
『そうだね。異能も無しに膨大なエネルギーの塊を一か所に留めておくことはできないはずだけど。あの子が元から異能者である可能性は限りなく低いだろうし』
「……ぐっ……う、うぅ……」
ティターニアと念話でドゥエの【魔力喰い】について考察をしていると、ドゥエが突然胸の辺りを抑えながら苦しみだす。
警戒を強めながらドゥエを注視していると、彼女の口元に魔力が集まっていくのを感じた。
(相変わらずあの子の周りにある魔力は消えて無くなるのに、どうして口元にだけ魔力が……?)
しばらく苦しんでいたドゥエが突然顔を上げて私を視界に入れると、口を大きく開きながら大声を出す。
それに呼応するかのように、口元に集まっていた魔力が純粋な破壊の塊となってもの凄い勢いで私に迫ってくる。
それはまるで上位の魔獣が放つブレスのようだった。
「くっ!」
即座に地面を蹴って射線から逃れる。
ドゥエのブレスは地面を抉り、壁には直径三メートルに迫るほどの大穴を空け、直前まで私が立っていた場所は破壊の渦に飲み込まれ消滅していた。
「ふぃ~。スッキリ~!」
そんな破壊をもたらしたドゥエは自分の口元を手の甲で拭いながら呟いていた。
『とんでもない威力だな』
『うん、掠るだけでも一溜まりもなさそう。――でも突破口は見えた』
彼女の【魔力喰い】をどのように成立させているのかについては未だわかっていないけど、彼女が魔人なのであれば、おのずと魔力の流れは推測できる。
自分にかなりの無理を強いることになるけど、それは覚悟のうえだ。
「ギンパツ、随分と余裕そうな顔しているな」
「色々と見えてきたからね。悪いけど、私には君を救う手立てがない。だからせめて、なるべく苦しまないように殺してあげる」
「私を殺す……? アハハ! 何言ってるの? お前の攻撃は私には効かない! さっきから逃げ回っているだけのお前に、私を殺すことなんてできるわけないだろ! ――それにもうお前は死ぬんだよ! ギンパツ!」
ドゥエの言葉に警戒を強めていると、背後にある壁の中から何かが蠢くような音が聞こえた。
「――っ!?」
嫌な予感がした私は自分の直感を信じて、振り向きながら壁から離れようと地面を蹴る。
しかし私がその場から離れるよりも速いスピードで、壁の中から現れた魔水の棘が迫ってきた。
魔水は魔力を消し去るものだと頭の中では理解している。
それでも長年の戦いの中で培われてきた癖は身体に染みついていた。
思考するよりも速く、棘を躱すのが困難だと判断した私は、棘を防ぐために咄嗟に魔力障壁を出現させた。
(これは躱せない……!?)
魔水の棘は魔力障壁を虚空へと消し去り、そのまま私の身体を貫いた。
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