169.【Sideシオン】表面化
「それじゃテルシェ、留守中のことは任せたよ」
「はい、お任せくださいませ。シオン様、どうか御存分に」
「ん、行ってくる」
ノヒタント王国北部のレグリフ領にてオルン、フェリクスの二人と共闘してドラゴンたちを殲滅してからしばらく経った頃、私は《アムンツァース》の本部があるヒティア公国へと帰還していた。
帰還の道中で協力者となってくれた妖精の女王より、彼女が把握している《シクラメン教団》の拠点場所とそこの兵力を教えてもらったため、帰還後しばらくはその裏取りに注力した。
その後、ティターニアの情報が正しかったことを確認した私たちは、それらの拠点を叩き潰すためのメンバー選定を終え、ついに作戦を実行すべく行動を始めた。
ちなみに余談だけど、《アムンツァース》は私の右目の他に精霊の瞳を二つ保有している。
その内の一つは加工されて複数の眼鏡のレンズへと変貌しているため、私がいなくても妖精と意思疎通を図ることができる。
もう一つの方はつい最近別の場所に運び出されたようだけど、行き先までは聞いていない。
そして現在、私も教団の拠点の一つを叩き潰すべく、テルシェに見送られながら目的地へと向かう馬車に乗り込んだ。
ウチと教団はこれまでにも何度か衝突してきたけど、今回は大陸各地で同時多発的に仕掛けるため大規模なものになる。
そのため、これまではお互いの表の顔が大陸全土に影響力のある組織だったこともあって、表向きは事故や他の事件にすり替えることでもみ消せたけど、今回の戦いはそうはいかないと思う。
教団が帝国を乗っ取り始めて尚且つ西の大迷宮を攻略したことからも、連中が本格的に動き始めていることは間違いない。
《アムンツァース》と《シクラメン教団》が全面戦争へと発展するのも、そう遠くない未来のことだろうね。
そして、今回の戦いはその全面戦争の前哨戦になる可能性が高いと予想している。
「それじゃあ、最終確認をしようか」
馬車が動き出し周囲から人の気配が無くなったことを確認した私は、自身の右目と同化させている精霊の瞳を通じて近くを漂っているティターニアに声を掛ける。
『そうね』
「私たちが目指しているのはサウベル帝国北東部と隣接している帝国の属国――ミナガニア王国。そこに存在する連中が農場と呼んでいる拠点を叩き潰すこと」
農場はティターニアが把握している教団の拠点の中で、一番重要視している拠点だと聞いている。
名前からして良い印象は持てないけど、その場所で何が行われているかを聞いた私の率直な感想は、教団の狂気が濃縮された場所といったところかな。
『以前も言ったけど農場に《博士》――オズウェル・マクラウドが出入りをするようになってから、その最奥は未知の領域になっている。貴女の実力は知っているし大抵の状況には対処できるでしょうけど、気は抜かないように』
「わかってる。未来すら視通せるティターニアですら視えない場所なんでしょ? それだけで最大限警戒する理由になり得るから」
『ウチにも解らないことが多くあるわけだし、未来が視えるといっても、あくまで可能性が視えているだけなんだけどね。時間に干渉する異能を持っているシオンの未来は視ることができないわけだし』
「ふふん♪ 私の未来は自分自身の手で掴み取るからティターニアの助言はいらないさ、ってね!」
ティターニアとの最終確認を終えた私は、自身の不安を吹き飛ばすべく陽気に振舞う。
『頼もしい限りだよ。全く』
そうだ、私の望む未来は私自身の手で掴み取る。
オルンと本当の意味で一緒に戦える可能性が見えてきたんだ。
こんなところで死ぬつもりは毛頭ない。
……だけど、オルンが色々取り戻したとして、多くの人を終わらせてきた、この血塗られた手を取って来るだろうか……?
いや、止そう。
こんなこと考えても仕方がない。
私は納得して、自分で決断してこれまでの道を歩んできた。
その結果としてオルンに拒絶されたとしても、それは仕方のないこと。
私は自分の過去を否定するつもりは無いのだから。
……後悔は少なからずあるけどね。
◇
それから数日が経ち決行日を翌日に控えたその日、私はミナガニア王国の王都にあるウチの拠点として使われている建物の中で、仲間たちからより農場周辺の詳しい地形や状況を確認していた。
「農場周辺には、王国の軍隊が常駐している、ね。あからさまに怪しいねー」
仲間たちから情報を聞いた私は思ったことを呟きながら、先ほど出された一口サイズの焼き菓子を口に運ぶ。
あ、これ美味しい。ウチは魔導具の販売を生業にしているけど、これならある程度保存も効きやすそうだし普通に売れそう。って、今考えることじゃないか。
「はい。対外的にはそこに軍の演習場があると言われていますが、潜入させている者の報告によると、そこで演習が行われたことは無いとのことでした。それと、そこに常駐している軍人も中心地への立ち入りは禁じられているようで、そこに何があるかまでは知らないようです」
「教団が帝国経由で詳細を語らずに、王国に命令をしている線が濃厚かな。王国の上層部は知っているという可能性もあるけど、そこは流石にわからないか」
「申し訳ございません。王国の上層部にはまだ踏み込めておらず」
「あ、責めてるわけじゃないよ。あの害悪女が帝国に戻って来ているって話だし、今ここで情報を抜かれるわけにはいかないからね」
「お心遣いありがとうございます。それにしても、フィリー・カーペンターは本当に厄介な存在です。彼女の情報は常に錯綜していて、所在すら掴めていません」
「そうだね。オリヴァーには悪いけど、あのまま勇者パーティで抱えておいてもらいたかったよ。ま、愚痴っていてもしょうがない。話を戻そうか」
「はい」
「対外的に演習場としているのであれば、その辺一帯が突然凍てついても演習時の事故として処理することができそうだね。もしそうなった場合の情報操作は任せたよ。ウチがその噂を流せば、王国の上層部も乗っかってくるだろうしね」
「はい、お任せくださいませ、シオン様」
「ん。それじゃあ、真面目な話はいったん終了! 気分転換も兼ねてこの辺りを散策したいんだけど、おすすめの場所とかってある?」
話がひと段落着いたところで、両手をパンッと叩いてから仲間たちに問いかける。
私のその行動に、仲間たちも表情を緩ませ、各々おすすめの場所を口にする。
それから私は、教えてもらった場所を巡りながら心を落ち着かせていた。
◇
「お待ちしていました、シオン様。例の場所までのルートは確保しています。どうぞこちらへ」
翌日、私は農場へ乗り込むために、常駐中の軍隊に潜入している仲間と接触をした。
それから彼に先導されるまま歩を進める。
進むにつれて徐々に草木が生い茂ってきた。
(今は冬のはずだけど、この辺りに生えているのは寒さに強い植物なのかな? それとも……)
「シオン様、到着しました」
私がこの場所の環境について思考を巡らせていると、先導してくれていた彼から声を掛けられる。
そのまま彼の視線の先を確認すると、そこには草木で目立ちにくくなっているものの、迷宮の入り口のようなものがあった。
「案内してくれてありがとう。ここからは私一人で大丈夫だから、貴方は戻って」
「畏まりました。シオン様、ご武運を!」
彼がこの場から離れていく気配を背後で感じながら、入り口まであと数歩ところで一旦足を止める。
『シオン、周囲に居るぞ』
脳内でティターニアの声が響いてきた。
「ん、わかってる。三人……いや、四人か」
周囲の草木に身を隠して、私を観察しているような視線を向けてきている存在を感知しながら脳内で術式を構築する。
(ごめんね。敵意は無さそうだけど、不確定要素は排除しないといけないから)
心の中で周囲に居る者たちに詫びを入れながら、【時間遡行】を行使する。
構築済みの術式を、未来で魔力流入を終えたものに上書きすることで、魔力流入という過程を飛ばして魔術が発動する。
「【凍風】」
私の周囲にマイナス数十度という極低温の風がまき散らされる。
触れるだけで凍傷に陥る風に晒され、四か所から子どもの悲鳴のようなものが聞こえてくる。
その悲鳴が発せられた場所に、並列構築で準備していた別の魔術を発動する。
「【刻凍】」
次の瞬間、周囲に居た四人を氷塊の中に閉じ込める。
これは私の異能を併用したオリジナル魔術で、氷の中の時間を疑似的に停止させている。
コールドスリープに近いのかな?
この魔術なら人を殺さずに無力化することができる。
『相変わらずシオンの魔術は魔力の流れが異様ね。こんなやり方、アイツはやっていなかった』
「人間は積み上げてきたものを次代に託す、それを繰り返して進化する生き物だから。私がその人に出来なかったことが出来てもおかしくないでしょ」
『次代に託す、か。ウチには永遠に理解できそうにない感覚だ』
「人間と妖精では在り方が違い過ぎるから当然だね」
ティターニアと会話をしながら先ほど作り出した氷塊の元へ向かう。
その氷の中に閉じ込められていたのは、十歳にも満たない子どもだった。
「……ホント、最悪の気分にさせられるよ」
世界の二大犯罪組織に数えられている《シクラメン教団》。
その理由は、ありとあらゆる犯罪を引き起こしているからと言われている。
その中でも人身売買や誘拐を殊更繰り返しており、人体実験にも手を染めている。
経済を回している上級探索者を殺し続けていた《アムンツァース》が言えた義理ではないけど、教団は最低最悪の組織だ。
『シオン……』
「ん、大丈夫。覚悟はしてきているから。――それじゃあ行こうか。この世の地獄へと」
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