168.【sideウォーレン】《金色の残響》
本日、ノヒタント王国とサウベル帝国の国境にほど近い帝国第二の都市ノユルドにて両国の君主による会談が行われた。
しかし突然その場に《英雄》――フェリクス・ルーツ・クロイツァーが現れると、有無を言わさずに王国の人間を次々に殺すという凶行に及んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……。ははは……、ここまで、差があるのかよ……。お前に勝ったオルン相手にも、善戦できていたから、最悪でも、陛下や文官を逃がす時間くらいは、稼げると思ったんだがな……」
会談が行われていた建物は既に瓦礫の山と化していて、壁にもたれかかるように座り込んでいるウォーレンが弱弱しい声で呟く。
彼の口の端からは血が零れ落ち、身に纏っている鎧はひしゃげていて、満身創痍と表現するのが適切なほどにボロボロだった。
「…………」
そして、ウォーレンをこのような状態にした張本人であるフェリクスが感情の灯っていない冷たい目で彼を見下ろしている。
帝国側の人間はフェリクスが現れると早々にこの場を離れ、王国側の人間はウォーレンを除いて全員が死体になっている。
当然街中がパニック状態に陥っていているが、この混乱に乗じてウォーレンの腹心をいち早く王都へと向かわせることができたことが不幸中の幸いと言える。
「……お前が、こんな短絡的な行動に出るなんて、夢にも思わなかったぞ。……満足か? 俺たちを皆殺しにできて」
ウォーレンが煽るようにフェリクスに声を掛ける。
しかし、フェリクスはウォーレンの言葉には一切反応を見せず、ゆっくりと剣を振り上げる。
(あーあ。呆気ない最期だな。ま、本当なら十年も前に死んでいたんだ。死ぬことに関してはどうでもいい。――でも、陛下を護れなかったのは、悔やんでも悔やみきれねぇな。俺に生きる意味を与えてくれた恩人をこんな形で死なせてしまうなんて、護衛失格だよな……)
自身に迫ってくるフェリクスの剣を眺めながら、ウォーレンは後悔の念を抱いていた。
「――待て」
ウォーレンが逃れられない死を受け入れようと目を閉じたところで、別の男の声が何処からか聞こえた。
その声に従うように、フェリクスが剣を止める。
目を再び開いたウォーレンは眼前まで迫っている刀身を一瞥してから声が発せられた方に視線を移すと、驚いたように目を見開いた。
「久しぶりだな、ウォーレン」
そう声を掛ける男は真っ赤な衣服に身を包んでいて、冷笑を浮かべながらゆっくりと二人に近づいてくる。
男が近づいて来たところで、フェリクスは剣を引くと男の視界から逃れるように男の後ろへ移動した。
「ゲイリー……」
ウォーレンが変わらず驚いた表情で呟く。
「いやー、無様だな。十年前は俺たちを率いていたってのに。今では見る影もないとはまさにこのことだな!」
ウォーレンからゲイリーと呼ばれた男が見下した声音でウォーレンに話しかける。
彼の名前はゲイリー・オライル。
元々は《金色の残響》に所属していた探索者であり、ウォーレンと同様当時《勇者》と呼ばれていた者だ。
「なんでお前が、ここに……?」
「おいおい、俺が《シクラメン教団》に所属していることは知っているだろ? 今回の一件の総指揮は俺に任せられているんだ。教団幹部であるこの俺にな!」
《金色の残響》が解散した直接的な理由は《アムンツァース》の襲撃を受けたことにある。
《金色の残響》の人数が五人に対して、敵の数は二十人を超えていたこともあり、その襲撃によって二人の仲間が殺された。
多勢に無勢であったためウォーレン、アルバート、ゲイリーの三人もその場で死ぬはずだった。
しかし、彼らは生き残った。とある一人の男に救われる形で。
そしてゲイリーは命を救ってもらった男に心酔し、その者の元へと行った。
「今回の一件、だと……?」
「……そうだ。国王が帝国に安易にやって来たことに疑問を覚えなかったのか? 国王は俺たちの意思に従ってここにやってきたんだ。その命を以て戦乱の世を作り出すためにな!」
(確かに今回の陛下の行動にはいくつか不可解な点があったのは事実だ。でも、自分が死ぬとわかっていてここに来るなんて、そんなのあり得ないだろ……! 陛下は何とかして帝国との戦争を回避したいと考えていたのだから)
「あり得ないって表情をしているな。狭い。見えている世界が狭すぎるぞ、ウォーレン! この世界はベリア様を中心に動いているんだ! あのお方が望めば、世界はその通りに動くんだよ!」
それからゲイリーは狂気を孕んだ瞳で長々と彼が心酔する人物であるベリア・サンスが如何に崇高な存在であるかを声高々に語った。
「……性格変わりすぎだろ」
元々内向的な性格であったゲイリーであるが、十年の月日が彼の性格を変えたとは思えないほどに今のゲイリーの姿はウォーレンの記憶に残っているものと逸脱しすぎていた。
「あぁ、そうだ。俺は変わったんだ! 俺は今実感しているよ、あの日ベリア様に付いていくと決めた俺の選択は正しかったと! だってお前はもうじき死ぬ。つまり、《金色の残響》で最後まで生き残るのはこの俺ということだ!」
ゲイリーの語りを聞いて、全てがバカバカしく思ったウォーレンが口を開く。
「……で? これから死にゆく俺の前に現れて、お前は何がしたいんだ?」
「俺は寛大だからな。俺に服従を誓うなら助けてやる。今の俺は《英雄》すら意のままに操れる力を持っているんだ。勝ち馬に乗りたいって言うなら、慈悲を以て救ってやろう」
「――お断りだね。昔のお前なら多少考慮する価値があったが、今のお前に服従なんて、死んだほうがマシだ」
ゲイリーの提案に、ウォーレンは不敵な笑みを浮かべながら一蹴する。
心の中で『もう生きている理由も無いしな』と呟きながら。
「愚かだな、ウォーレン。だが安心しろ。俺が歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げた暁には、おまけとして《金色の残響》という俺の手下がいたと喧伝してやるから、お前らも歴史に名を残すことができるぞ!」
(……愚かなのはどっちだよ。《金色の残響》は南の大迷宮の九十三層に人類で一番最初に到達したパーティとして歴史には刻まれてるんだ。お前がこれから何を成し遂げようとその事実は変わらない。――そうだ、大迷宮と言えばこの前オルンと大迷宮を攻略したら報告を聞くって約束をしていたが、その約束も果たせられないな。ま、死後の世界ってやつがあるならオルンが大迷宮を攻略するところを観戦くらいはしてやろうかな)
そんなことを考えていたウォーレンに【超爆発】による爆発が襲いかかり、彼は目覚めることのない眠りに就いた。
「ははは! 死んだ! 俺を見下していた《金色の残響》の奴らが全員! 俺が勝ち組! あいつらは負け組だ! あはははは!」
瓦礫の山とノヒタント王国の人間たちの死体しか残っていないその場で、ゲイリーは狂ったように笑い続けた。
その瞳に涙を溜めている理由もわからずに。
「…………まだ居たのか。お前は帝都に戻ってオズウェルさんの指示に従え」
笑い続けていたゲイリーが冷静さを取り戻すと、近くに控えていたフェリクスへ指示を出す。
「さて、俺は次の仕事に取り掛からないとな。ベリア様からの直々の命令だ。ノヒタント王国の王族の一掃、絶対に成し遂げなければ!」
移動を始めたフェリクスを尻目にそう呟くゲイリーは、ノヒタント王国の王都へと歩を進めた。
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