167.引き金
「いや、全然。ぶっちゃけ雑魚だったな」
ローレッタさんの質問にハルトさんがあっけらかんと答える。
その回答を聞いた彼女は目を瞬かせてから、「え、そうなの?」と残念そうに零す。
「ま、こっちが過剰戦力だったってのもあるんだろうがな。それでも九十二層のフロアボスである黒竜の方が断然強かったんじゃねぇのか?」
ハルトさんがそう言いながら俺とウィルへと視線を向けると、その視線を追うようにしてローレッタさんとマライアもこちらへと顔を向ける。
俺の隣に居るフウカは相変わらず我関せずといった感じで、目の前の料理に夢中なままだ。
「どうだろうな。オレも共同討伐で戦ったドラゴンは強くは感じなかった。でもそれはハルトさんの言った通りあれだけのメンバーが揃っていれば当然って気もする。オルンはどう思う?」
ウィルが自分の意見を言ってから俺に振ってくる。
「どちらもドラゴン――竜種の魔獣ではあるが、タイプが全然違うから単純な比較はできないと思う。ただ、あの時に戦ったドラゴンならどこか一つのパーティでも難なく討伐はできただろうから、そういう点で考えれば黒竜の方が強敵と判断していいだろうな」
「うーん、三人とも三パーティで当たるのは過剰だったって見解なんだね。それじゃあやっぱり、なんでわざわざ三パーティも派遣することになったんだろう?」
共同討伐を経験した俺たちの回答を聞いたローレッタさんが思案している様子で呟く。
それにしても彼女は何故ここまで共同討伐を気にしているのだろうか?
俺の考えが正しければ、共同討伐の最大の目的はセルマさんと曙光メンバーを掛け合わせるためだと考えている。
当時の俺はオリジナル魔術を駆使して曙光メンバーをサポートしていたが、肝心で尚且つ一番効果を実感できる支援魔術基本六種の効果についてはセルマさんと比べるとかなり劣るものだった。
実際にオリヴァーが俺とフィリー・カーペンターを入れ替えると決断した最大の理由はこれだろうしな。
だけど、ローレッタさんの目的も定かではないこの状況で、これを馬鹿正直に語るのはあまり良いことだとは思えない。
考えすぎかもしれないが、フィリー・カーペンターはフォーガス侯爵に近づいて好き勝手やっていたと聞いている。
そんな人物が他の国内の貴族にちょっかいを出していないとも限らないのだから。
「色々と思惑は考えられますが、地上への被害を抑えるために一刻も早く討伐する必要があった、というのが一番の理由でしょうね」
「と、言うと?」
そこで俺は無難な理由でローレッタさんを納得させることにした。
と言ってもこれも三パーティが派遣された理由の一つではあるから嘘ではないはずだ。
「共同討伐について調べているとのことなので既に知っているかもしれませんが、共同討伐で倒したドラゴンは黒竜とタイプが違うと言いましたよね?」
俺の問いにローレッタさんが首を縦に振ったのを確認してから、更に話を進める。
「一番の違いは大きさです。共同討伐のドラゴンは異常にデカかったんですよ」
「それって、どれくらい?」
「都市以外のそこそこの規模の町なら数歩歩けば半壊できるくらい、と言えば想像できますか?」
「……具体的な想像ができないけど、馬鹿でかい魔獣だってことはわかったよ」
「そんなのが地上に現れれば、ソイツが少し動くだけでも周囲に甚大な被害がもたらされるのは想像に難くないでしょう。なので、当時のトップパーティが一同に会して討伐に当たったんです」
「ま、そんな馬鹿でかければ目立つはずなのに、あの日までどこに居たのかとか、共同討伐について調べたローレッタが魔獣の特徴すら知らないほどに隠匿されていることとか、色々疑問は残るがな」
俺がローレッタへの説明を終えると、補足するようにハルトさんが未だ解決していない疑問や新たに発生した疑問について投げかけてくる。
魔獣は迷宮で生まれ、基本的に一生その迷宮内で過ごすことになる。
ただし、稀に階層入り口にある水晶が効かない個体や原因不明の氾濫によって魔獣が地上に出てくることはある。
以前の俺は、共同討伐で戦ったドラゴンはそのどちらかによって地上に出てきて、人目の付かないところで長い間過ごしたことで迷宮内とは違う環境であったことも相まって進化に近い成長を遂げた魔獣だと何となく考えていた。
ただ《シクラメン教団》のオズウェル・マクラウドは黒竜の死体から黒竜を複製した的な発言をしていた。
もしかしたらあの時の魔獣も……。
「そうだったんだ。話をしてくれてありがとう」
「そういや、話は変わるがローレッタってセルマや王女殿下と同級生だったんだよな?」
話がひと段落ついたところで、ハルトさんが話題を変える。
セルマさんがローレッタさんやノヒタント王国の第一王女と貴族院で同級生であったことは有名な話だ。
セルマさんとローレッタさんの二人は、Sランク探索者になっていることからもわかる通り非常に能力が高い。
噂では二人とも例年では主席として貴族院を卒業してもおかしくない成績だったらしい。
しかし、そんな二人を抑えて主席になったのがノヒタント王国の第一王女――ルシラ・N・エーデルワイスだったとか。
そんな第一王女は歴代の主席の点数を大幅に上回る歴代最高成績を残した才女と言われている。
「うん、そうだよ。それがどうしたの?」
「いや、俺は貴族院や公国にある学園といった教育機関に入ったことがないからさ。ちょっと興味があるんだよ。なんか面白い話とか無いか?」
「なるほどね。貴族院の話か……。だったらこんな話はどうかな? 私たちが貴族院に入ってすぐのころの話なんだけど――」
◇
以降も主催者であるローレッタさんが上手く話題を振ってくれたり、食事ペースが一向に落ちないフウカの前に積まれた空の皿の数に驚かされたりと、終始楽しい食事会となった。
食事会を終えて二次会へと向かう人たちを見送った俺は、一人で自室のある寮へと帰って来た。
建物の中に入ると、エントランスの共有スペースで寛いでいる《黄昏の月虹》のメンバーが視界に映る。
「あ! ししょーが帰ってきた! ししょー、おかえり~!」
すぐさま俺に気づいたキャロルがいつもの笑みを浮かべながら俺の元へ駆け寄ってくる。
「ただいま。その表情ってことは良い報告が聞けると思っていいのか?」
キャロルに声を掛けていると他の三人も俺の近くまでやってきた。
そして弟子たちが満面の笑みを浮かべていて、
「はい! 見てください!」
ログが代表して口を開きながらギルドカードを見せてくる。
そのカードには『六十一』と記載されていて、みんなが南の大迷宮の下層へ到達したことを証明していた。
それを見た俺は自然と頬が緩んでいくのを自覚する。
「三人ともおめでとう。これでお前たちもAランク探索者だな」
「これもオルンさんの教えのお陰です! ありがとうございます!」
「いつも言っているが、お前たちが成し遂げていることはお前たち自身の努力の結果だ」
「師匠はそう言ってくれますが、それでも僕たちは師匠に感謝しているんです!」
「……そうか。それじゃあ、その感謝は素直に受け取っておこう。――ルーナも三人を導いてくれてありがとう」
弟子たちの後ろで微笑ましげな表情を浮かべているルーナに声を掛ける。
「いえ、実は私はほとんど何もしていません。この結果はこの子たち自身が掴んだものですよ」
それから全員でエントランスのソファーに腰掛けて会話をすることにした。
寮の入り口で長々と話すわけにもいかないからな。
「それでね! あたしたち、初めて新聞記者からインタビューを受けたんだ~」
キャロルの発言を聞いて、今日新聞社であるブランカが《夜天の銀兎》のAランクパーティに対してインタビューをするという話を思い出した。
タイミング良く《黄昏の月虹》もAランクパーティに上がったため、そのインタビューの対象となったのだろう。
「それは良かったな。お前たちはこれからどんどん世間に認知されていくことになるはずだ。だからこの早いタイミングでインタビューを受ける経験ができたのはいいことだと思うぞ。記者からインタビューを受けてどうだった? 緊張したか?」
「はい。すごく緊張しました。ここで話したことがいつも見ている新聞に書かれるのかと思うと、上手く話せませんでした……」
俺が質問をすると、ソフィーがしょぼんとした表情で答える。
どうやらログも似たような思いを抱いているようで、ソフィーと同様少し落ち込んでいるように見える。
「それは慣れていくしかないな。新聞社を上手く使えるとかなり立ち回りが楽になるんだ。クランに所属しているからその辺りは深く考える必要は無いが、Aランク探索者になると大迷宮の階層を進めること以外にも、やることや考えることが増える。戸惑うこともあると思うが、わからないことは俺やルーナに質問して新しいことにも怖がらず貪欲に取り組んでほしい」
「「「はい!!!」」」
「それにしても、今日受けたインタビューの内容がどんな記事になるのか楽しみだな~!」
緊張気味なログやソフィーとは反対に、キャロルは記事の内容が楽しみなようだった。
「今回のインタビューは《夜天の銀兎》のAランクパーティに対する記事を書くためのもののはずだから、《黄昏の月虹》について書かれることは少ないと思うぞ」
――と、言ったものの、俺の予想に反して後日発刊された新聞には、《黄昏の月虹》について詳しく触れられたうえで今一番勢いのあるパーティとして書かれていた。
よくよく考えてみれば、セルマさんの妹であるソフィーや元勇者であるルーナが所属していたり、メンバー全員が異能者であったりと話題に事欠かないパーティだもんな。
◇
それから約一週間、Sランクパーティ交流会と称して《赤銅の晩霞》や《翡翠の疾風》のメンバーたちと様々な情報交換をしたり、第一部隊で迷宮探索や九十四層攻略に向けた準備をしているとあっという間に時間は過ぎていった。
「色々と可能性を考えていたが、これは、その中でも最悪の部類だな……!」
朝、いつも通り新聞に目を通していると信じがたい記事が飛び込んできた。
その新聞には、先日行われた国王と皇帝の会談時に帝国の《英雄》――フェリクス・ルーツ・クロイツァーが、会場に居た国王を含めた王国側の人間のほぼ全員を手に掛けたことが大々的に書かれていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次話は元勇者であるウォーレン視点の予定です。
ここで一つ告知を。
本作のコミカライズ版第三巻が先日発売となりました!
第三巻の表紙はルーナです!
下にスクロールしていただければ表紙の画像を見ることができます。
是非チェックしてみてください。
よろしくお願いいたします!