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165.国内情勢

 新年を迎えた。

 と言っても俺たちにとっては元日が特別な日というわけではない。

 地域によっては年を跨ぐ数日間で特別な催しを行うところもあるが、この国ではそのような風習は無い。

 そのため今日も大抵の探索者は迷宮に潜っているはずだ。


 俺たちもその例に漏れず、今日は南の大迷宮に潜る予定になっている。

 昨日までは九十三層攻略に伴う事後処理に追われてあまり迷宮に潜れていなかったが、今日からは再び探索者本来の活動に注力していく。

 ――はずだった。


「やぁやぁ! みんなおはよう!」


 俺たちが探索部の作戦室に集まって今日の予定について話し合っていると、探索管理部長であるエステラさんが現れた。


「エステラ? 今日は打ち合わせの予定はなかったはずでは?」


 エステラさんの登場にセルマさんがいち早く反応を示した。


「打ち合わせの予定はなかったけど、急遽みんなに伝えておかないといけないことがあったからさ」


 急遽伝えないといけないこと?

 何かトラブルでもあったのか?


「貴女がわざわざ来るってことは、何か大変な事態でも起こったの?」


 俺と同じ思考に至っていたレインさんがエステラさんに問いかける。

 その言葉で部屋の空気が緊張感に包まれるのを感じる。


「うーん、ある意味そうかも? それより聞いてよ、レインさん! 私の部下たちったらひどいんだよ! この話をしたら第一部隊のみんなが不機嫌になるから伝えに行きたくないって言って、その役目を私に押し付けてきたの! ひどいと思わない!? うえぇん! 慰めて、レインさーん!」


 エステラさんはそう言いながらレインさんの胸に泣き縋る。

 ……完全に嘘泣きだけど。

 レインさんもどうしていいのかわからずに、戸惑った表情をしながら仕方なしにエステラさんの頭を撫でる。


 エステラさんの態度から察するに、一刻を争うような事態ではなさそうだ。

 彼女はズボラな部分もあるが、能力は確かだし、一大事が起こっているときにこんなふざけたことをするような人ではないくらいには彼女のことは知っているつもりだ。


「えーっと、つまりどういうこと……?」


「オレに聞くな……」


 一連の出来事にルクレとウィルも戸惑っている。

 というより、この状況に戸惑っていないのはふざけているエステラさんだけだろう。


「はぁ……。エステラ、いい加減お前がここに来た理由を話してくれ。じゃれつきに来たのなら今すぐこの部屋から追い出すぞ」


 セルマさんがエステラさんにそう告げると、「ごめん、調子に乗りすぎちゃった」と詫びを入れながらレインさんから離れる。

 それから俺たちに向き合うと、口を開いた。


「コホン! 私がここに来たのは何を隠そう、〝Sランクパーティ交流会〟についてみんなに通達するためなのだよ!」


「……Sランクパーティ交流会?」


 エステラさんの口から出てきた単語をウィルがオウム返しする。


「――そう。明日から定期的に、南の大迷宮で活動中のSランクパーティである《夜天の銀兎》、《赤銅の晩霞》、《翡翠の疾風》のパーティメンバーで集まって意見交換などの交流をしようって催し物だって私は聞いてる」


 先ほどまでふざけていたエステラさんはそこにはおらず、真面目な雰囲気に切り替えてSランクパーティ交流会の趣旨を話す。

 その声音には若干の怒りが混じっているように感じる。


 エステラさんが言った通り、現在ツトライルで活動しているSランクパーティは《夜天の銀兎》、《赤銅の晩霞》、《翡翠の疾風》の三つだ。

 《翡翠の疾風》は先月の中旬に九十層の攻略に乗り出し、無事九十一層に到達したことでSランクパーティの仲間入りを果たしている。


(なるほど、それで俺たちが不機嫌になる、か。確かにこれは面白くない(・・・・・)内容だな)


 第一部隊の面々は俺と同じことを考えているんだろう。

 俺も含めて全員が面白くなさそうな表情をしている。


「なぁエステラ、その催しの発案は《翡翠の疾風》か?」


「そう。セルマっちの、ううん、みんなの思っている通りのことが起こっていると考えていいよ」


 セルマさんの問いに対してエステラさんが全面的に肯定する。


 俺たちが考えていること、それは上の連中(・・・・)のパワーゲームに変化が起こったということだ。

 上の連中とはスポンサーである貴族のことだな。


 スポンサーである貴族からの支援を受けている探索者パーティやクランは政治に利用されることがある。

 その点は探索者にとって明確なデメリットになるが、その分メリットも大きいため支援を受けている探索者はその辺りを割り切らないといけない。

 探索者になったばかりの頃の俺は、その辺りをあまり理解せず安易に貴族からの支援を受けてひどい目に遭いそうになったということもあった。

 あの出来事は今となっては良い教訓になったと前向きに捉えられるようになっているけどな。


 《夜天の銀兎》のスポンサーはエディントン伯爵が中心となっている派閥に所属している貴族が多くの割合を占めている。

 エディントン伯爵が国内最北の領地を持っていることもあって、その派閥はノヒタント王国の北部に絶大な影響力を持っている。


 対して《翡翠の疾風》はノヒタント王国南部の大貴族であるシルヴェスター伯爵が中心となっている派閥から支援を受けている。

 元々《翡翠の疾風》は、南の大迷宮で活動しているクランの中では中堅に位置していた。

 それがシルヴェスター伯爵の支援を受けてからは瞬く間に頭角を現し、今ではSランクまで登り詰めている。

 《翡翠の疾風》に実力があったことは当然として、シルヴェスター伯爵派閥の支援がこの快進撃を下支えしていることを否定することは誰にもできないだろう。


 ちなみに《赤銅の晩霞》は基本的に支援を断っている。

 と言っても、ランプリング子爵家などのいくつかの所謂下級貴族からの支援は受けているがな。

 そのため《赤銅の晩霞》には、《夜天の銀兎》や《翡翠の疾風》のように潤沢な資金や圧倒的な情報網が無いということになる。

 それでも彼らは南の大迷宮の九十一層――深層に到達した。

 つまりこの結果は、限りなく純粋な〝自分たちの力〟によるものと言える。


 俺個人としては、貴族からの支援を受けることについて、正しいも正しくないも無いと思っている。

 けど、支援がほとんど無い状態で深層まで到達した彼らをカッコいいと思ってしまう俺が居るのも事実だ。


 話がやや脱線したが、エステラさんの言ったSランクパーティ交流会は、間違いなく《翡翠の疾風》の意志ではなくその裏に居る貴族連中の意志によるものだろう。


「クソが! 国全体がピリついているこの状況でも自分たちのことしか考えていないのかよ!」


 エステラさんの言葉にウィルが怒りを発散するかのように声を上げる。


「ウィルの言う通りだよ! 今は帝国との関係がこれ以上悪化しないように皆で協力していくべきじゃないの!? 南の連中、すっごくムカつく!」


 この背景に先日の帝国との一件が絡んでるのは間違いないだろう。

 帝国が不可侵条約を破って王国へ侵攻してきたことによって、近隣諸国は帝国への警戒を強めている。


 ノヒタント王国は領土的には小さい国だ。

 しかし『南の大迷宮を持っている』というカードを外交で最大限利用することで近隣諸国との連携を強め、サウベル帝国やジュノエ共和国、ヒティア公国といった大国とも渡り合っている。


 これ以上帝国が凶行に走ることは考え難いが、次に何かが起これば戦争に発展しても何らおかしくない。

 戦争になることは王国としても望んでいないため、帝国との関係修復も兼ねて近日中に国王と皇帝による会談が帝国で行われる予定だ。


 そして、その会談のため国王は先日より帝国へと向かうために移動を開始してる。

 帝国は王国の北側にあることから、国王の移動中に問題が発生しないように北の貴族を中心に細心の注意が払われていることは想像に難くない。


 北の貴族――つまり《夜天の銀兎》のスポンサーがこの件に注力している間に南の貴族連中が動いたということだ。

 流石に南の貴族も国の一大事になり得るこの時期に王国に不利益となるようなことはしないだろうが、北の貴族へ何かしらの働きがあったのかもしれない。

 例えば、国王が帝国まで安全に向かえるよう助力する代わりに何かを見返りとして要求している、とかな。

 その一つが『Sランクパーティ交流会を強制させる』だということも考えられる。

 ……まぁ、あくまで俺の推測に過ぎないが。


 Sランクパーティ交流会が貴族には何の得も無いと思われがちだが、実は貴族にも利点はある。

 前述の通り現在活動中の探索者パーティで深層を探索できるのは三パーティだけだ。

 だがその三パーティの中にも差はある。

 《夜天の銀兎》は九十四層まで行けるが、《赤銅の晩霞》と《翡翠の疾風》は九十一層までしか行けないといった具合に。


 九十二層や九十三層でしか入手できない資源というのも少ないが存在する。

 つまり九十二層以降の階層で入手できるものは、実質的に《夜天の銀兎》――延いては北の貴族が独占しているとも言える。

 それはとんでもないメリットだ。

 その資源を王家に献上することによる見返りや他よりも一歩先にその資源の研究ができるのだから。


 Sランクパーティ交流会で《夜天の銀兎》から九十一層以降の情報を仕入れることができれば、《翡翠の疾風》は危険を伴わずに攻略できる可能性を引き上げることができる。


 そしてその交流会の開催は既に決まっている。

 端的に言えば、《夜天の銀兎》のスポンサーの立場を悪くするわけにもいかず、俺たちが命懸けで手に入れてきた情報を喋らざるを得ない状況に追い込まれているというわけだ。

 こんな状況を面白いと思えるわけがない。


「……まぁ、決まっちゃったものは仕方ないね」


 不穏な空気が流れだしたところで、レインさんが口を開いた。


「レインの言う通りだ。避けられない以上ポジティブに捉えよう。この件については私たちにも利点が全くないというわけでもないのだから」


「そうだな。他のクランと情報交換ができる機会はそう多くないから、やるなら有意義なものにしよう。曙光に居た俺からすると、《夜天の銀兎》で当たり前とされていることでも新鮮に感じることや新しい発見もあった。赤銅や疾風から学べることも多くあるはずだから」


 レインさんの言葉に乗っかるようにセルマさんと俺も口を開く。

 決まったことを嘆いていても何も始まらない。

 同じことだとしても、受け取り方次第によってはそれがプラスにもマイナスにも働く。

 だったらプラスに持っていけるように心持ちから変えていかないと。


「確かにオルン君が曙光でやっていたことを教えてくれたときも、ボクたちからしたらすっごく新鮮だったもんね! 今回も新しい発見があるかも!」


「だな。やるからには無駄な時間にしないためにも真面目に取り組むか」


 全員今回の件については大なり小なり納得はしていないだろう。

 それでもモチベーションを上げるためにみんなで声を掛け合う。


「良かった~。罵詈雑言が来ないかってひやひやしてたんだ~」


 そんな俺たちを見て、エステラさんも安堵の表情をしながら雰囲気が普段のものに戻っている。


「そんなことしねぇよ。流石にここでエステラを責めるのは筋違いだろ」


「おぉ! ウィルっちがそんなこと言ってくるなんて……。昔のウィルっちからは想像できないね! いや~、成長してくれたみたいで私は嬉しいよ!」


「どこから目線だよ……。オレとお前は同い年だろうが」


 そんなこんなでSランクパーティ交流会についてエステラさんから話を聞いた俺たちは、予定通り迷宮探索を行った。

 それから交流会の前夜祭として《翡翠の疾風》から彼らが経営する料理店に招待されていたため、第一部隊の全員でそちらへと向かった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

次話もお読みいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 待てよ、なんでオルンは武術や魔術開発等々何でもこなせる? レインは転移魔術への理解を深めるオルンを見て天才と称していたが……。 これは異能か? じゃあ異能は『コピー』ではなく『万能』か? オ…
[良い点] 貴族の支援がリアルな運用ですが、パトロン制度も煩わしいものですねぇ。 さて、今回の招集の真意は・・・
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