163.93層攻略③ 終盤戦
前半がレイン視点、後半がオルン視点となります。
◇ ◇ ◇
(懐かしいなぁ、この感覚)
【空間跳躍】を駆使して白蛇を翻弄しながら、私は感慨を抱いていた。
空間の全てを識ることができたと思えるようなこの感じ。
全てが意のままに操れると勘違いしてしまうほどの万能感。
忌むべき感情であるはずなのに、どうしても心の奥底から湧き上がってしまう。
そして消し去りたい、でも忘れてはいけない記憶が色濃く脳裏に浮かんでくる。
私は大陸中央に存在する魔術大国――ヒティア公国で生を受けた。
その国が魔術大国と呼ばれている要因はいくつかある。
その中でも一番大きな要因は、ノヒタント王国における貴族院のような、〝学園〟と呼ばれる魔術の教育機関が国内にいくつか存在すること。
国民だと五歳以上であればその学園に入学することが可能となる。
といっても学費が高いこともあって国民全員が入学するわけではない。
国民が入学する割合は多く見積もっても全体の四割程度で、そのほとんどが十代前半に入学する。
そして入学したとしても前述の理由から、卒業資格である魔術の基礎理論の履修と特級魔術やそれに準ずる支援・回復魔術の習得をしたらすぐに卒業してしまう者が大半だ。
当然魔術が肌に合わない人たちは、卒業資格を取得することを早々に諦めて退学してしまう。
成人を迎えても学園に残っている者は本当に少ない。
幸いにして私の家はお金に苦労していないこともあって、私は五歳になってすぐに学園に入学して魔術について学んでいた。
入学当時は私が特異魔術士であることは判明していなかったけど、魔術の理論については幼いながらもすぐに理解できたし、魔術の発動にも苦労しなかった。
魔術を学び始めて数年が経過する頃には全ての系統の特級魔術を発動することができるようになっていて、そんな私を教員である大人たちは天才だともてはやしてきた。
そしてそれを決定付けたのが、最高峰の魔術と言われている【空間跳躍】について学んだとき。
私は基本式を見た瞬間に【空間跳躍】の全てが理解できてしまい、術式構築に時間を掛けることもなく即座に発動することができた。
そこで自分が特異魔術士と呼ばれる存在であることを知った。
常日頃から『天才』と言われ続け、更には特異魔術士であると知った私は思い上がっていた。
自分が特別な存在であると――。
でも、大丈夫。
今の私は、自分がちょっと魔術の得意なだけの凡人でしかないことを理解している。
紆余曲折あって《夜天の銀兎》に加入する頃には、たくさんの後悔を経験していたため自分が特別だなんて思っていなかったけど、それでも特異魔術士として、学園で魔術を学んできた者としての自負はあった。
でも、その自負も最近打ち砕かれた。
――オルン君という存在によって。
彼の学習能力の高さは常軌を逸している。
一言で言うなら〝天才〟かな。
……この言葉はあまり好きじゃないけど。
魔術を発動する前段階である術式構築とは、各魔術の基本式に付加設定を加えることを言う。
【空間跳躍】が何故最高峰の魔術と言われているのか、それは前述の付加設定で求められるものが他の魔術とは比較にならないほどに詳細なものであるため。
感覚だけでも発動できる魔術は多いけど、【空間跳躍】は感覚だけでは絶対に発動することができない。
【空間跳躍】を発動できるということは、それだけで魔術について造詣が深いことの証明になる。
そんな高度な魔術のため、術式構築を完了させたまま待機させて任意のタイミングで魔力流入を行う発動待機がこの魔術ではできず、膨大な付加設定の量から並列構築に組み込むと脳に強いる負担は他の魔術の比ではない。
だから【空間跳躍】はむやみやたらに発動する魔術ではない。
それはオルン君も同じ。
《黄金の曙光》で付与術士をやっていた彼も【空間跳躍】を行使することはできたけど、並列構築に組み込むことはできなかったと聞いている。
だというのに、《夜天の銀兎》に加入して、私から【空間跳躍】の話を聞いた彼はみるみるうちにその魔術の理解をより深めていった。
この白蛇戦も最初に【空間跳躍】を四つ同時に発動して私たちをそれぞれ違う場所へ転移させていた。
それは特異魔術士である私の十八番ともいえるもの。
言い方を変えれば、本来私以外に行使できるものではない。
しかしオルン君はそれを行使できるほどまでに至っている。
一緒に居れば居るほど、私たちとオルン君の実力は釣り合っていないという事実を突きつけられているように感じる。
だからいつか、彼はもっと上を目指すために私たちの元を去ってしまうのではないか、とセルマと話したことがある。
オルン君が《夜天の銀兎》に加入してくれたことには本当に感謝している。
当然私たちもオルン君におんぶにだっこではダメだということはわかっている。
彼の仲間として釣り合えるようにこれからも必死に努力は続けていくつもり。
もしもオルン君がさらに上を目指して彼が私たちの元を去るという選択を取った時は、悲しいけど笑顔で送り出したいと思う。
その時が訪れないといいなと思いつつ、今はお姉ちゃんとして私にできる限りのことでオルン君に力を貸していきたいなと考えている。
――そう、私はお姉ちゃんだから。
『みんな、攻撃準備!』
頭の片隅で昔のことを思い出したり、オルン君のことを考えたりしながら、念話でみんなに声を掛ける。
白蛇の攻撃を再び【空間跳躍】で躱す。
その後の隙を突いて、私たちは数度目の一斉攻撃を白蛇へ叩き込む。
◇ ◇ ◇
『オルン、どうだ?』
何度目かの一斉攻撃を行ったところでセルマさんが念話で問いかけてきた。
セルマさんの質問よりも先に白蛇の変化に注視していた俺は、観察した結果を即座に全員に伝える。
『うん、僅かにだけど変化が見えた。時間を稼げば、俺たちの勝ちだ』
これまでの戦闘が俺たちの作戦通り効果があったと伝えると、みんなから喜びの声が漏れた。
『僅かということはまだまだ時間が掛かるということだ。全員改めて気を引き締めろ。このまま無傷で勝利するぞ!』
『勿論! 仮に傷を負ってもボクが絶対に癒すから! ボクが居れば誰も負けない!』
『ウィル、俺たちはこのまま後衛陣の支援だ! タイミングこっちで測るから最後は頼んだぞ!』
『わかってる! 絶対にオレがこのヘビを仕留めてやる!』
目的地が見えたことで俺たちは互いに鼓舞し合う。
『レイン、頭痛は大丈夫か?』
『えぇ、大丈夫よ。【空間跳躍】は私にとって歩くのと同じだから』
◇
それからもレインさんが白蛇を翻弄し、隙を作っては攻撃を叩き込んでいく。
たまにレインさん以外の四人にヘイトが向かうこともあるが、俺とウィルに来た場合は躱したり往なしたりとレインさん同様白蛇を翻弄する。
セルマさんやルクレに向かったときも、俺の【反射障壁】や【重力操作】で妨害したり、セルマさんが【空間跳躍】を発動して転移してきたウィルが二人を護ったりと難なく対処できている。
そして戦闘開始から数時間が経過して俺たち全員にも疲労の色が濃く出てきたころ、ようやく俺たちの待っていたその時が訪れる。
「――っ!」
レインさんが【空間跳躍】で白蛇の攻撃を躱した直後の明確な隙を見せた白蛇に魔剣を振るうと、俺の斬撃が白蛇のウロコを斬りつけた。
『斬撃が通った!』
白蛇のウロコは軟質的で体表を傷つけることは不可能に近いはずだった。
《黄金の曙光》で討伐したときは、アネリの大量の魔術やオリヴァーの天閃に俺の【瞬間的能力超上昇】を乗せるという鉄板の攻撃に加えて、風の妖精であるシルフやルーナに懐いているピクシーが彼女の嘆願で協力してくれたことによって精霊魔術を連発できたことが大きい。
そのため第一部隊では、アネリ以上の威力を誇るレインさんの攻撃魔術に【瞬間的能力超上昇】を乗せても決め手に欠けていた。
そこで俺たちは寒い環境に変えるという作戦を採った。
そのまま凍死や魔術による討伐を狙っていたが、環境に適応されたことでそれは叶わないものとなった。
続いて俺たちが検証したことは白蛇のウロコが冷え続けることで変化するのかというもの。
ここで変化が見えなければ一旦戦闘を切り上げて再度作戦を練る予定だった。
だが、白蛇のウロコが青色に変化したことによって性質も変化したのか、何度かの一斉攻撃を経て僅かにウロコに傷をつけることができた。
そこからは時間を掛けて白蛇を冷やし続けることに注力した。
気温が上がらないよう定期的に白い短剣を地面に突き刺し、零度に近い気温の中で戦闘を続けた。
そしてついに俺の魔剣が白蛇のウロコを断ち切った。
『ようやくか! 待ってたぜ、この時を!』
これまで分散していた俺たちだが、レインさん以外のメンバーが所定の位置に集まる。
レインさんは最後まで白蛇を引き付けていて、何度目か数えるのも面倒な頭突きをレインさんに繰り出す。
当然彼女はそれを【空間跳躍】で躱し、俺たちの集まっている場所に転移してくる。
「……ふぅ。お待たせ。あとは任せたよ、オルン君、ウィル!」
流石にレインさんも【空間跳躍】を百回以上発動していることで、疲労は結構溜まっているようだ。
「あぁ、任せとけ!」
俺たちが一カ所に集まったことで当然白蛇はこちらに注意を向ける。
「――【魔剣創造】」
俺は【封印解除】から【封印緩和:第五層】に切り替える直前から準備していた魔術を発動すると、地面に巨大な魔法陣が現れる。
魔法陣の中心から漆黒の塊が隆起する。
それにウィルが触れると、彼の右手に強烈なプレッシャーによって空間を振動させている魔剣が現れる。
白蛇が体を斬りつけられたことやウィルが握る魔剣を警戒してか、とぐろを巻くようにして防御態勢を取った。
それから魔法で俺たちと白蛇の間にいくつもの巨木を出現させて近づけないようにしている。
だが、もう勝敗は決している。
「ウィル、一直線に白蛇へ突っ込め! 通る道は俺が作る! 【陸ノ型】!」
ウィルに声を掛けながらシュヴァルツハーゼを弓の形に変える。
弦を引き、矢のかたちをした収束魔力をつがえる。
そして、
「――震天」
狙い澄ましてからから漆黒の矢を射る。
矢は【重力操作】によって増大させた重力波によって進路上周辺の巨木を粉砕しながら白蛇へと一直線に進んでいく。
白蛇へと届いた矢は天閃と同様に魔力の拡散を起こし、その衝撃波が白蛇に襲いかかる。
それから白蛇の頭上に重力を発生させる。
先ほどの衝撃波とこれまでの後衛陣の魔術によるダメージの蓄積で抵抗力の弱まっている白蛇は重力に引っ張られることで、とぐろを巻いて防御態勢を取っていたはずが無防備に胴体を晒すこととなった。
その胴体に向かって一直線に駆けるのが、魔剣を握り締めているウィル。
ウィルが近づいていることに気づいて抵抗感を強めるがもう遅い。
「らぁぁぁあああ!」
白蛇の抵抗虚しくウィルが薙ぎ払った魔剣が胴体に届く。
その剣撃に【瞬間的能力超上昇】を乗せる。
ウィルが振るう魔剣は白蛇の胴体を通り過ぎ、綺麗な弧の軌跡を描いた。
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