160.助言② 欠点
《アムンツァース》とは、これまでに探索者を大量に殺している世界でも有数の犯罪組織として世間から認識されている組織だ。
奴らは『大迷宮を攻略してはいけない』と主張しており、有望な探索者を亡き者にすることで強引に攻略することを妨害している。
「《アムンツァース》とは既に交戦しましたよ」
「……何?」
俺の返答にウォーレンさんの目が鋭くなる。
「ギルドが情報統制していたようですが、聞いたことありませんか? 半年ほど前に《アムンツァース》が南の大迷宮で活動していたという話を」
「あぁ、それは聞いたことあるな。しかし上級探索者の死亡率についても、例年よりも多少上がった程度だったから誤差の範囲内ということで結論付けられていたはずだ。だから只の噂だと思っていたが……」
「奴らが南の大迷宮に現れたのは事実です。《夜天の銀兎》が九十二層を攻略してからすぐの頃に俺は奴らに命を狙われました。運良く切り抜けることができましたが、巡り合わせが悪ければあの場で俺は死んでいたかもしれません」
俺の命を狙ってきたのはローブ女――シオン・ナスタチウムだ。
あの戦い、俺は見逃されたと思っている。
何故見逃されたのかは今でもわからないが、あのまま戦い続けていれば劣勢だった俺が負けていた可能性の方が明らかに高い。
あれから成長できた自信はあるが、今でも真っ向から彼女とぶつかって勝てるかどうか。
それだけ彼女の魔術と異能は脅威だ。
見逃されたり共闘したりと彼女とは不思議な縁を感じている部分はある。
だが、彼女が《アムンツァース》の一員である以上、探索者である俺とは敵対していることになる。
そこだけは履き違えてはいけない。
「なるほどな。それを聞いて腑に落ちた部分がある。模擬戦を通して探索者にしては対人戦にも通じていると感じていたが、既に《アムンツァース》との戦いを見越して色々と準備をしていたということか」
《アムンツァース》との戦いというよりは《シクラメン教団》との戦いを見越してだが、確かに《アムンツァース》と再び戦うことになった場合のことを考えていなかったわけではない。
ここは特に訂正する必要はないか。
「そうですね。探索者を辞めるつもりは無いので、最悪のケースを考えて対人戦の経験も積んでいきたいと思っていました。ですので、本日の模擬戦は本当に私にとって貴重な経験でした。改めてになりますが、模擬戦をしていただきありがとうございます」
「多少なりともお前さんのためになったと言うなら俺としても悪い気はしないな。……にしても既に《アムンツァース》も退けていたのか。こりゃあ余計なお世話だったな」
「余計なお世話と言うと?」
「さっきも言った通り俺は《アムンツァース》が《夜天の銀兎》に襲撃を行う可能性があると注意喚起するつもりだったんだよ。だけど実際は既に終わっていて、今後の襲撃も見越して鍛錬しているようだし、諸々踏まえて余計なお世話だったってことだ」
「いえ、お忙しい中お越しいただいているのですから、感謝こそすれ余計なお世話だと思うわけありませんよ」
これは本心からの言葉だ。
今日の経験は確実に俺の成長に繋がったのだから。
「……なぁ、興味本位で聞くんだが、お前たちはどうやって《アムンツァース》を退けたんだ? 気を悪くさせるかもしれないが、《アムンツァース》から襲撃を受けたらセルマちゃんは確実に死ぬと思っていたんだ。だからここに呼ばなかったわけだしな」
セルマさんが、死ぬ……?
ウォーレンさんは《アムンツァース》と交戦したのが第一部隊全員だと思っているってことか?
「すいません、話がかみ合っていないように思えるのですが、《アムンツァース》と交戦したのは私のみです。他の第一部隊は奴らと戦っていません。半年前の件は私のみがターゲットだったようなので」
「なに? じゃあセルマちゃんは奴らと戦っていないのか?」
「はい。わかりにくい説明でしたね。申し訳ありません」
「いや、こっちが勝手に勘違いしていただけだ。……そうか、曙光に続いて兎も連中の襲撃を受けていないのか。それなのにオルン・ドゥーラ個人は狙ってきた。どういうことだ?」
ウォーレンさんが何か考え込むように俯きながらぶつぶつと呟いている。
彼が自分の世界に入っているところで、俺もウォーレンさんのこれまでの言葉を頭の中で反芻する。
そして、ウォーレンさんが何故俺だけをここに呼んだのか、その答えに手が届いた気がする。
セルマさんに聞かせたくないというのは、正しく彼が先ほど言った『《アムンツァース》と第一部隊が交戦した場合、セルマさんが命を落とす可能性が極めて高い』ということが理由だろう。
セルマさんが命を落としてしまう可能性が高い理由は明白だ。
それは彼女が付与術士であるためだ。
付与術士は支援魔術によるバフをメインに使用する味方をサポートする存在だ。
バフの効果時間を管理してくれる人がパーティに居ることで、他のメンバーは自分の仕事に集中できるため効率が格段に上がる。
問題なく連携できるのであれば付与術士の居ないパーティよりも、圧倒的にトータルとしての戦力は高くなる。
その証拠に、付与術士が登場したことによって昔と比べて探索者全体の平均到達階層も格段に上がっている。
探索者パーティには付与術士が必須であるという意見には全面的に同意する。
しかし、当然ながら欠点も存在する。
付与術士は単独の戦闘力という面では他のパーティメンバーよりも劣ってしまうということ。
あらゆる魔術を使用できて大陸最高の付与術士と呼ばれているセルマさんも、個人の戦闘力という点で見た場合、他のSランク探索者と比べるとどうしても一歩及ばない。
とはいえ、魔獣との戦闘ではヘイトコントロールによって付与術士が直接戦闘に加わる場面は少ない。
迷宮で活動する探索者であれば付与術士の欠点はほとんど無視できるため、実質的に利点のみを享受できる。
つまり、迷宮という特殊な空間であるからこそ付与術士という存在は輝く。
これが地上――対人戦となると話は変わってくる。
敵が理性と知性を持つ人間であればヘイトコントロールなんてものは意味をなさず、真っ先に付与術士を狙ってくることは必然だろう。
パーティの中軸でありながら、一番落としやすい駒であるのだから。
大迷宮の攻略を目標に対魔獣戦を極めるべく必死に努力して、トップに立つと対人戦を強いられるかもしれないなんて、皮肉が効きすぎてるよな。
ま、俺たちだってバカじゃない。
軍人ほど対人戦に長けているわけではないが、第一部隊だけでなく第二部隊でも対人戦をある程度想定した訓練を行っている。
その背景にはアルバートさんの強い要望があったと聞いていたが、なるほど、そういうことだったのか。
「と、すまない。独りで考え事をしていた」
「いえ、問題ありません。ウォーレン様は《アムンツァース》と交戦した経験があるのですか?」
「……あぁ。お前なら薄々勘づいているんじゃないか? 俺がリーダーを務めていた探索者パーティである《金色の残響》を解散した理由について」
常に上機嫌な雰囲気を醸していたが、今はそんな雰囲気は微塵もなく。視線を下げて悲し気な笑みを浮かべながら呟くように声を発する。
探索者を何人も手にかけている《アムンツァース》と交戦したこと、そして勇者パーティと呼ばれ隆盛であった《金色の残響》が突如解散したこと、この二つが紐づくとするなら――。
確かに俺はウォーレンさんとアルバートさん以外に、《金色の残響》に所属していたメンバーでその後の進路を知っている人物はいない。
つまりはそう言うことなんだろう。
「…………」
「――さて! 湿っぽくなってきたから一旦話題を変えるか!」
なんと声を掛ければ良いのか分からず言葉を探していたが、それを察してか話題を変えるといったウォーレンさんの表情には、先ほどまでの人懐っこい笑みに戻っていた。
「お前さんが対人戦を想定して真剣に取り組んでいるということはわかった。だから次は軍人――対人戦のプロフェッショナルとしてアドバイスをしてやろうじゃないか」
すっかり元の調子に戻っているウォーレンさんが不敵な笑みを浮かべている。
「ありがとうございます。拝聴します」
まさかそこまで話してくれるとは思っておらず、ウォーレンさんの提案は渡りに船だった。
「まず、剣術も魔術もかなり高いレベルで両立していることには驚いた。どちらか一方であればお前よりも上って奴は何人も見てきたが、冗談抜きでここまでのレベルの両立は見たことが無い。さらに支援魔術基本六種の本質に至っていることも加味すれば、世界を見渡しても相当上位の強さだ。国内に限れば間違いなく五指には入るだろうな」
「……恐縮です」
探索者としても軍人としても、かなりの時間を戦いに投じてきたウォーレンさんからここまで過大な評価を受けるのは素直に嬉しい。
「だが、その両立がお前の欠点でもあると、俺は思った」
「両立が、欠点ですか?」
「そうだ。お前は探索者としてどのような状況でも対応できるようこれまで鍛錬してきたんだろう。それは実を結んでいる。だけどな、そのせいでお前には戦闘時における選択肢が多すぎるんだ。先ほどの模擬戦でも何度か行動を起こすまでに一瞬判断に迷っているような場面があった。レベルの高い相手との戦闘ではその一瞬が命取りだ。殺し合いであったなら、俺はその一瞬でお前を斬り殺せる」
今のウォーレンさんの言葉はかなり腑に落ちるものだった。
確かに俺は先ほどの模擬戦で、例えばウォーレンさんが距離を詰めてきたときに、迎撃は剣術なのか魔術なのか、魔術の場合は何を発動するのかということを考えていた気がする。
自分でも無自覚なくらい短い時間ではあったと思うが、その一瞬の時間が明確な隙だということだろう。
「お前の今のスタイルを否定する気は無い。一般レベルで見ればかなりの強さであることは先ほど言った通りだ。しかし、そのスタイルは俺から言わせてもらえば器用貧乏だな。どちらか一本に絞ってもう片方を補助に回した方が大成する、と俺は思う」
「……ご忠告痛み入ります。今のお言葉肝に銘じておきます」
ウォーレンさんから戦闘スタイルについてアドバイスをもらった後もいくつか別の話題について話をしていると、夜も更けてきたため今日はお開きということになった。
「ウォーレン様、本日は何から何までありがとうございました。お陰様で有意義な一日となりました」
「それなら何よりだ。俺も今日は良い一日になった。大迷宮の攻略頑張れよ」
「はい。いつか大迷宮を攻略してウォーレン様にご報告できるよう精進します」
「ははは! 大きく出たな。そうなると、俺もその報告を聞くまで死ぬわけにはいかないなぁ。――それじゃあな、オルン」
「はい、さようなら、ウォーレン様」
店を出るところで最後の挨拶をしてウォーレンさんと別れて帰路につく。
にしても今朝はこんな一日になるとは全く思わなかったな。
鎧の探索者に会ったり前勇者であるウォーレンさんと模擬戦をしたりと不思議な一日だった。
さて、改めて気を引き締めないとな。
明後日は第一部隊で九十三層攻略に挑むことになるのだから。
気持ちよく新年を迎えるためにも、明後日の攻略は必ず成功させる。
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