158.元勇者 VS. 前勇者
◇
それから話はとんとん拍子で進んでいき、俺は闘技場でウォーレンさんと対面していた。
普段であればここはフォーガス侯爵の私兵である領邦軍の訓練場として使用されているはずだが、ウォーレンさんが侯爵に手回ししていたようで、彼との模擬戦に使えることになっていた。
アリーナには俺とウォーレンさんに加えてセルマさんとルクレを含めた回復術士数名が居る。
そして観客席には《夜天の銀兎》の団員達。
外部には模擬戦のことを伝えていないため《夜天の銀兎》関係者しかいないが、結構な人数が集まっている。
予定にないイベントなのによくこんなに集まったな……。
「いやぁ、ノリの良いクランだ。こんな雰囲気で戦うのは何年ぶりだろうか」
観客席に居る団員達が盛り上がっている様を見てウォーレンさんが目を細めながら呟く。
「みんな忙しいはずなんですがね……」
「ふっ、そう言うな。オルンにとっては好ましくない状況かもしれないが、やはり私たちからすると自分が所属しているクランのエースと前勇者パーティのリーダーで今は国王陛下の護衛をなされているウォーレン様の戦いは、やはりかなり興味のそそられるものだからな」
確かに第三者としてはかなり興味深いものであることは理解できる。
外部、特に新聞社に言いふらされなかっただけまだましと思うしかないか。
「んじゃ、ギャラリーを待たせるのも悪いし、とっとと始めるとしようぜ」
ウォーレンさんはそう言いながら収納魔導具から自身の剣を出現させる。
彼の剣は長剣と呼ぶには大きく、大剣と呼ぶには小さい中途半端な大きさだった。
「えぇ、始めましょう。ですがその前に、先ほどのお約束は覚えていますか?」
「お前が勝ったら俺がなんで模擬戦を申し出たのか、その理由を話すってやつだろ?」
「はい」
「勿論覚えているさ。お前こそ俺に負けたときは俺の質問に答えるって約束忘れんなよ?」
「承知しています」
約束について念押しをしてから俺は出現させたシュヴァルツハーゼを右手で握る。
「それでは、戦闘前にルール確認をさせていただきます」
俺とウォーレンさんの準備が整ったタイミングでセルマさんが口を開いた。
「この戦いにおいて、相手を死に至らせる攻撃や身体に障がいの残る可能性のある攻撃は禁止です。そして、戦闘中は私が常に二人の武器に【切れ味減殺】を掛け続けますが、それ以外の魔術による介入はしません。勝敗についてはどちらかが降参した場合、もしくは私が続行不能と判断した場合とします。ウォーレン様、問題ないでしょうか?」
「あぁ。問題無い。一応言っておくが、そのルール内であれば魔術を発動しようが異能を行使しようが構わない。剣だけだと勝負にならないだろうからな」
セルマさんがルールを確認すると、ウォーレンさんが了承した後に補足をしてきた。
正直魔術や異能にあまり制限が無いことは助かる。
「……承知しました。それでは胸をお借りします、ウォーレン様」
「あぁ、かかってこい、オルン・ドゥーラ、――いや、《勇者》!」
お互いが剣を構えたところで、セルマさんから『始め!』と開始の合図を告げられた。
探索者時代は《勇者》と呼ばれていたウォーレンさんだが、今の彼は《守護者》の異名で呼ばれている。
その異名で呼ばれているのは、国王の護衛をしているためでもあるが、探索者時代から護りが得意な剣士だったことが最大の理由だと聞く。
つまり彼の立ち回りは今で言うところのディフェンダーに近いものであると予想できる。
であれば、
(ウォーレンさんの得意な護りを崩して主導権を握る!)
氣を活性化させながらウォーレンさんに突っ込もうとしたところで、突然彼が大きくなったように感じた。
「――っ!?」
大きくなったように感じたのは、俺が距離を詰めるよりも早く俺の目の前まで移動してきていたためだった。
ウォーレンさんが目にも止まらぬ速度で剣を振るってきた。
それを何とかシュヴァルツハーゼの刀身で受ける。
しかし予想以上に重たい一太刀に、踏ん張っていたにもかかわらず後方へ吹き飛ばされる。
このままでは壁に激突してしまうため【重力操作】を駆使しながら、地面を滑るように勢いを殺す。
支援魔術特有の魔力の流れは感じなかった。
しかし今の動きはバフ無しの人間の限界を優に超えている。
とすると、考えられるのは、
(ウォーレンさんは氣の操作を習得している……?)
俺がその事実に驚いていると、再び一瞬で距離を詰められる。
もう一度攻撃を受け止めつつ吹っ飛ばされることで距離を取ろうと考えていたが、今回は初撃ほどの勢いはなく当てが外れた。
フェイントも交えつつ連続で振るってくる剣に対して防戦一方になる。
何度も迫ってくる剣を躱し往なしながら、構築した術式に魔力を流す。
お互いの間に魔法陣が現れると、空気の拡散による衝撃波が発生する。
俺が発動した【風撃】によって連撃が治まったところで、すぐさまウォーレンさんと距離を取る。
更に同時に構築していた術式に対して次々と魔力を流していく。
最初に【土棘】を発動する。
ウォーレンさんの足元に魔法陣が現れてから地面が隆起すると無数の棘がウォーレンさんを襲う。
ウォーレンさんはそれを背後に跳躍することで難なく躱す。
続いて計四つの魔術をほぼ同時に発動する。
移動したウォーレンさんの上空から【雷撃】を、それを躱すことを見越してその両方を塞ぐように彼の左右に【火矢】を、それから真正面に【火弾】をそれぞれ撃ち出す。
これで決着がつけられるなんて欠片も思ってはいないが、一瞬でも判断を鈍らせることができれば、そのまま強引に主導権を握ろうと考えていた。
しかし、ウォーレンさんの判断は俺の予測よりも断然早いものだった。
収納魔導具から魔石の埋め込まれた小さな鉄の塊を出現させると、それを上空へ放った。
上空からウォーレンさんへと飛来するはずだった雷撃は、まるで避雷針に吸い寄せられるかのように小さな鉄の塊に集まった。
魔術である【雷撃】は自然の雷とは違う。
本来であれば、【雷撃】は鉄の塊を無視して俺の設定した通りの動きをするはずだ。
だというのに軌道を強引に変えられたということは、さっきの小さな鉄の塊は十中八九魔導具だろう。
上空からの攻撃を無力化したと同時に、ウォーレンさんが剣を振り下ろすと斬撃が【火弾】を両断し、なおも俺に迫って来くる。
ウォーレンさんへの追撃を断念し、飛んできた斬撃を躱す。
「ははっ、やるな、《勇者》。これは思ったよりも楽しめそうだな」
ウォーレンさんが不敵な笑みを浮かべながら呟いた。
やはり約二十年間対人戦を想定している軍人として活動して、国王の護衛に抜擢されるだけあって、人間の技術の対処はお手の物か。
でも、だからこそ模擬戦をする意味がある。
今の俺の目的は、探索者として大迷宮を攻略することの他に《シクラメン教団》を叩き潰すというものがある。
魔獣を操る奴もいるようだが、《シクラメン教団》と戦うことになった場合、相対するのはほとんどが人間だ。
現時点で俺には対人戦の経験値が圧倒的に足りていない。
だからこそ命を危険にさらさずに対人戦のスペシャリストと戦えるこの機会は、俺にとってかなり貴重なものだった。
「ご期待に添えられそうで何よりです。それでは、次はこちらから行きます――」
俺はウォーレンさんの呟きに返答しながら、自分に刻まれている術式に干渉する。
「――【封印緩和:第五層】」
【封印緩和】は簡潔に説明するのであれば、【重ね掛け】の改良版だ。
【重ね掛け】は俺を縛り付けているであろう術式を改変するというものだが、氣の操作が可能になり、術式を完全に取っ払うことができる【封印解除】を知った今では、あまりにも無駄が多いものだったことがわかった。
既に実戦時でも問題なく氣の操作ができるようになった現状では、基本六種の支援魔術を自分に掛けることはまず無い。
そこで身体能力の向上は氣の活性化に任せて、より無駄を省き効率良く俺を縛り付けている術式を改変させることに特化させたのが【封印緩和】となる。
これによって【重ね掛け】と同等の身体能力の向上を得ながら、戦闘可能時間は以前とは比べ物にならないくらいに伸びたことは言うまでもない。
最終的には常に【封印解除】の状態を維持することが目標ではあるがな。
フェリクスとの戦いでは自分でも驚くほど集中力が極まっていたため常にあの状態で居られたが、今の俺ではそれは難しい。
まだまだ精進が必要だ。
「……へぇ」
俺の雰囲気が変わったことを察したウォーレンさんが、警戒の色を見せる。
(警戒してくれるならありがたい。一気に叩く!)
地面を蹴ってウォーレンさんとの距離を一気に詰める。
それと同時に魔術を発動する。
ウォーレンさんの背後から【雷弾】が襲いかかる。
当然この程度の不意打ちでは彼の警戒網に引っ掛かってしまう。
即座にウォーレンさんが雷の弾を躱す。
俺はウォーレンさんが雷の弾に意識を割いた一瞬を見逃さず、地面に設置した【反射障壁】を使って上空へと一気に跳躍する。
ウォーレンさんが一瞬俺を見失ったが、すぐさま上空に居る俺を視界に捉える。
だが、この一瞬で充分。
上空で再び【反射障壁】を利用して上空から一気に降下する。
ウォーレンさんも浮かべている笑みに冷や汗を流しながら、俺を迎撃しようとしている。
【重力操作】も使用した俺の攻撃に対処することは生半可では不可能だろう。
――だからこそ、ブラフになる。
剣の間合いに入る直前に【空間跳躍】を発動してウォーレンさんの背後に転移する。
それから無防備な背中にシュヴァルツハーゼを振るう。
――が、ウォーレンさんは俺の攻撃に反応してシュヴァルツハーゼが彼の剣に防がれる。
「――なっ!?」
【切れ味減殺】が掛けられているとはいえ、無防備な場所に剣を振るうわけだからある程度は加減をした。
だけど、完全な不意打ちであるこの攻撃に反応され、尚且つ対処されるなんて完全に想定外だった。
俺が驚いていると、ウォーレンさんの蹴りが迫ってきていた。
それを咄嗟に左腕で受けるが、そのまま蹴飛ばされて距離が離れる。
「あぶねぇ、あぶねぇ。今のは少し驚いたな」
ウォーレンさんがなんてことないと言った声音で呟いている。
このまま主導権を握れると思っていただけに、今の攻撃を防がれたことにはかなり動揺しているのが自分でもわかる。
「ほら、どんどんかかってこいよ。まだまだこんなもんじゃないだろ」
俺が動揺していることを見抜いているであろうウォーレンさんが俺を煽るように声を掛けてくる。
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