156.鎧の探索者
年の瀬が推し迫ってきているとある日、俺は第一部隊のメンバーと一緒に南の大迷宮九十三層に潜っていた。
既にボスエリアまでのルートは確立しているため、今日が攻略前の最終確認だ。
大迷宮の攻略に思うところが無いわけではない。
数カ月前にアベル・エディントンから聞いた、大迷宮がかつては聖域と呼ばれていたことやおとぎ話の勇者が作ったなどといった内容は、今も俺の心の中でしこりとして残っている。
しかし、この話の真偽については確かめようが無い。
最終的に判断材料が少なすぎる現状では、考えるだけ無駄だとひとまず結論付けた。
今の俺たちに必要なのは九十四層に到達すること、そして九十四層を攻略することだから。
「にしても、やっぱりここはジメジメしていて嫌な場所だな。一向に慣れる気がしねぇ……」
周囲を警戒しながら探索をしていると前を歩いているウィルから愚痴がこぼれた。
九十三層は階層のほぼ全域が木々に覆われているジャングルのような場所になっている。
更に気温・湿度ともにかなり高く、特徴としては雨の降っていない熱帯雨林のような場所に近い。
ウィルの言う通りジメジメとしていて、長居したいとは思えない場所だ。
「そうね。九十一層に比べれば多少はマシだけど、それでも入り浸るような場所ではないね」
「なにより嫌なのは地上だと冬で寒いってことだよね! 昨日の夜も雪降ってたし寒暖差で風邪ひいちゃいそうだよ」
ウィルの愚痴にレインさんとルクレが同意する。
『三人とも会話はいったん終了だ。魔獣が近づいてきている。敵はアームエイプ三体、レインとルクレは弾幕を準備、討伐はウィルとオルンに任せる!』
近づいてくる魔獣の気配を感じ取ったセルマさんが念話で俺たちに指示を出す。
『『『『了解!』』』』
すぐさま思考を切り替えて臨戦態勢に入り、アームエイプを迎え撃つ。
アームエイプは腕の長い猿のような魔獣で、戦闘力自体はそこまで高くない。
しかし、背の高い木々を利用した立体的な動きは非常に複雑で、捉えるのが困難であることから非常に面倒くさい魔獣の一体だ。
レインさんとルクレがアームエイプのいる方向へ大量の【水矢】を撃ちだす。
奴らを魔術で仕留めるのは困難であるが、このように弾幕を張ることで進路を限定させることができ、尚且つ後衛の三人へ接近させることを避けることができる。
アームエイプは遠距離攻撃を持っていないため、距離を保てているなら後衛に危険が及ぶ可能性はかなり低い。
つまり、俺とウィルは前に出られる。
周囲に他の魔獣が居ないことを確認してから駆け出す。
深層の魔獣相手に中級魔術である【水矢】では大したダメージは期待できない。
それは比較的耐久力の低いアームエイプも同じだ。
しかし、大したダメージにならないということは、裏を返せば多少なりともダメージは入っているということ。
三体のアームエイプが弾幕を嫌い、【水矢】を避けるように進路を変更した。
「降りてきたやつはオレが仕留める! 上に行ったやつ等は任せるぞ!」
「わかった! ――【反射障壁】!」
地面に着地してからこちらに向かってきている一体をウィルに任せて、俺は更に木の上へと登った二体に狙いを定めた。
氣を全身に巡らせながら【重力操作】や【反射障壁】を活用して、一瞬で距離を詰める。
片方のアームエイプが鋭い爪を立てて迎撃してくるが、それを難なく躱しながらシュヴァルツハーゼを振るう。
刀身が接触する直前に【瞬間的能力超上昇】を発動すると、抵抗感を感じることなくアームエイプの胴体と首が離れた。
斬り伏せたアームエイプが黒い霧に変わっているのを視界の端で見ながら、残りのアームエイプも同様に斬ろうとするも、木を巧みに利用しながら逃走を図っていたため剣が届かなかった。
『レインさん、逃げ道を塞いでほしい』
『任せて!』
念話でレインさんに声を掛けると、アームエイプの進路を塞ぐように攻撃魔術がいくつも撃ちだされる。
レインさんの攻撃魔術のおかげで、剣の間合いまで距離を詰めることができた俺はシュヴァルツハーゼを振るいアームエイプを黒い霧に変えた。
下で行われているウィルとアームエイプの戦いもウィル優勢で進んでいる。
アームエイプの攻撃を双刃刀で往なし、隙を見逃すことなく確実にダメージを蓄積させている。
真正面からの接近戦では不利だと悟り逃走を図るが、ルクレの攻撃魔術がそれを許さず二人の連携によってアームエイプは黒い霧に変わった。
『オルン』
『大丈夫、わかってる』
上空で魔力の足場に立ちながらウィルの戦闘を眺めていると、先ほどまで戦っていたアームエイプよりも一回り大きい猿の魔獣が背後からかなりの速度で近づいてきていた。
猿が木の幹を蹴って俺に接近してくる。
俺は【重力操作】を使用して刀身に魔力を纏わせながら猿を視界に捉えた。
猿に掛かる重力を増幅させると、猿は突然の重力変化に戸惑いを見せながら俺に攻撃を届かせる前に地面へと落下する。
「……天閃」
重力の加重も相まってかなりの速さで地面に激突した猿に漆黒の斬撃による追撃を行い、更にレインさんの攻撃魔術が襲い掛かる。
地面に着地するついでに、ボロボロになりながらまだ生きている猿を斬り伏せるとようやく黒い霧へと変わった。
「……日々動きが洗練されていってるな。【重力操作】に慣れてきたってところか?」
戦闘が終わって魔石を回収しているとウィルが声を掛けてきた。
「そうだな。まだまだ鍛錬は必要だけど、【重力操作】で出来ることと出来ないことについてもある程度整理がついたところ。面白い使い方も思いついたから近いうちに実戦で使ってみたいと思ってる」
「ほぉ、それは楽しみだな。打ち合わせの時にでもその面白い使い方ってやつを教えてくれよ」
「もちろん」
それからも俺たちは九十三層の探索を続け、攻略に移行しても問題ないと判断した。
この調子なら今年中には九十四層に到達できると思う。
◇
「ねぇ、〝鎧の探索者〟って知ってる?」
九十三層の探索を終えて、久しぶりにみんなで夕食を取ろうという話になり、料理店で食事をしているとレインさんが話題を提供してくれた。
「鎧の探索者? 聞いたことねぇな」
ウィルがレインさんの問いに答える。
「俺も聞いたこと無いかな」
鎧の探索者と呼ばれる者が居るということは聞いたことが無い。
勇者パーティ時代から有力な探索者には目星を付けているつもりだが、俺の情報収集から漏れていたのか、それともまだ有力とは言い難い探索者なのか、どちらだろうか。
「ボクも知らな~い」
「三人はレグリフ領に行ってたからね。知らないのも仕方ないよ」
「つーことは、ここ半年くらいで有名になった探索者か?」
「うん、感謝祭が終わったあたりからたまに話題に挙がってる探索者なんだ。最近は帝国関係の話題で持ち切りだから聞かなくなったけど、セルマは知ってるよね?」
「あぁ。にわかには信じがたい内容だったからな、その探索者のことは知っている」
「信じがたい内容? なんかすごい偉業でも成し遂げたの?」
「ある意味偉業と言えるのかな? というのもね、その探索者はパーティを組まないで迷宮探索をしている、所謂ソロなんだけど、活動しているのが大迷宮の下層って話なの」
「ソロで下層だと!? そりゃあ、命知らずなやつだな……」
レインさんの話を聞いたウィルが驚きの声を上げる。
それもそうだろう。中層までならソロで活動している探索者も少ないが存在する。
だが、下層は中層までと比べて探索の難易度が跳ね上がるため、ソロで活動している探索者は居ないと言って良い。
「私も話を聞いたときはそう思っていたが、そいつの戦闘を見た探索者たちは『自分たちとは格が違う』と口を揃えて言っていたみたいなんだ」
「下層に到達している探索者ならかなりの実力者ってことでしょ? そんな人たちが口を揃えてそう言うなんてよっぽど強いってこと?」
「そうなんだろうね。タイプは一般的な長剣を使用した前衛アタッカーみたいだけど、でもそれくらいしか情報が無いの」
「その人の外見とかは――あぁ、それで、鎧の探索者か」
「そういうこと。兜も被っているフルプレートだから、外見的特徴はわからないの。身長が一八〇センチくらいってことだから恐らく男性だと思うけどね」
「ソロで下層かぁ。ボクが知る限りそれが可能なのはオルンくんしか居ないけど、やっぱりすごい人は居るんだね」
「いやいや、俺もソロで下層に潜ろうなんて思わないよ」
「思わないだけで、ソロで探索できるんだろ?」
「……やろうと思えばできるだろうが、ソロは効率悪いし、そもそも俺には頼りになる仲間がここに居るんだからソロで探索する理由が無い」
「ふふっ、ありがとう。オルンくんにこれからも頼りになる仲間と思われるように、私たちももっと頑張らないとね」
「そうだな。九十三層のボス討伐は私たち後衛の連携に掛かっている。当然だが気を引き締めていこう」
「うん! 頑張るよー! みんなで九十四層に行こ―!」
「「「「おぉ!!!!」」」」
◇
「申し訳ありませんが、本日も面会することはできません」
翌日、時間ができたためオリヴァーに会いに行こうと思い収容所へとやってきたが、今日も会うことができなかった。
ツトライルに帰ってきてから何度かここに足を運んでいるが、半年前に一回会ったきりで、あれからまだ会えていない。
オリヴァーに何かあったのだろうか? 単純に俺が避けられているという可能性もあるが、それは嫌だな……。
(はぁ……。まぁ、会えないなら仕方ないな。じいちゃんのところでも行くか)
俺は気持ちを切り替えてじいちゃんの店へと向かった。
しかし、店には先客がいたようで、全身を鎧で覆っている人物がじいちゃんと向かい合って商談をしていた。
(にしてもフルプレート、か。もしかしてこいつが昨日レインさんとセルマさんが言ってた鎧の探索者か? なんとタイムリーな……――って、あれ?)
鎧の探索者が振り返り俺を見てくる。
俺も鎧の探索者を観察すると、ソロで下層の探索しているという内容にも納得した。
ただ立っているだけだが、佇まいや雰囲気が他の探索者とは違う。
これは初めてフウカを見たとき以来の感覚だ。
(こいつは俺が全力で戦ったとしても勝てるかどうか怪しいな)
「お主の注文した品の入手にはまだ時間が掛かりそうじゃ。また来月辺りに来てくれるかのぉ?」
じいちゃんが鎧の探索者に声を掛けると、鎧の探索者がじいちゃんの方を向き直してから頷く。
それから再び反転して、俺の居る出入口に向かって歩いてくる。
俺が横にズレて扉の前を開けると、鎧の探索者がそのまま扉を開けて外へと姿を消した。
鎧の探索者が建物から出ていくことを確認した俺はじいちゃんのいるカウンターへと歩を進めた。
「じいちゃん、こんにちは」
「よく来たのぉ、オルン。今日は何用じゃ?」
「近日中に九十三層の攻略をする予定だから、それのための消耗品の買い足しをしようと思ってさ」
今日の目的を伝えると、じいちゃんが「ちょいと待っておれ」と言葉を残してからカウンターの奥へと消える。
店内に並べられている商品を見ながら時間を潰していると、しばらくしてじいちゃんが戻ってきた。
「待たせたの。今回はこのくらいでどうじゃ?」
じいちゃんが奥から持ってきた消耗品をカウンターに並べながら声を掛けてくる。
声を掛けられた俺はカウンターへと戻り、並べられている消耗品を一つずつ手に取って確認する。
じいちゃんが仕入れた物や作製した物だから品質は問題無いことはわかっている。
それなのにいちいち確認している理由は、昔じいちゃんにそのことを言って確認せずに買おうとしたら、『自分の命にも関わるものを他者だけに委ねるな』と叱られたことがあるためだ。
その意見には一理あると思い、それ以来購入するものや与えられたものについては使用する前に確認することを徹底している。
本当にじいちゃんからは色々なことを教えてもらっている。
少しずつでも恩返しをしていきたい。
「さっきの人って鎧の探索者って呼ばれている人だよね?」
消耗品を確認しながらじいちゃんに声を掛ける。
「そうらしいのぉ。なんじゃ? あやつのことが気になるのか?」
「まぁね。相当に強い探索者って話だし、実際見てみてその話は本当だとわかったから」
「一人で下層に潜っているのだから強いのは当然じゃろうな。あやつがどこかしらのパーティなりクランなりに所属したいと言えば、壮絶な奪い合いが発生しそうじゃの」
「あはは、確かに。特にクランは優秀な探索者は多く抱えていたいと思うものだから奪い合いは必至だろうね」
とはいえ現時点でソロで活動しているのなら、そんなことになる可能性は低そうだがな。
仮にじいちゃんの言う通り鎧の探索者がどこかの組織に所属したいと希望すれば、《夜天の銀兎》も獲得に動くはずだ。
そのまま《夜天の銀兎》に所属してくれるのなら、個人的にも嬉しい展開だけど、それは望み薄だろうな。
「――それじゃあ、これ全部買わせてもらうよ。あと、砥石も追加してほしい」
じいちゃんと雑談をしながら消耗品の確認を済ませ、全て買うと告げる。
追加で注文した砥石も確認してから提示された金額を支払う。
支払った金額に相違が無いことを確認したじいちゃんが硬貨を収納するのを待ってから、購入した消耗品を自分の収納魔導具に収納する。
「そういえば、そろそろ今年も一年が終わるが、オルンはこの一年はどうじゃった?」
じいちゃんから質問を受けて、この一年を頭の中で振り返る。
この一年色々とあったけど、やはり一番大きな出来事は《黄金の曙光》を追い出されたことだろう。
それから《夜天の銀兎》に所属することになったり、可愛い弟子ができたり、このクランで色んな事を経験したりと去年の今頃では想像できない一年を過ごした。
「……そうだね。一言で言い表すなら、月並みだけど充実した一年だった。後は今年の締めくくりとして《夜天の銀兎》が九十三層を攻略できれば文句無しかな。そういうじいちゃんはこの一年どうだったの?」
「儂は変わらない一年じゃったよ。歳を取ると一年があっという間でのぉ、気が付いたらもう年末じゃ」
「長く生きると時間の流れを早く感じるっていうのはよく聞くね」
「儂はもう歳じゃからのぉ。あと何年生きられるか」
「そんなこと言わないでよ。じいちゃんには長生きしてもらいたいんだから。体は大事にしてね。俺にできることなら何でもするから」
「…………そうじゃな。儂にはまだやるべきこともあるわけじゃし、長生きせんといかんな」
じいちゃんが遠い目をしながら呟く。
こういう表情をすることはこれまでにも何度かあったから特に気にすることではないが、何故かじいちゃんの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「やるべきこと……?」
「それは勿論、オルン、お主の成長を見届けることじゃよ。それが今の儂の生き甲斐じゃ。儂のために何かをしてくれるというならこれからもお主の成長を近くで見ていたい」
「なんだ、そんなことか。それならお安い御用だよ。じいちゃんが胸を張って自慢できるような人間になれるように努力するから見守ってて」
「勿論じゃ。来年は色々と起こりそうじゃが、来年の今ごろもこうしてオルンと和やかに話をしていたいものじゃな」
「帝国方面がきな臭いから、来年は国家間で何かしらの動きはあるだろうね。でも俺は探索者だから。来年の今ごろには九十四層を攻略してじいちゃんに報告できればな、と思ってるよ」
「…………うむ、楽しみにしておるよ」
◇ ◇ ◇
オルンが雑貨店で彼がじいちゃんと呼ぶ老人――カヴァデール・エヴァンスと話をして居たころ、《夜天の銀兎》の総長であるヴィンス・ブライアースが総長室にて緊張した面持ちで椅子に掛けていた。
しばらくして総長室のドアからノック音が聞こえる。
それを聞いたヴィンスが外の者に中に入るよう声を掛ける。
扉が開かれて部屋の中に入ってきたのは、ごつごつとした体つきの初老の男だった。
「久しぶりだな、兎の若いの。突然訪ねて悪いな」
初老の男が気さくな声音でヴィンスに詫びる。
「本当ですよ。そう思っているなら事前に連絡を寄こしてください。もう身軽な立場でもないでしょうに。それに私が居たから良いものの、私だって今は忙しい身なんですから」
「次があったら気を付けよう。にしても、本当にお前が兎の総長になっているとはなぁ……」
「……クランの膿を排除したかっただけで、ここに座るつもりは無かったんですがね」
「ま、お前は上に立つべき人間だ。お前の管理能力には俺たちも随分と世話になっていたから良く知っている。国内最大クランのトップって立場はお前に適任なんじゃねぇか? 本音を言えば俺の右腕として引き抜きたいところだが」
「……ありがとうございます。そういう貴方も前職よりも今の立場の方が適していそうですね」
「よしてくれよ。この立場になって何年も経ったってのに未だに慣れてねぇんだから」
両者は旧知の仲のようで、普段は厳しい表情をしていることが多い立場である二人であるが、ここではお互いに表情を緩ませながら会話を楽しんでいるように見受けられる。
しかし、話がひと段落したところで、ヴィンスが初老の男の友人から《夜天の銀兎》の総長へと立場を変える。
そして真剣な表情でヴィンスが口を開いた。
「――それで本日の用件はなんでしょうか、前勇者パーティリーダー、いえ、ノヒタント王国中央軍近衛部隊隊長ウォーレン・ヘイズさん」
最後までお読みいただきありがとうございます。
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