154.移ろいゆくもの② 探索者の需要
エステラさんとの会話が一区切り付いたところで、ちょうど会議の開始時間が差し迫っていた。
参加者についても全員揃っている。
一人の男が立ち上がると、ざっと参加者全員見渡してから口を開いた。
「皆さん本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。全員揃いましたので、早速始めさせていただきます。この会議の司会者を務めさせていただきます、探索管理部のクリントと申します。よろしくお願いいたします」
クリントさんの言葉で会議が始まった。
参加者の全員がクリントさんの言葉に耳を傾ける。
「それでは皆さん、お手元の資料をご覧ください。本日の会議では、今後予想される〝探索者〟の需要の高まりに対して、当クランがどのように対処していくのかについて検討を行いたいと思っています。そこでまずは、現時点で探索管理部が考えている今後の方針について探索管理部長のエステラよりお伝えさせていただきます」
クリントさんからの紹介を受けて、エステラさんが立ち上がる。
「みんなおはよう! 初顔合わせの人もいるから最初に軽く自己紹介させてもらうね。わたしの名前はエステラ・オニール。クリントが紹介してくれたように探索管理部の部長を任されているよ。まぁ幹部とは言ってもわたしはこんな性格だから、普段から気軽に声を掛けてくれて全然構わないからね! みんなよろしく!」
エステラさんがフランクながらも普段よりもキチンとした口調で自己紹介を始めた。
それを聞いている探索者たちの雰囲気が和らいでいくのを感じる。
今日の会議は探索者たちにとって大切なものであるため、探索者たちには多くの意見を出して欲しいと思っている。
そのため発言しやすくなる、この和やかな雰囲気はありがたい。
これを難なくできるのは、エステラさんの美徳だよな。
「――さて、それじゃあ本題について話していこうかな。約二カ月前にノヒタント王国がサウベル帝国から侵攻を受けたことはみんなも知っているよね? 侵攻についてはエディントン伯爵の尽力の甲斐もあって最終的に帝国を撤退させることはできたけど、今も二国は当然近隣諸国にも緊張が走ってる状態は続いている」
先の帝国の侵攻はすでに一般市民にも浸透しているほど有名な出来事となっている。
しかし、その場に俺たちが居たこと、俺が《英雄》を撃退したことは報じられていない。
加えてエディントン伯爵家が情報統制をしているため、その事実を知る者はそこまで多くない。
《夜天の銀兎》内でもこのことを知るのは当時レグリフ領に居た人たちと第一部隊メンバー、そして幹部だけだ。
「わたしたちは侵攻を受けたノヒタント王国がこれから魔導兵器の開発に力を入れると考えているんだ。仮にこの考えがあたりだとすると、魔石だけじゃない迷宮素材の価値もこれからどんどん高まっていくことになる。魔導兵器の外装は基本的に迷宮素材で作られているからね。そしてその煽りを一番受けるのが探索者たちになることは自明の理だよね」
この考えに至った根拠として一番大きいのが、約六十年前に勃発した北域戦争だ。
北の大迷宮を有するジュノエ共和国周辺で起きたその戦争では開戦時と終戦時では戦い方が大きく変わっていた。
それが魔導兵器の有無だ。
当時敗戦濃厚と思われていたジュノエ共和国が作り出した魔導兵器の登場が戦況を一変させた。
元々広域殲滅が可能な特級魔術は一部の魔導士の特権だったが、それを誰にでも引き起こせるようにさせたのが魔導兵器となる。
当時の魔導兵器は使用回数が一回きりであったり、使用するために巨大な魔石が必要であったりといったデメリットもあったが、それでも戦況を覆すことのできる強力な兵器であることには変わりない。
ちなみに現在の魔導兵器には、当時の広域殲滅兵器の他にも威力を抑えた代わりに複数回・長時間使用できるものもいくつか開発されている。
そして戦争に直接の関係が無かった探索者にも魔導兵器の登場は追い風となった。
エステラさんが先ほど言った通り魔導兵器の開発や生産には大量の迷宮素材が必要となる。
そのため北域戦争時の北の大迷宮では迷宮素材が高騰し、稼ぎ時と考えた探索者のモチベーションも上がり攻略階層をかなり進めたという。
その時のジュノエ共和国の経済は特需景気とも呼ばれるほどに、過去に類を見ないほどの好景気であったと記録されている。
この経緯から俺たち《夜天の銀兎》の上層部は、当時ほどとまでは行かないまでも迷宮素材の高騰が起こると予想している。
迷宮素材が高騰していくことは探索者たちにとっては嬉しい状況であるが、当然リスクもある。
それらを加味して、《夜天の銀兎》がどう動くべきか当事者である探索者たちの意見を取り入れる、というのがこの会議の趣旨だ。
「そこで事態が本格的に動く前にクランとしての方針を決めたいんだ。当然パーティごとにそれぞれ違った考えを持っていても良いよ。だけど、これから決める方針から大きく逸脱した行動は控えてほしい。だからこそ、この場でみんなに意見を言ってほしいと思ってる。第三部隊の人たちも遠慮なく発言して良いからね」
エステラさんの言葉を聞いた探索者たちが真剣な表情で首を縦に振って応答する。
それを見たエステラさんが「うん、うん」と満足気に頷いていた。
「前置きがちょっと長くなっちゃったけど、現状、探索管理部が考えている方針をみんなに伝えるね。わたしの話を聞いた後にみんなの意見も聞かせてほしい!」
それからエステラさんが今後の《夜天の銀兎》の方針について話始める。
基本的には今まで通りの運営をしていくつもりだが、今後は各パーティにノルマが課せられる予定だ。
これまでスポンサーからの依頼については探索管理部でパーティを選定していたが、最終的にその依頼を受けるかどうかはパーティ側に選択権があった。
そのためその依頼を全く引き受けていないパーティもある。
と言っても、それが悪いわけではない。
そのパーティに付いているスポンサーからの依頼を優先するケースもあるし、それがパーティの方針であれば、クランはとやかく言っていなかった。
しかし、今後は依頼が増えることが予想されているため、全パーティに最低限の依頼をこなしてもらう必要が出てくる。
今まで依頼を受けずに自分たちの活動に集中していたパーティであるほど、今までとは活動方針を変更する必要が出てくる。
それらのパーティから少なからず反発があるかと思っていたが、意外にも反対する者は現れなかった。
会議では探索者たちから様々な意見が出てきたものの、探索管理部の草案に多少の修正を加えることでその要望に沿うことができる意見が大半で、調整することはそこまで難しくないだろう。
全員が少なからず平時から離れ始めていることを感じていたんだろうな。
みんなが同じ方向を向いているとわかったし、今後の方針について情報共有がきちんとできた。
この会議には大きな意義があったと思う。
「皆さん、貴重なご意見をありがとうございます。本日頂戴したご意見を参考にこちらで方針を決めさせていただき、後ほど通達させていただきます。それでは、本日の会議は以上となります。お忙しいところありがとうございました」
「「お疲れ様でした!!」」
一通り意見が出尽くしたところで終わりの時間が来たため、クリントさんが会議の終了を告げた。
会議が終わったことでぞろぞろと会議室から出て行く人たちを脇目に、俺は目的の人物が居るところまで移動する。
「あ、師匠! お疲れ様です!」
「お疲れ、ログ。初参加の会議はどうだった?」
《黄昏の月虹》も《夜天の銀兎》の第三部隊に所属する探索者パーティだ。
そのためパーティリーダーであるログもこの会議に出席していた。
「そうですね、良い意味で拍子抜けしました。会議というのはもっとピリピリした雰囲気で行われるものだと思っていたので」
「ははっ、確かにな。内容によってはそういう雰囲気になることもあるだろうが、組織内の会議だからな。意見が極端に違うってことは滅多にないさ。会議とは呼んでいるが、意見交換会と呼んだ方が近いかもしれない」
「そうですね。たまに先輩方とお話をする機会もありましたが、今日はその時以上に皆さんの考えに触れることができた気がします。とても勉強になりました!」
「それは良かった。クランに所属している利点の一つが、他のパーティとも気軽に情報交換ができるところだ。やはり他所のパーティ同士だと探り探りになってしまうからな。これからも《夜天の銀兎》内の他のパーティとも交流してみるといいと思うぞ」
これは以前から思っていたことだ。
《黄金の曙光》はフォーガス侯爵の考えもあって、クランという形をとらず探索者パーティであり続けた。
これについては侯爵派閥の貴族たちからのバックアップも受けられていたから特段不満は無かったが、やはり不自由感はあった。
だからこそ気軽に情報交換ができるこの環境がどれだけ恵まれているのか、それについては俺がこのクランの中で一番理解していると思っている。
「はい! アドバイスありがとうございます!」
「今日はこれから迷宮探索か?」
「いえ、今日は休みにしているので、これから五十五層以降の情報を集めようかなと思っています」
「そうか。情報収集していてわからないことがあったら聞いてくれ。最近はあまり一緒に居られていないが、俺はお前らの師匠だからな。遠慮しなくて良いから」
「ありがとうございます。心強いです!」
(そうか、今日は《黄昏の月虹》も迷宮探索は休みか)
ログたちが休みで、俺もこの後時間に余裕がある。
《黄昏の月虹》の大迷宮攻略は順調に進んでいる。
そして、下層に到達するまでには、まだ多少の時間的猶予がある。
うん、きちんと踏み込むんだったら、このタイミングだろう。
そう考えて、俺はログに問いかける。
「……ログに一つ教えてほしいことがあるんだが」
「師匠が僕に、ですか? 僕に答えられることならいいんですが……」
「大丈夫。むしろお前やソフィーが一番詳しいはずだから」
◇
ログから満足のいく回答を受けた俺は、街から少し外れた場所にある見晴らしの良い丘の上へとやってきた。
「冬だとここは寒いな。こんなところに長時間居ると風邪ひいちゃうぞ」
そこで膝を抱えながら、ボケーっと空に流れる雲を眺めている人物に声を掛ける。
「ししょー……?」
俺の声に反応を示したキャロルが、俺の方へと視線を移した。
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