153.移ろいゆくもの① 《翡翠の疾風》
スポンサーとの挨拶を終えてツトライルへ戻って来てから数日が経過した。
今日はこれからクランに所属している探索者パーティの方針を決めるための会議が行われる予定で、俺はその会議に出席するべく会議室へとやってきた。
参加者は各パーティのリーダーに加えて、探索管理部から責任者であるエステラさんをはじめとした数名と結構な人数になる。
「オルっちおはよ~。今日はよろしくね!」
指定された席に座ると隣に座っていたエステラさんが声を掛けてくる。
「おはようございます、エステラさん。こちらこそ今日はよろしくお願いします」
「オルっちはカルテーリの今朝の新聞読んだ?」
「カルテーリというと、《翡翠の疾風》の件ですか?」
エステラさんの質問を受けて、俺は今日読んだ新聞の内容を思い起こす。
カルテーリという新聞社が今朝発行した新聞では大々的に《翡翠の疾風》のことが報じられていた。
その記事のことかとエステラさんに問いかけると、彼女が「うんうん」と何度も首を縦に振りながら肯定した。
記事の内容は、現役の探索者パーティの中で三番目に到達階層を進めているAランクパーティの《翡翠の疾風》が本日九十層の攻略に乗り出すという内容だった。
《翡翠の疾風》と言えば、今年の六月に参加した武術大会の一回戦で戦ったローレッタさんが所属しているパーティだ。
今年に入ってから南の大迷宮の到達階層を一気に更新していて、今一番勢いのあるパーティと言っても過言ではないだろう。
「オルっちはあのパーティが九十層を攻略できる可能性がどれくらいあると思ってる?」
「ほぼ確実に攻略できると思いますよ」
「ほぅほぅ……。その根拠は?」
俺がここまで断言することが予想外だったのか、意外そうな表情をしながら理由を聞いてきた。
「ここ最近《赤銅の晩霞》がかなりの頻度で九十層に潜っていて、ギルドにも定期的に報告書を提出しています。《翡翠の疾風》は当然それらを確認したうえで九十層攻略に乗り出しているはずです。ということは、相応の勝算があっての判断だろう、というのが攻略できるだろうと思う理由ですね」
「ほぇ~。なるほどね~。《赤銅の晩霞》の動きは考慮に入れてなかったよ。確かに《赤銅の晩霞》の報告書は結構あった気がするから、以前よりも九十層の情報は充実してるのか。とすると、やっぱりスポンサーに何か説明を考えないといけないかなぁ。うへぇー、めんどくさ~い……」
俺の理由を聞いたエステラさんが、憂鬱気な雰囲気を漂わせている。
「エステラさんは、彼らが俺たちに追いつくことを懸念しているんですか?」
二番目に到達階層を進めている《赤銅の晩霞》は深層の探索を一切していないパーティだ。
だから現状一番である《夜天の銀兎》に追いつくことはないと考えられていた。
しかし、《翡翠の疾風》は確実に深層の攻略にも乗り出してくる。
だからこそエステラさんは憂鬱そうなのだろう。
実際、《黄金の曙光》も似たような経緯で《夜天の銀兎》を追い抜いたわけだしな。クランやスポンサーがピリつくのもわからなくはない。
「そうなんだよ~。今の《翡翠の疾風》の勢いは無視できないからね。せっかく《黄金の曙光》が自滅してくれてウチがトップになれたのにさ。またスポンサーからグチグチ言われるのなんて嫌だ!」
俺の問いかけに対して、エステラさんが「嫌、嫌!」と何度も口にしながら駄々をこねる子どものようになっている。
仕事に関しては文句のつけようがないほど優秀な人であることはこの半年で十分に理解できているけど、今の姿だけを見ていたら絶対信じられなかっただろうな。
これが彼女の素の姿であることは理解しているし、俺に素を出してくれることは素直に嬉しい。
しかし、この場には彼女との接点があまりない人も居るはずだ。
今後のことを考えると、あまりこのままで居られるわけにはいかない。
「エステラさんの懸念は思い過ごしになると思いますよ」
「ほぇ? どして?」
エステラさんの懸念を解消させる意味合いも含めて、俺の見解を彼女に伝える。
「探索者は定期的にギルドに探索報告書を提出していますよね?」
「う、うん。報告書はパーティ単位での作成になるけど、ウチみたいな大きなクランだと専用の部門が探索者たちからヒヤリングして報告書を作ることになるね。《夜天の銀兎》だと探索管理部がその役割を担ってるし」
探索者には基本的に誰でもなることができる。
探索者になるとギルドカードが渡されて迷宮に自由に入れるようになるが、同時に迷宮探索の内容について探索者ギルドへ報告する義務も発生する。
毎回報告をする必要はないが、報告を怠ると相応のペナルティを課されることがあるため、探索者は定期的にギルドに迷宮探索で得られた情報をギルドに報告するようにしている。
ちなみにギルドには大陸中に独自のネットワークが敷かれているから、どの人がどの程度迷宮に入っているかなどは把握されていると考えた方が良い。
「いつも報告書を作成してくださりありがとうございます。本当に助かってます」
「ふっふっふ~。感謝し給え! そいえば、オルっちが曙光に居たころはオルっちが報告書を作ってたんでしょ?」
「そうですね。作成自体は面倒でしたが迷宮探索の振り返りにもなりますし、たまには探索者たちに作らせるのも良いと思いますよ。――っと、話が脱線してしまいましたね。探索報告書は誰でも閲覧が可能です。そして、報告書ごとにそのパーティの特色が結構出るものです」
「そだね。探索者パーティの分析には探索報告書を用いることが多いかな。報告書を見ればそのパーティの得意としている戦い方とか探索時に何を重視しているのかってのはうっすらと見えるものだから。……オルっちが作ってた報告書は無味乾燥過ぎて内容以上のことは読み取れなかったけど。そのくせ申し分ない報告書になっているんだから歯がゆかったな~」
「まぁ、大手クランのような人海戦術が取れない以上、情報は俺たちの生命線でもあったので。――それで、エステラさんは《翡翠の疾風》の報告書は見ましたか?」
「そりゃ勿論! 今一番勢いのあるパーティだからね~。彼らの報告書は可能な限り目を通すようにしているよ!」
「それでは、報告書を見た彼らの印象はどうでしたか?」
「うーん……。やっぱり南の大迷宮の攻略を最優先に据えているって印象かな。後は、言っちゃ悪いけど、一昔前のパーティ構成だと思う。前衛泣かせって呼ばれている八十八層とかもゴリ押しで突破したみたいだし、前勇者パーティのコンセプトに近いって感じかな」
エステラさんの言う一昔前のパーティ構成とは、ロールという概念が生まれる前のことを言っているのだろう。
一昔前は付与術士やディフェンダーがおらず、ほぼ全員がアタッカーで構成されていた。
そのため攻撃力や突破力こそ今の一般的なパーティよりも上であったが、継続戦闘能力に乏しく大迷宮の攻略ペースはかなり劣ってしまう。
セルマさんが生み出したとされる、パーティ各人に役割を割り振る――ロールという概念は革命的だったと言われている。
実際一昔前は本当に実力のある者や運が良かった者しか階層を進めることができなかった。
しかし今ではAランク――下層に到達する者も少なくないため、ここ最近の探索者は全体的に実力が引き上げられていると言える。
「俺もエステラさんと同じ印象です。だとしたら、九十一層の攻略は絶望的だと思いませんか?」
「あぁ! 確かに! 九十一層は魔獣がうじゃうじゃ湧いてくるもんね! 前衛ばかりの《翡翠の疾風》じゃ、攻略は難しいね!」
そんな今のテンプレとも言えるパーティ構成からほど遠いのが《翡翠の疾風》だ。
パーティ構成は前衛アタッカー三人、ディフェンダー一人、回復術士一人の五人構成となっている。
単体の敵に対しては無類の強さを発揮するが、逆に敵の数が多くなればなるほど実力を発揮しづらくなる構成と言える。
つまり出現する魔獣の数が異常に多い九十一層では彼らの強みは発揮できない。
「そういうことです。もしかしたら奥の手を隠していることも考えられますが、そんなことまで考えていたらキリが無いですからね。本格的に頭を悩ませるのは彼らが九十一層を攻略してからでも遅くないと思いますよ。まぁその頃には俺たちも階層を更に進めていると思いますけどね」
「うん、うん! 気持ちが楽になったよ~ ありがと、オルっち!」
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