15.理想の剣士像
食事に誘ってきた引率者二人の名前は、初日に俺を品定めした真面目な感じの青年がアンセムさん、軽薄そうな青年がバナードさんという。
二人におすすめと言われて連れられた場所は、高級そうな料理店だった。
バナードさんが場馴れした感じで扉を開けて中に入っていく。アンセムさんと俺がその後に続く。
中に入るとすぐに店員が駆け寄ってくる。
「あ! バナードさん、アンセムさん、いらっしゃい!」
おすすめと言うだけあって、店員とも顔見知りの仲らしい。
「よっす! ニアちゃん。今日は特別ゲストを連れてきたぜ。じゃん! 大迷宮九十四層到達者の一人、オルンだ!」
「九十四層って……じゃあ勇者様ですか!? わぁ! お会いできて光栄です!」
勝手に手を握ってきて手を上下にブンブンされる。フレンドリーな人だな。
それに今日発刊された例の新聞は見ていないようだ。
「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、俺は勇者ではないですよ」
「え、でも、九十四層到達者って……」
俺の発言にニアと呼ばれていた女性は戸惑っている。
「九十四層には行ったことがありますが、もうパーティを抜けているので」
「なるほど、そうだったんですね。でも、九十四層には行ってるんですよね!? なら関係ないですよ! 九十三階層到達者が現れてから二十年間到達した人のいなかった、前人未到の九十四層到達者! まさしく『勇敢な探索者』と呼ぶにふさわしい方です!」
「……詳しいんですね」
いきなり語られて戸惑いを隠しきれない。
「あはは……。私も昔探索者をしていたもので。あ! お席に案内してなかったですね! ごめんなさい、はしゃいじゃって」
舌を少し出しながらあざとい顔をしている。
「いつもの個室でいいですか?」
「いいよ~」
店員の質問にバナードさんが答える。
そして案内された場所は、六人くらいがくつろげるくらいの広さの個室だった。
「さあ! 今日は飲み明かすぞー! オルンの話色々聞かせてくれよ。あ、勿論話せる範囲で大丈夫だからな!」
全員が席に着くと第一声でバナードさんがそう言った。
「いや、飲み明かすのはダメでしょ……。明日も探索があるんですから」
「ふっふっふ。オレ二日酔いしない体質なんだ。だからいくら飲んでも問題なし!」
「それでも寝不足はまずいでしょ……」
「オルンの言う通りだ。中層の探索とは言え、新人の教育と護衛もあるんだ。普段の探索と同様に万全の状態で迎えるべきだ」
「ちぇー。オルンもアンセムと同じ真面目っ子だったか。わーったよ。今日は二十四時まで! 二十四時になったら解散な!」
それから三人でお互いのことを話しながら、食事と酒に舌鼓を打った。
二人のおすすめと言うだけあって、貴族相手に出しても問題なさそうな出来の料理だった。
ちなみに、この国では15歳から成人となるため、十八歳の俺も酒が普通に飲める。国によっては二十歳にならないと飲めないところもあるらしいけど。
「こんな高そうなところの常連なんて、やっぱり《夜天の銀兎》のAランク探索者にもなると収入もよさそうですね」
普段俺は他人に踏み込んだ質問をしないのだが、酒が入っていたことと、この二人の人となりに引っ張られ、このような質問をしてしまった。
「勇者パーティに居たオルンに言われてもな……。俺たちはそこまで貰ってないと思うぞ。でも、いつ死ぬともわからない職業だからな、探索者は。だから後悔の無いように美味いもんを食べるって決めてるんだ」
「そーゆーこった。お前の方こそ毎日豪遊三昧だったんじゃねーのか?」
「豪遊なんてしたこと無いですよ。俺はパーティの事務的なこともやっていたので、遊んでいる時間はほとんどなかったですね」
「ほぉ。なあ、ぶっちゃけ勇者パーティのメンバーって仲良いのか? 世間では不仲説なんて噂も流れているけど」
突っ込んでくるなぁ……。
普段は答えないところだが、今朝の記事に多少なりとも腹を立てている俺は、本当に言っちゃいけないこと以外は話そうと決めた。
「不仲ってわけではないですけど、プライベートは結構バラバラに行動していましたね。趣味も好みも全然違うので、夕食とかを一緒に食べる機会もほとんどなかったです」
「おいおい、そんなこと言っちゃっていいのか?」
流石にまずいと思ったのかアンセムさんが確認してくる。
「問題ないと思いますよ。パーティリーダーが清廉潔白を公言しているんですから、話せないことがあったら、それこそまずいでしょ」
「……なんか含みのある言い方だな。あ、そうだ、聞きたかったんだけど、オルンって勇者パーティにいたときは付与術士だったんだよな? 初めて会った時は前衛アタッカーって言ってたし、立ち居振る舞いも前衛アタッカーの奴らに似ているんだけど」
「立ち居振る舞いって、そんなのよく気が付くな、アンセム。オルンはまだ一度も戦闘していないのに」
「ディフェンダーなんだから味方の動きにも注目しておけよ……」
「実は俺、パーティ抜けてから剣士にコンバートしたんですよ」
俺の発言に二人が目を見開く。まぁここ数年やっていたポジションを変えたとなれば驚きもするか。
「……なんで剣士にコンバートしたか聞いてもいいか?」
アンセムさんが興味津々な顔をこちらに向けてくる。
「……俺は元々勇者パーティでも剣士だったんですよ。俺の祖父が元探索者だったんですけど、ある日村に魔獣が現れて、それを祖父が剣一本で倒したんです。その光景を見てから剣士への憧れは人一倍あって、探索者になった時に迷わず剣を取りました。勇者パーティを抜けていい機会だと思って、また剣士をやることにしたんです」
「なるほどなぁ。でもそうなると逆に、そこまで強い憧れがあったのに、なんで付与術士をやってたんだ?」
「……下層に入ってから攻略のペースが落ちまして。まぁ下層からは各階層の広さも魔獣の強さも一気に上がるから、ペースが落ちるのは当たり前だったんですが、知識が無かった当時の俺たちには、それが分かっていなかったんです」
上層と中層を順調に進んでいた俺たちは、下層に入り初めて壁にぶつかった。
なにも不思議なことではない。むしろそれまでの快進撃が異常だっただけだ。
「本来ならそこできちんと実力を付けるべきでしたが、とある事情で早く先に進まなければいけなかった俺たちは、当時評価が上がり始めていた付与術士に目を付けました。そして、元々器用で何でもそつなくこなすことができていた俺に、白羽の矢が立ったんです。俺自身、理想の剣士になるために必要なものがうっすらと見え始めてきてた時期で、魔術に興味があったので付与術士を引き受けたんですよ」
「そういうことだったのか。確かにパーティ事情でコンバートする人も少なからずいるよな。それにその結果九十四層に到達しているんだ。結果的には正解だったんだろ」
「いえ、悪手でした。俺が付与術士になったとしても、攻略を焦らずに、もっと実力を付けるべきでした」
流石にこれは二人にも言えない。
勇者パーティが九十四層以降を攻略できる可能性が、皆無だということは。
「ふーん。で? オルンの理想の剣士像ってどんなのなんだ? それなら話しても問題ないだろ?」
バナードさんが俺の雰囲気を察してか、話題を変えてくれた。
「理想の剣士像ですか? 色々ありますが、端的に言うならば――深層だろうと1人で攻略できる剣士、ですよ」
◇
翌朝、集合場所に向かうために露店街を歩いていると、開店準備に忙しそうにしながらも、興奮気味に話をしている人たちがいた。
「おい! 聞いたか? これから新生勇者パーティが深層に潜るらしいぞ!」
「ホントか!? じゃあ、早ければ今日には九十五層到達者になってるってことか!?」
「いや、潜るのはどうやら九十二層って話だ。今日は新パーティでの連携の確認が目的らしい」
意外に早く動くんだな。
もう少しのんびりしているかと思ったが。それにしても連携の確認で九十二層に潜るだと?
早速九十四層攻略なんてアホなことはしないようだが、初めての連携確認なら、せめて下層でやるべきだろ。
――って俺には関係のない事か。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次話から数話ほど、勇者パーティの話となります。
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