149.敵対視
建物を出るとウィルとルクレが出迎えてくれた。
「オルンくん、お疲れ様! もうボクたちは帰っていいんだよね?」
ルクレがとっととここから離れたいと雄弁に語る表情をこちらに向けながら問いかけてくる。
「うん。ラザレス様から了承も頂いたし、ツトライルに帰ろう」
「良かった。今レックスさんたちが馬車を手配してくれているんだ。ボクたちは先に南門に向かお!」
どうやら俺とエディントンの爺さんが話をしているうちに、ルクレたちは帰る準備を整えていたようだ。
第二部隊の人たちが馬車を手配して南門に向かうようなので、俺たちも南門へと移動した。
「――オルン」
南門から外壁の外へ出たところで、後ろからウィルに声を掛けられて振り向く。
「ん? どうし――っ!?」
すると突然顔に衝撃を受けて、気が付くと俺は地面に尻もちをついていた。
口の中に鉄のような味が広がったところで、ウィルに殴られたのだと理解した。
「なんであんな無茶をしたんだ!!」
殴られたことに驚いていると、頭上からウィルの怒号が発せられた。
俺が顔を上げるとウィルの激怒した表情が映る。
無茶とは俺が一人でフェリクスに挑んだことだろう。
ウィルとルクレは一緒に戦うと言ってくれたのに、俺はそれを無視して二人から離れたんだ。
彼が怒るのも当然と言える。
「……ごめん」
「お前が強いことは知っている。お前ひとりで《英雄》に勝ったってことは、その選択は正解だったんだろう。オレたちが一緒に居たら足を引っ張っていたかもしれないからな」
ウィルが苦しそうな表情で言葉を紡ぐ。
足を引っ張るなんてことはないと否定したいのに、声を出すことができなかった。
「この怒りが理不尽なものだってことはわかってる。お前は間違っていなかったんだから。でも、やっぱりオレはお前のあの行動は認められない! もう何もできずに仲間が死ぬなんて嫌なんだよ……。オレはお前の、《夜天の銀兎》の盾だ。次同じような場面があったら、その時は絶対オレも連れていけ。それでオレが足手まといになったら囮にでもなんでも使ってもらって構わないから。また一人でこんな無茶をしたら、その時は許さないからな!」
「…………」
ウィルの本気の気持ちを聞いて、俺は自分の選択が間違えていたかもしれないと考え直す。
確かに俺は残された人の気持ちを考えていなかった。
俺がウィルやルクレの立場だったらやっぱり怒ったと思う。
仲間に必要以上に心配を掛けたらダメだよな……。
「……うん、肝に銘じるよ。ルクレも、心配かけてごめん」
ウィルに返答してから、彼の隣で今にも泣きだしそうな表情をしているルクレにも謝罪する。
「本当だよ……。すっごく心配したんだからね! でも、無事に帰ってきてくれたから許す!」
「ありがとう。もうこんな無茶はしないよ。約束する」
ルクレが許してくれたところで、ウィルから手を差し出される。
「殴って悪かったな、オルン」
「ウィルが謝ることない。むしろ目が覚めた気分だ。ありがとう」
ウィルに謝罪は不要だと伝えてから、彼の手を取って立ち上がった。
そのタイミングでレックスさんたちを乗せた馬車がやってくる。
俺たち三人がその馬車に乗り込むと、馬車はツトライルへ向けて動き出した。
――が、道中でエディントン伯爵家の関係者より、《黄昏の月虹》が賊に襲われて今もロイルスの伯爵邸にいることを知らされた。
そこで行き先をロイルスに変更し、弟子たちの元へ急行した。
◇
ロイルスに到着した俺はすぐさま屋敷に向かい、弟子たちが居る部屋へとやってきた。
「ソフィー! ログ! キャロル!」
扉を開けながら弟子たちの名前を呼ぶ。
しかし、三人ともソファーに腰かけながら眠っていたため、返事が返ってくることは無かった。
三人の表情はとても穏やかで、ソフィーとキャロルに至ってはお互いにもたれかかるように眠っていた。
「オルンさん、無事でよかったです……!」
唯一起きていたルーナが、俺を見て安堵した表情を浮かべていた。
「賊に襲われたと聞いたが、三人は大丈夫なのか?」
「はい、三人とも疲れて寝ていますが、命に別状はありません」
「そうか、よかった。……それで、何があったんだ?」
弟子たちの無事を確認できて一安心してから、ルーナに何があったのか問いかける。
「実は私も彼らが賊に襲われたときは別の場所に居まして……、後で彼らから聞いた内容になります――」
ルーナが別の場所に居た?
《黄昏の月虹》はアベルさんと王都に向かっていたはずだ。
何故別行動をしていたんだ?
疑問に思いながらも、ルーナが弟子たちや自身に何があったのかを話し始めたため、その内容に耳を傾ける。
「へー、妖精って迷宮の氾濫の兆候を感じ取れるんだね。おとぎ話だけの空想の存在だと思っていたから、居るってだけでも驚きなのにそんなとんでも能力まで持っているなんてねー」
俺と一緒にルーナの話を聞いていたルクレが声を発する。
「妖精は私たちとは根本から異なる存在ですからね。私も妖精たちの全貌を把握しているわけではありませんが、彼女は妖精の中でも特別なので兆候を感じ取ることができたのかもしれません」
「妖精ねぇ。そいつらの力を借りられれば、大迷宮の攻略もかなり楽になりそうなんだがな」
「その意見には同意しますが、妖精たちは気まぐれですから。彼らを当てにするのはリスクが高すぎますね」
「……話が逸れているが、ルーナはその賊どもに心当たりはあるか?」
妖精の方へと話が進んでいたため、口を挟んで話題を戻す。
「はい、あります。襲ってきた賊は恐らく――《シクラメン教団》です」
「なっ!?」
「《シクラメン教団》って犯罪者組織の!?」
俺の問いかけに対してルーナが口にした答えにウィルとルクレが驚きの声を上げる。
かくいう俺も予想以上の大物に息を飲んでしまった。
「襲ってきたのは男女の双子のようで、歳はこの子たちと近かったようです。更にその二人の顔は、キャロルとも瓜二つと言えるくらい似ていて、彼女の兄姉だと言ってました」
次から次へと衝撃的な内容がルーナの口から発せられる。
「……キャロルには兄弟がいたのか。そいつらが襲ってきた理由があの男の指示だと仮定して、目的はやはりキャロルの誘拐か? いやしかし、あの男の言動はキャロルが死んでいるものと思っているようだったし、それは考えにくいか……」
先ほどまでの疲労や今の衝撃的な内容に、考えていることが無意識的に口から漏れていた。
「オルンさん、あの男って誰のことですか?」
そんな俺の独り言を聞いていたルーナが質問をしてくる。
「俺と《英雄》との戦闘中に介入してきた男のことだ。そいつも《シクラメン教団》の一員らしく、キャロルの異能を……」
ルーナからの質問に普通に答えていたが、途中で自分の全身から血の気が引くのがわかった。
「……? オルンさん?」
「なんで、忘れていたんだ……?」
「おい、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
俺はここで、いつの間にか赤衣の男のことを忘れていたことに思い至った。
いや、忘れていたというのは語弊がある。
あの男のことはずっと覚えていた。
だが、竜群との戦いが終わった時には、その場に居るはずの赤衣の男の存在のことが頭の中から完全に抜け落ちていた。
竜群の対処に集中するあまり赤衣の男のことを忘れてしまったのか?
いや、仮に俺が赤衣の男の存在を忘れていたとしても、シオンとフェリクスが赤衣の男を放置するという選択はしなかったはずだ。
ということは、三人とも赤衣の男が居るという認識が抜け落ちていたということになる。
そんなことあり得えない。
仮にその状況を作り出せるとすれば……。
「【認識改変】……」
そう。【認識改変】だ。
ハルトさん曰くその異能を保有しているフィリー・カーペンターは、《シクラメン教団》の幹部的な存在だと言っていた。
仲間を守るために彼女が介入してきたと言われれば、そこまで違和感は無い。
「【認識改変】? それって、フィリーさんの異能ですよね? 何故ここで彼女が出てくるんですか?」
俺の呟きにルーナが反応する。
ルーナや第一部隊の面々には、半年前のオリヴァー暴走に関連する一件について情報を共有している。
「……悪い。取り乱した。情報共有のために俺と《英雄》との戦闘時に起こったことも話しておく」
前置きをしてから、フェリクスと一緒にクライオ山脈近くに転移した後のことを簡潔に語る。
「では、キャロルに酷いことをしていたのは、そのオズウェルという男なのですね?」
俺の話を聞いたルーナが、怒りの表情を隠すことなく問いかけてくる。
ウィルやルクレも不快な表情を隠そうとしていない。
「あぁ、そうだ。そして、《シクラメン教団》は明確な敵だ」
オリヴァーやルーナ、ついでにデリックやアネリを弄んだだけでなく、俺の弟子まで傷つけるというのなら、もう見過ごすことはできない。
元々いけ好かない連中ではあったが、――《シクラメン教団》、お前らは俺が叩き潰す!
この時の俺は知る由も無かった。
今回の一件が、俺たちと《シクラメン教団》の長きに渡る因縁の、ほんの一端であることを――。
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