145.竜狩り
俺は収納していた魔石をいくつか《英雄》の方に放ってから、二人と距離を取る。
ローブ女も同様に魔石を出現させてから、俺とは反対方向へ駆ける。
その場に残った《英雄》が俺たちから渡された魔石を自身の異能で周囲に浮かべていることで、ドラゴンたちのヘイトが《英雄》に向かう。
ドラゴンたちが上空から遠距離攻撃をするも、《英雄》の異能の前に一切の攻撃は彼に届くことが無かった。
《英雄》が自身にバフを掛けてから逆手に持つ剣の切っ先を勢い良く地面に突き刺すと、そこを起点に地面にいくつもの地割れが起こる。
それから地震のように地面が揺れると地割れの起こった地表が宙に浮き、大小さまざまな岩石となった。
《英雄》はその岩石をドラゴンたちのいる上空へと撃ち上げる。
岩石はすごい勢いでドラゴンたちに襲いかかり、直撃したドラゴンたちを黒い霧へと変える。
やはり人の手で作られた魔獣だからか、本物には程遠い耐久力だ。
本物ならいくら強力な攻撃だとしても一撃で倒すことはできなかっただろう。
更に竜群を覆うように上空に大量の魔法陣が現れ、無数の攻撃魔術がドラゴンたちに襲いかかる。
ローブ女は質よりも量に重きを置いたようで、広範囲に攻撃魔術をばら撒いているが黒い霧に変わるドラゴンはごく一部だけだった。
しかし、ダメージはしっかりと与えているため、その動きは鈍くなっている。
俺は空中に魔力の足場をいくつも作り出すと、岩石や攻撃魔術を躱しながら竜群の中を縦横無尽に動きまわり、魔剣であるシュヴァルツハーゼを振るいドラゴンを屠っていく。
ある程度ドラゴンを殺しまわると一部のドラゴンのヘイトが俺の方に向く。
そこで攻撃を一旦止め、竜群の更に上空へと移動してから敢えて隙だらけにドラゴンたちを見下ろす。
一部のドラゴンが俺に向かって上昇してくるが、俺の足元に巨大な魔法陣が出現し、そこからローブ女が発動した【天の雷槌】がドラゴンに降り注いだことで消し炭となった。
ローブ女が特級魔術で大量にドラゴンを殺したことで、竜群のヘイトは完全に地上にいる《英雄》とローブ女に向いた。
「――さて、と」
竜群の相手を二人に任せて俺は更に上空へと視線を向ける。
すると何故かこれまでの戦いを一番上から静観していた黒竜と目が合う。
「黒竜、お前の相手は俺だ。偽物であるお前では力不足だが、俺がこの半年でどれだけ成長できているか、お前にはその物差しになってもらうぞ」
俺の言葉が癪に障ったのか、黒竜が咆哮を上げてから炎弾を撃ち出してきた。
対して俺は魔剣を振るい漆黒の斬撃を炎弾にぶつける。
両者の中間でぶつかった炎弾と斬撃が大きな爆発となって、俺たちの間に煙が舞い上がる。
黒竜の視界から逃れた俺は、魔力の足場を蹴ると同時に魔力の拡散した衝撃波による加速も相まって一瞬で距離を詰める。
「――【参ノ型】」
大剣を形作った魔剣を手に、黒竜の顔の横を通り抜けて目の前に迫った翼の付け根に魔剣を振るう。
【瞬間的能力超上昇】を併用した斬撃は抵抗感を一切感じさせずにその翼を根元から両断する。
黒竜は悲鳴にも近い声を上げながらも反撃をしてきた。
俺の背後からは様々な形をした紫色の禍々しい魔力の塊が、前方からは黒竜の尻尾がそれぞれ襲いかかってくる。
「……【反射障壁】」
俺は前方に灰色の半透明な壁を出現させる。
その壁に触れた黒竜の尻尾がバウンドしたように勢いよく反対方向に跳んでいく。
更に俺がその壁に触れることで自身の進行方向を上から下へと反転させる。
前から迫ってくる紫色の魔力の塊を躱しながら、もう片方の翼も同様に両断した。
そのまま重力に従って高度を下げながら黒竜との距離を取る。
黒竜にはこのまま地に落ちてほしかったが、自身の魔法であるモヤを翼の代わりにするという荒業で空中に留まっていた。
黒竜が怒りを孕んだ咆哮を上げた。
そしてそれに呼応するように黒竜の周囲に多くのモヤを出現させ、それを無数の細かい針のようなものに変える。
「流石にこんなにあっさり決着とはいかないか」
俺はそう呟きながら魔力の足場を消して、更に下に落ちる。
それと同時に上空から俺を目掛けて無数の針が降り注いでくる。
針が俺に届くよりも先に俺が竜群の中に入る方が早かった。
俺が黒竜と戦っていた時間はほとんど一瞬と言って良いほど短いものだった。
それでも竜群の中に異物である俺が入ってきたとしても全く気に留めるドラゴンが居ないほど、竜群のヘイトは《英雄》に向いていた。
竜群の中に入った俺はドラゴンたちを遮蔽物として扱い、その数を少しでも減らすために針がドラゴンたちに襲いかかるように動きまわりながら、再び魔剣でドラゴンたちを屠っていく。
本来なら魔獣が他の魔獣を攻撃することは無いが、ヘイトコントロールの応用でこのように魔獣同士を削り合わせることも可能だ。
この数のドラゴンを殲滅するのは、いくら俺たち三人が共闘していたとしても骨が折れる。
であれば、黒竜にも手伝ってもらえばいい。
黒竜の魔法が竜群に襲いかかると、ローブ女も再び攻勢に出た。
先ほどよりも質に重きを置いた攻撃魔術を発動する。
◇
しばらくの間は黒竜の魔法でドラゴンを削れたが、黒竜もこの攻撃では俺に有効打にならないと察したのか、俺に向かって急降下してきた。
「《英雄》!!」
「任せろっ!」
急降下してきた黒竜を見た俺が《英雄》に声を掛けると、《英雄》から力強い返事が返ってくる。
打ち合わせも何も無いが、俺と《英雄》が居るこの状況ならやることは一つしかない。
「「そのまま落ちろ!!」」
俺と《英雄》の異能を受けた黒竜は魔力で代用している翼を大きく広げてスピードを緩めようとしたが、その努力虚しく勢い良く地面に激突する。
そのまま力を緩めず黒竜を地面に圧し潰しながら竜群の中から抜け出し、再び竜群の上を取る。
面倒だと思っていた相手を無力化したことで俺たち三人は竜群に集中する。
ローブ女は当然、俺と《英雄》も斬撃を飛ばしたり上級や特級の魔術を発動したりと、竜群に容赦ない攻撃を叩き込む。
それからは一方的だ。
黒竜は地面に縫い付けられ、竜群は俺たち三人の波状攻撃を前に大した反撃もできずその数を減らしていく。
――しかし、このまま決着かとも思ったがそうもいかなかった。
再び空中に穴が空くと、新たなドラゴンがその穴の中から現れる。
「はぁ……はぁ……。ここで追加かよ。イヤなことをしてくれる……!」
このまま戦闘が終わると思って少し気が緩んでいたのもいけなかったのだろうが、これまでずっと戦い続けていること、《英雄》との戦いの後半から常時氣を活性化していることに加えて、魔剣の維持や大量の魔術発動といったものの反動が疲労という形で現れてきた。
気力で誤魔化せるレベルを過ぎ始めている。
新たなドラゴンの出現は赤衣の男の仕業かと考えて彼を圧し潰した巨石の方に視線を向けるが、大きな変化は感じ取れない。
少し離れたところにいる二人の人間もこちらに干渉したように思えないし、赤衣の男が元から第二波を用意していたと考えるのが自然か?
(もうひと踏ん張りだ。ここで踏ん張らなければ、後悔することはわかっているはずだ。弱音なんか吐いている場合じゃねぇぞ……!)
状況を再確認し疲労困憊に近づいている自分に活を入れてから新たに現れたドラゴンたちを睨みつけると、早速炎弾や魔力弾といった遠距離攻撃を仕掛けてきた。
新たに現れたドラゴンたちとまだ生き残っている竜群が俺を上下に挟んでいる状況は避けたいため、攻撃を躱しながら地上に戻る。
「オルン、大丈夫……?」
地面に足を付けたタイミングでローブ女が近づいてくると、彼女は本気で俺を心配しているような表情で問いかけてくる。
「問題ない。とっととこの魔獣どもを片付けるぞ」
無理していることは自覚しているが、彼女に弱みは見せたくない。
気丈に振舞ってローブ女にそう返答すると、彼女の表情が少し崩れて「オルンは変わらないね。そうやって一人で……」と悲し気に呟く。
しかしローブ女が悲しげな表情をしていたのも一瞬のこと、表情を真剣なものに変えて真っ直ぐこちらを見据えながら口を開いく。
「オルン、手伝ってほしいことがある。この戦いを早く終わらせるために」
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