144.竜群の進攻
「魔獣が地上に……? おい、オズウェル! なんだこれは!?」
上空の穴から大量の竜種が出てくるという非現実的な現象を目の当たりにした《英雄》が、声を荒げながら赤衣の男に詰問する。
「見ての通りですよ、殿下。このドラゴンの大群でこの地を蹂躙するんです!」
赤衣の男が両腕を大きく広げながら高らかと声を上げる。
その上空では、出現したドラゴンどもが調教された猛獣のように静かにこちらを見下ろしてくる。
それはまさに主人の命令を待つそれだ。
(統制された魔獣の群れ、か。厄介だな)
「ふざけんな! そんなことをしたら無関係な一般人まで巻き込むことになるだろうが! そんなことは認めないぞ!」
赤衣の男の発言に《英雄》が怒りを孕んだ口調で批難する
侵攻してきた奴が何言ってんだと思うが、確かに俺がルガウに着いた時には戦闘が始まっていたにもかかわらず、一般人に被害は出ていなかった。
物的被害は大きかったが、人的被害は領邦軍人とこちらから手を出したという《夜天の銀兎》の探索者だけだ。
一般人には手を出さないという必要最低限の線引きはしていたのだろう。
「甘いですねぇ。そんなの多少の犠牲じゃないですか。俺の目的の前では些末なことです」
しかし、赤衣の男はその一線すら越えようとしている。
こいつに慈悲は必要ないな。
「さぁ、ドラゴン共! 手始めにルガウを滅ぼしてこい!」
赤衣の男がそう叫ぶと、空中で待機していたドラゴンたちが隊列を組んだ軍隊のように一斉にルガウに向けて移動を開始した。
「やめろっ! ルガウには俺の部下も――」
「あぁ、彼らは邪魔なので一緒に消します。『殿下と近衛たちは《夜天の銀兎》の探索者によって殺された。俺は間に合わなかったが、魔獣召喚を駆使して殿下たちの仇を討ってルガウを壊滅させた』こういうシナリオです。だから殿下にも死んでもらいます。今までご苦労様でした」
「なに、を……。うっ……、がはっ!」
赤衣の男が杜撰だらけのシナリオを語ると、《英雄》が突如膝をついて苦しみだし、ついには吐血をした。
「殿下が我々の期待に応えられなかった結果ですよ。いやぁ、非常に残念です。でも貴方が大切に想っている帝国はこれからも我々が繁栄させていきますので、安心して死んでください」
「オズウェル、マクラウドぉ……! やはりお前が、父上に、何かを、吹き込んだんだな……! 貴様らは、何を、企んでいる!」
《英雄》が血を吐き出しながらも必死に声を出して赤衣の男を追及する。
「……しぶといなぁ。致死量の毒を盛ったはずなんだけど、先祖返りはここまでしても死なないのか。最後に貴重な情報を残してくれてありがとうございます。もう殿下の役目は終わりました。では――」
赤衣の男が何やら呟きながら小振りの刃物を手に《英雄》に近づき、その凶刃を振るう。
しかし《英雄》の首元へ凶刃が届く前に、上空で大量の爆発音が鳴り響く。
――俺の天閃とローブ女の複数の【超爆発】によって。
◇
赤衣の男が竜群に指示を出してから《英雄》と会話をしているところで、赤衣の男と《英雄》には聞こえないくらいの声でローブ女に声を掛ける。
「おい、ローブ女」
「だから、私の名前はシオンだって――」
「手を貸せ。ここが帝国の手に落ちるのはお前も望んでいないんだろ?」
こんなやつの力を借りたくはないが、四の五の言ってたら冗談抜きでこの領地が蹂躙される。
いくら目の前のドラゴンどもが迷宮に蔓延っている本物に比べて弱い存在だとしても相手はこの数だ。
俺一人で対処するにはどうしても限界がある。
癪ではあるが、この女が俺の出会ってきた魔術士の中で一番の実力者だと認めざるを得ないことは、半年前の戦いで理解している。
現状で一番効率良く広域殲滅が可能なのは、魔術士であるこの女だ。
今は俺の個人的な感情は抜きに最善の手を打つべきだろう。
俺と《英雄》の決着がついたタイミングでやってきたこの女は、まるで俺に手を貸そうとしていたように感じられた。
つまり俺が《英雄》に負けること、延いてはこの領地が帝国の手に落ちることは、この女にとって都合が悪いことだと考えられる。
《アムンツァース》と《シクラメン教団》が対立していることも加味すれば、希望的観測も多分に含まれるが、この一件に関しては利害が一致していることになる。
「…………オルンからそんな提案が出てくるとは思ってなかった」
ローブ女が心底驚いているようなポカンとした表情で小さく呟くと、その瞳が徐々に潤み始めて嬉しさを必死に隠そうとしているような表情に変わる。
「時間がない。俺に手を貸すのか貸さないのか、とっとと答えろ」
「――うん、手を貸すよ……!」
「なら、一時休戦だ。俺がドラゴンの隊列の頭を抑える。お前は――」
「隊列の中腹を壊滅させる、だね」
俺の考えを伝えるよりも先に、ローブ女は俺の考えを理解していた。
「あぁ、任せるぞ」
「任された。オルンの背中は私が護るから、オルンは好きに暴れちゃって!」
なんでだろう、この女は弟子たちを傷つけた敵であるはずなのに、頼もしいと思うと同時に嬉しさが込み上げてくる。
(今は一時的に止むを得ず手を借りるだけだ。勘違いするな。この女は、敵だ)
自分にそう言い聞かせながら、【重力操作】で自身にかかる重力を相殺する。
それから【封印解除】によって引き上げられている身体能力にものを言わせて地面を蹴り、ドラゴンの隊列の進攻を塞ぐように空中に陣取る。
ここまで多くのドラゴンがこちらに迫ってくる光景はなかなかに迫力があるな、などと考えながら魔剣を構え、
「――天閃……!」
「【超爆発+連鎖】……!」
【瞬間的能力超上昇】を付与した天閃が先頭を飛ぶドラゴンに命中し、魔力の拡散による衝撃波を発生させる。
その衝撃波が無慈悲に前方のドラゴンたちに死を与える。
更に同時期に竜の隊列の中心でローブ女が発動した【超爆発】による爆発が起こり、それに誘爆するように周囲に広がりながらいくつもの爆発がドラゴンたちに襲いかかる。
魔獣は死んだら魔石を残して黒い霧のようなものに変わって霧散する。
こいつらもその例に漏れず黒い霧に変わったが、魔石が残ることはなかった。
(魔石が残ってくれた方が良かったが仕方ない。死体がその場に残らないだけ良しとしよう)
「オルン、行くよ!」
竜群に初撃を与え、次の手を打つために術式構築を行おうとしたところでローブ女から声が掛かる。
(まさか、俺が次に打とうとしている手も既に理解しているのか?)
そんなの以心伝心そのものじゃないか。
ローブ女とは今日が二回目の遭遇だ。
しかも初回は敵として。
俺の考えを理解しているなんて、そんなことはありえないと普段なら断言する。
――それでも根拠は全くないが、シオンなら俺の考えを理解しているのではないかと、そう考えてしまう自分もいる。
一瞬逡巡するが、一度だけあの女を信じてみることにした。
これで俺の考えと違う結果になった場合、今後は利用だけさせてもらう。
俺の考えが筒抜けになっているのか、次の魔術を任せると伝えようとローブ女の方へ視線を向けると、彼女は笑みを浮かべながら俺が口を開く前に魔術を発動した。
「【空間跳躍】」
ローブ女の魔術によって俺の視界の景色が切り替わり、目の前に赤衣の男が居た。
俺は膝をついている《英雄》の頭上に転移していた。
(本当にあの女には俺の考えが分かるのか?)
俺の考えていた通りの結果に驚くがすぐさま思考を切り替え、上空の爆発に驚き《英雄》への攻撃を止めて上を向いていた赤衣の男の顔面に蹴りを叩き込む。
そのまま振り抜いて、数十メートルほど赤衣の男を蹴り飛ばす。
この男が本当に【自己治癒】の異能を持っているのだとしたら、殺すことは容易ではない。
それに今は俺たちと竜群の戦いに関わらせないことが最優先だ。
後ほどゆっくりと時間を掛けて地獄を見せてやるから、それまでジッとしていろ。――巨石の下でな。
「【巨石墜下】!」
転移した直後から構築していた術式に魔力を流し魔術を発動する。
上空から複数のドラゴンを巻き込みながら、俺に蹴り飛ばされて顔を押さえながら地面でもがいている赤衣の男に巨石を落とす。
巨石が轟音を立てながら地上に落下したタイミングで、ローブ女の周囲から上空に大量の雷の槍が撃ち出された。
その行動も俺が思い描いていた戦略通りの行動だった。
この女は俺の考えを理解している、そう考えてよさそうだ。
心強いというのが正直な感想ではあるが、今後ローブ女が敵となることを考えると喜んでばかりもいられないか。
だが、今は目の前のことに集中するべきだ。未来のことはこれを乗り切った後に考えろ。
俺は今後の対応について思考する。
赤衣の男がこれで死んだかどうかは確認できていないからわからないが、少なくとも現時点で竜群に指示を出すことはできないだろう。
であれば、今のドラゴン共は統率された猛獣ではなく、ただの魔獣だ。
それならばやりようはある。
魔獣退治は探索者の十八番だからな。
対人戦なんかよりも断然やりやすい。
ヘイトコントロールさえ間違えなければ、問題なく対処できる。
そのためにも、
「《英雄》、お前にも手を貸してもらうぞ。この事態を招いたそもそもの発端は、お前たちがここに攻め込んできたからだ。その責任は取ってもらう」
俺の足元で膝をついて浅い呼吸を繰り返している《英雄》に、【快癒】を発動しながら声を掛ける。
「……そうしたいのは山々だが、これは、オズウェルが、俺を殺すために仕込んだ毒だ。回復魔術で、どうにかできるものではない。俺は、ここまでだ。……すまなかった。俺は、今回の侵攻に、疑問を持ちながらも、帝国のためにと……」
《英雄》が自身の現状を話した後に懺悔を始めた。
侵攻を決めたのが《英雄》ではないことはわかっている。
今回の侵攻は帝国の皇帝をはじめとした上層部の総意なんだろう。
それに個人で抗うのは、《英雄》であろうと困難を極めることは俺でもわかる。
もしも侵攻をしてきたのが《英雄》でなければ、一般人にも相応な被害が出ていたかもしれない。
そう考えるとやってきたのが《英雄》で良かったと思える部分も多少はある。
それでも俺はコイツを許す気は無いが。
「《英雄》ともあろう者が、何を簡単に諦めてるのさ」
俺が転移してから竜群のヘイトを一手に引き受けていたローブ女が、ドラゴンたちの攻撃を捌きながら近づいてきたところで口を開く。
「――《白魔》……!? 何故、お前がここに……」
「そんなことはどうでもいいでしょ? 今、ドラゴンたちに防戦一方なの。とっととヘイトを引き受けてくれない?」
「ローブ女、《英雄》には回復魔術が効かないんだ。残念だが、俺たち二人で対処するしかない。だから俺からとっとと離れろ、ドラゴンたちからの集中砲火に俺を巻き込むな」
「……オルン、ちょっと私に辛辣過ぎない?」
俺も《英雄》にヘイトコントロールをしてもらうつもりだった。
しかし回復魔術が効かない以上、《英雄》は戦える状態にない。
それに周囲に人間がいないこの状況で三人が纏まっていれば、当然敵の攻撃が全てここに集中するわけで、案の定ドラゴンたちから炎弾や魔力弾など、視界を覆うほどの攻撃が迫ってきた。
「ちっ、【伍ノ――」
「その必要はない」
魔剣を盾に変えて攻撃を防ごうとしたところで、先ほどまでの弱弱しい声が嘘のように《英雄》の力強い声が聞こえた。
襲いかかってくる攻撃は、俺たちを覆う目に見えないドーム状の力場によって全て逸らされた。
「《白魔》、助かった。礼を言う。――早急に帝国に戻る必要があるが、その前に俺も竜狩りに手を貸す。せめてもの罪滅ぼしだ。これ以上この領地の被害を拡大させるわけにはいかない……!」
ゆっくりと立ち上がった《英雄》が再び口を開く。
「お前、毒でダウンしていたはずなのに、なんで……」
「これが私の異能、【時間遡行】だよ。それで《英雄》の身体を毒が盛られる前の状態まで巻き戻したってわけ」
「【時間遡行】……? とんでもない異能だな……」
俺はローブ女の異能を聞いて、思っていたことがつい口から零れた。
時間を遡るなんて、そんな異能が存在していいのか?
しかし、そんな異能を有しているなら、状況が好ましくない現状に留まることなく、時間を遡行して所謂やり直しをすることもできるはずだ。
それにも拘らず時間を遡行させていないということは、それには相応のリスクが伴うのか、それともやり直し自体ができないのかのどちらかだろう。
それでも身体の状態を巻き戻すなんてとんでもないことをいとも簡単に行っている以上、強力な異能であることは間違いない。
「オルンの異能には負けるけどね。――それじゃあ、こちらの戦力も整ったことだし竜狩りといこうか!」
ローブ女が上空に居るドラゴン共を睨みつけながら高らかに声を上げる。
「こんなに多くのドラゴンと戦えるなんて、気持ちが高ぶってくるな!」
続いて《英雄》が無邪気な表情で空を見上げながら声を上げる。
(こいつらと共闘することになるなんて、夢にも思ってなかったな。ホント、人生何が起こるかわからないものだ)
何とも言えない感傷に浸りながら心の中で呟く。
それから気持ちを切り替えて、俺も口を開いた。
「――今はお前たちと協力する。だが、これが終わったら二人にはそれぞれケジメを付けてもらう。そのことは忘れるなよ」
さぁ、竜狩り開始だ!
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