140.【sideローガン】狂気の一端
「シオン様、お知合いですか?」
侍女のような女性がシオンと呼ばれた銀髪の女性に問いかける。
「うーん、知り合いと言えば知り合いかな。って、ちょっと待って。この子たちがここに居るってことは、もしかして――」
「うわぁぁぁあああ!!」
いきなりの展開の連続に思考が止まっていると、キャロルが突然絶叫しながら銀髪の女性に斬りかかる。
それを銀髪の女性は難なく杖で受け止める。
「いきなりだね。……ん? キミもしかして、イングロット……?」
キャロルの顔を至近距離で見た銀髪の女性が呟く。
「シオン様!」
斬りかかってきたキャロルを見て、銀髪の女性の周りにいた人たちがキャロルに殺気を向ける。
(キャロル……!)
怖いけど、そんなことを言っている状況じゃない。
キャロルを助けないと!
竦んでいる足に活を入れて槍を握ったところで、
「全員、手を出さないで。この子は私が対処するから」
何度も二本のダガーを振るうキャロルをあしらいながら、銀髪の女性が仲間に告げる。
僕が銀髪の女性を挟み込むために彼女の背後に向かおうとしたところで、地面から無数の氷の棘みたいなものが飛び出してきた。
突然のことで驚くが、飛び出してくる速度が遅かったため反応して躱すことができた。
ソフィーにも同様の攻撃が襲っていたようで、僕とソフィーは妨害されたかたちになる。
「いきなり攻撃してごめんね。キミたちにも手を出さないでほしい。大丈夫、悪いようにはしないから」
そう僕たちに告げてきた銀髪の女性は、キャロルの攻撃を捌きながら僕たちに笑顔を向けてくる。
その笑顔は、何処か師匠が僕たちを安心させるときに向けてくる笑顔に似ていたように感じる。
(なんでだよ……! 半年前僕たちを殺そうとした連中を纏めていた人だぞ……!?)
その笑顔を向けられた僕は一瞬安心してしまった。
ソフィーも同意見なのか、戸惑った表情をしている。
「よくも二人を! 許さない!! あたしが二人の言うことを聞かないと、ログとソフィーが死んじゃうじゃないか!!」
キャロルの大きな叫びに我に返る。
それ以外にも色々とキャロルが声を上げているが、言っていることは支離滅裂だ。
「……落ち着いて。二人とも無力化している。キミが言うことを聞かなくても、キミの仲間が死ぬことは無いよ」
「うるさい! いいから二人を氷の中から出せ! こんなことしたらまた二人に殴られる! 痛いのはもう嫌だ!!」
「キャロル……」
今のキャロルは見ていて痛々しい。
キャロルが過去に虐待を受けていたということは、師匠からそれとなく聞かされていた。
恐らくその虐待にあの双子も関わっていたんだろう。
そのトラウマからあの二人を見たキャロルは怯えていたんだ。
……ここまで彼女に巣くっていたなんて思っていなかった。
彼女はムードメーカーでバカやっているように見えることもあるけど、決してこっちが不快に思うことはしてこなかった。
そんな彼女と一緒に居るのは心地よかった。
でも、今なら少しわかる。
ある意味でのそのご機嫌取りは自分の身を守るためのものだったんだ。
僕は彼女の表面しか見ていなかった。
銀髪の女性が一瞬の隙を見計らってキャロルとの距離を取る。
まさか魔術を使うのか!?
「逃げるな! 二人を助ければ、褒めてもらえるかもしれない! 笑顔になってくれるかもしれない! だから二人を助ける!」
キャロルは声を荒げながら、僕の支援魔術もないというのに僕が知る限り一番速い速度で銀髪の女性に肉薄する。
対する銀髪の女性は覚悟を決めたかのような顔をしながら、手に握っている杖を手放す。
すると杖は虚空に消えた。
なんで収納魔導具に収納したんだ?
キャロルがダガーを銀髪の女性の胸目掛けて突き刺す。
銀髪の女性はそれを――無抵抗で受ける。
そのまま銀髪の女性は自分を突き刺したキャロルの体に両腕を回す。
それはキャロルを拘束するようなものではなく、正しく抱擁と呼ぶにふさわしいものだった。
「……大丈夫。ここにキミを傷つける者は居ないよ。半年前あんなことをした私を信じられないのも無理はない。気が済むなら私をそれでめった刺しにしてもいい。だからお願い、一回落ち着いて」
キャロルからは見えていない銀髪の女性は額から脂汗を流し、激痛に顔を顰めている。
しかしそれでも優し気な口調でキャロルに声を掛けながら、その頭を優しく撫でる。
半年前の無慈悲に見えた彼女はそこには居なかった。
一体、どっちが本当の彼女なのだろうか……。
「……シオン様――っ!?」
銀髪の女性と一緒に現れた男が声を上げると、次の瞬間には地面から生えた氷の棘の先端が男の首元まで迫っていた。
「手を出すなって、言ったはずだけど?」
それから銀髪の女性が声を発する。
それは先ほど僕たちに向けられた氷の棘とは雲泥の差だった。
もしも彼女が本気で僕たちに攻撃していたら、僕たちが気づいたころには氷の棘で串刺しにされていたはずだ。
その事実に戦慄が走る。
「――ぁ、ぁぁ……ご……、ごめん、なさい……」
銀髪の女性の優しさに触れたためかキャロルが冷静さを取り戻していた。
そして、自分のやってしまったことに声だけでなく体も震わせながら銀髪の女性から離れる。
銀髪の女性の白を基調とした服装は胸元付近が真っ赤に染まっている。
どう見ても致命傷だ。
「うん、怒ってないから大丈夫だよ。半年前キミたちにした仕打ちを想えば、これくらいじゃ償え切れないものだからね。そんなことより落ち着いてくれてよかった」
銀髪の女性は激痛でそれどころでないはずなのに、キャロルに笑いかけていた。
「えと、……ぁ、回復魔術……!」
キャロルが銀髪の女性に回復魔術を掛けようとすると、女性はそれを止める。
「ありがと。でも大丈夫。私もキミと似た異能を持っているから」
そう言いながら彼女が立ち上がると、次の瞬間には傷がきれいさっぱり消えていた。
傷だけでなく服装も元通りになっている。
キャロルがダガーで突き刺したという先ほどの光景が見間違いかと思うほどに、一切の痕跡が消えた。
「さて、これでようやく話ができるかな」
その光景にキャロルだけでなく僕たちも驚いていると、僕たちに向き直した銀髪の女性が口を開く。
「……話、ですか?」
僕が警戒しながら銀髪の女性に問いかける。
「うん。まず最初に半年前は君たちに酷いことをしてしまってごめんなさい。謝って許されるものではないと思っているけど、謝らせてほしい」
銀髪の女性はそう言いながら頭を深々と下げてくる。
本当に以前会ったときの彼女と違いすぎて戸惑う。
「……話はそれだけですか?」
「ううん、本題はここから。一つだけ私の質問に答えてほしいんだ。キミたちがここに居るってことはオルンも――っ!」
銀髪の女性が話している途中で不意に振り返った。
「――っ!?」
「……なに、あれ?」
銀髪の女性の見ている遠くある山々の麓の辺りから、黒い何かが地面から空まで一直線に伸びていた。
こんなに離れていてもしっかりと見えるということは、実際にはすごく太いのではないだろうか。
「あの魔力、間違いない。やっぱりオルンもここに来ていたんだ……!」
銀髪の女性が焦ったような声音で呟く。
「三人とも予定変更! 私は戦場に向かう。三人は拘束したイングロットたちを連れて行って!」
銀髪の女性がまくし立てるように一緒に現れた三人に声を掛ける。
「シオン様、私もお手伝いいたします。これほどの長距離跳躍はシオン様の負担が大きすぎます」
「ありがとう、テルシェ。それじゃあ悪いけど手伝って。二人には先ほど言った通りイングロットの二人を任せた。それとそこの子たちに手を出したら許さないから、そのつもりで」
「「わかりました」」
残り二人の返答聞いた銀髪の女性が一つ頷くと、目を閉じて集中している。
どうやら術式構築をしているようだ。
あれだけ高度な魔術を乱発できる人が集中してまで構築している術式って一体なんだ?
「キミ達もこの領地からは離れた方が良いよ。流石に私もアイツ相手に手加減できないだろうし、どう転ぶか全く予想できないから」
閉じていた目を開いて、僕たちの方を向いた銀髪の女性が口を開く。
そして侍女が銀髪の女性の近くまで移動してきたところで、
「それじゃあ行くよ――」
「はい。いつもで大丈夫です」
「――【空間跳躍+連鎖】……!」
その声を最後に銀髪の女性と侍女がこの場から消えた。
本当にさっきから状況に付いていけていないけど、ようやく落ち着いたと思っていいのか?
僕は未だにボーっとしたまま地面にへたり込んでいるキャロルの元へと移動する。
ソフィーもキャロルの元へと駆け出す。
「……キャロル、大丈夫?」
先にキャロルの元に着いたソフィーがキャロルに声を掛ける。
「――ひっ! ぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。言うこと聞かなくてごめんなさい……! 謝ります。謝りますから、殴らないで、ください……!」
僕たちが近づいてきたことに気が付いたキャロルが、何度も謝罪を口にしながら体を丸めて怯えている。
「――っ! 殴るわけないよ。キャロルは私たちを護ろうとしてくれただけでしょ。そんな人を殴るなんてあり得ないよ。私もログも怒ってない。キャロル、私たちを護ろうとしてくれてありがとう」
ソフィーがキャロルにそう告げながら、震えて怯えている彼女をそっと抱きしめる。
キャロルはソフィーの言葉と行動に少し落ち着きを取り戻したのか、「ごめんなさい」と何度も口にしながら涙を流していた。
僕は……、キャロルに掛ける言葉を探していた。
キャロルがこんな状態になるなんて想像したことも無かった。
なんて声を掛けるのが正しいんだろう。
どうすれば、キャロルを安心させてやれるんだろう……。
「キャロル……」
僕が言葉を探しながらキャロルに声を掛けようとしたその時――。
「《白魔》ぁぁぁ! よくも氷に閉じ込めてくれたなぁぁぁ!」
氷が砕けるような音と共に、氷に閉じ込められていた少年が大声を上げる。
先ほどまでの間延びしたふざけた口調ではなく、ブチ切れていた。
「――っ!?」
それから生温い風が通り過ぎて行ったかと思うと、全身から力が抜けて地面に膝と手を付けていた。
「一体、何が……」
僕は必死に顔を上げて氷塊のあった場所を見る。
そこでは、同タイミングで氷塊から脱出したであろう少女が、僕たちと同じく地面にへたり込んでいる銀髪の女性と一緒に現れた残り二人を、刀身の長い剣で斬り殺していた。
「《白魔》が居ないわね。話には聞いていたけど、本当に私が知覚できないほど速いなんて。あの化け物がどっか行っているならチャンスよ。とっとと私たちの仕事を済ませて撤退するわよ」
少女が今しがた二人も殺したというのに、さも当然のような雰囲気で呟く。
「お姉ちゃんは今二人殺してストレス発散できたからいいかもしれないけど、僕のこのモヤモヤはどうすればいいのさ」
先ほどまでとは雰囲気が一変した少年が、冷たい声で少女に問いかける。
「知らないわよ。――って、そこにいいのが転がってるじゃない」
少年の問いに投げやりに答えるも、何かを思い出したようにキャロルを見ながら不審なことを口にする。
「……あぁ。そうだね。いやぁ、ちょうど良いところに居てくれてるなんて、兄想いの良い妹だ」
少女の言葉の意味を理解した少年が、暗い笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……ぁ、……ぁぁ……」
ゆっくりと近づいてくる少年を見ながら、キャロルが体を震わせている。
「やめろ! 何をするつもりだ!」
僕は少年を睨みつけながら声を上げる。
「うるさいな。兄妹水入らずのスキンシップなんだから、黙って見てなよ。ま、邪魔しようとしても僕のデバフのせいで動けないだろうけど」
僕の叫びなんか意に介した様子もなく、少年がどんどんこちらとの距離を詰めてくる。
この脱力感は、デバフなのか。
デバフは魔術の中でも特別難易度が高いものだ。
それを氷の中から出てきた直後にこの場の人間全員に掛けるなんて普通じゃない。
この少年がとんでもない技量の付与術士であることはわかった。
だからって、これからキャロルが傷つけられるってわかっているのに何もしないなんて、そんなの論外だ!
(これがデバフだって言うなら……! ――師匠、力を貸してください!)
全身が脱力して思考も上手くまとまらない状態を気力で持ち直す。
「……【全能力上昇】!」
どうにか術式構築を行い、デバフを打ち消すべく自分にバフを掛ける。
「自分にバフを掛けたの? ははは! それは無駄な努力だよ。僕のデバフはバフで相殺できるほど生易しいものではないんだから!」
少年が僕の行動を嘲笑してくる。
実際少年の言う通り、【全能力上昇】を掛けても足を震わせながら立ち上がることしかできなかった。
「あはは! 小鹿みたいに足を振るわせて滑稽だね! ……そこまでする価値がキャロラインにあるとは思えないんだけど」
少年はバカにしたように笑ってから、冷たい口調でキャロルに価値が無いと言った。
「そんなことない……! キャロルは僕の仲間だ! 何にも代えがたい大切な仲間なんだよ!」
僕は特に考えずに自然と口に出たことを叫びながら、必死に術式構築をする。
これは頭がおかしくなりそうなくらい構築の難度が高くて、これまで今まで一度も成功したことが無かった。
だけど、ここで成功させないでいつ成功させるんだよ!
僕は頭痛を我慢しながらもどうにか完成させた術式に魔力を流す。
そして、師匠から授かった魔術を発動する。
「――【二重掛け】!」
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