139.【sideローガン】トラウマの象徴
「やっぱり変だよ。オルンさんに続いてルゥ姉まで急用でどこかに行っちゃうなんて。ログはどう思う?」
一緒に馬車に乗っているソフィーから質問を投げかけられる。
確かに今の状況は解せない。
師匠に急用ができただけならまだ納得できる。
領地内でトラブルが起こったのなら、何でもできる師匠に協力の申し出があっても不思議ではない。
しかし、ルゥ姉までというのは不自然だ。
ルゥ姉はさっきまで僕たちと一緒に王都に向かうと言っていた。
それなのに突然馬車を降りるなんて明らかにおかしい。
僕たちの知らないところで、大変なことが起こっているのではないだろうか?
「まぁ、すぐこの馬車に追いつくって言ってたわけだし、その言葉を信じようよ。君たちの仲間でしょ?」
僕が口を開くよりも先にアベル様がソフィーの質問に答える。
確かにルゥ姉はそう言ってたけど、どうやって馬車に追いつくんだろう?
妖精や精霊の力を借りれば馬車よりも早く移動できるのかな?
「そうそう! ルゥ姉が『すぐ戻る』って言ってたんだから、あたしたちは帰りを待とうよ!」
キャロルがアベル様の言葉に同意する。
解せない状況ではあるけど、今の僕たちに何ができるでもないし、キャロルの言う通りルゥ姉の帰りを待つことしかできないよな。
ソフィーも僕と同じ考えに行き着いたのか、不満気な表情はしているがこれ以上この件で何か言うことはなかった。
それからしばらく僕たち四人は雑談をしていた。
アベル様はエディントン伯爵様の息子であったため出会った当初は緊張しっぱなしだった。
だけど、この数か月間で話しやすい人だってことはわかったから、今ではあまり緊張することは無くなった。
貴族は皆怖い人だと思っていたから、エディントン家の皆さんが僕たちに良くしてくれた時はすごく驚いた。
話をしていたところで、突如外から短い悲鳴のようなものが聞こえた。
それと同じタイミングで、僕たちが乗っている馬車が少し揺れたかと思うと停止してしまった。
「んー? どうしたんだろ?」
そんな状況でキャロルが何気なくカーテンを引いて外が見えるようになると、アベル様の護衛ということで一緒にロイルスを発った軍人が地面に寝ていた。
(あれ? 軍人の周りにある赤い水溜まりは何だろう?)
そんなことを考えていると、
「っ! みんなジッとしてて!」
アベル様が声を荒げる。
それからアベル様が右手に付けていた指輪型の魔導具を起動すると、僕たちは魔力障壁のようなもので覆われる。
その直後、車内で爆発が起こる。
僕たちは魔力の壁によって護られたが、爆発の衝撃で馬車はバラバラになってしまった。
そして僕たちも外へ放り出される。
師匠の教えのお陰で混乱中でも難なく受け身を取ることができた。
それから周りを見渡すと、赤い水溜まりがいくつもある。
近くで何かが倒れる音が聞こえて、そちらに顔を向けるとアベル様が全身に火傷を負いながら倒れていた。
「――っ! アベル様!」
ここにきて僕はようやく状況が飲み込めた。
急いでソフィーと一緒に回復魔術を掛ける。
どうにか一命は取り留めたけど、アベル様は意識が朦朧としている。
「そんな、僕たちを護るために……」
「フレッド、何やってるのよ。誰も死んでないじゃない」
「あれ~? おかしいな~。完全に不意打ちだと思ったんだけど、あまり目立たないようにっていうのが裏目に出たのかな~」
アベル様の治療をしていると、少し離れたところから少女と少年の声が聞こえた。
声にはまだ幼さが残っていたため僕たちと同世代なのかもしれない。
そんなことを考えながら声のした方へ顔を向ける。
そこには真っ赤な衣装に身を包んだ二人の子どもがいた。
予想通りどちらも僕たちと同い年ぐらいだ。
「…………ぇ、なんで――」
隣のキャロルからこれまで聞いたことが無いくらい戸惑った声が漏れた。
キャロルの方を見ると、顔を真っ青にしながら体をガクガクと震わせている。
「どういうこと……?」
続いてソフィーが僕たちを攻撃したであろう二人組を見ながら、信じられないようなものを見たかのような表情をしている。
ソフィーの視線に釣られてもう一度二人を視界に捉える。
今回はしっかりと相手の顔を見ると、瓜二つの顔をしていた。
恐らく双子なんだろう。
それだけならソフィーがそこまで驚くことはなかったはずだ。
だけど、二人の顔をしっかりと見た僕はソフィーと同じ戸惑いを覚えている。
何故ならその二人には体型や髪型こそ差異はあるが、――顔がキャロルとも瓜二つなのだから。
「次は確実に全員仕留めるよ~」
そう言いながら少年が杖を構えた。
「……三人とも、逃げて……!」
アベル様が弱弱しい声を上げる。
その声で我に返ったが、キャロルは相変わらず体を震わせていて、アベル様の声が聞こえていないようだった。
「ソフィー! キャロル! アベル様を護るぞ!」
「うん!」
ソフィーは僕の声に反応するが、キャロルは無反応だった。
「……ん? 貴女、キャロライン?」
「……ひっ!」
少年の隣でつまらなそうにしていた少女が、キャロルの存在に気が付いて口を開いた。
僕たちの声に反応しなかったキャロルが小さな悲鳴を上げる。
「お姉ちゃん、何言ってるの~? キャロラインは随分前に処分され――、あ~! ホントにキャロラインだ~。なんでなんで~? なんでこんなところに居るの~?」
間延びした口調で話す少年が少女の言葉を否定しようとしたようだが、キャロルを見て無邪気そうにキャロルに声を掛ける。
「あ……、えと……、その……」
対してキャロルは冷や汗をダラダラと流しながら、今まで見たこともないほど狼狽している。
「……まぁ良いわ。近くに《白魔》が居るかもしれないって話だし、私たちの壁になりなさい。戦闘教育を受けていない貴女でもそれくらいはできるでしょ? なんたって死なない肉壁なんだし」
「…………そっ……そしたら、……みんなを、見逃してくれる……?」
キャロㇽが震わせる声でそう問いかける。
「……キャロライン、貴女はいつから私に口答えできるくらい偉くなったの?」
「……ぁ、ごめん、なさい。言うこと聞く……! だから、みんなは見逃して……。お願い……!」
「『お願い』? キャロラインさ~、忘れちゃったのかな~? 僕たちと話すときにそんな口調で良いなんて言ってたっけ~? 今すぐ全員ミンチにしてもいいんだよ~?」
「――っ!? ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! もう失礼なこと言いません! なんでも言うこと聞きます! だから、お願いします……!」
キャロルが地面に頭を付ける勢いで何度も頭を下げながら懇願する。
「っ! 何言ってるんだよ、キャロル! こいつ等とどういう関係かは知らないけど、こんな酷いこと言うやつの言うことを聞く必要なんてない!」
流石に我慢できなくなり声を上げる。
なんなんだよ、こいつら……!
「そうだよ! キャロルをここまで……。絶対に許さない……!」
俺の言葉に続くようにソフィーが怒りを露わにする。
「うるさい! 黙って!!」
俺とソフィーが臨戦態勢を取っていると、突如キャロルが声を荒げ僕とソフィーは呆気にとられる。
「……キャロル?」
「二人ともあの二人の怖さを知らないからそんなことが言えるんだよ! ししょーもルゥ姉も居ないこの状況で二人に勝てっこない! だから余計なことしないで! あたしが言うことを聞いていれば二人は見逃してくれるかもしれないんだから! 二人には傷ついてほしくないの……!」
「っ! そんなの僕たちのセリフだ――」
「あのさ~、その茶番はいつまで続くの? もういいや~。みんな殺そう」
そう告げ、殺気をまき散らす少年。
僕とそう変わらない歳なのに、なんでこんな殺気を……!
「や、やめてください! ルエラお姉ちゃんとフレッドお兄ちゃんの言うことは何でも聞きます! だから……!」
少年の殺気に一瞬怯んでしまった。
その合間にキャロルが体を震わせながら二人の方へと歩き始める。
「ダメだって言ってんだろ!」
離れていくキャロルの腕を掴む。
「離して! このままだと二人とも死んじゃうんだよ!? あたしなら大丈夫だから!」
キャロルが半狂乱に声を上げる。
ここまで取り乱しているキャロルは見たことが無い。
「あと五秒でこっち来なかったら全員殺すね~ 五~、四~」
「今行きますから! だから二人だけは殺さないでください!」
キャロルが僕の手を無理やり振りほどこうとする。
僕は自身に【力上昇】を発動して、意地でも手を離さない。
僕はこの中で一番弱くても、パーティのリーダーだ。
リーダーは仲間を守る義務がある。
いや、そんな義務が無くても、僕はキャロルにそんな顔をさせたくない!
キャロルは能天気なくらい笑顔で居てくれたほうが、彼女らしい!
そのためにあいつらと戦う必要があるというなら戦ってやるさ!
「三~、二~、い~――」
少年のカウントダウンが〝一〟に差し迫ったところで、突然声が止んだ。
あいつらのことはよくわからないが、人殺しに何の躊躇いもない奴らであることは何となくわかる。
僕たちを弄んでいるのかと思いながら二人の方に目を向けると、――二人は氷の塊の中に閉じ込められていた。
「なに、これ……」
少しずつ気温が下がってくる時期だとしても、まだ氷点下には程遠い。
だというのに何の前兆もなく、二人の全身を余裕で覆うほどの氷塊が現れた。
魔術によるものということはわかる。
でもいったい誰が……?
突然の展開に僕たち全員が押し黙っていると、氷塊の奥から数人の足音が聞こえてくる。
「ん、ちゃんと捕らえられたね」
足音の聞こえる辺りから、透き通った女性の声が聞こえた。
その声を聞いた僕は、体の震えが抑えられなかった。
「……なんで、ここに……」
ほとんど無意識にそう呟く。
僕の呟きとほぼ同時に氷塊の裏から新たに四人現れる。
その中心には、銀髪を靡かせた女性が居た。
その銀髪の女性が僕たちの方に視線を向けてくる。
「ん? キミたちは、確かオルンの……」
彼女は、半年前に南の大迷宮の三十層で僕たちを襲った、《アムンツァース》の一人。
師匠から『ローブ女』と呼ばれていたその人だった。
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