138.【sideティターニア】決断
『傍観者で居ると決めたのに、何故ウチは迷っているんだろうか……』
《黄昏の月虹》と名乗っている探索者パーティとこの街の領主の息子を乗せた馬車、そしてそれを取り囲んでいる五人の軍人がロイルスを発つところを眺めながら、ルゥ子にも聞こえないように呟く。
妖精は人間世界の法則には縛られない。
特にウチは妖精の中でも最上位に位置する妖精の女王、ティターニアだ。
そんなウチには未来が視えている。
その未来の確度によって視える明瞭さに差異はあるが、このまま進めば人間にとっては地獄と呼んでも過言ではない未来が待っていることはほぼ確定的だろう。
しかし、ウチはこの世界がどうなろうがどうでも良い。
世界が滅ぶというなら滅んでしまえば良いと本気で考えている。
ウチはこの世界が向かう終着点をただ眺めているだけ、のつもりだった。
それなのにルゥ子と関わりを持ち、彼女の死を何度も回避している。
久しぶりに話せる人間だから情が移ってしまったのか、それとも――。
最近のウチは過去の決断に反することばかりしている。
何もしないと決めた。
だというのに……。
『ふっ、これも、主の想像通りの展開なのかもしれないな』
気が付くと答えの出ないことを呟きながら主の最期を思い出していた。
――『お前が傍観者で居ると言うなら、それもいいだろう。それだってお前が決断した選択だ。今の俺に言えることはただ一つ。〝オルン・ドゥーラ〟、この名前を覚えておくと良い。何百年も先、アイツらに立ち向かうと決意した人間の名だ。オルンと関わりを持ったお前は、それでも傍観を貫けるのかな』
主は最後の最後で敗北した。
――『死を迎える時、俺は自分の人生に満足しながら逝きたい。そのためには勝ち続けないとダメなんだよ。負けたまま死んだら、絶対に〝後悔〟することになるから』
先日、オルン・ドゥーラはそう言った。
その言葉を聞いたウチは心を揺さぶられた気分だった。
ウチも敗北を経験して大きな後悔を抱えている。
だからこそ、これ以上何かを失うことを恐れて傍観者でいることを選択した。
主の言葉を信じるならばオルン・ドゥーラは近い将来、慟哭するほど凄惨な目に合うというのに、それでも歩みを止めないということだろう。
オルン・ドゥーラに感化されているということはわかっている。
それでも、何処か主の面影のあるあの青年が何を成すのか、それを見てみたいと強く思っているウチが居る。
――だからウチは数百年ぶりに、自分の意志で決断する。
『ルゥ子』
馬車の中でオルン・ドゥーラの弟子たちと会話をしていたルゥ子に声を掛ける。
『ティターニアですか? 貴女から声を掛けてくるなんて珍しいですね。どうしましたか?』
『つい最近までルゥ子たちが潜っていた迷宮が氾濫するよ』
『あの迷宮が!? 何故……』
『それはわからないけど、規模はそこまでじゃない。ルゥ子一人でも対処できる程度のもの。だけど、領内の戦力が北側に集中している今、対処できるのはルゥ子だけだろうね』
『人間に興味が無いと言っている割には、詳しく把握していますね』
『ま、暇だからね。それでどうするの?』
『当然対処します。オルンさんやエディントン家には、帝国の対応に集中してもらいたいですから。それに《夜天の銀兎》がエディントン家に更に恩を売れるチャンスでもありますしね』
ルゥ子は、一緒に馬車に乗っている者たちに「急用ができたので馬車を降りる」と告げる。
不審に感じたであろうオルン・ドゥーラの弟子たちも付いて行こうとしたが、何かを察した領主の息子がそれを阻止した。
こうしてルゥ子はウチの誘導の通り馬車を降り迷宮の方へと向かう。
賽は投げられた。
もう引き返すことはできない。
これで自力で乗り越えるしか道は無くなった。
これは試金石だ。お前の価値を証明してみせろ。
未来の《夜天の銀兎》の担い手となるのはお前だ、――ローガン・ヘイワード。
無事乗り越えてくれ。
そんなことを念じながら、ルゥ子が目指している迷宮の水晶に干渉して氾濫を引き起こす。
ルゥ子をその場で釘付けにするために――。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次話からローガン視点です。
恐らく3話構成なるかと。
次話もお読みいただけると嬉しいです。