137.王国の英雄 VS. 帝国の英雄③ 走馬灯
俺を視界に捉えた《英雄》からの攻撃を警戒していると、宙に浮いている木の幹が俺の方を向く。
「……おい、まさか――」
そのまま十メートルを優に超えている物体が、俺目掛けて飛来してくる。
「――くそっ!」
魔剣のままのシュヴァルツハーゼを振るい、漆黒の斬撃をいくつも飛ばす。
更に攻撃魔術も併用して襲いかかってくる木を迎撃するが、圧倒的に物量が負けている。
(【封印解除】をしておくべきだったか! それなら上級魔術や特級魔術が使えた。いや、今よりも楽に迎撃はできたかもしれないが、今と同じ状況になっていたとは限らないか……!)
ついに迎撃し損ねた木が俺目掛けて一直線に落ちてくる。
シュヴァルツハーゼを振るのを止めて回避する。
漆黒の斬撃による迎撃ができなくなったため更に木が落ちてくる。
不幸中の幸いと言うべきか、辺りが土煙で覆われたことで俺を再び見失ったんだろう。
《英雄》が木による面制圧に切り替えた。
土煙から出ないように注意しながら、必死に避け続ける。
しばらくして《英雄》の残弾が尽きたようで木の雨が止んだ。
(次はこっちの反撃だ――!)
《英雄》は、土煙の中で互いに相手を見失っていると思っているだろう。
だが、俺は今も《英雄》を捉えている。
俺は今年の二月に参加した共同討伐以降、空間認識能力が飛躍的に向上していた。
理由はわからない。
しかし、視界が飛躍的に広がったことで、今は戦場を俯瞰した視点で視ることもできる。
先ほど木に隠れながら正確に《英雄》へ魔術を撃ち込めたことや、土煙の中で木を避け続けることができたのもこれが理由だ。
「【肆ノ型】」
シュヴァルツハーゼが槍を形作る。
「――っ!」
そしてそのまま《英雄》目掛けて槍を投擲する。
槍が高速で《英雄》に迫る。
この一点集中の攻撃なら《英雄》の力場を貫けるかもしれない。
しかしそんな望みはあっけなく砕けた。
槍はこれまでの攻撃魔術と同様に力場によって軌道が逸らさせる。
「まだだ!」
槍が突如弾け、魔力の拡散へと変わった
漆黒の衝撃波が《英雄》を飲み込む。
しかし、これでも届かないことはわかっている。
予想通り漆黒の魔力に飲まれた《英雄》が無傷のまま出てくる。
そして、槍が投げられた場所を目掛けて剣を振るう。
(ここだ――!)
《英雄》の異能があらゆる攻撃を妨げている力場を生み出していることはほぼ確定的。そしてそれを攻撃に転用するのなら、攻撃の瞬間ならこっちの攻撃も通る!
《英雄》の周辺に広がっている漆黒の魔力が、【空間跳躍】で背後に移動した俺の右手に集まり長剣を形作る。
そのまま魔剣を振るう。
しかし――。
俺の振るった剣は《英雄》の力場に捕まった。
それに、これまでは押し返されるだけだったのに、剣を引こうとしても逆に引っ張られてしまい完全にその場に留められている。
(俺の推測は外れていたということか)
すぐにシュヴァルツハーゼを手放して自分だけ離れようとしたが、俺自身も力場に捕まってしまい動くことができない。
「ユニークな攻撃の数々、なかなか楽しめた。個人的にはもう少し引き延ばしたいところだが――」
この力場による拘束は、こちらが加えた力に対して反対方向から同様の力を加えることでその場に留めているものだ。
であるならば、突発的に想定外の力が発生すれば逃れられる可能性がある。
そう考えて俺は、《英雄》の呟きは無視して全身に氣を巡らせ、
「カルミネ――」
「もう終わりだ」
【封印解除】と口にするよりも先に地面に引っ張られ、俺はうつ伏せで地面に叩きつけられた。
「がっ、ぁぁぁ……」
そのまま俺の全身を上から何かで押しつぶされる。
全身隈なく押しつぶされ、指一本動かすことができず激痛が全身を走る。
(息、が……)
それだけでも苦痛だったが、体が圧迫されていることで呼吸が上手くできない。
静かに俺の傍に降り立った《英雄》が口を開く。
「お前も息ができない苦しみを味わいながら生死を彷徨え」
そう告げた《英雄》は、背を向けて何処かへと去っていく。
そして、俺の意識が徐々に遠ざかっていき――。
◇ ◇ ◇
走馬灯。
死の危機に直面したときに、過去の出来事が脳裏に思い浮かぶ現象のことをそう呼ぶらしい。
であれば、今俺の脳裏を色々なものが過ぎているこれも走馬灯なのだろうか?
だけど、そうだとするとおかしい。
だって、今俺の脳裏によぎっている出来事は、俺の記憶にない出来事も多々あるのだから。
◇
俺が探索者になったのは九歳の頃。
俺とオリヴァー、ルーナの三人で探索者パーティを組んで南の大迷宮に乗り込んだ。
俺たちは瞬く間に階層を進めていった。
俺やオリヴァーは元々村で鍛錬していて既にBランク探索者に届く実力を持っていたし、ルーナも魔術に適性があったようで、発動までに時間は要するものの既に特級魔術も扱えていた。
あっという間に中層へと至り、それ以降も順調に階層を攻略していった。
そんな俺たちが初めて苦戦を強いることになったのは、四十層のフロアボスである巨人との戦闘だった。
ただ、苦戦と言っても負けることは無かっただろう。すんなりと倒せる相手では無かったというだけだ。
天然の鎧で覆われていたとしても、オリヴァーの天閃やルーナの上級・特級魔術を叩き込んでいれば、時間は掛かるが倒せる相手だった。
対して当時の俺は【魔力収束】を発現しておらず、使用できる攻撃魔術も初級が精々。明らかに四十層の攻略では戦力になっていなかった。
それでも『自分にできることを』と、二人が自分の攻撃に集中できるように順応性の高さを発揮してディフェンダーのように立ち回った。
悔しかった。
当時の俺は役割なんて概念を知らなかったため、こんなことでしか仲間に貢献できない自分に怒りを向けた。
「なんで俺は、こんなに弱いんだよ……! 俺もオリヴァーみたいな攻撃ができるようになりたい! 強くなりたい!!」
四十層のフロアボスを睨みつけながらそんなことを叫んでいた気がする。
そして、自分に向けた怒りが功を奏したのか、俺はその日、元々あった魔力を知覚できる感覚を昇華させて【魔力収束】を発現した。
◇
「おぉ! ついにオルンも異能が発現したのか! それに俺と同じものだなんて、やっぱり俺とオルンは一心同体だな!」
「おめでとうございます、オルンさん」
「二人ともありがとう。これで俺ももっと強くなれる!」
「しかし、変ですね。異能は一人ひとり違うものと聞いています。似たような異能があるとも聞きますが、ここまで似るものでしょうか?」
「細かいことはいいじゃないか! これで俺たち全員が異能持ちになった! 全員が異能持ちのパーティなんて他に居ないぞ? 俺たち、思ったよりも早く有名になれるかもな!」
◇
「じいちゃん! 聞いてよ! 俺、異能が発現したんだ!」
四十層の攻略を終えた俺は居ても立っても居られず、じいちゃんの雑貨屋に突撃した。
じいちゃんとは探索者になって数日が経ったある日に、探索に必要な道具が買える場所を探していた時に声を掛けてもらって出会った。その日から本当の祖父のように優しくしてくれている。
まだ子どもだった俺の話は、興奮も相まって要領の得ないものであっただろう。
それでもじいちゃんは俺の話を笑顔で聞いてくれた。
その時にじいちゃんに言われた言葉が、今でも印象に残っている。
「異能者は自分の異能についてある程度理解しているものじゃ。しかし、その理解に縛られてはいけないぞ。異能は〝拡大解釈〟ができるんじゃ。オルンの異能も『剣に魔力を集めて飛ばすことができる』というものではないかもしれん。自分の異能の可能性は常に模索すると良い」
この言葉は俺にとって大きかった。
じいちゃんの当時のアドバイスが無ければ、魔力を固めて足場にしたりオリジナル魔術に転用したりしようとは考えなかっただろう。
今とは全く違う探索者になっていたと思う。
◆
「オルンは私たちの王様なんだよね?」
何もない空間。
そこに佇む銀髪の少女がこちらに声を掛けてきた。
彼女がこちらを向いていることはわかっている。
だけど、彼女の顔は、靄が掛かっているかのようになっていて認識することができない。
見えているはずなのに。
「――――――――」
少女の問いに答えるように少年の声が聞こえた。
だけどその言葉を、言葉として理解することができなかった。
「あはは! オルンらしいね。でも、オルンは戦うんでしょ? だから私もね、決めたよ。世界と戦うって」
「――――――――」
「うん。ちゃんと考えた。だからね、力を貸してほしいんだ。私の異能の可能性を一緒に考えてほしいの」
「――――――――」
「……無理言ってごめんね。でも私一人だと限界がすぐに来るってわかっているから。あ、おじさまとおばさまの許可はもう取ってるよ」
「――――――――」
「えへへ、根回しはきちんとって口酸っぱく言われてるからね~。それじゃあ、私が把握している私の異能――【時間遡行】について全部話すよ。だから、オルンの異能で【時間遡行】を拡大解釈して。その【■■■■】で」
◆
俺の体験した出来事や身に覚えのない記憶が頭の中を駆け巡る。
走馬灯は現状を打破する上で役に立つ情報を、これまでの経験の中から引き出す現象だと聞く。
では、先ほど強く引っ張り出された記憶の中に、この状況を脱する方法のヒントがあるというのだろうか?
というよりも、なぜ俺はこの状況でここまで冷静でいられるんだ?
いや、今考えるべきはそんなことじゃない。
俺はもう一度先ほどの脳裏によぎったことを反芻する。
――俺はオリヴァーの天閃に憧れて、あんな攻撃がしてみたいと思った結果、【魔力収束】を発現させた。
――ルーナは言った。俺とオリヴァーの異能は似すぎていると。
――じいちゃんは言った。異能とは拡大解釈ができるものであると。
――銀髪の少女は言った。俺の異能は【時間遡行】の拡大解釈に有用であると。
――――あぁ、そういうことだったんだ。
◇ ◇ ◇
《英雄》が俺に背を向けてしばらく歩いたところで、俺はおもむろに立ち上がった。
俺が立ち上がったことを感じ取ったのか、《英雄》が振り向く。
「…………何故、立っている? お前の意識が落ちるまで押しつぶしていたはずだ」
《英雄》が瞳を揺らしながら呟いている。
「答えは、これでわかるだろうよ」
俺はそう言いながら魔剣を振るって、漆黒の斬撃を撃ち出す。
それに対して《英雄》はこれまでと変わらず、避けようとしない。
当然だ。俺の斬撃は《英雄》の異能の前に無力だったんだから。
――先ほどまでは、な。
俺の放った斬撃が《英雄》の力場に接触する。
そして軌道を逸らされることなく、そのまま《英雄》に直撃した。
死なないように威力は抑えていたが、《英雄》にとっては不意打ちだ。
これで決着となればいいが――。
「そう簡単にはいかないよな」
《英雄》は咄嗟に腕を体の前で交差して、斬撃を受けたんだろう。
両腕が傷ついている《英雄》が煙の中から現れる。
「……俺の異能を無効化した……?」
《英雄》が明らかに動揺している。
その隙を逃さず上空から【雷矢】を発動する。
雷の矢が雨のように《英雄》に降り注ぐ。
それを見た《英雄》は初めて回避を選択した。
走馬灯を見たおかげで頭の中が整理されたのか、今は頭がとても澄んでいる気分だ。
今なら氣を完全にコントロールできると判断した俺は、全身に氣を巡らせ、
「――【封印解除】」
俺を縛り付けているものを取っ払う。
そして、雷の矢を避けた《英雄》に肉薄し、
「【参ノ型】」
大剣を形作ったシュヴァルツハーゼを振るう。
魔剣が《英雄》の異能の力場と接触する瞬間、異能を使って反発する力を相殺する。
《英雄》が自身の剣で防ぐが、身体能力にものを言わせて魔剣を思いっきり振り切り《英雄》をぶっ飛ばす。
奇しくも俺の異能は、《英雄》の異能と同系統と言って良いものだった。
もしも俺がこの異能を持っていなければ、勝ち目は無かっただろう。
俺の異能は【魔力収束】ではなかった。
【魔力収束】は本来の異能の拡大解釈によるものだった。
それを俺は自分の異能と勘違いしていたんだ。
俺の本来の異能を名付けるなら、――【重力操作】と言ったところだろう。
周囲の重力を自在に操ることができる。
しかし、そうすると一つ疑問が残る。
【重力操作】は本来魔力に干渉する異能ではない。
だというのに、何故俺は魔力を知覚できるんだろうか?
魔力を知覚できるのは、魔力に干渉する異能を持っている者だけのはずだ。
まぁ、考えても仕方ないか。
知覚できるに越したことはないし、それならそれで良い。
「《英雄》、ここから第二ラウンドだ」
最後までお読みいただきありがとうございます。
次話から数話ほど《黄昏の月虹》サイドの話となります。
次話もお読みいただけると嬉しいです。