136.王国の英雄 VS. 帝国の英雄② 彼我の差
互いに距離を詰めていき、《英雄》が先に動いた。
剣を振るい俺を斬りつけてくる。
それを寸でのところで躱す。
剣を振るった直後の隙だらけの胸元めがけて、こちらも剣を振るう。
未だに剣には【切れ味減殺】の支援魔術が掛かっているため、真っ二つになることは無い。
刀身が《英雄》に迫るが、突如見えない何かに阻まれたため刀身が届くことは無かった。
(またか。まるで反対側から同等の力で押し返されるような感覚だ。にしても、なんだこの違和感は……)
即座にシュヴァルツハーゼを振るう力を緩めて、押される力に逆らわずに《英雄》と距離を取る。
後ろに跳ぶ際に彼の顔付近に【風撃】を発動するが、これも届かない。
しかし、【風撃】によって土煙が上がったことで良く見えた。《英雄》の周囲を見えない球体状の力場が覆っているのが。
この力場が、剣や魔術が届かなかった理由と考えて良いだろう。
少しずつだが相手の異能がわかってきた。
《英雄》と距離を取ったところで続いて、複数の【雷矢】を発動する。
雷の矢が《英雄》に迫っているが、当の本人は佇んだまま躱す素振りを見せない。
そして雷の矢が球体状の力場に触れた瞬間、まるで《英雄》を避けるように球体の表面に沿う軌道を取り、そのまま《英雄》の周囲を通過した。
雷の矢が通過したところで《英雄》の体がブレる。
次の瞬間には俺の左側に移動していた《英雄》が、そのまま剣を水平に薙ごうとしている。
発動待機していた【反射障壁】を《英雄》の足元に発動して、薙ぐときに踏み込んできた足が【反射障壁】を踏む。
弾むように真上へと跳んだ《英雄》が最高点の到達するタイミングで【雷撃】を発動すると、大量の魔法陣が彼を覆うように出現した。
突然上空へ跳ばされ混乱の表情をしている《英雄》に、四方八方から電撃が襲う。
しかしこれも《英雄》の異能に阻まれ、攻撃が届くことは無かった。
(同時に全方位に対応できるのか。なら次は――)
「【魔剣合一】……!」
シュヴァルツハーゼを魔剣に変質させ、そのまま魔剣を振るう。
収束された魔力を斬撃として《英雄》に向けて放つ。
全方位攻撃がダメなら次はより高威力の攻撃をと、考えたが、至近距離で魔力の拡散による攻撃を受けるも《英雄》は無傷のまま、空中で静止したままこちらを見下ろしてくる。
《英雄》の口元が緩んだかと思うと、説明しきれないほどの悪寒が全身を走った。
「――っ!? 【伍ノ型】!」
自分の感覚を信じて咄嗟にシュヴァルツハーゼを盾に変える。
そのまま盾の面を《英雄》に向けると、《英雄》が無造作に剣を振り下ろしているところだった。
俺と《英雄》には物理的に距離がある。そんなところで剣を振るっても刀身は届かない。斬撃を飛ばしているようにも見えない。
なのに――、
「ぐっ――!?」
見えない空気の塊としか表現できないとてつもなく重い何かが降ってきたように感じる。
盾を必死に構えて、押しつぶされそうになるのを必死に耐える。
重く圧し掛かる何かは勢いが衰えることなく、俺が耐えられても地面が耐えられなかった。
俺を中心に半径数メートルが陥没した。
地面が不安定になったことで、俺も体勢を崩し地面に叩きつけられる。
「……ぅ……、ぐ……」
何とか意識を保てた俺は、すぐさま自身に回復魔術を掛けて立ち上がり、未だ見下ろしてくる《英雄》を視界に入れる。
「……今のを受けてその程度のダメージか」
氣の活性化によって身体能力だけでなく五感が鋭くなっている俺の聴覚が、小さく呟いた《英雄》の言葉を捉える。
(無造作に剣を振り下ろしただけで地形を変えるのかよ……。流石に異能の併用だとは思うが、だとしてもこれは……)
どうにか時間を稼ぐ方法を模索するが、真正面からぶつかっては長時間耐えることはできないと結論付けた俺は、【空間跳躍】を発動して雑木林の中で比較的木が密集している場所に跳んで身を隠す。
《英雄》が空中から周囲を見渡し俺を探している。
「……逃げたか?」
できることなら今すぐ逃げ出したい。でもそれはできない。
ここで逃げるのは今後の《夜天の銀兎》を考えれば悪手だ。
死ぬ気は無いが、まだ撤退の決断は下せない。
(遠方を起点にすると無駄に労力をかけることになるが仕方ない)
攻撃魔術の術式をいくつも脳内で構築し、離れたところに魔法陣を出現させ魔力流入を行う。
様々な場所から《英雄》に向けて攻撃魔術が打ち上げられる。
打ち上げている魔術は全て初級魔術のため大した威力は無い。
《英雄》も全く意に介した様子はなくこれまでと同様に、《英雄》を覆う球体上の力場が魔術の射線を逸らす。
だけどこれで良い。
このまま俺がこの周辺にいることを意識付けて、不定期に攻撃を繰り返しながら時間を稼ぐ。
稼いだ時間で《英雄》の攻略法を考える。
しかし時間はそこまで稼げないだろう。
《英雄》が先ほどのように剣を振り下ろして周囲を陥没させ続ければ、いずれはあぶり出される。
それまでに次の作戦を考えないと――。
そんなことを考えていると俺が身を隠していた木から軋むような音が聞こえてくる。
いや、この木だけじゃない。
全ての木から同じ音が聞こえている。
嫌な予感がした俺が木から離れると、木が何かに引き抜かれたかのようにゆっくりと上昇していく。
「………………は?」
そしてここら一帯の木が《英雄》と同じ高さまで上昇したところで動きが止まった。
身を隠すものが無くなった俺は当然、
「……そこか」
《英雄》に見つかる。
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