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135.王国の英雄 VS. 帝国の英雄① 灼熱空間

 《英雄》に肉薄した直後、時間を掛けて構築した【空間跳躍(スペースリープ)】を発動して国境付近の雑木林へと移動した。

 ここはエディントンの爺さんから聞いていた通り、程よい間隔で木が生えていて剣を振るうには充分な余裕がある。

 むしろこの木々を利用すれば戦闘を有利に運べるかもしれない。


 【空間跳躍(スペースリープ)】を発動する直前に、振った剣が初撃と同様に見えない何かに阻まれたことや超長距離を跳んだ反動で数舜明確な隙を生んでしまったが、《英雄》は突如光景が変わったことに驚いていてその隙を突かれることはなかった。


 すぐさま後ろに跳んで距離を取る。


「ここはクライオ山脈の付近か」


 周りを見渡していた《英雄》が近くにそびえたつ山脈を視界に捉えながら呟いた。


 クライオ山脈とはノヒタント王国とサウベル帝国の国境に存在している山脈のことだ。

 《英雄》の推測通り、ここはノヒタント王国の最北端であるクライオ山脈近くの雑木林となる。

 

「そうだ。お前にはこのまま帝国に帰ってもらいたい」


 俺が《英雄》にそう告げると俺の方へと向き直してから口を開いた。


「それはできないな。レグリフ領を制圧するのが俺の仕事だ。それが終わるまでは帰れない」


 『仕事』ということは、この侵攻は《英雄》の独断ではないということか。

 曲がりなりにもこの男は皇太子だ。

 そんな人間に指示を出せる者となるとかなり限られる。


「俺自身は帝国がこの領地を制圧しようが、それはどうでもいい。勝手にやってくれて構わない。ただし、俺の仲間を、《夜天の銀兎》の団員を巻き込まないならだ。俺たちはこの領地から出て行く。だから俺たちには手を出さないと約束してくれ」


「その約束は既に灰色の髪の男と結んでいた。それを反故にしたのはそちらだ。だけどいいだろう。もう一度約束してやる。お前たちが俺たちの邪魔をしなければ、こちらも手を出さない」


 Aランクパーティの二人がやられたのは、先にこちらが手を出して反撃を受けたということか。

 これが事実だとすれば、こちらにも落ち度があることになる。


「わかった。団員達にはこれ以上お前たちの邪魔をさせないようにきつく言い含めておく。俺たちはこの領を出て行くからあとは勝手に――」

「それはダメだ。お前たちにはここに残ってもらう」


 話の流れ的にこのまま交戦せずにツトライルに帰れるかと思ったが、突然領地から出ることを却下された。


「何故だ?」


「お前たちには、我々がこの領地を制圧した後にやってもらうことがある。出て行かれては困るんだよ」


 俺たちにやってもらうこと?


 爺さんは、帝国が侵攻をしてきた理由が迷宮を確保するためだと言っていた。

 確保する必要があるとなると、帝国内の迷宮が減少していると考えるのが自然だ。

 迷宮が減少すれば魔石の数を確保できなくなる。


 つまり、そこから導き出される答えは、迷宮探索のための頭数を早急に揃えること。


 だけどそれなら、《英雄》たちがレグリフ領を制圧してから帝国の探索者をこちらに寄こせばいいだけだ。

 とすると、そいつらの到着が待てないほどに魔石や迷宮素材不足が深刻ということか?


 魔石不足だとすれば、帝国も必死に隠すはずだ。

 外交で不利に働くからな。

 それをエディントン家の諜報員が知れている時点で、隠しきれないほど深刻な状況であることの証左であるとも考えられる。

 それなら、《英雄》がここで退くことはあり得ないか。


「そうか。なら、交渉は決裂だな。お前をここで無力化する」


 これまで《英雄》と会話をしながら準備していた魔導兵器を起動する。

 エディントンの爺さんから預かっていた大きな魔石に内包されていた魔石が一瞬で無くなり、魔石は色を失ったガラス玉のようになってから砕け散った。


 起動した直後、《英雄》を取り囲む木が突如発光する。発光した木は、木に擬態させていた魔導具だ。

 発光している四つの魔道具がそれぞれ光のような線で繋がり、半透明の正方体となって《英雄》をその中に閉じ込める。


 《英雄》が壁を殴りつけて破壊を試みようとするが、《英雄》の拳が壁に触れた瞬間跳ね返されたかのように後ろに飛ぶ。

 この壁の内側は全て【反射障壁リフレクティブ・ウォール】となっているため、物理的な破壊は困難となる。


 自身が跳ね返されたことに《英雄》が驚いていると、魔力の壁で密閉された空間に炎が上がる。

 瞬く間に炎は正方体の全体に広がり、《英雄》が炎の中に包み込まれた。


 これが対英雄用の魔導兵器だ。

 だが、魔力の箱に閉じ込めたものを高温の炎で焼くという単純なもので終わるわけがない。


 地面に術式を刻印し更には専用の魔導具を四方に設置する必要があるため、定められた場所でしか起動できないことや、準備に時間を要するといった欠点はあるものの、その欠点さえクリアできれば強力な魔導兵器となる。


 そしてこの魔導兵器を作ったのは、じいちゃんだろう。

 この魔導兵器を起動する際に読み取った術式は、並みの魔導具師に組み立てられるものではなかった。

 そして何よりの証拠が、この魔力の壁が【反射障壁リフレクティブ・ウォール】であること。


 【反射障壁リフレクティブ・ウォール】は俺が開発したオリジナル魔術だ。

 だけど開発の段階でじいちゃんからいくつものアドバイスをもらえたことで、ようやく完成させることができたものでもある。

 つまりじいちゃんも【反射障壁リフレクティブ・ウォール】の術式を知っている。

 逆に言うとこの術式を知っているのは、この世で俺とじいちゃんだけだ。


 じいちゃんがこんな凶悪な魔導兵器を開発していたことや、エディントン家と繋がりがあることに思うところが無いわけではないが、俺がとやかく言うことではないだろう。


 そんなことを考えていると、突如正方体内の炎が消えた。


 この魔導兵器は容易に人を殺すことができる。

 だが、これには人を殺す機能は無い。

 何故なら人が死ぬ前に炎が消えるように設定されているためだ。

 それでも高温の空気でじりじりと炙られ、全身に重度の火傷を負うことは避けられないがな。


 これだけでもこの魔導兵器は凶悪だが、本当の凶悪さが出るのはこの後だ。


 炎が無くなった灼熱の空間の中でも《英雄》は無傷だ。火傷の一つもしていない。

 《英雄》のいくつかの武勇伝から彼の異能がどのようなものかはある程度推測できる。

 それでもこの魔導兵器なら多少の火傷ぐらいは負わせることができると思っていたが、認識が甘かったようだ。


 しかし、無傷な《英雄》は(うずくま)りながら、苦しんでいるように見える。

 理由は単純、呼吸ができない(・・・・)ためだ。


 炎は燃えるために空気が必要と言われている。

 魔力の正方体で密閉されている空間であるため空気に限りがある。

 その大半を燃焼によって消費されたため、今《英雄》がいる空間にはほとんど空気が残っていない。


 灼熱で炙り火傷を負わせ、呼吸困難によって意識を刈り取る、これがこの魔導兵器の効果だ。


 《英雄》が意識を失うのも時間の問題。――そう思っていた。


 突如地面が歪み始める。


「――まずいっ!」


 俺はすぐさま左手を地面に付けて魔術を発動する。

 どうにか地面が歪みを鎮めようと試みるも、それが叶うことなく歪みはどんどん大きくなっていく。

 その歪みはついに地面に刻印されていた術式も影響を与え、魔術を維持できなかったことで魔力の箱が消え去った。

 熱波が周囲に広がる。


「ごほっ……ごほっ……、はぁ……はぁ……はぁ……」


 閉じ込められていた空間から逃れることができた《英雄》は、膝を付きながら息を整えている。


(この機会は逃せない……!)


 右手で握っているシュヴァルツハーゼに【切れ味減殺(シャープネスゼロ)】を発動してから、物理的に《英雄》の意識を刈り取るべく距離を詰める。


 膝をついた体勢のままである《英雄》にシュヴァルツハーゼを振り下ろそうとしたところで、《英雄》が顔を上げる。

 その目には怒気と殺気が孕んでいた。


 直後、強烈な力で前から押されたような後ろに引かれるような変な感覚を受けたと思っていると、どんどん《英雄》の姿が小さくなっていった。


「――っ!?」


 自分が後方に吹き飛ばされていると気付いたころには背後に木が迫っていた。


 即座に【生命力上昇(バイタリティアップ)】と【抵抗力上昇(レジストアップ)】を【三重掛け(トリプル)】で発動して、衝撃に備える。

 背中に木がぶつかるが、その木をへし折りなおも飛ばされ続ける。

 【魔力収束】の足場なんかを使って体勢を整えながら抵抗することでようやく止まることができた。


「……さっきと同じやつか……」


 すぐに自分に【治癒(ヒール)】を掛ける。


 回復したところでいきなり陽の光が遮られた。

 俺のすぐそばに現れた《英雄》が、「流石に今のは死ぬかと思ったぞ」と口にしながら、俺の首目掛けて右足の蹴りが飛んでくる。


 左の前腕でその蹴りを受ける。

 強烈な衝撃を左腕で受けながら蹴り飛ばされた。――と思ったら、二メートルほど飛んだところで、蹴られたのと同じくらいの見えない力に体を引っ張られる感覚に襲われ、体が引きちぎれそうなほどの激痛を味わいつつ、強引に止められる。


 そのまま真正面に迫る《英雄》が拳を振るってくる。

 俺は激痛に顔を歪ませながらも、構築していた術式に魔力を流し【反射障壁リフレクティブ・ウォール】を発動した。

 半透明の壁に触れた《英雄》が後ろへ飛ぶ。


 即座に【快癒(エクスヒール)】を左腕に掛けて治療する。


(ようやく少しだけ余裕ができた。にしても、外傷が無いとはいえ、さっきの状況であれば身体にかなりのダメージを受けているはずだ。それなのにすぐさまこれだけ動けるなんて本当に人間かよ)


 突然の出来事の連続で混乱していたが、強引に《英雄》との距離を取ることでようやく少しだけ落ち着きを取り戻せた。


 《英雄》はすぐさま体勢を整えて、出現させた剣を右手で握りながら地面を蹴って再び距離を詰めてくる。


 魔導兵器による無力化は失敗した。

 であれば、次にやるべきことは《英雄》の足止めだ。

 しかし、今の攻防で実感した。

 素の状態では実力の差がありすぎる。


 重ね掛けを多用すれば良い勝負はできるだろうが、それだと俺は長時間の戦闘に耐えられない。

 ロイルスに居る爺さんたちも軍を率いて大急ぎでこちらには向かっているだろうが、どんなに都合よく見積もっても俺がぶっ倒れる方が先だ。

 氣の活性化も未だ不安定。【封印解除(カルミネーション)】なんてもっての外だ。


 長時間《英雄》を足止めにするには、重ね掛けで最低限のバフを維持しつつ不足を氣の活性化で補う、これしかない。


 後は会話なんかで時間の引き延ばしができればいいが、不意打ちであんな魔導兵器を使ったんだ。

 相手が俺の話に乗ってくるとは考えにくい。

 厳しい戦いになるが、覚悟を決めるしかない。


「……【全能力上昇(ステータスアップ)】【三重掛け(トリプル)】」


 今後の方針を固めた俺は魔術と氣の複合で身体能力を向上させ、迫ってくる《英雄》に応戦する。



最後までお読みいただきありがとうございます。

次話もお読みいただけると嬉しいです。


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