134.【sideウィルクス】《英雄》
「それじゃあ、今日も張り切って迷宮調査といきますか! ウィル、今日は班の変更はするのか?」
朝食を終えて全員で外へと出てきたところで、魔術士のハンクが質問してきた。
「しばらく変更はしない。しょっちゅうメンバーを変えると却って非効率だと何度も言っているだろ」
オレたちは今七人で活動している。
オレとルクレのペアでもいいんだが、やはり三人と四人の方が迷宮調査は捗る。
そのため七人を二つの班に分けて、数週間くらいのスパンでメンバーを変えながら迷宮調査に赴いている。
直近でメンバーを変えたのは先週。
だからメンバー変更はしばらくしないというのに、オレとルクレが別のグループになった途端、ほぼ毎日のように班の変更はしないのかと言われている。
「いやいや、我らがリーダー、ウィル様のモチベーションに関わることだ。やはりここは――」
「いい加減ぶん殴るぞ……!」
「おぉ、怖い」
こんな感じで軽口を叩きながら迷宮まで向かうのがオレたちの最近の日常だ。
そんな日常は、次の瞬間壊された。
街を歩いていると、突然街中で巨大な爆発音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
爆発音が聞こえた方に顔を向けると、視線の先では建物が崩壊し大量の煙が立ち昇っていた。
爆発が起きたのは領邦軍の詰め所のようだ。
火の取り扱いの誤りだったとしても、この規模は笑い話にならねぇぞ。――って、現実逃避をしている場合じゃねぇ!
「ルクレ!」
この規模の爆発だ。魔法か魔術かわからないが、いずれにしても魔力を使用したものである可能性が高い。
であれば、ルクレの異能である【魔力追跡】で術者を突き止めることができる。
「もう探してる! ――――っ!」
後ろに居るルクレがオレの声掛けに返答した直後、声にならない悲鳴を上げた。
すぐさま振り返ってルクレを視界に捉えると、そこには知らない男が居た。
(誰だ!? こんなに近づかれていたのに、全く気が付かなかった)
その男は輝く絹のような金髪に碧い瞳をしていて、装いは軽装ながら高貴な身分であると一目でわかる。
そしてその男は剣の切っ先をルクレの首元に突き付けていた。
「――動くな」
オレたち全員が金髪の男を認識したタイミングで、男が口を開く。
「お前たち、《夜天の銀兎》の探索者だな? 抵抗しなければ危害を加える気は無い。だが抵抗すれば、まずはこの女の首を刎ねる」
「…………」
ルクレを人質にされている以上、下手に手出しはできない。
抵抗の意志が無いことを行動で示すと、男が口を開いた。
「まずは場所を変えようか」
◇
下手に反撃ができないオレたちは男の誘導に従って、人通りの少ない区画の少し開けた場所へと移動した。
「……ここでいいか」
男がそう呟くとルクレに向けていた切っ先を下ろし、更には収納魔導具に収納した。
コイツは一体何を考えているだ?
男の行動に疑問を覚えていると、
「お前たちには、事が終わるまでここで静かにしていてもらう」
オレたちに向き直った男がそんなことを口にする。
「『事が終わるまで』ってのは、外で行われている戦闘が終わるまでということか?」
領邦軍の詰め所が吹き飛んでから、街の外では戦闘音が聞こえてきていた。
恐らくはこの男の仲間と軍人が戦闘をしているのだろう。
「その通りだ。俺たちは一般人まで手に掛けるつもりはない。それは探索者であるお前たちも同様だ」
この男の装いからして単なる賊とは思えない。
いや、今は目を逸らしている場合じゃねぇな。
目の前の男は十中八九帝国の人間だろう。それも皇族に連なる者である可能性が高い。
その髪色と瞳の色、そして身に纏っている衣服、その全てがオレの知る皇族の特徴と一致する。
敵が帝国の人間で、外で領邦軍と戦闘を行っているとすると、これは侵攻に等しい。
オレたちは探索者だ。対人戦が不得手だとしても、一般人よりは荒事に長けている。
こんな状況で、オレたちを《夜天の銀兎》の探索者と知りながらも単身で接触してくる皇族の人間なんて、そんな存在オレは一人しか知らない。
「……わかった。こちらはこの件に手を出さないと約束する」
「お、おい、ウィル――」
「だから! 仲間たちの安全をここで確約してほしい。皇太子殿下」
オレの発言にAランクパーティのエースであるレックスが不満げな声を上げようとするが、それにオレの声を被せる。
「隠すつもりはなかったが、こんなに早く俺の正体を見抜くとはな。お前たちの安全については、俺たちの邪魔をしない限りは保障すると約束しよう」
簡単に自分の身分を明かしたな。
だけどこれで確定か。
この男が西の大迷宮を攻略した帝国の《英雄》フェリクス・ルーツ・クロイツァーだ。
オレもできることなら外で戦う軍人たちの加勢に行きたい。
外で戦っている軍人の中には、数か月間のここでの生活で仲良くなったヤツもいるだろう。
それでも、仲良くなった軍人と《夜天の銀兎》の仲間と天秤に乗せれば、確実に後者に傾く。
目の前の男が普通の帝国軍人なら七人で掛かれば無力化できるだろう。
でも相手はあの《英雄》だ。
実力は定かではないが、オレたち七人で戦っても勝てない可能性もある。
それならオレは手を出さないことを選択する。
卑怯者と罵られようとも、コイツの意に反する判断であったとしても。
「感謝する。――お前たち、今言った通りだ。全員手を出すなよ。これはクランからお前たちの指揮権を預かっているオレからの命令だ。無視することは許さない」
オレの指示に対してAランクパーティの面々は大なり小なり不満げな表情をしているが、それでもひとまず従ってくれるようだ。
それからオレたちはいつ終わるかもわからない、戦闘音や悲鳴を聞き続けていた。
◇
あれからどのくらいの時間が経ったんだろうか。
永遠にも感じるし、そこまで経っていないようにも感じる。
時間の感覚はほとんどない。
この男の言っていた『一般人まで手に掛けるつもりはない』という言葉は、恐らく本当なんだろう。
戦闘が始まってから、一般人の悲鳴が突然消えるといったことはなかった。
つまり騒いでいても殺されていないということだ。
それでも軍人のものと思われる者の断末魔の叫びは聞こえてくる。
「ウィル、左手開いて……」
悲鳴や断末魔がすぐ傍で上がっているにもかかわらず、何もしていない自分に怒りを覚えながらもジッと耐えていると、突然ルクレがオレの左手を両手で包み込むように握りながら声を掛けてきた。
ルクレの声を聞いて、握りしめていた左手を開くと、手のひらから出血をしていた。
どうやら爪が手のひらに食い込んで、そのまま皮膚を突き破っていたようだ。
「回復魔術を使うけど、いいよね?」
ルクレが敵意丸出しのまま、少し離れたところで佇んでいる《英雄》に確認をする。
「構わない。だが、回復魔術以外を使えば、わかっているな?」
ルクレのその態度は全く気にかけていないようで、あっさりと許可をする。
ルクレは「わかってるよ」と一言漏らすと、すぐさま【治癒】を発動してオレの左手を治癒してくれた。
「悪ぃな」
「ううん、気にしないで。ボクはウィルの選択を支持するよ。だからウィルだけが悪者じゃない」
ルクレがオレに笑顔を向けながら励ましてくる。
(ルクレに気を遣わせるなんて、今のオレ情けないな)
ルクレのお陰で少し気が安らいだところで、《英雄》の居る場所で爆発が起こった。
まさか、Aランクパーティの誰かが耐えきれずに攻撃に転じたのかと、急いで全員を確認するが、全員戸惑いの表情を浮かべている。
コイツらではない? それじゃあ誰が――
「《夜天の銀兎》のみんな! 大丈夫か!?」
上の方から声が聞こえてきたため、そちらに顔を向けると領邦軍の軍服を着た人間が数名建物の上に立っていた。
その手には魔導兵器を持っていることから、恐らくこの爆発はあの軍人が行ったものだろう。
「オレたちは大丈夫だ! ここは良いから、他の場所に――っ!?」
軍人に別の場所に行くよう伝えようとしたが、突然彼らが立っていた建物が軋むような音を立て始める。
そしてあっという間に建物が崩壊した。
突然の出来事に反応ができなかった領邦軍人たちは崩壊に巻き込まれ、瓦礫の落下によって発生した土煙の中へと消えた。
「――クソッ!」
それを見た魔術士が彼らを助け出すべく動こうとしている。
「ハンク、ダメだ!」
「なんでだよ!? 今ならまだ間に合うかもしれないんだぞ!」
ハンクは当然オレの言葉に噛みついてくる。
「わかっている。それでもだ!」
ははっ……、本当にオレは最低なことを口走っているな……。
暗に見殺しにしろって言っているんだから。
それでも、領邦軍人である彼らを助け出そうとすれば、それが敵対行動と見做される可能性が高い。
建物が崩壊した原因はわからないが、ほぼ間違いなく《英雄》によるものだろう。
強烈な爆発を至近距離で受けたにもかかわらず、無傷の《英雄》は意に介した様子もなく崩壊した建物の方に顔を向けている。
一瞬で建物を瓦礫の山にする相手と戦ってこちらが無事で済む保証は何一つない。
ここは耐えるしかない。
――しかし、
Aランクパーティの面々はこの状況に耐えられなくなったのだろう。
オレの命令を無視してAランクパーティの前衛アタッカーとディフェンダーが、《英雄》が崩壊した建物の方へ注意が向いたその瞬間をついて挟撃を仕掛ける。
背後を取ったレックスが拳で、正面のキアランが盾で、《英雄》に攻撃を繰り出す。
――が、二人とも寸止めをするかのように、それぞれの攻撃は《英雄》に届く前に静止した。
二人の表情は驚きに満ちたものになっている。
《英雄》はため息をつくと、「牙を抜きたくなかったが、仕方ないか」と呟き、右拳を握り締めた。
「【力上昇】」
《英雄》が自身にバフを掛けてから、目の前にあるキアランの盾を殴りつける。
右腕がブレて見えるほどの速さで打ち込まれた拳は、容易に盾を破壊しキアランをぶっ飛ばした。
ぶっ飛ばされたキアランは民家の壁にぶつかるも勢いが凄すぎて、そのまま突き破った。
それからいくつかの壁を突き破り、ようやく勢いが止まったようだ。
壁に大きな穴が開いた民家はそのまま崩れ始め、オレたちとキアランの間に瓦礫の山ができたことで、キアランはオレたちの視界から消える。
「ルクレ! 早くキアランを――」
ルクレにキアランを治癒させようとしたがオレの指示よりも早く、振り返った《英雄》の回し蹴りが未だ動けずに戸惑っているレックスの腹部に命中した。
レックスもキアラン同様に後方へとぶっ飛ばされる。
レックスの飛んだ方向には民家などの建物は無かったが、十メートルほど離れたところに街を覆う外壁がありその外壁に激突する。
民家なんかよりも断然頑丈な外壁を突き破ることは無かったが、周囲に罅が走り、レックスがぶつかった場所には深い凹みができていた。
当のレックスは壁を背もたれにぐったりとしていて、身じろぎ一つしていなかった。
「よくも二人をっ!」
一瞬でやられた二人を見て激昂している魔術士と付与術士が【雷槍】と【火槍】を発動した。
数本ずつの雷と火の槍は真っ直ぐに佇んでいる《英雄》目掛けて飛んでいくが、突然《英雄》を避けるように進路を変えてそのまま《英雄》を素通りした。
「なっ!?」
「どうして!?」
そのまま《英雄》が開いた右手をこちらに突き出す。
理由はわからない。だた、長年の探索者としての勘が働いたのか、とても嫌な予感がした。
咄嗟にオレは双刃刀を出現させると、そのまま自分と並行するように双刃刀を前に突き出す。
直後《英雄》の方からこちらに突風が起こったかのような、見えない何かに押されるような感覚に襲われる。
だけど耐えられないものではない。しばらくジッとしていると押されるような感覚は無くなっていた。
「相殺された……? なんだ、今のは。アイツの異能か?」
少し目を見開いた《英雄》が何やら呟いている。
こっちから手を出してしまった以上、《英雄》との戦いは避けられない。
一瞬でぶっ飛ばされた二人を思い出すと、やはりコイツは他の探索者たちとは格が違うと本能でわかる。
それでもジッと耐えていたフラストレーションやら二人を傷つけられた怒りやらがオレを突き動かそうとしていることがわかる。
(先ほどまでの鬱憤を晴らさせてもらうぞ!)
そう意気込んで《英雄》との距離を詰めようとしたところで、上空から黒い何かがものすごい速さで《英雄》へと飛来した。
しかしそれは《英雄》には届かず、突然空中で留まった。
「オルン!?」
飛来物の正体はオルンだった。
そしてそのまま弾かれたようにこちらに飛んできたオルンは、地面を滑るようにしてオレの隣で止まると「……弾かれた?」と呟いている。
「……なんで、オルンがここに……?」
突然現れたオルンに驚きが隠せず、状況も忘れてオルンに質問する。
「まぁ、ほとんどが成り行きみたいなものかな」
オレの質問にオルンが自嘲気味な笑みを浮かべながら答える。
オルンはいつもの日常時の雰囲気を纏っているが、その右目が黒色に染まっている。
つまり本気の戦闘モードということだ。
迷宮探索でもたまに右目が黒色に変わる時があるが、その時のコイツは普段とは比べ物にならないほど強い。
制限があるのか、たまにしかこの状態のオルンを見ることはないが。
「――お前が《英雄》か?」
オルンの雰囲気が鋭いものに変わると、《英雄》に問いかける。
「……その呼ばれ方は好きではないが、確かに世間からは《英雄》と呼ばれている。そういうお前は《夜天の銀兎》の探索者か?」
オルンは「そうか」と零すと《英雄》の問いかけには答えずに、小さな声でオレに話しかけてくる。
「ウィル、説明している時間が無いから端的に言う。エディントン家の指示でもあるから《英雄》は俺が相手する。対策も用意しているから安心して。ウィルたちはレックスさんとキアランさんの治療をしてから領邦軍に加勢してほしい。でも無茶はしないで。厳しいようだったら離脱してもらって構わないから」
エディントン家は既にこの事態を把握しているのか?
ここからロイルスまではかなりの距離があるってのに。
オルンがエディントン家の指示でここに来たことはわかった。
だけど、オルンだけに《英雄》の相手を押し付ける気にはなれない。
「領邦軍の方はAランクパーティに任せるから、オレもこっちで戦うぜ」
双刃刀を改めて構えて《英雄》を睨みつけながらオルンに告げる。
「ボクもだよ! 二人を傷つけたあいつは許せないからね!」
オレたちの隣に立ったルクレも参戦すると声を上げる。
ルクレがこう言うということは既に二人の治療を終えているんだろう。
流石はオレたちのパーティの回復術士だな。仕事が早い。
「二人ともありがとう」
オレたちの言葉を聞いたオルンから感謝の言葉が返ってくる。
「当然だろうが。一緒にアイツを――」
「――でも、ごめん」
オレが最後まで言葉を口にするよりも先に謝るオルン。
何に対しての謝罪だったのか、それを聞こうとオルンの方へ向き直すと、――そこにオルンは居なかった。
すぐさま視線を《英雄》の方へ戻すと、オルンが《英雄》に剣を振るっていた。
だけどその剣も先ほどの二人と同様、寸止めをしているかのように《英雄》に届く前に静止する。
(このままじゃ、あいつらの二の舞だ……!)
そんなことを考えていると、
「――【空間跳躍】!」
オルンは《英雄》と一緒に何処かへと消えた。
「あの、バカ! 一人で突っ走ってんじゃねぇよ!」
オルンの行動に怒りを覚えながら声を上げる。
「ウィル、オルンくんはかなり遠くまで跳んだっぽい。多分国境の辺りだと思う。どうする? 追いかける?」
【魔力追跡】でオルンの跳躍先を突き止めたルクレが問いかけてくる。
(国境付近だと? ここが国境に一番近い街だと言っても国境まではかなり距離がある。【空間跳躍】ってそんな離れた場所にも跳べるのか?)
オルンの突然の乱入と離脱に戸惑いながら、今後について一瞬だけ逡巡するがすぐに決断を下す。
「……追いかけたいのは山々だが、先にここを片付ける。いくらアイツでも無策で突っ込んでいったわけではないだろう。対策は用意しているって言っていたし。他の帝国の人間を片付けてからオルンを追いかけるぞ」
「うん、わかった!」
ルクレとの会話を終えたオレは、Aランクパーティの三人の方を向いてからこいつらにも指示を出す。
「お前たちの命令無視の件は一旦保留にする。ハンクとミシェーラはオレたちと一緒に来い。回復術士はレックスとキアランを看てやってくれ。戦闘が可能だと判断したらオレたちのところへ来てくれ」
三人とも居心地悪そうな雰囲気を漂わせながらも、オレの指示を了承する。
それからオレたちは領邦軍と帝国の人間が戦闘をしている街の北側へ向けて移動を開始した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次話もお読みいただけると嬉しいです。